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ひなげし
2026-02-21 06:14:01
2968文字
Public
狛日
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やわらかく生きる
ほんのり未機パロ/狛日(年齢操作:30歳代)
第85回狛日版週ドロライ「甘言」「欲」
草餅を食べようか悩む日向くんと、食べなよと唆す狛枝の短い話。
太陽の光が部屋を照らす。
冬の厳しい寒さの緩んだ昼下がりは、午睡にはちょうどの良い暖かさだ。狛枝はソファに背を預け、ふわりとあくびを一つした。
心地よい。
だけど、ひとつ足りないものがある。
膝にかけていた毛布を横にやり、立ち上がる。くるりと視線を回せば、探し人はすぐに見つかった。
「ねぇ、日向クン。ずっとそこで何してるの?」
「あっ、いや
……
なんでもないぞ」
台所に立っていた日向の肩が、びくりと跳ねる。日向が手に持っていた何かを、そっと背に隠すのが視界の隅で見えた。小動物じみた仕草に、片頬だけで薄く笑ってしまう。
無邪気で、迂闊で、わかりやすくて、おかしい。ふるりと、身体がぞくりと震えた。日向といると時々こうやって自分とは無縁だった感情に、不意に襲われる。彼のこんな無防備で信頼の滲む姿を見てしまうと、構って可愛がりたいと疼く心と、ちょっとした嗜虐心がわいてしまう。ああ、とても愉快だ。気分がいい。
狛枝は大股で日向に近寄った。固まる日向の背に隠したものを覗き、狛枝は瞬きした。
「なんだ、草餅か」
「いや、まぁ
……
そうだな」
「桜餅と一緒じゃないだなんて、いいものを見つけたんだね。で、どうしてソファに戻ってこないでこんなところにずっと突っ立ってたの?」
首を傾げ、顎を引く。狛枝は目を細め、子どもをあやす大人のように微笑んだ。
日向は隠していた草餅をおずおずと正面に戻す。そして、手のひらの上の艶やかな緑の餅の皮を見つめては、小さく息を吐いた。
「
……
食べるか悩んでたんだよ」
「どうして? 食べたくて買ったんだよね。仕事を頑張ってるご褒美に、ってさ。そんな、なんでもないささやかなご褒美を受け入れきれないくらいにキミが凹んだことでも何か起きてたっけ?」
「狛枝」
硬い声が名前を呼んだ。
「どうしたの」
「正直に言ってくれ」
「うん」
日向の榛色の瞳が、狛枝に向けられる。
寄せられた眉に、硬く結ばれた口。狛枝を見据える日向の深刻そうな表情に、狛枝も押し黙る。本気で喋ろうとしている顔だ。日向と過ごして片手で数えきれなくなってきて、わかってきたことの内の一つだ。
しんとした空気の中、小さな小鳥が鳴きながら空に飛び立っていく音がした。日向の唇が何度か空気を吐くようにはくりと動き、何度目かの呼吸を終えた後、ようやく小さな言葉を吐き出した。
「
……
俺、太ったよな」
「どうしてそう思うの」
「質問を質問で返してくるな。なぁ、どうだ?」
日向が音もなく一歩前に踏み出してくる。声が硬く、低い。覗き込むようにして視線を上げた日向と眼を合わせる。
そろりと視線で日向の頬を撫で、身体を上からなぞる。昔からあまり変わらない、優しい印象を与えるカーブを持つ頬。がっしりと厚みのある、ほんの少し羨ましい上背。鍛え始めたのか触れるとふにゅりと指先が沈む胸。触り心地の良い腰回りに、狛枝のものよりも太くしなやかな、どちらかといえば骨折とは無縁そうな健康的な大腿部。
「肉つきは良くなったよね」
うなずく。
たしかに、言われてみれば少しだけ日向の身体は柔らかくなった。けれど、それは日向がだらしないというわけではないはずだ。ストレスの捌け口として食事の量が極端に増えたわけではないし、数日前に盗み見た体重計の数値がそう大きく増えていたわけでもない。医療機関での栄養や健康指導がいるとか、そういったものでもないはずだ。
だけどただ、ほんの少し、ほんの少しだけだ。彼の熱と興奮でしっとりとした身体をなぞり、強く掴んだ時。しなやかさのある身体に沈むような柔らかさが、身の底から湧き立つどうしようもないほどの情欲を掻き立てる。悪くはない。いいや。存外、気に入っているといっていい。
「そ、そうか。そう
……
だよな」
「別に悪い意味じゃなくてさ。手への吸いつきがいいと思うよ。固定するときに掴んだら、指が肌に沈むのも結構好きかな。キミの身体を折りたたんだ時の小さく波打つお腹も好きだよ。おへその下のふっくらしたところとか、吸いつきたくなっちゃうね」
「お
……
ぁ、あぁ
……
」
日向が頭を抱えて、苦悶の声をあげる。まるであの学級裁判の時のように、苦痛を堪えるような顔だ。狛枝は肩をすくめる。
「草餅の一つや二つ、それぐらい我慢しないで食べたらいいんじゃないかな」
「なぁ、さっきのお前の言葉。暗に太ったって言ってるよな?」
「別にそこまで言ってないけど。日向クン、今何を聞いてたの?」
「でも
……
な」
「あのさ、ボクは日向クンが好きなものを頬張ってる姿を見るのは結構好きだよ。お休みの日にこうやってすることも何にもなくなって、ボクは本を読むのも飽きちゃってあとは寝るだけだってなった時に、キミがこっそり好きなものを持ち出してきて、ボクの隣で食べてるその時間が結構好きなんだ。ボクはあんまり知らないけど、これってなんでもないただの平和な日って感じがすると思わない?」
日向はぐっと言葉を飲み、俯く。草餅の入った透明なパックがかたりと音を鳴らした。
「
……
うっ、お前がそこまで言うなら」
ちょっとずるいことをした。穏やかな日を望めば、できる限り叶えようとしてくれる。まったく、いつになったってお人よしなことだ。
「どうして急にこんなこと言い始めたの? スーツがきついの? 確かにあれ働き始めてからずっと着ているし、何年目になるっけ。いっそボクたち揃って少し上等なものを買ってみる? かっこいい日向クンが見れるなら、ボクが一式プレゼントしたいなぁ」
「いや
……
、服を変えたらとかそういうことじゃなくてだな」
草餅に顔を向けたまま日向がつぶやく。
「じゃあ何?」
「左右田と夜更かしできなくなってきた、そろそろ健康には気を遣わないとなって話になって
……
。それから」
「それから?」
「
……
お前、き、綺麗なものが好きだろ」
ふい、と日向が横を向く。
「ああ
……
。なるほどね」
狛枝は宙ぶらりんな言葉を吐き出してから、自分の頬がほんのりと熱を持っていくのをはっきりと感じた。
なるほど、ずいぶん可愛い理由だ。どうやら見目の良いまま、見られていたいらしい。別にボクは、彼の高校生の時のような身体だけが好きなわけではない。だけど、彼ができるだけ好きになってもらった時のままでいたいと望むそのいじらしさは、言葉にしようのない衝動を掻き立てた。
「別にボクは今の日向クンのままでもいいと思うけど
……
キミがそんなに気になるって言うのなら、運動くらい付き合おうか?」
一歩踏み出し、日向の背に身を寄せて手を回す。肩はかっちりとした骨が狛枝の頬を刺すけれど、指先でするりとなぞった腹の上は力を込めれば柔く沈み込む。
愛しい柔らかさだ。情欲がとろりと頭の隅で蕩け出す。ふぅ、とひとつため息をこぼした。
日向がもぞりと、身じろぎした。耳の縁が真っ赤に染まっている。
「
……
変態」
「実利的だって言ってよ。肉つきのいいキミの身体がこれで最後だと思うと、今のうちに少しくらいは楽しまないとね」
赤みのある耳にそっと言葉を吹き込む。
日向が首を回して狛枝を見上げる。
二人は顔を見合わせ、そのままほとんど同時に唇を寄せた。
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