燈 ともしび
2026-05-31 10:54:38
3034文字
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ぎゆさね【困惑と本能】

現役軸。
ぐいぐい押せ押せな🌊さんと押されまくる🍃さんのお話です。

 冨岡とは言葉でのやり取りが壊滅しているから今までこちらから何かすることなどなかった。お互い不快になるのなら関わらない方が良い。そんな気持ちで。
 水の呼吸は呼吸の入門として入りやすく、隊士の中でも使い手が多い。その中で冨岡は水柱となっているのだ。その実力だけは俺も認めていた。
 なので時々、お互いの都合が合えば手合わせは何度かしている。風柱邸だったり水柱邸だったり、その時々によって場所は違うものの、いつも決着がつかずに任務のために時間切れで別れていた。
 それは手合わせであって決闘ではない。お互い柱なのだから本気を出し過ぎたら邸宅が壊れるくらいでは済まない。
 それくらいのことは分かっている。けれどこうも決着がつかないでいるとそれはそれで落ち着かない。
 冨岡の実力は認めているが、自分が冨岡より下だとは思ってはいないのだ、俺は。だからこうも落ち着かないし苛つく羽目になる。
 一度でも分かりやすく冨岡に土を付けられたら少しはこのつっかえた気持ちが楽になるのに。そう思っていてもお互い柱ゆえにそうそう時間が合わないという葛藤。

「だー! むかつく!」
 なので思い出しては苛ついて、最近では誰よりも冨岡のことを考えてしまっている。これは俺の精神的に良くない。なんでわざわざ嫌いな奴のことで脳内とはいえ時間を割かなければならないのか。こうなったら気に入りの甘味処で甘い菓子でも食わないとやってられない。
 今夜の任務に備えて早めに風柱邸で仮眠を取るつもりでいたが、少し寄り道をすることにした。気に入りのおはぎか団子でも食べたらすっきりするだろうと。

「あら、いらっしゃい」
「おう」
 通い過ぎてすっかり顔まで覚えられている甘味処に邪魔する。今日はおはぎも団子もあるというのでどちらもひとつずつ頼んだ。
「ご贔屓にしてくださってありがとうございます」
 にこやかな店員の笑顔に尻のあたりがモゾモゾする。認識されているのが落ち着かない。でもここのおはぎが一番美味いのだ。仕方ない。早めに食べて帰ろう。そう思っていたのに、団子を手に取ったら背後から聞きなれた声がした。

「熱い茶をひとつ頼む」
「はいよぉ」

 振り向きたくない。今一番会いたくない人間の声にしか聞こえないからだ。

「不死川」
 なんでだよ。なんで名前を呼ぶ。
 そういうところだよ。お前のそういう空気を読まないところが俺は苦手なんだっての。
……おう」
「久しぶりだ」
「おう」
 二文字以上の会話はするつもりがない。それを分かりやすく態度にも言葉にも示しているのに、冨岡は全く気にしている様子がない。それどころか会話を続けてくるからゲンナリした。
「この店にはよく来るのか」
「いや」
「よくいらっしゃいますよー」
 店員まで空気を読まない。最悪だ。
「なぜ嘘をつく?」
 お前と話したくないからだわァ。そう言おうとしたが、そうすると二文字を越えてしまうので飲み込んだ。
 もうこれは一刻も早く食べ終えて出よう。それしかない。せっかくの美味い団子やおはぎを味わう余裕もなく大きめに口を開けて咀嚼する。口が大きくて良かった。

「不死川」
 無視だ、無視。口の中はおはぎが入っているので無視する。
「この後、時間はあるか?」
 ねェよ。今は無い。冨岡相手なら絶対に無い。
 脳内でだけ反論する。
 ようやく口の中が無くなったので茶で流す。今日もここの甘味は最高だったが、こうなるとしばらくは来られそうにない。それが残念。

「ごっそさん」
 冨岡を無視したまま立ち上がる。
 が、袖が引っ張られていて動けない。
「おい、離せ」
 二文字を越えてしまったが、流石にこれは一言申さねば気が済まない。
「まだ返事を聞いていない」
「時間はねェ」
……そうか」
 はっきり断ると意外にも冨岡はあっさりと引いた。掴まれていた袖もすぐに離される。
 ならばもう良いだろう。そう思ったのに
「なら、次はいつ会えるだろうか」
 そんなことを聞かれた。
「ア? 俺もお前もそんな暇なんざねェだろうがよ」
 なにを言ってんだコイツ。そんな気持ちで言い返したのに、冨岡は黙っている。
 放っておけは良い。立ち上がり背を向けて歩き出すと冨岡は慌ててついて来た。無視して歩く。冨岡もずっとついて来る。しつけえ。

「さっきからなんなんだよテメエはよォ」
 人の気配が無くなる辺りで振り返り、低めの声で睨みながら威嚇するが冨岡が怖がる筈もない。一般隊士だったら失神くらいするのだが。

「俺は不死川と話がしたい。それが嫌なら手合わせでも良いんだ。だから不死川の時間を俺にくれないか?」
「はァ? 何言ってんだ。手合わせならともかく俺としたい話ってなんだよ。任務の話か?」
 とにかく意味が分からなくて困惑しかない。でも冨岡は必死に俺に追い縋ってくる。
「違うが、任務の話をでも良い。俺は不死川と話せるのならなんでも良いんだ」
……目的はよォ?」
「え?」
「そんなにまで俺と話がしたいって目的だよ。なんだ。理由を話せ」
 冨岡の必死さに流石に俺も落ち着かなくなってきたので向き直る。
 冨岡は俺に何かを話しかけようとしては黙る、それを数回繰り返し。そろそろ俺の堪忍袋が切れそうな頃にやっと小さな声で呟いた。

「不死川」
 
 あ、なんかこれは、と俺の心臓がザワザワする。聞くなって警告が聞こえてきた気がする。
 冨岡の顔が赤い。

「俺たちはいつどうなるか分からない身の上だろう? だから気になることはすぐにやるし、言おうと俺は決めている。後悔の無いように」

 それは素晴らしい心掛けだな!
 煉獄辺りならきっとそう言うだろう。
 でも俺は何故か冨岡の視線に身体が固まって動けない

「俺は、不死川が気になる。気になって仕方がない。昨日は夢の中にも不死川が出てきた。不死川が俺の拙い言動に苛ついているのは分かっているが、それでも手合わせに俺を呼んでくれるのが嬉しかった」

「だから」

 だから、なんだよ。
 言い返したい。でも、先を聞いたら駄目な気がする。警告音がずっとしている。

「だから、俺は不死川を手に入れたい。初めての感情だがこれはきっと恋しいということだろうと思う。欲しいものが出来たら我慢しないとも決めている」

 距離がやけに近い。そう思って後退りする。でも、油断したのか背後に大きな木が生えていたのでそれ以上は下がれなくなってしまった。
 不覚。
 その間も冨岡はジリジリと間合いを詰めて来る。

「不死川」
 距離が更に縮まって、とうとう吐息が触れ合いそうになった頃。
 冨岡は俺に顔を寄せた。

「待」
 待て。そう言おうとしても言葉が出ない。
 そして、俺の唇に温かいものが触れる。
 咄嗟に目を閉じる。無かったことに出来ないかと無駄な足掻きで。
 でもすぐに笑い声がして目を開けた。
 俺の唇に触れているのは冨岡の指だった。

「そんな期待するような顔をされたら止まれなくなるだろう」
 期待なんか誰がしたってんだよクソッタレ!
 怒鳴ってやろうと口を開ける。
 でも、言葉は出なかった。
 今度こそ本当に。冨岡に唇を塞がれてしまったので出せなかったのだ。

「今度は不死川が俺の夢を見たら嬉しい」
 冨岡は笑っている。
 俺は息が止まるかと思った。
 顔が熱かった。