「あ〜あ、ボクだってちょっとは知ってたんだ。キミの言葉がこの国の隅っこの方で身を縮めるように生きてる海の底の、エーギルの出身者たちと同じようなイントネーションをしていたから。もしかしたらそこの出身かも、ってね。でもさ、こんなのってないと思わない?」
廃墟も同然の深海神殿に、ボクの独り言が落ちる。海の底だというのに、ボクの言葉はしっかりと形を作った。ここは空気があるのだ。陸の技術じゃこんな場所は作れない。オーバーテクノロジーというやつだろう。
ボクをここまで抱えて泳いで連れてきてくれた、いや、ボクが側にいることを許してくれている彼は小さくついたため息でボクの言葉に答えた。
「キミはボクの不運に巻き込まれてもピンピンしてるし、どんなに戦って傷ついたってすぐ傷は癒えていた。地上のボクらじゃあり得ない身体をしていた。そしてキミはずっと何者かに追われていたよね」
記憶を失っていても、彼は夜に怯えていた。足音に怯えていた。濡れた何かが這いずる音にも怯えていた。どんな時も、彼は大剣を手放さなかった。
「左脇の下、左鼠蹊部。鱗が生えていたのは知ってるよ。何回か見たけど、増えてたよね。……あれから増えてない? 確かめたいのに、最近はキミってば気持ちいいのを恥ずかしがってボクと寝てくれないんだもん」
彼をつけていた人間を気絶させた時、ボクはようやく気がついた。
深海教会の信奉する胡散臭い神の存在に。
ボクのベッドで疲れ果ててようやく身体を休めてくれた彼に秘密で潜り込んだ深海教会で、ようやくボクは答えを得た。エーギル人は、禁忌を平気で犯す人間たちだ。その技術の結晶と代償を、きっと彼は背負っている。
彼はボクらを襲う恐魚と戦うたびに髪は白くなって、榛色の片方の目まで赤くなった。ボクの出身のラテラーノには帰れないけれど、彼を連れて今すぐ海から離れたかったのに。ボクはいつになっても愚かで劣悪で何をやってもダメな人間だから、気がついた時には潮がすぐそこまで来ていた。もう、手遅れだ。
いつまで、いつまでボクの友達のままでいてくれる?
背中の存在は何一つ答えない。
「ねぇ、日向クン。……ボクの名前、忘れちゃった?」
声が震える。頼りなくて、簡単に潮に流される。そんな声。それでも、彼に届いたのかそっと後ろの存在が身じろぎした。
「こまえだ」
ああ、まだ残っている。
自分は彼の中に、日向クンの中に残っている!
「うん。そうだよ、狛枝だよ。ずっと呼んでて、ボクの名前。これだけは忘れないでほしいな」
「……あなたは、僕の最後の友達なのに。こんなところまで来て。……はやく、俺の側から離れなさい。……逃げるんだ」
「ううん、……ボクだってキミのために同族に銃を向けた。ボクだって、後戻りできないよ」
全てから追われる立場になった日向クンは抵抗しなかった。海に濁る残った人間の日向クンが殺されることを望んでいるようで、ボクはそれが気に食わない。
諦めないことを、未来を信じることを教えてくれたのは日向クンだったというのに!
だから、同族に銃を向けた。堕天したってかまいやしなかった。ボクは日向クンの中に眠る希望を、未来を諦めてないってだけ。
同族たちの声が聞こえなくなって、もう聞こえるのは潮と日向クンの声だけだ。それが少しだけ心地いい。
「でも大丈夫。このあとどんなことが起きたって、ボクは幸運なんだから。キミの心がどんなに濁ったって、また浜辺のキミと出会える。だって、ボクらはまだ生きてるんだから」
神殿の外には蠢く影がわんさかいた。
日向クンが喋るほど数が増していた。ああ、ちょっと見たことあるなと思ったら昔みたアレクサンドリナ王女の謁見式に似ているのだ。あれは王が降りてくるのを待ち望む民そのものだ。
ボクはホルダーに挟んでいる守護銃に手を伸ばす。敵意は感じられない。それでも一応。ボクは未来を諦めるわけにはいかない。
武器を握らなくなった日向クンを守るのはボクのやることだから。
「……はは、そうかもな」
日向クンには何が見えているんだろう。
日向クンがボクの同族だったのなら、その哀しそうな、飲み込んだであろう言葉を汲み取ることができたのに。
──潮汐の下にて
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