引力

レノ✕シスネ

 一見、いつもの光景だ。
 出動前のヘリポート。エンジンの唸りが低く響く中、レノは手すりにもたれ、シスネは手元の資料に最後の確認を入れている。交わされる言葉は軽く、いつも通りの温度に見える。
 だが。
 シスネが地図を広げるために一歩踏み出した瞬間、レノの重心が自然と彼女の方へ傾いた。本人は気づいていないだろう。俺が気づいているとも、思っていないだろう。
 ローターの風に揺れた髪を、シスネが指で耳にかけた。その一瞬、レノの視線が指先と白いうなじに吸い寄せられる。一秒にも満たない、刹那のことだ。
 シスネもまた、レノが軽口を叩くたびに、他の誰に向けるよりもわずかに瞳の奥を緩ませている。自覚があるのか、ないのか。それすら、俺には判断がつかない。
 二人の間の空気は、互いに踏み込むことを禁じながら、それでも静かに引き寄せ合っている。
……行くぞ」
 俺の声に、二人は同時に顔を上げた。息の合った反応だった。訓練の賜物というより、もっと根源的な何かに近い。
 背後でレノが「おい、置いてくなよ」と叫ぶ。シスネの、小さく弾んだ笑い声が続いた。二人のやり取りを背中で聞きながら、俺はサングラスの位置を直した。
 言葉にする必要はない。俺たちの仕事は、割り切ることで成り立っている。感情に名前をつけない。踏み込まない。それがタークスとして長く生き残る術だと、俺は知っている。あの二人も、知っているはずだ。
 だから余計に、始末が悪い。
 俺はヘリに乗り込みながら、そっと息を吐いた。