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燈 ともしび
2026-05-31 10:56:11
3472文字
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ぎゆさね【満点星】
現パロ 花にまつわるぎゆさね。🌊さんがお花屋さんです。
「にーちゃんこっち!」
「分かったから走るな。転ぶから」
高校と自宅の間に保育園があるので、自然と下の弟のお迎えは俺になった。
嫌ではない。弟も妹も全員可愛い。初めて「にーに」と呼んでもらえた時は大泣きしたくらい可愛い。目に入れても痛くないくらい愛おしい存在だ。だから甘いと言われても、保育園の帰りは必ず就也のお気に入りの公園で少し遊んでから帰る。
今日も公園内に入るなり俺の手を振り解いて滑り台へと走って行ってしまった。これを満足するまでやらせないと夜泣きが酷くなる。だから俺も好きに遊ばせる。なんせ川の字で寝ているからチビが泣くと母さんが寝られなくなってしまうのだ。母さんは朝が早いのでちゃんと寝かせてやりたい。
「にいにもすべろうよ」
「兄ちゃんはケツが入らねェよ」
ここは未就学児でも安全に遊べるように低年齢向けの遊具も豊富だ。それ故に作りが小さめなため、こうして弟から誘われても俺は滑れない。
いつもならすぐに気持ちを切り替えて一人で遊び始めるが、今日は週末の疲れもあったのか徐々に弟の顔が曇ってくる。
あ、なんかこれはヤバいかも。
チビ達の表情変化を読み取るのが上手くなったからこそ分かる。これはこの後にギャン泣きするパターンだ。こうなると強制的に遊びを終わらせて抱っこで帰るしかなくなる。
泣いているだけならまだ良い。大泣きは大抵全身を使って大暴れしてくるから大変なのだ。誰が言い始めたのか『暴れる米袋』とは的をい思う。弟が大きくなるのは嬉しいが、こんなことで実感するのは出来れば遠慮したい。
さてどうしようか。ギャン泣きさせないための第一声、声かけが重要だったりする。ここを間違えると本気で泣かれる。かと言ってアイスやお菓子で釣りたくもなく。
「花は好き?」
「へ?」
グスグス言い始めた弟への声かけに悩んでいると、横から突然涼やかな声で話しかけられた。
視線を向けると、俺よりも少し歳上に見える黒髪の男が隣に立っている。
「花は好き?」
男は座り込んでいた就也の目線に合うようにしゃがみ込んで再度話しかけてきた。
突然見知らぬ人間に話しかけられたせいか、就也は泣くタイミングを失ってポカーンとしていたが、
「おはなすき」
「そう。なんの花が好き?」
「あのね、ちゅーりっぷ!」
「チューリップは俺も好きだ」
泣くことも忘れて男と会話しだした。
うちの弟や妹は兄弟人数が多いせいか、小さい頃からあまり人見知りをしない。でもこんな初対面から泣かずにいるのは珍しい。
「この花は知ってる?」
「しらない
……
あ、すずはん?」
「すずはん、じゃなくてすずらんだろ」
俺も就也の目線に合わせてしゃがみ込み、目の前に咲いている花の名前を訂正した。
側から見たら男二人と幼児一人でしゃがみ込んでいるのは変な図だろうが、成り行きでこうなってしまったから仕方ない。それにこの男に話しかけられたことで就也かギャン泣きせずに済んだので、ある意味俺にとっては救世主だ。
「ちょっと惜しい。これはスズランではないんだ。とても似ているけど」
「えー! でもえほんにでてきたようせいさんの ねどこがね、すずはんでね、にてるよ 」
「これも妖精の寝床になりそうだね。これはね、ドウダンツツジの花だよ」
「え、そうなのか! ツツジってなんかピンクとか白の花じゃなかったか? 蜜吸うやつ」
思わず俺が返事すると男は目を丸くした後、くすくすと笑い出した。
「それはツツジの花だ。蜜は甘いよな」
それがきっかけになり、俺と就也はこの不思議な雰囲気の男にすっかり毒気を抜かれて普通に会話し出してしまった。就也はさっきまでギャン泣き寸前だったとは思えないご機嫌さで、ドウダンツツジの花を指でつついて遊んでいる。
「あの、なんかすみません。ありがとうございます」
そっと謝ると男は手を振って慌て出した。
「いや、変な奴が突然話しかけてこちらこそ申し訳ない。俺はそこの花屋の者で、そこのベンチで休憩していたらなんか子どもが泣きそうになっていたからつい
……
」
「弟なんです。末の。可愛いんですが機嫌が崩れると大変で」
「そうなんだ。お兄さん大変だ。うちは同じくらいの年齢の甥っ子と姪っ子がいてよく遊びに来るんだけど、たまにさっきみたいに機嫌が悪くなることがあるから他人事と思えなくて」
あー、だからかと納得した。
あまりにも手慣れた感じだったので若いパパさんなのかと思ったのだ。
「弟さんがお花好きで良かった。花屋だから嬉しい」
またニコニコと笑う。
なんか本当、力が抜ける感じの人だ。良い意味で。
「あの、お店って母の日にカーネーション一本売りとかしてますか??」
「え? ああ。やってるよ」
「良かった。うちの弟や妹がカーネーションを買いたいっていつも騒ぐんですが、一本だけって意外と売ってなくて困っていたんです。小さいからまだ鉢植えとかアレンジメントを買うお金は無いので」
「そういうことなら尚更喜んで。母の日当日はいくつか赤以外のカーネーションも用意してるから是非来てください」
「はい。全員連れて伺わせてもらいます」
これも何の縁と思い切って聞いてみたらここ数年の悩みがひとつ解決した。
この公園では何度も遊んでいるのに近くに花屋があることに今まで気付いていなかった。うちは母の日くらいしか花屋に用事のあるイベントがないから目に入らなかったのだろう。
「花は良いよ」
「まあ、綺麗ですよね」
「高校生くらいだとそんなに興味無いよね」
男は気分を害した様子はなく、また笑う。
「さっきのドウダンツツジ。あれね、別名があるんだ」
「花の名前ってひとつじゃ無いんですか?」
「そう。ひとつじゃない。たくさんある。ドウダンツツジの別名は満点星って言うんだ」
「え、星?」
ツツジなのに?
そんな感情が顔に出ていたのか男は更に笑う。
「元々ドウダンツツジは灯りの燈台からきたと言われていて、満点星は神様がこぼした魔法の水が溢れて、やがてこの花になった時の様子が星空のようだったから付けられたと言われている」
「へぇー」
花に興味はそれほど無かったが、こうして丁寧に解説されると名前の由来とか面白いなって気持ちになってくる。
「良かった」
「え」
「やっと楽しそうな顔をしてくれたから」
事実だけれど、指摘されると少し恥ずかしくなって顔が赤くなった。
「にいに、かえる。おなかすいた」
「あ、ごめんごめん。そろそろ帰ろうなァ」
「うん」
就也は満足したのか自分から帰ると言い出してくれたのでほっとした。これが一番機嫌よく帰ってくれるパターンなのだ。
「にいに、かえろ」
「うん。あの、ありがとうございました」
「いえいえ。またね」
男は立ち上がるとまたニコニコと笑う。
さっきは気付かなかったが、立つと意外と背が高い。なんか平和そうな笑顔のせいでもっと小柄に見えていた。
マジマジと見ると顔も整っているし、こんな人が店番していたら女とかたくさん買いに来るんじゃないかなんてことまで想像してしまう。
「あの、母の日にお店行きます」
「はい。お待ちしてます」
弟のギャン泣きを止めてくれて、おまけに毎年の悩みも一つ解決出来た。本当にありがたい。
「お花はね、ハマると楽しいよ。母の日じゃなくても話だけしに来てください」
どこまで本気か分からないが、ちょっと花に興味が出てきたのは事実なのでそれに頷いて別れた。
「ばいばい」
就也が振り返って手を振ると男はまだそこにいて手を振りかえしてくれた。
これがしばらく後、俺のバイト先になる花屋の店長との出会いだった。
この不思議に和む店長はなぜか俺の弟、妹も全員懐き、更にはバイト後に格安になった花を俺がちょこちょこ買っていくようになったからか母さんまでお気に入りになってしまった。
そう。俺以外の家族の心をガッチリ掴んでしまったのだ。
「今は実弥くんの心も掴みたいんだけど」
本気か冗談か分からないことを言ってくるのだけは困るのだが。
……
状態、だよな?
一度そんなことを聞いてみたが、店長は答えずにニコニコと笑っていたので二度目は聞けなくなった。聞いたら藪蛇になりそうで聞けなかったのだ。
なんせ花に全く興味のなかった俺を花屋のバイトにしてしまった凄腕店長なので、今度は俺の心まで掴まれてしまいそうで聞けない。
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