ほしのまなつ
2026-05-31 00:16:12
2583文字
Public :一郎×3世短編
 

🥞&🎩3️⃣ /カラフルドロップ

そんなとこ、
似ないでよ!


――もも色にひかる、
――水たまり。

どこをどう見てもソレは、
ぽわんっと宙に浮かぶ水たまりだった。

「っえ? え?」
「あら」
……あー」
「え???」

まのぬけた声が、開いた口からこぼれてしまう。
戸惑うメフィストとは真逆で、両親たちは酷く落ち着いていた。
『3世もとうとうか』だなんて、しみじみと呟いているが何とかして欲しい。
「っえ、なにこれ……っていうか!! ラーメン!!」
さっきまで和やかだったはずの食卓には、出来立てのラーメンの匂いが漂っていた。
それなのに。無常にもメフィストの身体はぐいぐいと、光の中に飲み込まれつつあった。
「呼ばれちゃったんでしょ? 素直がいちばんよ」
「3世、諦めなさい」

――まったく
悪魔くんてやつはタイミングが悪いよな?

父であるメフィスト2世の、どこか誇らしげな第一使徒らしい呟きはもう、メフィストの耳には入ってこない。
光る水たまりは、戸惑う本人などおかまいなしに、メフィストの身体の半分以上を飲み込んでいた。
(よばれて、る――
知らない、はじめての体験だ。
はじめてなのに、メフィストにはそれが分かってしまう。
これはメフィスト3世の魔法陣だ。この世でじぶんだけの――
(くそ、あいつ……!)
抗えない。
抗えるはずがない――

――ちゃぷん……

「~~~~っおい、おまえっ」

どういうつもりだよ! そう、怒鳴ってやるつもりだった。
くぐもった水音とともに、薄暗い部屋の真ん中に落とされる。
抱えていたどんぶりは、かろうじて無事だ。
「聞いてんのか!」
メフィストを呼んだ犯人は分かっている。
――埋れ木一郎。
いま目の前で、初めて呼んだメフィストをじっと見ている白髪の男……初対面でケンカしたまま、うまくいっていない従兄弟だ。
当然だ。メフィストは人間であることにも悪魔であることにも、誇りをもっている。
それをこいつは――
「助けてもらいたい」
「へ?」
あの時と変わらない、平淡な声だ。
だけどまっすぐな願いごとに、メフィストの勢いはそがれてしまう。
――たすけてほしい?
――だれが? だれを?

……雨漏りが、止まらない」
「あま、もり?」
ぽたぽた。ぽたぽた。
天井から濁った雫が落ちている。それも、ひとつだけじゃない。
ぐるっと室内を見渡せば、なかなか酷い有様だった。皿や鍋に、ブリキのバケツ。それから、よく分からない布であふれかえっている。
「これ、おまえが?」
……やってみた。だが駄目だった。このままでは本が」
「やってみた、って――
まじまじと見上げた顔は、表情こそ変わらなかったが疲れが滲んでいた。
昨晩から降り注ぐ雨は、いったんやわらいだものの昼頃から激しさを増していた。
――ここ。古い建物だって、いってたもんな……
どこから見つけてきたのだろう、変わった形のツボまである。
くったりした布が、水を吸ったまま放置されていた。当然、拭き直しが必要だ。
それでも必死に拭われたであろう跡が、木の床にまだら模様を作っている。台所の流しまで、往復した跡があった。
なんども、なんども。
水が溜まっては、捨てていたのだろうか? ひとりで――
「ばか!」
「???」
しまったと思ったが、一郎には驚きの方が大きかったようで、ぽかんとしたように唇が開いちゃってる。
見たことない顔だ。そんなに驚くことなんだろうか。
今までいっしょに暮していた真吾伯父さんも、その使徒さんたちもみんなやさしい。『ばか』なんて、初めて言われたのかもしれない。
「大事な本なんだろ! おれは屋根裏みてくるから、早く避難しろって!」
「あ、ああ」
ちらっと見た一郎は、疲れだけでは言い訳ができない、ひどい顔色をしている。
たぶんパパが、時たま伯父さんを叱る理由と同じだろう。ちゃんとあとで問い詰めなければ。
……とにかく、雨漏りだなぁ」
ぐっと握りしめた右手で、慎重に石のついた杖を握る。
淡い黄色のひかりはメフィストのための魔法石だ。手のひらに、半分しかないと指摘された魔力が、じわじわとみなぎっていく。
家族以外のまえで杖をふるうのは、メフィストにとって初めてのことだった。

▽ ▽ ▽

……はー……なんとかなったな」
「ああ……すまなかった……なんだ?」
「ううん。悪くないなぁ、とおもって」
「???」
二人同時に座ったソファが、ぎし……っと音を立てる。来客用にしては古いけれど、これも悪くない。
じっとこちらを見る一郎に、メフィストは思わず頬をゆるめた。
一郎の言動は、なかなか素直だ。いや、そもそも最初から一郎は思ったことを口にしているだけなのだろう。
千年王国を導くのなら、それもちょっと考えないといけないけれど。

「でも残念だな。そこは『ありがとう』って言うんだぜ?」
――覚えておこう」

そうする、じゃなくて『覚えておく』なあたり馬鹿がつくほど正直だ。
素直に頷いた方がこの場ではいいのに。きっと一郎は、守れない約束をしないのだ。とにかく今夜は何とかなった。
もうメフィストが帰っても――……

「あーーーー!!!」

「ど、どうした?」
平淡な一郎の声が、わずかに掠れている。
めずらしい。じゃなくって――
……めん、のびちゃってる……
かろうじて片づけた執務机に、どんぶりは放置されたままだ。
もちろん手遅れだ。
「のびたら、だめなのか?」
「だめなの!」
汁を吸いきった固まりを覗き込むメフィストに、場違いな言葉がふってくる。
不思議と腹は立たなかった。
「おまえだってさ、ホットケーキ冷めちゃったら悲しくない?」
「ホットケーキは冷めてもうまい」
「おまえなぁ……
なかなか手強い。
でもメフィストは、やっぱり不快に思わなかった。
「ラーメンは出来立てがうまい。もちろんホットケーキもな? できたてを、やさしい従兄弟といっしょに食べた方が、うまいにきまってんの」
「?? どういうことだ?」
「今度いっしょに食べに行こうぜってこと。悪魔くん!」

はじめてその名前を口にして、ニィっと笑ってやる。
一郎は――悪魔くんは、
自分の悪魔メフィスト を呆けたように見つめるのだった。





(雨もりとラーメンと、従兄弟たちのはなし)