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ひなげし
2026-02-13 21:42:23
36660文字
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狛日
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昨日の自分を、突き飛ばして
未機パロ/狛日
絶望患者の心理支援に適合した新世界プログラムプロジェクト進行中、喧嘩をしてしまった日向と狛枝。
プログラムの完成を急ぐ日向がプログラムに潜った先で出会ったのは、今より歳をとった狛枝だった──!
果たして、二人は仲直りできるのか。
歳上の30歳前半の狛枝と、まだ未成年の起きたばかりの日向と狛枝のちょっと不思議で、ままならない自分を見つめるお話。
すぅっと、艶やかな白い肌に皺が入っていく。
狛枝が顔を上げる。
「ねぇ、日向クン。今、なんて言った?」
ぬるりと日向の顔を撫でる瞳は、南国の島に似合わずどこか冷たい。
いつもの態度。
いつものやりとりだ。
もう手慣れたもので日向は、机の上を指先で叩きながら息を吐いた。
「だから、今から新世界プログラムの調整をするって言ったんだ」
「今から?」
「ああ、今からだ。今までの新世界プログラムは上限が十八人だっただろ。でも、こんな人数じゃ全然追いつかない。同時に多くの人の心理ケアに使えるように、早いところ調整しておきたい」
「試験日までの期日はまだ先だよね」
狛枝が顎を引き、パソコンのキーボードを叩く。普段なら器用に動く指先が、荒々しいタイプ音を立てている。電子機器の青白い光が、薄灰の光を余計に冷たく感じさせた。
白と銀色の手が止まり、彼は小さくを息を吐いた。狛枝が日向の顔を見つめる。狛枝のパソコンの画面には、《絶望患者同時施行新世界プログラム運用テストのお知らせ》というタイトルのメールが開かれていた。
「ああ、そうだな」
「プログラムの提出締切、三週間は先だけど。施行日なんてもっと先だろ。それなのに。へぇ、こんな時間からまだ仕事をするなんて、予備学科は
……
ああ
……
違ったね。今は与えられた才能があるんだっけ?」
「嫌な言い方するなよ。日付が変わる前には帰る。お前は終わったなら、先に帰って寝てろよ。いつもならもう寝てる時間なんだろ?」
外は満月が中天に向かおうとしている。他のみんなもそろそろコテージに戻り、眠る時間だろう。
狛枝は腕を組み、わざとらしく息を吐いた。
「
……
才能、使う気なの? あんなものに頼って、何になるの?」
冷え冷えとした視線が日向を撫で、パソコンのメールの上に落ちる。
「ボクらをみんな起こせた功績ただ一つで祭り上げられて、喉から手が出るほど欲しかった賞賛でももらって視力でも落ちたのかな? キミって考えが浅はかだよ。キミ一人が頑張ったって、意味がないんだ。どんなに優れたものでも、キミだけが理解するものを生み出しても意味がない。よく考えてみなよ。キミしか修理できない、全てを扱えない医療機器が全国に普及するわけがないだろ。焦って誰かに何かあったらどうするの。いつもできないことを無理矢理間合わせて、そのツケがどこにくるかわかってる?」
わかっている。わかっていた。
狛枝の言うことは間違っていない。つきりと頭の奥が痛んだ。身体の奥から湧き上がってくるような痛みは、日向の身に人工的に付与された人の業、奇跡の使用による代償の痛みによく似ている。
カップの水面に映る自分の顔が、苦痛に歪む。目を強くつぶって痛みを振り払う。
「みんなには負担させない。マニュアルも一から作る。だから、俺が何をどうしようが勝手だろ。お前、さっきからつっかかってきて、なんなんだよ」
感情が乱れた。寄せる波が岩を砕くように、自制心は砕け散り、砂になる。口から思いが飛沫をあげる。
周りに無理を強いている。そんなこと、わかっている。わかっているからこそ、腹立たしい。情動が捻られ、身の内で激しくうねる。
だけど、狛枝の言うように悠長なことはできなかった。
日向も狛枝も、いいや希望ヶ峰学園七十七期生のみんなも、罪人として未来機関に預かられた身分だ。誰一人このジャバウォック島から出られていない。保護という名目の、軟禁状態だ。
きっかけは未熟な自分の過ちで、多くの人を巻き込んだ。見せかけの希望と、身の丈に合わない理想を胸に抱いて起した愚行をなかったことにはできない。絶望に落ちた人間など、誰一人として信用などしてくれない。
だからこそ、証が必要だった。
絶望しなかった人間が、再び社会に踏み出そうとする絶望に落ちた人間を信用に足ると判断できる証が。成果が必要だ。そのために、今のプロジェクトを提案し、進めている。
俺のせいでどこにもいけなくなったみんなが安心して、世界に足を運んで夢を叶えられるように。
目を逸らさない。逃げない。考え続けて、できることをする。濯ぐことの叶わない罪を背負い、贖罪を果たす。
それが、自分の今するべきことだ。あの絶望的で、鮮烈で、命が軽く見える狂った経験の中で、無理矢理心を奮い立たせて奇跡を見届けた俺のするべきことだった。
なすべきことなんて、骨の髄までわかっている。そうじゃないと、俺は一生誰にも認めてもらえない。
認められないからと言って、逃げたくはなかった。同じ過ちは、したくない。だから──。
「そんなものに頼って、すぐに体調崩すくせに。キミの独りよがりの勝手な行動で、ボクらにも迷惑がかかってるのがわからないかな。これだから」
「うるさい」
身体を折り、叫んでいた。
狛枝が瞬きをする。それから息を呑んだのが視界の端に映った。だけど、言葉が、身体が止まらなかった。
「お前に、お前にっ、お前に俺の何がわかるんだよ」
拳が痛い。
無意識に、机を叩いていた。カップがぐらりと揺れて、音を立てて床に落ちて転がった。一度も口につけずに冷え切ってしまった白湯が、旧館の床の隙間に残らず落ちていく。
「
……
っ! わ、悪い」
「いや
……
」
ゆだった頭が一瞬で冷え切っていた。感情のままに振る舞うだなんて、自分が信じられなかった。カップを拾おうとする手が震えて、陶器を引っ掻く。
「ご、ごめん」
「ねぇ、日向クン。あのさ、とりあえずご飯に行かない? 南国のリゾート地でも冬の夜は肌寒いし、少しでも何か胃に入れておいた方が賢明だと思うよ」
狛枝の言葉が少し遠い。夜を割くような明るい電気の入った旧館なのに、視界がほんの少し暗くなる。自分を罵る言葉が、自分の声で頭の中をぐるぐると回る。
卑怯で、卑劣で、愚かしい。簡単に暴力の為に握れてしまえる自分の手が恐ろしい。
嫌だ。俺は、絶望なんてしていない。絶対に、違う。あの奇跡を無駄には、したくない。
「日向クン?」
狛枝の眉が顰められている。冷えた汗が、背中に伝う。日向の心を覗くような、推しはかるような視線が恐ろしい。そうやって、見てくる人間の俺を見定める目は、居心地が悪い。見て欲しくないものに、そんなに無遠慮に触れないでほしい。
気持ちが、悪い。
胃の中がぐるりとかき回されるような不快感がした。視線を落とす。顔があげられなかった。
今すぐここから、狛枝の側から離れたい。
「わ、悪い。俺、先に、行くな」
立ち上がり、ノートパソコンを手に取る。追いかけてくる声を振り払って、日向は旧館を後にした。
外は真っ暗だった。過去の姿を再現した華やかな印象のあったプログラム内の光景とは、まるで違う。人工の明かりはなく、見捨てられたような雰囲気はどこかもの寂しい。薄い雲の間から、銀色の光が差し込み、日向の足元を淡く照らす。
あと二時間で日付が変わる。南国の冬の風を受けて、半袖から飛び出した腕を撫ですさる。冷えた空気は嫌いじゃない。思考が、感情が重たい身体から切り離されて、透き通っていく感覚が好きだった。
気持ちは落ち着いていた。
顔を上げる。目の前には廃墟のような建物が建っていた。風雨にさらされ綻び、建造物の外壁は自然に帰ろうとしていた。日向はそっと息を吐く。
ここは、実際に日向たちがプログラムを施行されていた施設だ。
「大体プログラムはできたけど、直接確かめた方が早いよな」
日向は、機械に囲まれた廊下を淀み無く進んでいく。
進めば進むほど、コードやモニターが増えていく。急くように足を動かした。
新世界プログラムを医療用へと改良して、未だにテストを行えていなかった。そのせいで、どうしても気が急いてしまう。訪れた一大のチャンスに失敗なんてしたくない。
中枢部に辿り着き、日向はノートパソコンを開いた。改良したプログラムをメインコンピューターのシステムにダウンロードし、適応させる。
今回のプログラムは人格を有した人工知能を大きく組み込んでいない。日向たちにとってウサミや七海の助けが大きかったのはわかっている。だけど、七十七期生や日向にとって、ウサミや七海を全国に複数コピーすることは心理的に受け入れられなかった。そもそも、人工知能は電気を多く消費し限られたリソースを消費し過ぎてしまう上に、ふとした瞬間にハルシネーションを起こしてしまう。細やかな違和感は、患者やクライアントに疑心を生む。
心理支援において、決定的に誤った声掛けや支援をされては、患者やクライアントの人生に大きく影を落とすことになる。共に生活をし、娯楽として共に楽しむならいいかもしれない。だけど、一般的に医療機器として普及させるには、人格を付与させた人工知能管理者は適していなかった。
「おーい、日向くん」
横に置いていたノートパソコンから、声がした。
視線だけをやると、薄桃色の髪をしたあの時と姿が変わらない少女がいた。少女が画面の中で、手をメガホンのようにして口に添えるジェスチャーをしていた。
「あれ
……
、七海、か?」
「あ、やっと繋がった。進捗はどうですかな。もう寝る前だった、かな?」
「いや、今からプログラムの試運転しようかと思ってたんだ。横になるし、身体は休める。一石二鳥だな」
「うーん
……
ハードスケジュールだね。あれ、狛枝くんは? もしかして、日向くん一人でするのかな?」
一瞬、手が止まった。ノートパソコンの光から目を背け、メインコンピューターのコンソールへと視線落とす。
「
……
今回は俺一人だ。管理者権限を俺が持ち込むから、上がろうと思えばすぐに上がれるぞ」
「じゃあ、私は手伝わない方がいい、よね」
「そうだな。実際に普及させるときには人格のある人工知能管理者を置かない予定だし、電力消費は抑えておきたい」
七海が眉間に皺を寄せる。淀みのない会話のラリーに、一瞬だけ間が空いた。
「そっか。ねぇ、日向くん。おはようのアラームくらいは、許してくれる?」
画面越しに唇を横にひいた、意思の強い瞳が日向をじっと見つめる。詰まった息を、気取られぬ様にそっと言葉と共に吐く。
「
……
ああ、そうだな。頼んだ。朝食は行かないと、みんなに怒られちまう」
プログラムを起動する。起きるのは明日の朝だ。
まるで棺桶のような機械に、身を横たえる。
「いってらっしゃい」
薄緑のガラスの向こうで、七海が手をひらりと振る。
視界が暗転した。
数字の海を過ぎて、扉を開く。
白い光が目を刺す。
溢れる光に足を踏み出せば、そこは傷つけるものなど一つもない、平和で穏やかな海だった。
さくさくと砂を踏む。
耳をすませば、風の音がしていた。
海風の匂いが鼻先をくすぐる。
バーチャリアリティの世界だとわかってはいる。しかし、日向はなぜかここが本当の世界のように感じていた。
月が静かに海を照らしている。
砂を蹴れば、細かく砂埃が散っていく。知覚できる情報に何一つラグがない。完璧で、静かで美しい光景は、人の心を優しく撫でるような空間だ。それなのに、ほんの少しだけ心がざわついていた。
自分がここを、己の顔を見つめる場所だと設定しているからだろうか。
うまく言葉がまとまらない。だけど、このままじゃダメだという、不思議な強迫観念をこの世界に足を踏み入れてから強く感じていた。狛枝の前で自分の感情がままならなかった瞬間が、繰り返し脳裏に浮かぶ。
口の中が苦い。しまったなと、ひとりごちる。
比較対象がいないと、この心的不調が自分から生まれた要因なのか、プログラムによる環境要因なのか判別がつかない。
焦り過ぎただろうか。だけど、プログラムの基礎はうまくできていた。
食堂の中の食材。マーケットの品揃え。料理、遊び、趣味。課題として出される集団作業のお題。作業を通してのリハビリテーションを行う下地は、完璧に模倣ができていた。運用する準備も整っている。
最低限はクリアできているはずだ。だけど、何かが足りない。どうしてこんなに、落ち着かないんだ。
砂の上に座り、日向は膝を抱えた。
日向は瞬きをせずに、灯台のない深く沈んだ夜の海を見つめていた。
「ねぇ、日向クン」
声がした。後ろからだ。
深い思考から今に意識が浮き上がる。同時に心臓がどくりと動いた。
「ひとりかな。こんなところでどうしたの? 座り込んじゃって。具合でも悪いのかな?」
柔らかな、温度のある声が背を撫でる。嫌悪でも苛立ちでもない、純粋な親愛と心配を滲ませた声だ。
今、一番顔を合わせるのが気まずい男の顔が脳裏に浮かんだ。ひと呼吸、息を吸う。背後に佇む他人の呼吸の音を聞きながら、ぎこちなく振り返る。
青白い月光が、背の高い男を照らし出す。
やはり、いるはずのない人間がそこにいた。
「こ、こま、えだ?」
声に出してつぶやく。語尾が震える。
これは、幻だ。
日向の理性がそう喚き、狼狽える。
「うん。そうだね、ボクは狛枝凪斗だよ」
空気が震えた。確かに、よく見知った男の声だった。
だけど。日向は息を呑み、身体の動きを止めていた。
掠れたような甘やかな声。見慣れた深緑のコート。黒いスーツを身に纏う細身の体躯に、しなやかに伸びた手足。ひとつにまとめられた、鎖骨あたりまで伸びた白い髪の毛。笑みを浮かべるたびに、目元にできる笑い皺。
違和感が胸の奥でどっと膨れ上がる。
「でも、お前」
呼吸をして膨らむ胸。吐き出される吐息。
あまりにも生々しく、生きた人間が目の前にいる。
だけど。
ありえない。
これは、夢だろ。それか頭を打った俺の頭が都合よく作った幻だ。
だって、俺はこんなお前を知らない。
この男は、俺が知っている狛枝より明らかに歳をとっている。
「あはっ、ご明察。ボクはキミの知ってる狛枝凪斗じゃないよ。ここ、プログラムのバージョンが古いし、変だなって思ってたんだ。キミからしたら、未来の狛枝凪斗って言った方がいいかもね。何かわかるまで静かにしておこうとも思っていたんだけどさ。ひとりでいるキミが
……
日向クンが心配で、出てきちゃった」
黒い艶のある革靴が砂を踏む。スーツが汚れるのも気にせずに、雰囲気の変わった狛枝が日向の隣に腰を下ろした。
不健康そうな白い顔は相変わらずだ。だけど薄灰の瞳には、穏やかで人を甘やかそうとするような慈しむような光を湛えていた。
「あんまり調子良くなさそうだね。アバターは高校生の日向クンだけど、中身は多分違うのかな。今の日向クンは何をしてた頃なの?」
白い手が、砂の上に投げ出していた手に触れる。優しく触れ、そっと握られる。視界の隅で首が傾げられ、言葉を促される。
怪しい。信頼できない。緊急事態だろ。
理性はそう騒ぎ立てるのに、不思議と感情は凪いでいた。あたたかいお湯の中で、手足を伸ばす、そんな感覚がしていた。
だって、この男の手も、仕草も、声も何もかもがあたたかかった。温もりの底には愛しみや、慈しみがあった。乾ききってひび割れた土に、水が溢れんばかりに与えられるみたいだった。だから、どうしてもあらがえなかった。もう、目の前の彼が本物でも、偽物でも、バグでもなんでもよかった。
飢えていた心にひたひたと沁みてくる情感が、日向の重たい口を開けさせた。
「し、新世界プログラムを大型アップデートして、絶望患者の心理支援に繋がる提案を、してるところだ」
「そっか、それじゃあ
……
たくさん頑張って、苦しい時期だね。日向クン、今眠れてないでしょ」
「
……
なんでわかるんだ」
顔を上げれば、やわらかな視線が絡んだ。無条件で受け入れてくれた、もう遠い昔に与えられていた、愛のようなものに包まれていた感覚が蘇る。
「知ってたから。あの時の日向クン、ずっと気が急いてて眠れてなくて、夜の海を深夜病棟を徘徊してるおじいちゃん患者みたいに、あてもなくうろうろしてたもんね」
「なぁ、その例えはどうなんだ」
噴き出すように息が溢れる。
この男の毒のない少し呑気で独特な例えを、久しぶりに聞いた。なんだか懐かしい。
ああ、そうだ。
お前が俺の何もかもを知らなかった時も、ここの海辺でお前に励まされたこともあったっけ。重たかった心がすっと軽くなる。
「よし、決めた」
記憶より少し大人の狛枝が、唐突に膝を叩く。
「ほんの少し。ほんの少しだけでいいよ。ボクと夏休みしようよ、日向クン」
黒い革手袋を被った人差し指が、ぴんと立てられる。目尻に皺はあるが、色の変わらない薄灰が日向を覗き込む。
日向はくしゃりと眉を寄せ、愛想笑いを浮かべた。
「バグがなんか言ってるって?」
「
……
っ、なんでわかるんだよ」
「わかるよ。だって、ボクはずっとキミを見ていたんだから」
大人の狛枝がにこりと笑う。ああ、整った顔立ちだ。日向のよく知る狛枝と同じで肌が白い。だけど、汗を流し、喜怒哀楽をその顔で表してきたのか、そこには生きてきた証が刻まれていた。彼の笑みはどこも胡散臭くなかった。精巧な人形ではない。親しみやすい、人間の顔だ。
なぜか、気恥ずかしい。顔が赤らむ。
「
……
なんか、やっぱり変なヤツだな」
「やだな、いい趣味って言ってよ」
「趣味悪い」
「でも、おかげで一人じゃないでしょ」
「
……
ああ」
日向は素直に頷いていた。シャツの上から胸に触れてみる。
大人の狛枝はそっと日向の顔を窺う。
「ねぇ、日向クン。ボクもお仕事手伝うからさ、今日くらいはゆっくりしようよ。いつも頑張ってる日向クンが一日くらいお休みしたって、誰も何も言わないよ。ね?」
「手伝いって」
「安心して。キミよりずっと経験を積んできたから、できることも多いよ。キミの書くプログラムもわかるようになっちゃった。だから、安心して任せて欲しいな」
「でも、休んだら
……
」
「ボクは見てたよ。キミが頑張ってたのを、ボクは知ってる。だけど、知ってる? 過度の疲労は効率を落とすんだ。少し休めば、日向クンなら何が足りないのか、どこがおかしいのかすぐにわかるんじゃないかな」
日向の背を、白い手がそっと撫でる。そのまま引き寄せられた。身体の左側が、温かい体温に包まれる。
じわりと眼球が熱くなる。じわじわと視界が溺れて、瞬きすればポロリと涙が落ちていった。
「なんで、これ
……
」
「大丈夫。大丈夫だよ。なんとかなる。だって、ボクは日向クンがうまくプロジェクトをやり遂げたのを隣で見たんだから。だから、今日くらいは大丈夫」
「
……
うん」
うなずく。
警戒心も、疑心も、不安もなかった。固まっていた心がそっとほどけていく。
プロジェクトがうまくいくだなんて、気休めかもしれない。だけど、この男なら、この狛枝が言うのならなんとかなるんじゃないか。何もかもうまくいく。だから、今日は大丈夫。自然とそう思える何かがあった。
「いでっ」
鈍い音と共に、短い悲鳴がした。
心地の良い体温がぐらりと傾き、離れていく。一瞬で涙が引いた。
「こ、こまえだ」
大人の狛枝が倒れた身体を起こし、側に落ちていたものを拾い上げる。硬い薄緑色の大きな木の実は、頭が削られ、不自然にもストローが刺さっている。ガチャガチャの景品で見たことのあるものだった。
「あはは、日向クン、せっかくだから飲んでみる?」
差し出されたヤシの実を、日向は流れるように受け取っていた。ぼんやりとつぶやく。
「やっぱり、まだバグがあるな」
「じゃあ、ちょっとしたバグをみつけながらでいいから、ボクに夏休みを教えてよ」
「夏休みしようって言ったの、お前なのにか?」
「想像つくでしょ、ボクの友達はキミだけだって」
「
……
なぁ、狛枝。お前と俺って友達なのか」
「何寝ぼけたこと言ってるの。日向クンはボクの友達でしょ」
不意に大人の狛枝が立ち上がり、日向を見下ろした。
「いいから、まずは今の日向クンが何をしたいか、教えてよ」
白い右手が、眼前に差し伸べられる。白くて少し乾いた、働く人の手だ。見覚えもない大人の手のはずだ。それなのに、胸をくすぐるような既視感を覚える。何度も瞬きをする。
震えない手を差し出す男の向こうに、満点の星が輝いていた。
狛枝は木を軋ませながら、階段を登り切る。そこは、ホテル二階の食事スペースだった。人に忘れ去られた南国の島の中でも、ここは最後に人がいなくなった場所なのか、風化がほとんどしていない。床も窓も備品も、壊れていない。そのおかげか、ここはバーチャリアリティと雰囲気が似ている。みんなが一日必ず集まる、一番落ち着くところだった。
日の暮れた室内に、灯りが一つだけついていた。いつも花村が作る食事が並ぶテーブルから、一番近いテーブルに一人影があった。節電を心がけたささやかな光の中で、椅子に座る一人の赤髪の少女が振り返った。
「狛枝?」
「小泉さん。まだ寝てなかったの」
「それはこっちのセリフでしょ。アンタたちが来ないと、こっちはいつまでも片付けられなくて困るんだから。
……
ねぇ、狛枝。日向は?」
少女がきょろきょろと視線を向ける。
嫌な予感に、狛枝の唇の端が引き攣っていた。
「
……
まさかこっち、来てないの」
「えっ、アンタと一緒じゃなかったの」
狛枝は、小泉と顔を見合わせていた。小泉が腕を抱え、小さく息を吐く。
「ねぇ
……
狛枝。アンタもそうだけどさ。日向、ご飯食べてる?」
言葉に詰まる。
食べているかと聞かれたら、あまり満足に食べていないだろう。ここ数日、日向も狛枝も、昼も夜も食堂に集まらず、適当な時間で腹を満たして旧館に篭りっきりだった。
答えられず、小泉から視線を逸らす。彼女の目の前のテーブルの上には、パンの袋が二つと、紙パックの牛乳が二つ、それからベーコンと目玉焼きの皿が二皿並べて置いてあった。
ああ、ボクたちのか。
漠然とそう思った。ここで過ごしてきて、差し出される気遣いは次第にわかるようになってきた。胸がくすぐったくて、慣れない温度に時々薄らと怖くなる。
「片付けしてるところ、悪いんだけどさ。そこのパンと牛乳だけ持っていってもいいかな」
狛枝は穏やかに微笑んだ。小泉の表情に苦いものが滲み出る。それだけで伝わった。
「うん。もう、全然ないけど、花村が心配してこれだけは働きながらでも食べてくれるんじゃないかって残してくれてたんだ。
……
アタシ、アンタたちみたいにちゃんと役に立てなくて
……
」
「そんなことないよ。掃除に洗濯に食事。ボクらが生活のリソースを半壊させながら無我夢中になっても倒れないのって、小泉さんや花村クンのおかげだからね」
「ちょっと! わかってるなら、ご飯くらい来なさいよね。アンタも、日向も!」
少女が狛枝を見上げ、びしりと指をさす。意志を宿す凛々しい瞳が瞬く。
「あはっ、だよね。素晴らしい才能を持つみんなに心配をかけて申し訳ないよ!」
「ねぇ
……
」
小泉が言葉を探している間に、狛枝はテーブルの上のパンと牛乳を二つずつ腕に抱えた。
「
……
日向クン探して一緒に食べるね。ありがとう、小泉さん」
階段へ足を踏み出す。
「うん
……
。頼んだよ」
狛枝の背中に投げかけられた小泉の声は、ずいぶん不安げに聞こえた。
日向のコテージまで、あっという間だった。深夜に片足を突っ込み始めた時間のせいか、誰ともすれ違わなかった。
立ち止まる。日向のコテージの前で、狛枝は緊張した眼差しで扉を見つめていた。息を吸い、扉を叩く。
「日向クン、いないの。ねぇ、日向クン」
返事がない。物音も、一切しなかった。
ドアノブをひねる。いつでも開かれていたバーチャルの世界の日向の部屋とは違って、この扉は狛枝を拒絶した。気配が何一つしない。会いたかった家主は、ここにはいなかった。
狛枝は唇を噛む。
ああ、もう。バカで、間抜けだ。
日向クンのことじゃない。ボクのことだ。
あの時、日向クンを一人で行かせなければよかった。ちゃんと、彼を見ていればよかった。手を伸ばせばよかった。
日向の震える顎を思い出す。
良くも悪くも、日向は真面目で愚直な少年だ。ある意味でわかりやすい。あの時、彼は普通ではなかった。狛枝に八つ当たりしたことを恥じ、そしてきっと、彼は何かに怯えていた。狛枝は日向の震える身体に、どう触れていいかわからなかった。一人で、行かせてしまった。
ボクは、キミを大事に思っている。
大切にしたい。
そう思っているのに、うまく伝えられない。うまく伝わらない。
気持ちを受け取ってくれない日向に対して、理不尽にも腹立たしい気持ちを抱えることもある。彼なんて才能もないくせに、どうして彼なんかに感情を乱され、自制心が霞になっていく感覚を味わわないとないといけないんだ。そうやって身勝手にも感情が間欠泉のように噴き上がる。ままならず、辛辣に言葉が弾け飛ぶ。日向のせいじゃない。決して彼だけのせいだと責めたいなんて思っていない。そうわかっているのに。
ぐらりぐらりと船の上にいるみたいに、心が揺れている。
日向といるとあたたかいのに、ほんの少し息苦しい。
見たくない自分がすぐそこにいる気がして、恐ろしい。心が揺れている。
日向から離れたら、楽になる。
そうわかっているのに、それさえもできない。狛枝にとって、日向創という存在は、いつのまにか予想以上に大きくなっていた。
犯した罪。幸運と不安。狛枝の思想。願い。笑ってしまいたくなるような、ささやかな望み。日向はその全てを受け入れ、狛枝の心を知りたいと望み、狛枝の手を握った。
ボクは出会ってしまった。
知ってしまったのだ。
不運にも与えられてしまった。胸の片隅に、居場所を与えられることの幸福を。
早く見つけなきゃ。追いつかなきゃ。ままならない思いもある。言葉にならない感情もある。触れたら自分が全て崩れてしまいそうな恐怖の予感もある。
キミを探さない理由なんて、探せばいくらでもあった。だけど、ふらりふらりと、深い夜を迷うように歩く病人みたいになったキミを、ボクは放ったままにはできない。
狛枝は吐きそうになったため息を呑み込み、歩き出した。
「世話が焼けちゃうな。
……
いったいどこにいるのさ」
つぶやく。狛枝の独り言に応えてくれる人間はいない。
夜風が肌を撫でる。冬の南国の、肌寒い乾いた空気が吹き通る。凍え死ぬ心配はない。盗賊に襲われる心配もない。飢え死ぬ心配もない。交通事故に遭う心配もない。だけど、彼が不幸にも与えられてしまった身に余る才能を使って自分を蔑ろにしてないか、人より繊細になってしまった頭を抱えて痛みに倒れてないか心配はしてしまう。
ここは病院もなく、薬も満足にない。超高校級の保健委員である罪木がいたとしても、できることは限られている。何かあった時に最終的に頼れるのは、己の生きたいと願う想いと、身体の生命力だけだ。
何かあった時いつもぼんやりと佇んでいる砂浜に、彼の姿はなかった。砂を蹴ると、薄雲から差し込む銀色の光が影を作る。深い海の向こうに、南国のリゾート地には似合わない狛枝たちの生まれ育った国の文化を汲んだ建造物が見えた。
ああ、もしかして。
色々考えて、たどり着いた予感に神経がぴりつく。狛枝は、こういう時の予感は信用をしていた。直感は大体当たる。
重たい扉を押し開く。
「ああ、やっぱり」
狛枝は眉間に皺を寄せた。それから、わざとらしくため息をついた。
夜には眠っているはずの、新世界プログラム施設。沈黙しているはずの機械が、淡く白い光を放ち、鈍い音を立てていた。床の上で絡まりそうになっているコードや配管を跨ぎ、中心部に近寄る。
一つだけ閉じられた棺桶のような装置の中、狛枝が探し回っていた人はそこにいた。日向は榛色と紅の目を閉じていた。ささやかに胸が上下している。耳を澄ます。鈍い機械の音の中に、微かに呼吸の音が聞こえた。
ああ、生きている。
安堵が胸をひたすと同時に、胸の内がささくれ立つ。
「うそつき」
ボクはあれだけ、休めと言ったのに。
手に握っていたパンの袋が、くしゃりと音を立てる。
ぱっと、薄闇に青白い光が刺す。
「あれ、狛枝くん?」
名前を呼ばれ、振り返る。
作業台の上に置いてあるノートパソコンが、一人の少女を映し出していた。
「七海さん? どうして」
「うーん。えっと、私今アラーム係、なんだよね」
「アラーム係?」
「うん。今のプログラムに私が介入したら、日向くんたちが本当に欲しい情報が手に入らないでしょ。だから、朝になったら日向クンを起こすアラーム係」
モニターに映る少女が、得意げに胸を張る。
狛枝は肩をすくめ首を振った。
「こんなにすごいことがいっぱいできる七海さんに、アナログ時計にもできる仕事をさせるなんて。非効率だし絶望的だよ。何考えてるんだろうね、あの予備学科」
「あ、アナログっぽいって狛枝くんもそう思う? 私が単純な機能だけしか任せてもらえないの、ちょっと面白いよね。だけど何もしないよりは、私が後悔しないかなって思って私からお願いしたんだ。狛枝くんも、かな?」
薄桃色の視線が狛枝の指先を見つめている。手に持った二つのパンと、コートのポケットを膨らませている二本の紙パックの牛乳がそこにはある。
そうだ。日向のために、彼を探し回った。疲れている彼を心配している。放っておけなかった。
素直な言葉を呑み込み、違う言葉が滑り出る。
「あはは、これは小泉さんの頼みというか
……
ボクの夜食のついでみたいなものだよ」
「ふふ、そっか。でも私はちょっと安心したかな」
柔らかな視線が、狛枝の顔をなぞる。狛枝は肩をすくめた。言葉にはされないが、見透かされている気がする。肌がぞわぞわとむず痒くなって、足を踏み出す。メインコンピューターのコンソールに触れ、プログラム内の状況を確認する。この中に、日向の精神がいるはずだ。
迷いなく設置してあるモニター全てを使い、観測カメラのデータを開いていく。
大きな画面に日向の顔のアップが映し出される。日向は眠っていた。目を閉じているけど、わずかに身体が身じろいでいる。深く寝入っているらしい。
ああ、よかった。無事だ。
それもそうだ。致命的な動作があれば警報が鳴るようにしている。同じ悲劇が二度と起きないように、そこは何人も集まって確認済みだ。それよりも、日向の現在地はどこなんだろう。
狛枝はキーボードを叩き、カメラの位置を調整する。
「は?」
思わず、声を上げていた。
男がいた。
寝台の上で、日向の身体に腕を回し、日向の背を包むようにして一人の男が眠っている。
これはなんだ。
炎のようにうねる白い髪が、白い枕の上に散っている。寝台の上に脱ぎ捨てられた見慣れた深緑のコートと、黒いスーツのジャケット。白いワイシャツの袖の下に覗く、狛枝にとってようやく使い慣れ始めたものと同じ義手が、月の青白い光を反射していた。
揺れる薄いレースのカーテンに、静かで穏やかな夜が見て取れる。穏やかだが、異質だ。明らかに異常だった。
ああ、これはなんだ。
あんな予備学科のような量産型のスーツなんて、ボクは知らない。持ってない。着たこともない。こんな着せ替えを、データにあげると聞いたこともない。
あれはボクじゃない。
ボクじゃないボクがいる。
ボクの偽物がキミの隣にいる。あれはNPCだとでもいうのだろうか。ああ、いやちがう。NPCなわけがない。NPCは患者が依存してしまわないように、深く踏み込まないように設定している。そのはずだったのだから。
胸の中でゆらりと、火が揺れる。揺れ動き、何かが焼ける音がする。言葉にならない情動に、その激しさに、息が詰まった。
キミは、どうして。
どうして、ボクの形を借りた訳のわからないものの隣で、そんなに安らかに眠っているんだ。ボクじゃ、ダメだったの。
狛枝はモニターの前で棒立ちになっていた。動揺、驚愕、苛立ち。そして、言葉の見つからない、激しくうねる情動に唇を結ぶ。ただ、日向を懐に抱えて眠る、画面の男を睨んでいた。
「あれ、狛枝くんだ。この髪と服の設定初めて見るね。衣替え、かな。でも日向くんのライブラリにもなかったから、NPCにしては変かも。うーん。これはバグ、なのかな?」
七海の声には、驚きや思案をする響きがあった。狛枝とコミュニケーションを取ろうと、共感を求めてくる。そんな彼女の声に応えたかったけれど、なぜかその余裕はなかった。ふらりと、モニターに歩み寄る。画面の男から、視線がそらせない。
「バグ
……
ね」
狛枝は一息つき、拳を握り込む。
「狛枝くん?」
七海の声にようやく狛枝は顔を上げ、ゆっくりと振り向く。
「ねぇ、七海さん。あのさ、ボク今からここに入れるかな?」
生身の手で、メインコンピューターのコンソールを撫でる。
胸の上をひりひりとした焼けた感覚がする。居ても立っても居られなかった。ボクはまだ間に合うだろうか。あんな偽物ではなく、伸ばしたボクの手を掴んでくれるだろうか。
鈍く響く機械の音。淡い電子の光。スピーカーから聞こえる遠い波の音。
狛枝は薄暗い無機質なものが敷き詰められた部屋で、ただひたすらに安らかに眠る少年の顔を見つめていた。
穏やかな波の音が間近に聞こえる。
目を開けると、白に目が眩んだ。白いレースのカーテン。白いシーツ。白に輝く視界の中で、目と鼻の先に白い顔があった。
静かな顔は、やはり整った顔立ちをしていた。眠りに落ち、笑わない男の顔は月明かりの元で見た時と比べて皺がなく、まるで作り物のように見えた。白い髪が光に艶めき、透き通っている。
日向は、なぜだか息をひそめて、隣で静かに眠る見るからに年上の男の顔を見つめていた。
どのくらいそうしていただろう。静かな声が聞こえた。柔らかで少し掠れた、耳慣れているのかいないのか不思議な感覚のする男の声だ。
「おはよう、日向クン」
どきりと、心臓が鳴る。
「おは、よう」
「希望の朝だね」
いつのまにか開いていた薄灰が日向を映していた。薄灰が歪み、ゆるりと月の形になる。
ぱっと、頬が火照った。胸の奥が奇妙にざわついている。薄灰から視線を逸らし、身体を起こす。
「ぼーっとしてるけど、大丈夫? プログラムの中だけど、もう少し寝る?」
「え、い、いや大丈夫だ。心配かけて、悪い」
「ううん、テストプレイでキミの部屋しか使えなくてちょっとラッキーだったな。ボクはしっかりしてるキミばかり見てたから、意外なところが見れて新鮮だよ」
「なんか、ちょっと恥ずかしいな」
寝台の上で、身を縮める。歪んだシーツの皺を見つめる。もぞりと布の上を滑る物音がした。大人の狛枝が身を起こし、日向の肩を抱くように叩く。
「じゃあ、今から朝ごはん食べに行こうか」
「えっ、調査に行かないのか? プログラム内だぞ。一晩くらい別に食べなくても」
「うーん、ごめんね。ボクがプログラムに入った時間を考えると、そろそろご飯の時間なんだよね。ここはプログラムの中だけど、食べたら食べた分だけの栄養やカロリーが管を通して現実世界で眠る被験者に与えられる。だからボクは食べておかないと、怒られちゃうんだ。だから、日向クンには悪いんだけど付き合ってもらってもいいかな」
大人の狛枝が、気まずそうに頬をかく。
「
……
怒られるのか?」
「うん、しっかり怒られちゃう」
狛枝の顔は、怒られると言葉にしつつも、あまりにも優しい顔をしていた。思わず、瞬きを繰り返す。
珍しい。
狛枝は、他人を理由に生活をしない人だったはずだ。大切な人でもいるのだろうか。
「じゃあ、早く食べにいくぞ」
寝台を飛び降りて、前に足を踏み出す。ふと思いついた言葉を振り切るように、部屋の扉を開ける。くすくすと柔らかな笑い声と、足音が追いかけてくるのを、日向は静かに聞いていた。
知らなかった。
この大人の狛枝には、怒ってくれて、心を寄せ合って過ごす相手がいるんだ。彼と俺の知らない誰かは互いに信じ切っていて、共に同じ日々を生きている。そう伝わるものがあった。
彼は俺の知っている狛枝ではない。データの破片が作り出した作り物かもしれない。俺と共に生きる狛枝の延長線上でもないかもしれない。そう、わかっている。
だけど、今の俺と狛枝の関係を思うと、あまりにも温度が違う。狛枝が誰かを信じ切って生きていく。彼の才能や、今まで彼が歩んできた人生の生きづらさを考えると、そんなふさわしい相手ができるなんて想像もしていなかった。
そして、俺は、きっとその相手じゃない。
俺は無自覚にもいろんな人間を騙していた。彼の期待を裏切った。才能もない、あったとしても血と罪に塗れた紛い物で、彼にとって価値のない人間だ。どうあったって、俺と狛枝には埋めようのない隔たりがある。
俺の知っている狛枝が、彼のようにあんなに柔らかな表情をしているのなんて見たことがなかった。
それがほんの少し、寂しくなった。
「なぁ、狛枝」
口の中にあるサラダを音を立てて噛み砕き、飲み下す。日向の正面で、いちごジャムを塗ったトーストを齧る男を見つめたまま、日向は口を開いた。
「なにかな。もしかして、食べれないものでも入ってた?」
「いいや、これは食べれるから大丈夫だ」
プログラム世界のホテルの二階。何度も通い、現実世界でも食堂として使う見慣れた空間に、二人はいた。
食堂に着くなり狛枝が用意したお揃いのメニューは、食べやすいもので揃えてあった。ジャムを塗ったトースト、ドレッシングをかけたサラダ、フルーツの混ざったヨーグルト。どれも日向が何も考えずに手に取る、朝のメニューそのままだ。
慣れたもの。慣れた光景。耳慣れはじめた声。
齧られたトーストからパンくずが、ぽろぽろと皿の上に落ちる。その仕草も、トーストの成れの果ても、日向にとっては見慣れたものだった。
だが、慣れたものの中に、浮かべる雰囲気が全く違う男がいる。やっぱり不思議だ。だから、問うてみた。
「お前、今何歳なんだ?」
「ふふ、日向クンには何歳に見える?」
大人の狛枝はコーヒーカップを手に持ち、目を細める。
「おい、お前なぁ。年下を困らせるような質問を返してくるなよ」
「年上には見えるんだ。いいね、べつに何歳って言ってもいいよ」
「本当か?」
「まあね。ボクの見た目なんて、見るに耐えないほど最悪なのは歳がいくつになっても変わらない事実なんだし、そんなことで怒るようなものでもないしね」
「今、この世の何人かを敵に回したな」
年をとっても変わらない、悪気のない辛辣な言い草に苦く笑う。頭の片隅で、派手なピンク色の髪をした友人が、眉間に皺を寄せて腕を振り回している。
「何人かで済むんだ。ああ、もしかしたら左右田クンが怒ってるかな?」
「そこまで分かってるならやめたらいいだろ」
「ふふ、ごめんね。つい」
狛枝の上がった口元で、コーヒーカップの湯気がゆらりと揺れる。
日向もつられて口元に笑みを浮かべていた。
爽やかな光に照らされて、穏やかな空気が流れていく。胸に居座っていたもやもやした憂いを、吐いた息と共に忘れていた。
少し離れた場所で、穏やかな空間を割く音がした。何かが乱暴に物に当たる音だ。
日向は肩を跳ねさせ、あたりを見回した。
木製のあたたかみのある壁と床が、視界の先に続くばかりで何か変わった姿はない。
ただし、大きな物音が近づいてきていた。これは、足音か。
そっと、椅子から立ち上がる。冷たく心臓が鳴る。まさか、プログラム内に異物が生まれたのか。もしくは、外部から不審者が入ってきたか。突然の非日常へ突き落とされる感覚がする。確かだった足元が崩れ落ちていくあの感覚は、あまり得意ではない。
逃げたほうがいいだろうか。
……
だけど。
振り向くと、大人の狛枝は何一つ動じていなかった。変わらずにコーヒーの湯気が揺れている。日向が視線を向けているのに気がつくと、男はにこやかに微笑んだ。
「日向クン!」
背後で名前を呼ぶ声がした。弾けるような音だ。だけど、ああ、この響きは。この声は。
「狛枝?」
「あはっ、ボクだね」
そこには、狛枝がいた。よくわからない線の柄が入った白いシャツに、深緑色のコートを羽織った狛枝の姿だ。線の柔らかさの下に鋭利で、情動の激しさを瞳に宿らせたその姿は、まさに日向の知る狛枝だった。
知らぬ間に上がっていた息が、そっと落ち着く。捻れそうになっていた心臓が、ことんと落ち着いた。
見慣れた姿の狛枝が目を細める。鋭く濃縮された冷たい光が輝く。笑みはなく、硬く口は横に線を引いていた。
狛枝の目が、日向を捉えた。狛枝が大股で歩き、すぐそこ、手を伸ばせば触れられる距離に立つ。薄灰色の瞳の虹彩が細かく震えている。神経質な視線が、日向を上から撫でる。思わず息を詰めていた。居心地が悪い。日向は、もぞりと身じろぎした。
「キミさぁ!」
見慣れた白い顔が迫ってくる。
「よくも呑気にご飯なんか食べていられるよね。どう見ても異常事態だろ。管理者権限まで持ってるくせに、なんで中断しないの。なんで連絡してこないの」
「こ、狛枝、落ち着けよ」
「一人で勝手に決めて、勝手に動いて。誰かに迷惑かけてるって思わないの?」
「そんな、俺は。少しでも、みんなが楽になるなら俺は」
「ずっとキミのそれが、自己満足で身勝手で迷惑だって言ってるんだけどわからない?」
白い指が、胸の上を突きつけてくる。日向が一歩後ずさると、椅子が音を立ててテーブルにぶつかった。
「ねぇ、日向クン」
背後から声がした。振り返る。大人の狛枝が、思案げに顎を撫でた。
「なんだ、狛枝?」
日向のよく知る狛枝の眉間に、深い皺が刻まれる。
「あは、ボクが二人いて紛らわしいから、ボクのことは凪斗って呼んでよ」
「ちょっと、何勝手なことを決めてるの。バグの偽物が消えたら済む話だよね」
狛枝が鼻に皺を寄せた。声にさらに苛立ちがこもる。反響する声に身を縮めながら、日向は頷いた。
「いいぞ」
「ありがとう」
「あのさぁ」
日向は大人の狛枝から、苛立たしげに髪の毛を掻き回す狛枝へと視線を移す。
「狛枝、たぶん
……
この凪斗、NPCじゃないぞ。いや、一応まだバグも疑っているのはいるけど
……
だからって言って、何もわからないままシステムを遮断するのはまずいだろ。下手したら、お前に何があるかわからない。それに、ずっと見てたけど悪いことはしてない。だから」
「はぁ? キミ、紛い物の方を信じるの?」
「そうは言ってないだろ!」
「バグはバグ。近くにいたら何が起こるかわからないんだ。人の精神に簡単に触れて扱うプログラムなんだから、でもなんてものはない。それくらい慎重にならないといけないことぐらい、人格が全部消えそうになっていたキミならわかってるでしょ」
「でも、凪斗はこのプログラムについて、すごく詳しいんだ。プログラム時間で昨日の晩のうちで何個か、解決した。もし凪斗がバグだったとしても、協力できるところはあるはずだろ。そんなに邪険にしなくても」
狛枝の頬が強張った。奥歯を強く噛み締めているのだ。薄氷の上のような張り詰めた光を宿した薄灰が、ふいと逸れて横を向く。
「もういいよ。そんなにバグといたいなら勝手にすれば」
温度のない言葉が吐き捨てられる。狛枝が背を向け、音を立てて去っていく。ばたばたと階段を降りる音がして、そして静かになった。
「アイツ、なんなんだよ
……
」
「あは、なんだか申し訳ないよ」
「なんでだよ、別に凪斗は何もしてないだろ」
「でもごめん。ボクがどうしてああだったのか、あのボクの気持ちが、ボクには分かるんだ。今となってはちょっとした後悔だったから、今の日向クンに謝れてボクはちょっと幸運なのかもね」
大人の狛枝は肺に溜まった空気を押し出すように、深く息を吐く。そして、日向の眼差しが眩しいと言わんばかりに目を伏せた。
「お前、こんなことに巻き込まれておいて、ちょっとで済むのかよ」
日向も深く息を吐いていた。
大人の狛枝は、そんな日向を見つめてはコーヒーカップの影で忍び笑いを漏らす。
「ボクにとってここはきっと過去で、とんでもないことに巻き込まれたのは事実だ。だけど、ここには日向クンもいるし、未練もこうやって慰められちゃった。ここまでくると不運なのか幸運なのかわからなくなってきちゃったな」
これだけでわかった。感情だけではなく、理屈で理解した。
「
……
お前も、狛枝なんだな」
凪斗がカップを置き、顔を上げた。
「うん。そうだよ。ボクにとってはこれは夢かもしれないけどさ。止めたかったのに、止められなかったものに手を伸ばす。ほんの少しだけ、できるようになったことが増えてキミに手を貸してあげられる。そんな奇跡は、滅多にないんだから楽しまないともったいないよね」
白い手が、スーツのネクタイをくしゃりと掴んだ。細められた薄灰に、重ねられてきた時を感じた。
視線を遠くに逃す。
感情を爆発させた狛枝のことも、穏やかに日向と狛枝を見つめるこの男のことも、何一つわからなかった。
この男になんの後悔があるかなんて、日向は何一つわからない。どうしてあんなに日向のことを邪険にしていた狛枝が、大人になって日向に謝り、手伝えることを喜んでいるのかも、理解ができない。
でも、凪斗の想いは嘘ではなかった。日向の知らない歴史を語る凪斗の仕草には、実感がこもっていた。それが余計に、胸の奥をざわめかせる。
疎外感。もしかしたら、孤独感かもしれない。
静寂が耳に突き刺さる。生々しい痛みが、胸の奥で蘇る。才能を使った後に襲われる頭痛より痛い。
「とりあえず最後まで食べようか」
日向は椅子に腰掛け、うつむく。
「ああ、そうだな」
ようやく開いた口から出た声は、くぐもっていた。
天候の幅を導入したおかげで、少し冷えた南国の空気が日向の肌を撫でた。バグを探して島を歩き回る。砂浜を歩く日向の足音に、ぴたりとすぐ側で同じ音が鳴る。
優しくて、気遣うような音と気配が、手を伸ばせば触れられる距離にいる。嬉しい。それなのになんだか、これじゃない、と思ってしまった。
ここは昨晩、凪斗がバグで生まれたヤシの実のジュースに襲われた場所だ。
指先で空にログを開く。指で透けた画面を撫でると、別のデータが現れた。たった数分前に更新の跡を見つける。
指を動かす。誤って空間にプレゼントのグッズのデータを参照し、引用してくるバグが綺麗に削除されていた。
きっと、狛枝が直した跡なのだろう。
視線を巡らせる。
呆れ返るほど平和で、曇りのない澄み渡った空と海。青い木が風に葉を揺らしている。あの白い頭の後ろ姿も、人影も何一つない。
日向はコンピューターを丸めた。それから、小さくため息をついていた。
「アイツが、凪斗みたいだったら
……
。本当の友達に、なれたのかもしれないな」
「会えなくてさみしいの?」
「
……
ああ。そうかも
……
しれない」
日向のもやのような感情に、凪斗は正しく形を与えた。
素直に頷いていた。
そうだ。俺はさみしいんだ。
「俺は、アイツがわからないんだ」
「でも、日向クンは分かろうとしてくれるでしょ」
「してるだけだ。それも、アイツからしたら身勝手で
……
いい迷惑かもしれないけど。でも、もうちょっと向き合えばよかったって、いつも後になって思うんだ。コロシアイのプログラムの時も、今もそうだ。逃げずに捕まえられてたら、ちょっとは変わってたかもしれないって」
朝食後、何時間か歩いたけれど、見つかるのは狛枝がバグを直した跡だけだった。狛枝は日向を避け続けている。あの時、呆気に取られて彼の背を見送らなければ、こんな想いはしなかったかもしれない。
狛枝は息をするように自分を卑下するが、本物の“幸運”の才能を持っている。癖があることは知っているが、それでも本物の才能だ。幸運は狛枝にどんな形であれ利益をもたらす。狛枝が日向と会いたくないと願えば、彼の望み通りに日向は狛枝と顔を合わせることはできないのかもしれない。
狛枝が望まなければ、俺は狛枝と繋がるものがない。あっけないものだと思う。
日向は瞼を伏せ気味にして、スニーカーの上にのった砂の粒がさらさらと跡も残さず落ちていく様を見つめていた。
俺たちは確かにうまくいかないことも多い。俺とお前は、よく見たら業の形がよく似ていた。似ている雰囲気に惹かれあって、最初からお互いに身勝手な期待を寄せて、勝手に裏切られて傷ついた。振り返ってみれば、子どもっぽいめちゃくちゃなことをやっていた。
だけどそれでもやっと、ささやかにも友達になれたと思っていたのに。
奥歯を噛み締めた。繋がれた手を無理やり解かれる瞬間は、いつになっても慣れない。頑張っても誰にも期待されず、誰にも認めてもらえず、振り返ってももらえない。それは惨めで、孤独で、虚しい。宙ぶらりんになった手が、指先からじわじわと冷えていく。
想像するだけで、身体がすくんで、動けなくなってしまう。息が詰まる。
隣に並ぶ男を見上げる。
すぐ側に並ぶと、いつもより首を上げることになる。やっぱり、凪斗はちょっと背が伸びている。
静かな瞳が、日向の揺れる視線を受け止める。
それが、あまりにも優しくて。幼い頃なんでも受け入れてくれた、もう無き優しい眼差しを思い出す。だから、この男につい寄りかかりたくなってしまった。
ずるいとわかっている。困らせるとわかっている。自分を慰めるためだけに、知りたいと望んでいる。こんなの、子どもの駄々で情けない。そうわかっていた。
だから、ずっと言わないでおこう。聞かないでおこうと思っていたのに、弱った心は俺に口を開かせていた。
「なぁ、お前は。凪斗は
……
未来の俺と、友達か?」
日向は唇を噛んだ。みっともなく声が震えていた。
胸が締め付けられる。熱いものが目の奥から込み上げる。眼球が焼けるように熱い。見られるのが嫌で、うなだれた。
情けない。恥ずかしい。
嗚咽がこぼれそうになった。
「日向クン、泣かないで。大丈夫だよ」
背に深緑色のコートを纏った腕が回る。ぎゅうと力を込められて、引き寄せられる。あたたかな腕の中で、日向は自分の身体が細かに震えていることに気がついた。
「もう、いやだ。なんなんだよ。おれ、いつもだったらこんなんじゃ」
「そうだね
……
。苦しいね。でも、ここは穏やかなところだけれど、ふとした時に自分の嫌で嫌いなところがいっぱい見えちゃう、そういうプログラムだから。こうなっちゃうのは生理現象なんだ。仕方のないことなんだよ」
深緑色のコートが、日向の涙を吸って黒く染みていく。とんとんと、子どもをあやすように背を叩かれた。
「ふふ、日向クンにこんなに望まれて、求めてもらえるなんて
……
あのボクはずいぶん幸せ者だと思うけどな」
凪斗の息が耳朶にかかる。白い手が日向の髪を撫でた。肩に顎を乗せられ、頬の柔い肌で濡れた頬をくすぐられる。物語で、大人が幼子を慰めるみたいな仕草だった。
「なぁ、教えてくれよ。凪斗」
日向より少し大きな身体を押し、見上げた。
凪斗の薄灰色の瞳が、苦しそうに歪んだ。
「
……
ごめんね。教えられないんだ。だって、話しちゃったら未来が変わっちゃうかもしれないよね。情けない話だけど、それがボクも怖い。こんなボクにも守りたいものがあるんだ。だから、ごめん」
優しく突き放される。日向は俯き、強く唇を噛んだ。
痛かった。呻いてしまうほどに、痛かった。ふわりと身体が浮く感覚がした。くるくると視界が回る。上も下もわからなくなる。気分が悪い。
ああ、これは。貧血だ。
身体から力がふにゃりと抜ける。視界がぼやけて、音がわんわんと重なり遠くなる。ふらつく身体に、二本の腕が抱き止めるように伸びてきた。支えてくる身体に導かれて、砂の上に座り込む。
「ヒントになるかわからないけど
……
。日向クンと出会ってからまだ少ししか話してないけど、ボクは真面目に、ちょっと不器用だけどずっと頑張っているキミのことがとても好ましいと思っているんだ。本当ならキミはもっと警戒心が強いはずなのに、こんなボクを頼ってくれてうれしい。悲しい時に、悲しい苦しいって泣いてくれてよかった。大丈夫だよ。日向クンは、ひとりじゃないよ」
柔らかい言葉は何一つ耳に入らず、日向の肌の上を滑っていく。
お前の言葉が全て嘘だとは思わない。だけど、だけど、中途半端に優しくしないでほしい。すごく惨めだ。お前は、俺の隣にいてくれる人間じゃない。お前がそう言ったんだろ。
この男の前で二回も泣くなんて、無様で、馬鹿みたいだ。子どもみたいだ。
嫌だと思うのに、心も身体も、俺の言うことをちっとも言うことを聞いてくれない。込み上げてくる涙を止める術を知らなかった。
「ひとりに、してくれ」
「だめだよ。今はだめ。こんな状態の日向クンをボクは一人にしておけないよ。
……
ごめんね」
俺は小さな子どもみたいに、泣いていた。
あたたかいだけの腕の中で、しばらくそのまま動けないでいた。
足音がする。
ゆったりと進んでくる音は、日向のものではない。狛枝はマップを開いて生体情報を読み込む。
日向クンは──ああ、無事だ。遠くにはいない。
「やぁ、年下のボク。精が出るね。バグの一つでも見つかったかな?」
指先を下へおろし、空に開いていたログを閉じる。隠しもせず、ため息をついて振り向く。狛枝とよく似た顔を持つ大人の男は、食堂の窓から降り注ぐ光を背に受けて立っていた。
「目の前に大きなものが一つあるけどね」
思いっきり顔を歪めてみる。
男の両手を広げた芝居がかった仕草。自分とほとんど同じ顔が、全く同じ声で話しかけてくる。これが、こんなに不愉快だとは思わなかった。
「これだけ探し回って、何一つ不正なログが見つからないんだよね。勘弁して欲しいよ。あのさぁ、偽物。
……
日向クン誑かしてどうするつもり」
「そんなことよりもさ、ボクもキミに聞きたいことがあるんだよね」
腕を組んだ男が一歩足を踏み出し、狛枝に歩み寄る。
こめかみがわずかに痙攣した。
「そんなこと? 今はこれより重要なことなんてないと思うけど? ああ、もしかして消えたくないってことなのかな。あはっ、だとしたら残念だけど無駄な足掻きだと思うよ」
もう一度、わざとらしい吐息をこぼしてみる。男は、同じ姿勢で立っていた。表情の一つも動かさない。
油断も隙もない。一体何をしにきたか、読めない。
感情の読めない薄灰色が、狛枝を見つめる。二人は顔を見合わせ、沈黙が落ちた。身じろぎの音すら聞こえない静けさの中、遠くの水道の蛇口から水が一滴シンクを叩く音が聞こえる。
目の前の男が深く息を吐いた。男の声音が、僅かに低く問いかける。
「ねぇ、好きな子泣かせて楽しい?」
男は誰とは言わなかった。ただ黙したまま、静かに狛枝を見つめてくる。
頭の中で、一人の少年がちらついていた。いつも吊り上がっている眉が、ふにゃりと下がった無駄に力の入った下手くそな笑み。
「
……
泣いてたの」
「日向クン、泣いてたよ」
息を呑む。
あの日向クンが? ボクのせいで? どうして。
胸がざわつく。学級裁判で混乱に目を潤ませることはあった。だけど、強がりでああ見えて自尊心が傷つくことにひどく敏感な彼が、人前で泣いている姿がちっとも想像できなかった。
「気になる?」
「い、や
……
」
狛枝はゆっくり首を振っていた。
何かの罠かもしれない。
それに、ボクはべつに、日向クンのことなんか
……
好きなわけでは。
「
……
き、気にするわけないでしょ。別に、ボクは予備学科のことなんて、どうだって
……
あっ
……
」
口が開いたまま止まる。目の前の階段を、誰かが駆け下り走り去っていく。そして、遠くで大きな扉が重たく閉まる音がした。このプログラムには今、ボクと、偽物と、彼しかいない。
背にひやりとしたものが伝う。口の中の唾をこくりと飲み下す。
「あ〜あ。心配だからついてこないで、って言ったんだけど。まだひとりが心細かったのかな。あは、あの日向クンずいぶんボクに懐いちゃったな」
くすり。ふふ。
目の前に立つ男の唇がめくれる。嘲笑でも冷笑でもない。どうしようもないなぁと、言いながらそれでもそのどうしようもない存在を見つめ愛でている、力のあるものの笑みだった。
「まるで妖狐みたいだね。心の底から不愉快だよ」
狛枝は鼻を鳴らして、横を向いた。
男の底の見えない笑顔は、白い顔も相まって薄気味悪い。自分と同じ人間とは思えなかった。
我ながら、いい例えだ。ボクと同じ顔をしているのが気に入らないけど、ボクも日向クンも振り回してるキミには大変お似合いだ。
目の前の白い妖狐が顎を引いた。腕を抱えて、挑むように見つめられる。肌がざわりとざわめく。空気が、変わったのを肌で感じた。ぬるりとした冷たい視線が、狛枝の顔をなぞった。
妖狐が薄い唇を開く。
「はぁ
……
本当にボクって、愚かで劣悪で自分勝手。見るに耐えないくらいにどうしようもないなぁ。こんなののどこがいいんだろう。なんだか彼に申し訳なくなってきちゃったよ」
狛枝の鼻の先がひきつっていた。妖狐の和やかな笑みの下に浮かべた、露骨な嫌悪が強く臭う。
確かにボクは愚かで劣悪で、どうしようもない人間だ。そんなこと言われなくたって知っている。だけど、同じ名前を名乗り、自分が歳をとったらこうなるだろうと思えるほど似通った顔に言われると、怒ればいいのか、呆れかえればいいのかわからない。
目の前の男が、薄い唇を開き饒舌に続ける。
「ねぇ、ボク。キミの抱えているその感情、言葉にしてあげようか?」
「はぁ?」
大人の狛枝が微笑んだ。愚かな人間に裁きを下す神のような、傲慢で美しい笑みだ。
ぞくりとした。
快感でも興奮でもない。心を冷たいもので無遠慮に撫でられる、おぞましさからだ。
薄い唇がぱかりと割れ、深い赤がのぞく。
「日向クンがボクの隣で眠っていたことが、どうして嫌だったの」
男のどろりとした言葉が、絡みついてくる。
「ふとした時に苛立たしいと思うのに、日向クンを放っておけないのはどうして?」
一歩、男の足が歩みを進める。
「一人でずっとボクのことを調べ続けてたその執着心はどこから湧いてるんだろうね?」
また、一歩。
「彼の手を振り捨てるようなことしちゃってさ。そうやってまた逃げて、一人ぼっちになりたいの?」
「そ、れは」
背中に寒気が走った。
狛枝の頭の中で火花が散る。暗闇に沈んでいた、蠢く見たくない、醜いおぞましいものに、一瞬明かりがさす。
考えたくない。
見たくない。
やめて、触らないでよ。
強張った身体で後ずさる。長い足がまた一歩足を踏み出し、狛枝の靴に黒い革靴の先が当たった。
「キミはどうして日向クンに優しくできないんだろうね」
白い顔が、鼻先が触れ合う距離で覗き込んでくる。
「あ
……
」
狛枝は息を呑み込む。
嫌な視線だった。意味を含ませた光を持った薄灰色が、にゅうっと三日月の形を作る。
美しくて、艶っぽくて、淀んでいる。
薄い唇が開き、毒のような言葉が耳に囁くように落とされる。
「いいかな、狛枝凪斗。ボクはキミだ。キミはボクなんだ」
自分の指より節張った指先がとんと、狛枝の胸の上をつつく。喉が上下にこくりと動く。言葉が出てこない。
息が上がっている。
胸がはち切れんばかりに騒いでいた。
爛々と獲物を狩るような肉食獣のような輝きを持つ薄灰が、唇を震わせるだけの哀れな狛枝を見つめていた。どれだけ見つめあっただろうか。
言葉を忘れた狛枝に、男は顎を上げ、見下したように見下ろしてきた。
「あ〜あ、ほんっとうに情けないったらないよ。わめいて、嫉妬して。全然ダメ。こんなのままならなくて拗ねてる子どもと同じだ。そんなんじゃ、友達なんてできるわけないよね。左右田クンの視線なんてわかりやすいったらないよ」
「ずいぶん、好き勝手言ってくれるね」
狛枝は恐怖と共に、本気で不快感を覚えていた。呪詛を吐く目の前の男に、顔を歪める。
狛枝の表情を心に留めることなく、男は唇を吊り上げる。
「それに、今の日向クンといて時々無性に自分がままならなくなっちゃうのだって、自分の劣等感が誤魔化せなくなったからだもんね!」
「は
……
、なに、言ってるの」
頭の中で火花が激しく散り、ショートする。
自分の世界の枠が、がたりと外れた音がした。自分を自分たらしめていた確かな枠が、男の言葉であっけなく叩き割られ、崩れ落ちていく。
ああ、ああ!
息が詰まる。口を開いて、閉じる。うまく、呼吸ができない。
「そんなこと、あるわけ、ない。だって、日向クンは、予備学科だ。ボクは才能という絶対的な希望しか」
「狛枝凪斗
……
ボクはキミだ。ボクはキミ自身なんだよ」
虚な言葉と咄嗟につけた仮面が容赦なく剥がされる。痛みにくぐもった呻き声をあげていた。
男の目がさらに鋭くなる。
「あのね、キミがどうして今の日向クンに言葉が選べないかって、それは簡単な話なんだよ。日向クンが自分勝手だから、こんなにも心配しているのにボクの話を聞いてくれないからだ、なんてキミは思っているんだろうけど、それだけじゃない。ボクはボクと同じ匂いがしていた日向クンに惹かれて、心から好ましいと思っている。ボクはどうしようもないほどに日向クンが好きなんだ。でもさ、彼はキミと同じ無価値でどうでもいい存在だったのに、ありのままの自分を受け入れて眩しいほどの光を得た。キミはそんな日向クンの姿に嫉妬したんだ。だから八つ当たりをして、見ないふりをして楽になりたかった。同じように燻って、仄暗い羨望を捨てきれない悲しいところが似ていた日向クンがキミの側にいたから、キミは表舞台の光を浴びる主役になれない劣等感を誤魔化せていたんだ。わかりやすく言おうか。狛枝凪斗は日向クンを自分の惨めさに付き合わせて利用していた。そうだろ」
気分が悪かった。
唇を噛む。
何一つ、否定できなかった。無理やり当てられた、暗がりへのスポットライト。今まで触れられなかった真実を、いいや違う。何も知らず、知ろうともせず、向き合うことをやめて生きてきたことを突きつけられる。
だから、戸惑った。驚いた。そして、驚くほどに痛い。
けれど、痛みと同時に世界を覆っていた皮を一枚、剥がされたようでもあった。目の前に、より鮮やかになった世界が広がっている。
言葉にならない戸惑いが、見つめるのが恐ろしかった恐怖が、形を与えられて狛枝を縛る。
「見ようとしてこなかったんだよね。好きで愛しくて大切なのに、妬ましい。その捻れた感情が今のキミを縛る鎖で、日向クンを無闇に傷つける鉄線なんだ」
大人の狛枝がそっと息を吐く。
「価値観が壊れるのが怖い? そうだろうね。だって、今までの長い道のりを、この幸運のせいで孤独に歩んだ惨めな自分を直視する行為だもんね。だけどさ、いい加減諦めなよ。狭い世界を生きてきたボクたちの価値観は、才能という目をくらますほどの絶対的な希望という光は、夜空を照らす数多くある星のうちの一つでしかなかったんだって」
確かに
……
そのとおりだ。
ボクは、ボクの信仰が崩れるのが怖い。
ボクの今までの人生が、悲しく惨めであったと認めることが恐ろしい。
だけど。だけどだ。日向クンと過ごしたこの短い時間の中で、ボクは誰もが持つ小さな希望の可能性に、真実の一端に触れた。この手で触れて、可能性を感じた。知ってしまった。それも、事実だ。
キミのいう通りだ。ボクはボクだけの人生だけではなく、日向クンという人に触れて、小さく輝く星の散らばった空の下にいる。
白い手が伸びてきて、狛枝の肩をそっと撫ですさる。ほんの少し、あたたかい。
ボクの手はこんなにあたたかかっただろうか。
「今の日向クンだって、あたたかくて眩しいよね。だけどさ、ボクらだって小さいけれど確かな希望を輝かせる存在になれる。そう思わない?」
「希望ってどんな
……
。さっきからずいぶん偉そうなこと言うけど、そういうキミは、自分自身の中にどんな希望の形を見つけられたの?」
「どんな形って、そんなの自分で見つけなきゃ。
……
ああ、いや
……
探すんじゃなくて、創らないとね。希望もなりたい本当の自分も、どこかになんて落ちてないよ。自分はこうなるんだって決めて走って創り上げないといけないことは、才能があってもなくても同じことらしいからさ」
「らしいって、ずいぶん説得力のないことを言うんだね」
「だって、これはボクの大切な友達の受け売りだからね。彼の決意表明
……
意志、だったかな」
男の視線がふっと落ちる。瞬く薄灰色の瞳は、凪いでいた。あたたかな色を浮かべている。どこか遠くの、大切な人を想うようなぬくもりがあった。
見つめ続ける狛枝の視線に、男は顔を上げた。大人の狛枝は悪辣さを落とし切ったすっきりとした笑みを浮かべた。
「さて、今のキミが抱えている大きな問題は炙り出せたかな。凡人が創り上げた小さな確かな希望をキミは確かに見た。ヒントはたくさんあげたんだから、後はキミ次第だよ」
目の前に立つ男の両手が、狛枝の上腕をポンポンと叩く。
「自分の問題は受け入れるのも、認めるのもゆっくりでいいと思うよ。でもそんなことよりもさ、キミはこんなところでうじうじしていていいのかな。日向クンが自分のせいで傷ついていてもいいの? あの平和な、ボクらにとって唯一の夏休みだったと言ってもいい揺籠の中で、友達になってと請い願ったボクらの手を繋いでくれて、ようやく見せてくれた日向クンの素朴な笑顔を、ボクらにとっての希望のカケラをなくしてしまっていいの? いい加減にしないと、このままだと後悔するよ」
ぞっとする。
日向クン。
ボクが、泣かせてしまった。ボクのせいで。
鼓動が早くなる。
なんとか、なんとかしないといけない。
ああ、でも。だけど。
「だけど、近づき過ぎたら
……
ボクの才能に巻き込んでしまう。幸運は日向クンをもう逃してくれない。ボクは日向クンを
……
いつか不幸にしてしまう。キミは、どうしてるわけ」
ボクは日向クンには不幸になってほしくない。ボクはキミを抱けなくてもいい。この胸に抱き締めることができなくてもいい。彼にはただ、あたたかい場所に、いてほしい。
ボクはどこにもいけない。結局、どこにも。
顔を上げる。縋るように見つめていた。
見上げる薄灰色が、ちらりと揺れる。そして、大人の狛枝は目を伏せ、囁くような声で呟いた。
「本当は教えたらダメなんだろうけど
……
ボクだけに種明かしをするとさ。幸運なことにね、日向クンだけなんだ。日向クンだけは平気なんだよ。これが彼にとって最良だったのかは、わからない。だって、酷い痛みにうずくまってる姿に、夜たまに泣きながら眠ってる姿を見ていたら、ボクだって怖くて聞けないよ。ボクは大好きな人に何にもできなくて、悲しいくらいに無力だ」
「
……
最低だね」
「最低で、さいっこうだよ。だからこそ、ボクたちは一緒に生きていけるんだ。あんまりできることがないボクにできるのは、せいぜい彼の背中でも抱きしめて一人にしないことぐらいだよ。まだ間に合うと思うけど、どうしようか、狛枝凪斗」
大人の狛枝が、目元に笑い皺を浮かべながら愉快そうに笑む。
「でも」
日向クンにどんな顔を向けたらいいんだ。
ボクは日向クンを泣かせている。かけがえのないたった一人の友達を、泣かせている。
それは、自分が酷い人間であるように思えてしまった。いや、酷くてろくでなしであることは、違いないんだけど。
足がすくむ。
「ああ、そうか。仲直りって知ってる? 友達がいなかったボクにとって、初めてだろうけどやり方くらいわかるでしょ。散々読んできた小説にも、戯曲にも、神話にも、詩集にも、たくさん載ってるじゃない」
細かい皺の目立つようになった人差し指が、狛枝の目の前でくるりと回る。
「あのさ、馬鹿にしてるの」
「あーあ、こっちは大真面目なんだけどな。どうせボクなんだから、他人からどう見えてもいいんじゃないの。ボクの良いところって行動力があることぐらいじゃない? ほら、さっさと彼のひとりぼっちの背中を抱きしめて、恥ずかしくて、幼稚で、みっともない告白でもしてきなよ」
大人の狛枝が狛枝の手を引き、そして背中を突き飛ばす。思ったより強い力に、足が勝手に前に進み、たたらを踏む。
文句を言おうとして振り返る。
「だって、それが一番日向クンが安心して、喜んでくれるんだからさ」
視線を動かし、見上げた顔。
薄灰の瞳は幸せそうに光を湛え、笑っていた。
波が寄せては返す。
足をずらすと柔らかな砂が崩れ、小さなカニが日向の足元から逃げていく。
危ないから、こっちに来たらだめだぞ。
ふらふらと歩く、残りもしないカニの足跡。なんだか親近感を覚えて、見つめ続ける。
背後に気配がした。足音が近づいてくる。ここには自分と、狛枝と、凪斗しかいない。振り向く気が起きない。後ろにいるのがもう誰だって、どうだってよかった。
「日向クン」
声がした。声だけじゃ、どちらかわからない。足音がすぐそばで聞こえた。茶色い靴が真横に並んで、カニが見えなくなる。
「何してるの?」
狛枝が問うてきた。
「別に、なにも」
視界の隅で白い顔が、怪訝そうな顔をする。じっと探るような視線に、日向は握っていた手のひらを開いた。
「カニを見ていたんだ」
「カニ?」
「ああ、カニ。はは、無意味だと思うだろ?」
砂の上にカニはもう見えない。同個体のカニなんて、日向にはもう見つけきれないだろう。ずいぶんあっけないものだ。
隣で、小さく息を吸う音がする。
「ひ、日向クン」
「気にしなくていいぞ」
日向は目を伏せ、風に形を崩す砂を見つめた。ここの砂は柔らかく、砂の城を作るにはコツがいる。この男と作った砂の城もついぞ完成することはなかった。風に散らされ、波にさらわれ、重さに耐えられず土台が自壊する。
世の中、仕方のないものもある。
分かりきったものを、聞きたくはなかった。
言い訳も、理由も聞きたくはない。思いさえしなければ、この男にとって無価値な存在でなければ、“どうだっていい“なんて言葉は出てこない。
お前が俺のことをどう思っているのか、ようやくわかった。
俺とお前が歩み寄れて手を繋げたあの思い出も、お前にとっては、どうでもよかったのだ。
胸が詰まる。鼻の先がつんとした。なんでこんなに苦しいのかは、わからない。
「その
……
、いいんだ。無理しなくても。どうしても分かり合えないことも、仲良くなれない人もいる。子どもじゃないんだから、俺だってそれくらいわかってるさ。ただ、その
……
まだ頑張らないと俺たち島の外には出られないだろ? だから、それまでは俺が近くにいることは許してくれないか」
「
……
ちがう」
「は」
日向は顎を引いた。初めて、狛枝の顔を見る。視線がすぐにあった。
「違うんだ。ボクは、キミが。
……
日向クンが心配なんだ」
日向は、訝しげに目を細める。
わからない。本当に、わからない。意味がわからなかった。けれど、嘘だと断じることはしなかった。嘘にしては、あまりにも狛枝の声が心細げだったからだ。
「日向クンがわかるように話せるか、わからないけど
……
」
狛枝が強く手を握りしめ、顎をあげる。挑むような、縋るような、強い視線が日向にぶつかってきた。
「ボクは、日向クンが酷い目にあうのは嫌なんだ。だから、怖い。ボクの幸運のせいで、キミが酷い目に遭うのが怖い。それなのに、日向クンが、ボクに、みんなに頼らないで自分を傷つける才能を頼りにして、自分を粗末にしているのが許せない」
狛枝の口調には、いつもの流暢さがなかった。何度もつっかえながら言葉を探しながら、それでもぼそぼそと続ける。
「ボクは、才能以外の価値を
……
認めるのがずっと、ずっと怖かった。だけど。日向クンは、ボクの大事なひとだよ。才能の有無で、日向クンが大事かそうじゃないかは変わらなかったんだ。だから
……
」
狛枝は瞬きせずにそういった。日向は、うっすらと口を開けたまま狛枝を見つめる。何も答えられずにいた。
白い手が、日向の手に重なる。手を引かれて、腰にもう片方の手が回る。瞬く間もなく、日向は狛枝の腕に抱きすくめられていた。
「えっと
……
」
「
……
バグにキミのデータが壊されないか、怖くて。ボクの姿をしたボクの偽物に、あんなに気を許しているキミを見るのが嫌で、こんなところまで来ちゃった」
肩の向こうで、狛枝のくぐもった声がする。
「そうか」
「ひどいこと、たくさん言ってごめんね。ほんの少し
……
認めたくないけどあっちのボクにも、日向クンにも嫉妬してたんだ。日向クンは悪くないのに、キミを糾弾できるほどボクが正しいわけでもないのに、ごめん」
「えっと
……
お前の言ってること、よくわからないところもあるけど、とりあえず狛枝は俺のこと
……
嫌いじゃ、ないんだよな?」
「そんな
……
! 嫌いなわけないよ!」
「よかった」
「すきなんだ。好き。ボクはキミを、日向クンを心の底から愛している」
心臓が大きく音を立てる。
狛枝の言葉が、真っ直ぐに耳に入ってくる。
ささやく口調は甘やかだ。愛しいのか、辛いのか、求め望む響きすらあった。
飾らない、等身大の拙いひたむきな思いだ。
一瞬甘美な感覚と、渇いたものが潤う感覚がした。くすぐったくて、慣れないものだ。
身じろぎすれば、身体に巻き付いた力が強くなる。ほんの少し、息苦しい。人に慣れていない、大きな子どもの必死な抱擁だった。
「な、なぁ」
日向は腕を回して、狛枝の背をそっと叩く。
「
……
うん」
「俺も、お前に酷いこと言った。自分勝手で、狛枝が俺のことをどう思ってるかなんて勝手に決めつけて。お前もお前なりに考えがあって、俺のことを色々考えてくれてたのに、俺はお前の話を聞こうとしなかった。酷いことしたよな。だから、悪かった」
「いいよ、そんなこと。日向クンを最初に困らせたボクが悪いんだから。日向クンのこと、好きなのに
……
ごめん」
「あ、ああ
……
」
重ねられた想いに、まごつく。縋り付いてくる身体があまりにも必死で、日向は腕を回して抱き返した。
狛枝の身体は白い肌ににつかわず、熱かった。じわじわと移る熱。海風が身体を撫でるけれど、ほんのりと身体が熱い。
二つの呼吸と、風と波の音だけがする。
狛枝の服の柔軟剤の匂いを嗅ぎ慣れた頃、ふと思う。
さすがにちょっと、長いんじゃないだろうか。
子どもとはいえ、もう二十歳近い身長も百八十近くある大きな男二人が、海辺で抱き合っていたらどうだろう。はたから見たら
……
ないかもしれない。
ぴたりと寄り添う熱に、次第に安堵よりもふつふつと気恥ずかしさが湧いてくる。
狛枝の胸を押して、足を引く。
「あ、日向クン待って。これ以上後ろに動かないで」
離れた身体が再び引き寄せられる。
「う
……
」
「そこ、足元にカニがいるんだ。このカニ、さっき日向クンが見てたカニじゃないかな?」
首を回して振り向く。狛枝の視線の先、日向が足を踏み出そうとした先に、カニがいた。日向の足が作った砂の山を大きく周りこみ、かさかさと動いている。
「あ、アイツだ」
「あれ、でも二匹いるね。日向クンが見てたのはたぶん、赤い方だよね?」
砂の影から、もう一匹爪周りが明るいオレンジ色のカニが、ゆっくりと赤いカニの後についていく。
「もう一匹はオレンジだな。なんか、甲羅に傷入ってるな」
「カニにしては色が明るすぎるもんね、いじめられたのかな。目立つから今すぐにでも食べられちゃいそうだね」
「そ、そんなひどいこと言うなよ
……
。アイツ、赤いヤツの友達かもしれないだろ」
「でもさ、日向クン。上にカモメ、飛んでるけど」
二匹のカニが砂の合間に隠れるのを、そのまま二人して固唾を飲んで見守っていると、後ろから砂を踏む音がした。
「あれ、二人とも何してるの?」
面白いものを見たと言わんばかりの笑みを浮かべた大人の狛枝──凪斗が砂を踏み、側まで歩いてくる。
頬がぶわりと上気した。
こんなところで抱き合って、何やってんだよ、俺たち。
胸の奥から気恥ずかしさが突き上げてくる。身体を折り、目の前の身体をそっと押しのけた。
「か、カニを! カニを見てたんだ」
「あのさぁ、大人になったなら空気ぐらい読めないかな。まさか、ボクって大人になっても空気読めないの? あーあ、がっかりだな」
狛枝が眉を顰め、あからさまなため息をつく。
「あはっ、今までの人生の中で、一番満たされてたところ邪魔してごめんね? どっちも帰ってこないから心配したんだよ。またうまくいかなかったのかなって。でも、よかった。二人が仲直りできて。ボクの人生に日向クンが隣にいないのは耐えられそうにないからさ」
「あれ」
日向は、ゆっくり凪斗へと顔を向ける。
凪斗の目が一瞬うろつき、咳払いをした。
「せっかくだから、プログラムの運用のヒントをあげる」
「だめだって言ってたのに、いいのか?」
「特別にサービスだよ。その代わり、日向クンは今日から眠れなくてもちゃんとベッドに入ること。もし破ったら、そこのボクがベッドまで引きずり回すからね」
「いや、そこはまともに運んでくれよ」
「日向クン、その
……
義手での重作業、まだ慣れてなくてさ。期待に添えなくて申し訳ないよ」
「だめなのかよ」
「ふふ、それで、このままだと運用に足りないものがあるんだけどわかるかな? 今回の日向クンの状態が顕著だったと思うけど。自覚はあるよね」
プログラムに入ってからのことを、空でなぞる。
恥ずかしい思いをたくさんした。普段なら考えられないほどの感情の情動が起きていた。
考えてみればすぐにわかる。これは意図的な感情の動作だ。
「ああ、そうだな。ここはほんの少しだけ自分の心が見えやすくなるようにプログラムを引いている。ほんの少しの刺激で、みたくない自分、不安定な自分を突きつけられる。自己理解に必要な過程だけど、患者やクライアントが苦しいことには変わりはないな。いや、結構きついぞこれ」
「それなら、早く言えばよかったのに」
狛枝が腕を組み、口を尖らせる。
「いや、さすがに狛枝に大人気なく泣いてるのを見られるのはちょっと、な
……
」
「ふうん」
「で、そこから対策はどうしようか?」
大人の凪斗は楽しそうにくつくつと笑む。
日向はじとりとした、狛枝の視線を感じながら唇を開いた。
「だ、だから! 監視者はいなくてもいいけど、支援者は必要かもしれない。凪斗みたいに、絶対に味方でいてくれる人が。擦り寄ったりしない、相手の苦しみを誰とも比較しない、ただ公平な視線で、伴走をしてくれる。そんな人が必要だ。そうだろ、狛枝!」
「うーん。なら、今のままだとまずいかな。被験者のリアリティを優先しすぎて外からのアクセス遮断してるよね。現にボクも入ってくるの大変だったし。せめて、支援者は簡易的に外部介入できるようにした方がいいんじゃないかな」
「ああ、少しプログラムを見直す必要があるな」
「日向クン、支援者って言うけど、今のボクたち外部支援者の想定してないよね」
「できたら支援者はただの職員じゃなくて、臨床心理士、作業療法士、そんな資格を持ってる人にも必ず関わってもらった方がいい。薬やシステムだけじゃ、更生は満足にできない。その後の生活を含めて更生だ。だけど、上を説得できるのか」
「頼ったらいいじゃない」
「は?」
白い指が日向の眼前に伸びてくる。狛枝は指をつきだし、口元を引き締める。
「そういうの得意な人、ボクたちの中にいっぱいいるでしょ。看護の知識は罪木さんが得意だし、弐大クンは作業療法士の知識がある。小泉さんなら資料に素敵な写真を用意してくれるし、プレゼンだってソニアさんや九頭龍クンがきっと上手にできるよ。ボクたちみんなにそれぞれ得意なベースはあるから、体系化していけばいい。みんな、喜んでキミの力になると思うよ。ああ、ちがうな。そうなりたいって、言っていたんだ。説得力があるものを、上はそう簡単に無視できないよ。だから、できるんだ。キミは、一人じゃないんだから」
確かな口調で、狛枝が続ける。理性的で、筋道の通った、反論を許さない確かな論筋。この男の目的に対しての行動力は、倫理がちらしの裏の落書き以下に成り下がった時でも、そして今でも頼りになる。怖いくらいに。
「それに
……
ボクもいるし」
薄灰色が、日向の顔を映し出す。強い意思のこもった瞳が、日向を見つめている。
損も得もなく、支え合える。
そんな人が、俺の人生にいる。満ち足りた全能感が、心地いい。
息を吸う。視線を合わせたまま、頷いた。
「ああ。よろしくな」
「うん」
「なぁ、凪斗、これで
……
」
日向は振り向き、目を瞬かせた。
そこには、もう誰もいなかった。砂浜についた足跡も、匂いも、何もない。初めから日向と狛枝の二人きりだったかのように、何もかもが消え失せていた。
「あれ
……
、凪斗はどこにいったんだ」
「あはっ、バグいなくなってよかったね! せいせいするよ」
「お前なぁ〜あんなに親切にしてくれたのに、そんな言い方」
「親切? あれが? キミさぁ、親切が何か辞書で調べたほうがいいんじゃないかな」
「なんでそんなに辛辣なんだよ。狛枝は何されたんだ?」
狛枝の顔が、苦虫を噛み潰したかのような渋面になる。あまりにも露骨で、日向も思わず苦く笑っていた。
あの大人は、日向にはとても優しかった。優しすぎるほどだった。けれど、やはり彼は狛枝凪斗ということなのだろう。
「おーい! あ、届いた」
空から声がした。顔を上げると、空に画面が広がり、七海が手を振る。
「七海」
「日向くん、アラームの役目を果たしに来た、よ? あれ、狛枝くんバージョンツーはいなくなったのかな?」
コンピューターを空中に開き、ログを確認する。やっぱり、そうだ。肌で感じた通り、未来を生きる大人の狛枝凪斗という存在そのものが消えてしまったかのように、ログには一切の記録が残っていなかった。
「ああ、いなくなったみたいだ。お礼、言い損ねたな」
「ううん、残念。私も大きな狛枝くんのモデルが良かったからモデルの処理方法聞きたかったなぁ
……
」
日向と七海が肩を落とし、つぶやく。
「さようならも言えない不届きものは今はともかく、ボクたちが頑張れば、いつかはそこに辿り着くでしょ。七海さんはきっといつかあの男の技術に追いつくし、日向クンの言い損ねたお礼もその時でいいんじゃない?」
腕を組んだ狛枝が、肩をすくめる。
珍しく聞いた前向きな意見に、日向は自然と笑んでいた。
「それもそうだな」
「うん。前向きに、だね!」
「やることも多いし、そろそろ帰ろうか。ボクたちの愛の巣へ」
風が吹いてくる。空は青く、透き通っていた。
不安定な立場、不安定な環境のせいで俺たちは明日さえ見通せない。ましてや、いつかの未来の日にどこに辿り着くかもわからない。
だけど、行けるところまでは行ってみよう。
明日、そしてまた明日。日々を重ねて何かの巡り合わせで出会えた未来の狛枝と、また会える自分でいられたら。そう願う。
日向は、現実へ還って消えていく自分の身体を見つめ、そして、祈るように目を閉じた。
「おはよう、狛枝。気分はどうだ?」
頭上で声がした。目を開けると、榛色と紅色の虹彩が狛枝を見下ろしていた。
「あぁ
……
日向クンだ」
「バグを確認した。安全に切り離せるタイミングで接続を解いた。システム上問題はないけど、身体はどこも悪くはないか?」
装置の中で仰向けになっている狛枝の目の前で、日向の手がふらりと振られる。瞬きをする。そのまま、狛枝は日向を見つめていた。ほんの少し柔らかさを削ぎ落とした、精悍な顔つき。静かで理性的な目つき。少しかさつき始めた肌。健康だとかなんだとか言って、ボクを置いて鍛え始めたせいで膨らみのある逞しい上半身。
自然と笑みが溢れる。どこからどう見ても、ボクの見慣れた彼だった。
「ふふ、ボクの日向クンだ」
日向がほんの少し頬を上気させ、困ったように笑う。
ああ、それやっぱり好きだな。
「
……
若い俺はどうだった?」
日向の揶揄う声がする。狛枝は笑った。
「なんだ、わかってたんだ。かわいかったよ。ボクなんかを頼ってくれて
……
不安なのかずっとくっついてきてくれて。小鳥の雛みたいで、ボクなんかでも何かしたいって守ってあげたくなる感じ」
「そうか」
「もしかして、やいてる?」
「別に、妬いてないぞ」
「へぇ、それは残念だな」
「妬くって
……
お前、俺のこと好きなのにどこに妬く必要があるんだよ。
……
もしかして、妬いたほうがお前の好みだったか?」
日向が唇を尖らせ、もぞりと口ごもる。
「うーん、やっぱりどっちでもいいかな。日向クンがボクを迎えに来てくれるんだから、それだけで満足だよ」
「そうか」
日向がしゃがんで、視線が近くなる。
「医療用のシステムを元に、娯楽用にプログラムを使えないかって打診が来た時、そろそろかなって思ってたんだ。狛枝が今日テストプレイするって分かった時、もしかしたらと思ってたけど、当たりだったみたいだな。
……
若い俺だけじゃなくて、若い頃のお前にも優しくしてやれたか?」
「あはっ、やりすぎちゃったかも」
日向が苦笑いをしながら、肩をすくめる。
「だって、若いボクってば日向クンのこと、大事にしてくれないんだから」
青い海。未熟な日向を見つめ続けて、足がすくんでいる腹が立つほどに未熟な自分。恥ずかしくて、見ていられなくて、日向にひどく申し訳なかった。
未熟な自分に八つ当たりしなかったかと言われたら、否定はできない。十年たったというのに、この身は年下をうまく癒し、諭せるような術も心も持っていなかった。だけど、許せないものは、許せない。それが自分だからなおさらだ。だから、あれはあれで後悔はない。
仰向けの狛枝の頬に、あたたかな手の甲がそっと触れる。すりすりと、繰り返し慰撫するように肌が擦れ合う。優しい熱が伝わってくる。
「慰めてくれるの?」
白い手を伸ばす。日向の手を捕まえて、自ら頬を擦り寄せた。
日向の眉が僅かに寄る。思案し、言葉を探しているらしい。日向の癖なのだろう。時折、こうやって言葉を深く探しに行くことがある。日向の手慰みに頬を差し出し、狛枝は言葉を待った。
黙り込んでいた日向の唇が、もぞりと動く。
「狛枝はどうでもいいヤツのことなんか、構うような人間じゃない。あの時のお前は特に顕著だったけど、理想にそぐわなければ、心に引っ掛かるものがなければ、がっかりだって見捨てて隣を通り過ぎていくだろ」
「ボクって反吐が出るほどゴミクズでろくでなしだね!」
「最後まで聞けよ。だけど、お前は俺にそうしなかった。その意味くらい、今なら俺にも分かる。あの時のお前も、お前なりに俺のことを大事にしてくれてたさ。まぁ、ちょっと痛かったけどな」
ああ、もう。本当にキミは。
起きあがろうとすれば、狛枝の身体に日向の手が添えられた。日向の肩に腕を回し、手をかける。
そのまま日向の身体を抱きすくめ、耳元で囁く。
「日向クン」
「どうした?」
いつも通りの声だが、狛枝が何かを仕掛けるのを察したのか、ぴくりと腕の中の身体が強張る。
「今日、セックスしようよ」
できることなら、今すぐに。
寄り添うように、日向にしなだれかかる。
「とびっきり、好きって言って安心して気持ちよくなってボクに身を寄せてくれるキミが見たくなっちゃった」
たった数時間だが、年の離れた愛しい少年と触れ合った。心の深いところから明け渡され、隣にいることを許されることの快感は、言葉にしようのないほどに心地よく得難いものだった。
年若い自分と彼の、熟れていない甘酸っぱいやりとりを狛枝は黙って聞いていた。
彼らの背を押すことはすれど、二人の間に挟まる気は最初からなかった。彼らは彼らだけの時間を共有して生きている。あそこではボクは異物で、部外者だった。
だけど、ボクにはボクと時間と想いを共有できる相手がいる。想いを交わし、情を伝え、過去の悔いも無念も共有できる人がいる。彼らと出会って、すごく、すごくボクの日向クンに会いたくなって、触れたくなった。
そっと吐いた息は、熱を持っていた。
日向の身体が、微かに震える。
「なんとなく、お前に何が刺さったのかわかった。
……
子どもの俺に手を出さなかったのは褒めてやるよ」
「今の日向クンは、ボクに甘えてくれる? 受け入れてくれる? ボクに最後まで心を開いていてくれる?」
「それはお前の頑張り次第だな」
身体が引き上げられる。狛枝は装置から足を下ろし、そのまま側に用意されていた車椅子に導かれた。
「へぇ、それは燃えるね。ふふ、期待に応えられるように頑張らせてもらおうかな」
車椅子に腰をかけて見上げると、日向は狛枝の膝の上に牛乳のパックと菓子パンを落とした。車椅子の車輪が、床と擦れて音を立てながら動き出す。
「わ、ちょっと」
「ほら、もう行くぞ。少し食べとけよ」
背後でいつもより早口になった声がする。
思わず笑っていた。年を重ねても、変わらないものもある。
相変わらず、不器用で、可愛らしくて、愛しいひとだ。
「凪斗。ありがとな」
瞬きをする。
珍しい呼び方だった。夜何度かお願いして、何もかもとろとろになってやっと呼んでもらえる、照れ屋な彼が未だに呼びなれない呼び方だ。
わずかに戸惑う。
「お礼。あの時のお前に、言いそびれてたんだ」
「特に何もできなかったけど、日向クンがそう言ってくれるなら嬉しいよ」
「お前は自分なんてできることは少ないなんて言うけどさ、俺はあの時も今もお前がいてくれて、よかった。何もできなくても、側にいることにもきっと意味があるんだ。誰にだってできることじゃない。俺はそう思う」
昼の白い光が輝く廊下の窓に、狛枝と日向が映っている。日向は頬を薄く紅潮させ、苦痛のない穏やかな笑みを浮かべていた。
「どういたしまして」
過ぎ去った嵐に想いを馳せ、狛枝は満足げに息を吐き出した。
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