ひなげし
2025-04-17 00:21:10
2715文字
Public 狛日
 

かわいいぬいぐるみ

本予備(ハピ軸)/狛日
狛日版週ドロライ第41回「ぬいぐるみ」
お土産を選ぶ二人の話

午後の頭は、灼熱の日差しだった。雲はどこにもなく、地は照りつけた陽の光でアスファルトが悲鳴を上げていた。
ぽたりと、汗が一筋地面に落ちた。日を避けるように日向は、早足で歩く。隣を歩く狛枝の顔がもう怪しい。白い顔を真っ赤にして、息が切れている。
「狛枝、生きてるか」
……いきてるよ」
帰ってきた声が細い。乱れた足音がする。炎天下だというのに、胸の奥がひやりとした。プログラム内の合宿で身の安全は保障されているとはいえ、心配なものは心配だ。
あたりを見回す。口角が上がった。
「お前と映画館に行く前にさ」
指を指す。
「ちょっと涼んでいかないか?」
狛枝は声もなく頷く。
スーパーマーケットがそこにあった。

涼しい風が二人を出迎える。
大きく息を吸い、熱を帯びた息を吐き出した。
「生きかえる」
もう一度息を吸い込み、ゆっくりと視線を巡らせる。鮮やかな色が日向の目を襲った。
見覚えのあるメーカーのお菓子。マスコット。ドリンク。ダイビング道具や、サーフボード、バーベキューセットまである。スーパーというよりは、地方都市のホームセンターのような賑わいだ。
目が眩みそうだった。
「品揃えがすごいな。これが、超高校級ってやつか」
手に取ったスナック菓子の袋がかさりと音を立てる。現実世界で手に取ったことがあるパッケージや、中身までもが寸分違わず構成されている。今自分がどこにいるかわからなくなってしまいそうだ。
「細かいものまで凝っているなんて、さすが超高校級のみんなが手がけたプログラムだね。商品に手作りっぽいのも混ざっているけど、協賛企業じゃないと商品が置けなかったみたいだから仕方ないのかな」
いくぶんか、いつもの顔色を取り戻した狛枝がふふっと、軽やかに笑う。
「今更だけど、すごいものに巻き込まれたな……
そっと長い息を吐き出す。悲しいことに、本来ならば手に触れることさえできないはずだった世界の一端に日向は触れている。
才能が全てじゃない。ようやくわかったつもりだ。飲み込んだつもりだ。自分の足で、目で何をしたらいいかずっと向き合って考え続けている。
わかっている。わかっている。ちゃんと自分は冷静だ。
だから、この胸に溢れる感情は、妬みや、嫉妬、そういうものではない。ただ、圧倒されていた。
感嘆の声が溢れてしまう。
「日向クンは予備学科だけどさ、キミがいたほうがボク達のクラスらしいでしょ? 予備学科から一人っていうならキミ以外ありえないよ」
穏やかな色をたたえた灰色とかち合う。狛枝の薄い唇が、笑みの形をつくっていた。
胸に何かが込み上げる。あたたかく、くすぐったい。
自分はここにいていいのだと。
誰かに肯定してもらえることが、こんなにも得難い。本科と予備学科。どう足掻いても埋められない隔たりだったはずなのに、ほんの少しだが狛枝が埋めようとしてくれた。それがどんなに困難なものだったのか、三年間の記憶が走馬灯のように頭の中を巡る。
……ありがとな。なぁ、せっかくだし涼むついでにお土産見て行かないか? せっかく二度とないような経験なんだから、何かひとつ買って帰ろう」
また酷く落ち込んだ時、手を伸ばしてくれた今日のお前のことを思い出せるといい。
「うーん、ボクはいいよ。手に入れてもなくなるし、欲しいものは別にないかな」
狛枝が腕を組み、小さく息を吐く。
「そうか。……悪かった。お前のこと気遣えなかったな」
日向は狛枝に背を向け、小さく肩を落とした。
店舗の中をゆっくり歩く。日向の後ろを、もう一つの足音が離れずに着いてきた。
「日向クンはお土産って、例えばどんなものを買うの?」
背後で、狛枝のいつもより固い声がする。
「なにか、記念品になればなんでもいいと思うぞ。お前とこんなにも楽しい日があったって、後から合宿を思い出せるようなものならなんでも。西園寺の選んでいた独創的な土産でも、きっとこの合宿を思い出せるんだろうけどせっかくなら俺はもうちょっと目に優しいものがいいというか。お前と一緒に選びたい、というか」
足音がない。
振り向けば、狛枝が足を止めてただ一点を見つめていた。
「狛枝? 気になるものでもあったか?」
白い手が、商品棚から何かを摘み上げる。
ナスカンの先にぷらりとぶら下がったまるいそれは、愛らしいハリネズミのマスコットだった。ぷらりぷらり、と揺れるハリネズミ。小さな手足は可愛らしい。
けれど、よく見ればまあるい黒い瞳のビーズの上には糸の結びや縫い目が丁寧ではない。飛び出た糸でつり眉のようになっている。茶色い毛並みは一部カットが甘く、頭頂部では一際目立つ生地でツノのようなものができていた。
正直に言ってしまえば、エラー品だった。
せっかく狛枝が形に残るものに興味が持てたのに、選んでいるものが勿体無い。
「なぁ、それ糸が出てるし、布の処理が甘くないか? せっかくプログラムに入ってるんだし、もっと綺麗なもの選んだらどうだ?」
狛枝が大きく目を見開く。自分が手に持っているものをまじまじと見つめて、これみよがしに深いため息をついた。
「これでいいんだよ」
「でも」
狛枝が首を振る。ようやく白くなった頬が再び上気していた。
「完璧じゃなくても、不良品でもボクはこれがいい」
ハリネズミのナスカンを握る白い手が震えている。
「そうか」
深く頷く。
このハリネズミの何が狛枝に引っかかったのかまるでわからないが、才能のせいで何かを諦めがちな狛枝が一つのものに執着することは珍しい。日向がこの三年で一つ変わったように、狛枝も変わっていたようだった。
何かに手を伸ばしてもいいのだと、本音で望んでもいいのだと、そう思えるようになったらいい。烏滸がましいかもしれないが、コイツの友達として願っていた。小さな変容が喜ばしい。
「じゃあ、とりあえず落としてなくさないためにできることを考えないとな」
「うん、そうだね」
「腰のチェーンにでも繋ぐか?」
「ああ、うん。できるならすぐにでもそうしたいくらいだよ」
ゆらりと、狛枝が顔を上げた。日向を見つめる狛枝の双眸の奥で、ぬらりと光が輝いている。前向きに生きている明るいものではなく、狡猾に獲物を見つめ誘うようなそんな光だ。
背筋がぞくりと震えた。ざらりと、胸をなにかが擦っていくような、嫌な音がする。理屈ではない。本能が毛を逆立てていた。
顎を引き、狛枝を凝視する。
「えっと、したらいいんじゃないか? 男でもぬいぐるみひとつくらいつけたって別にいいだろ」
「あは、日向クンもそう思う? ボクもそう思ってたよ」
狛枝はゆるりと微笑んだ。