みすみ
2026-05-30 23:46:51
5552文字
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破れ鍋に綴じ蓋

Zくんから見たarhm両片想いシャアム

 テーブルの上には既に美味しそうな料理が並び、店内はほどよく賑やかだ。
「誘ったのは俺なのに、本当に今回もシャアさんのおごりでいいんですか?」
「もちろんだ、Zくん」
 カミーユがこのシーフードレストランGOGGを訪れるのは今日で二度目だった。向かいの席でわざとらしくカミーユのことをZくんと呼びにっこりと笑うシャアに、苦い思い出がよみがえる。
 一度目は忘れもしない、オンラインゲーム『JABURO』で仲を深めた初心者プレイヤーのクワトロに誘われた時である。
 クワトロの正体がシャアだったという驚愕の事実が判明し、なぜかわからないが流されるままカミーユは猫耳をつけることを強要された挙句に写真まで撮られ散々な目に遭った日。しかし現場となった居心地のいいレストランにも、レストランで提供された美味しい料理にも罪はない。また来たいと思いつつ仕事が忙しくなってしまい、その機会はなかなか巡ってこなかった。
 繁忙期が終わったカミーユは、無性にGOGGのリゾットが食べたくなった。店に連絡してみると、運よく席が空いていた。
 カミーユは仕事終わりにファを誘ったが悔しそうな表情で用事があると断られ、続けてジュドーに電話をかけるとこれからバイトなのだとがっかりした様子だった。ふたりには、次に行く時も絶対に声をかけてほしい、と念押しされた。以前カミーユがGOGGで食べた料理について話したことを覚えていたのだろう。カミーユもふたりに食べてほしかった。残念だ。
 どうしようかと悩んだ末、試しにシャアにメールを送ってみた。ゲームの誘い以外でカミーユからシャアにメールを送るのは初めてのことで、少し緊張した。当たって砕けろの気持ちだったが、シャアもちょうど退勤するところで予定が空いていたらしい。結局、カミーユは二度目もシャアと訪れることになったのだった。
 食事を楽しみながらいつものようにゲームの話で盛り上がっていると、不意にテーブルの上に置かれたシャアのスマホの液晶がパッと明るくなった。シャアの注意が一瞬だけ逸れる。アプリの通知だったようで、シャアはスマホを操作することなくすぐに先ほどまでの話の続きを再開した。
 一方でカミーユは、シャアの視線に釣られて目に入ってしまった待ち受け画面に思わず「エッ」と「ゲッ」の間の呻き声が漏れそうになり、慌てて唇を噛みしめた。右手で口もとを覆う。
 平静を装い食べかけのズワイガニのクリームチーズリゾットに視線を移し、再びシャアのスマホの液晶をちらりと見る。既に真っ暗になっていた画面に、ほっと胸を撫で下ろした。
「カミーユくん、聞いているか?」
…………聞いてますよ」
「?」
 カミーユの見間違いでなければ、シャアのスマホの待ち受け画面は先日たこ焼きパーティーをした日にアムロが猫耳をつけられた時の写真だった。以前この店で無理矢理猫耳をつけられ慌てたカミーユと違い、アムロはシャアとハマーンに写真を連写されてもなお堂々としていた。ハマーンは大層不服そうだった。
 カミーユはアムロのことを大学生の頃から知っているが、アムロが狼狽える姿を見たことがない。むかしからなにが起きても動じない、頼りになる先輩だった。猫耳をつけたくらいでアムロさんが慌てふためくわけがないだろう、と酔っ払ってふわふわした頭の中で思ったことを覚えている。
 そもそもアムロの写真を待ち受け画面に設定することは、被写体であるアムロに許可をとっているのだろうか。いつどこで誰に見られるかわからないスマホの待ち受け画面が猫耳をつけた友人というのはあまりよろしくないのではないだろうか。シャアにとっても、アムロにとっても、外聞的に。
 関わるべきではない。触れないほうがいい。どう考えてもやぶへびだ。
 わかっていても見て見ぬふりができない人間であるカミーユは、確認せずにはいられなかった。
……すみません、シャアさん。いまシャアさんの待ち受け画面が見えてしまって」
「待ち受け画面?」
 顔を引きつらせるカミーユとは対照的に、シャアは一気に表情を明るくする。意気揚々とスマホを手にとると、待ち受け画面をカミーユに向けた。隠す素振りは一切ない。むしろ誇らしげだ。アムロの話になるとシャアはいつもうきうきと楽しそうだ。
「先日の猫耳をつけたアムロだよ。ほら、どうだ。よく撮れているだろう。君も似合っていたがアムロも似合っていたな」
 どうだもなにもない。画面の中の猫耳をつけたアムロは、カミーユの記憶通り堂々としていた。
「俺が似合っていたかどうかはいま関係ないですし、全然うれしくないんですけど。そんなことより、待ち受け画面に設定していることはアムロさんの許可をとっているんですか? いくらアムロさんと仲がいいからって勝手に待ち受けにするとかよくないと思いますよ」
「許可?」
 おかしいのは俺のほうなのか?
 きょとんと不思議そうに首をかしげるシャアに、カミーユは自問自答する。
「アムロに見せた時は特になにも言っていなかったが」
「そうですか……
 カミーユが知らないだけで、いまは猫耳をつけた友人の写真を待ち受け画面に設定することは特殊なことではないのか?
 正直、シャアがアムロの写真を待ち受け画面に設定していること自体は、普段のふたりのやりとりを知っていれば違和感はない。シャアは二言目には、アムロは……アムロが……アムロに……アムロを……と友人の名前を出す男なのだ。
 ……友人、なんだよな?
 というか、シャアさんもシャアさんなら、アムロさんもアムロさんだよ。
 シャアから話を聞くと、アムロはアムロにべったりなシャアから距離をとろうとすることも多いようだが、基本的には寛容だ。シャアを甘やかしていると表現してもいい。
 少し前に、カミーユはロザミアのTシャツをシャアとアムロにプレゼントしたことがあった。アムロに会うタイミングがなかったためシャアにまとめて渡したが、まさかふたりそろってTシャツを着た写真を、よりによってハマーンに送りつけるとは。予想できるはずがない。
 後日、シャアとアムロが着ていたTシャツをプレゼントしたのがカミーユだと知ったハマーンからはちくちくと文句を言われた。「元カノに友達とのペアルックの写真をわざわざ送ってくるか?」「元カレの惚気話本当キツい」とかなんとか。うんぬんかんぬん。こればかりはさすがにハマーンの立場に同情を禁じ得ないが、カミーユからすればただの理不尽な八つ当たりである。
 思い出したら腹が立ってきた。
「今日もデザートを追加で注文しますからね!」
「カミーユくんが怒るタイミングはよくわからないな」
 これくらいは許されるだろう、というか、むしろこちらがこれで許してやる、というか。
 語気を荒げるカミーユに、シャアはやれやれとため息を吐いている。ため息を吐きたいのはカミーユのほうだ。
 大人になったカミーユは、正直迷惑なのでとっとと付き合ってくださいという言葉を飲み込み、デザートのアイスクリームを静かに口に運んだ。甘くて冷たい。
 これまでも、そしてこれからも、シャアとアムロのよくわからない関係には踏み込む気も口を出す気もない。とはいえ、カミーユはカミーユなりにふたりの幸せを願っているのだ。


        *


「おもい」
 ずしり、と。
 ぐうぐうとベッドで大の字になり眠っていたアムロは、突然自分よりも体格のいい男にのしかかられ思わず「ぐえ」とうめき声が漏れた。重い、苦しい、邪魔だ、気配が騒がしい。くつくつという男の押し殺した笑い声と、笑いをこらえるために震える身体は、物音ひとつしない深夜の真っ暗な寝室の空気を一気に変えてしまった。
「おはよう、アムロくん」
 なにが楽しいのか、シャアの声は弾んでいる。アムロの自宅の寝室に侵入した友人は見事に酔っ払っているようだった。なにもかもが楽しいのかもしれない。酔っ払いとは得てしてそういうものだ。
「どうして貴様はいつもいつも……
 アムロはシャアの大きな身体を押し返そうとするが、寝起きで力が出ない上に酔っ払いは手加減を知らない。
 以前シャアに強請られて自宅の鍵を渡してから、こんな夜を迎えるのも何度目になるだろう。またか、とアムロはまくらに顔を押しつけてため息を吐いた。
「起きるからどけ、シャア」
 暗くてはっきり見えないが、聞き分けのない子どものような沈黙からシャアが不満そうな顔になったことが伝わってきた。しかしアムロもこれ以上は甘やかす気はない。甘やかせば甘やかしただけ調子に乗るのだ、この男は。沈黙に沈黙で返すと、観念したらしいシャアは未練がましくゆっくりとアムロの上から引き下がった。
 自由になった身体を起こす。大きく伸びをして、部屋の明かりをつけた。酔っ払いの表情はおもしろいほどくるくると変わる。明るくなった寝室で、まるで長い間離れていた恋人に再会できたと言わんばかりにシャアはにっこりとアムロに笑いかけた。サングラスをかけていない笑顔がぴかぴかと眩しい。実際は昨日も顔を合わせたばかりの友人にする顔ではない。
 いつも以上に締まりのない顔をしたパジャマ姿の男からはアムロと同じ石鹸の香りがした。寝室に侵入する前にきちんと浴室でシャワーを浴びたようだ。
 数ヶ月前にまったく同じシチュエーションでスーツのままのしかかられた時に「くさい」と寝起きで不機嫌だったアムロが言ったことがよほどショックだったのだろう。それ以来、シャアは必ず寝支度を整えてからアムロの寝室に入るようになった。言いすぎたとは思わない。接待帰りのシャアの髪や服からは知らない香水が混ざり合ったにおいと、煙草のにおい、飲食店に長時間いた時特有の油のにおいが染みついており、吐く息はアルコールくさかったのだ。
「いま何時だ?」
「さあ?」
 とぼけるシャアを押しのけ、まくらもとに転がっていたスマホを手にとった。日付けはすっかり変わっている。アムロが寝ている間にシャアからのメールが三通、不在着信が三回、カミーユからの不在着信が一回、履歴が残っていた。
「カミーユとの食事はどうだった?」
「楽しかったよ。君も来たらよかったのに」
 責めるような声だった。数時間前にかかってきた、電話口のシャアの声が明るい響きから残念そうな響きへ変わった瞬間を思い出す。「これからカミーユくんと夕食に行くんだが、君もどうだ?」という誘いも、場所が以前シャアとふたりで一度だけ訪れたことがあるシーフードレストランだということも魅力的だったが、連絡がきた時点でベッドで横になりうとうとしていたアムロは「ふたりで楽しんできてくれ」と断ってしまった。
「今日はカミーユくんに怒られてしまったよ」
 怒られたと口にしながらも愉快そうにしている男を半目で睨む。
 なにがあったのか知らないが、怒らせたの間違いに違いない。出会った時から素直な後輩の裏表がない態度をアムロが気に入り気にかけているように、シャアもカミーユのことを気に入り気にかけているのだった。
 シャアは気に入った人間を困らせるきらいがある。シャア本人に自覚があるのかはわからない。カミーユは大丈夫だっただろうか。誰に対しても優しく、鋭い子だ。文句のひとつも言えず、シャアに振り回されたのかもしれない。いまになって、アムロはむかしからなぜかやたらと自分のことを慕ってくれるかわいい後輩のことが心配になってきた。
「シャア」
「ん?」
 アムロはシャアのゆるんだ頬を両手で挟んだ。きれいな顔だ。ぎゅ、と突然頬を挟まれたシャアはきょとんと瞬きをしている。
「帰りはちゃんとカミーユを家まで送ってやったか?」
「本人は電車で帰ると言ったがちゃんとタクシーに乗せたよ」
「ならいいけど。呼んでくれたら車で迎えに行ったのに」
「連絡しても起きなかっただろう。……そういえば、君は以前たこ焼きパーティーの時にカミーユくんを車で家まで送ってあげたそうじゃないか。それほど後輩想いだとは知らなかったよ」
 むっとしたシャアにアムロは笑った。カミーユに負けず劣らず、素直な男なのだ。
「まあ。なんか放っておけないんだよな、カミーユって」
「私よりもか?」
 カミーユは間違いなくシャアにとっても大切な年下の友人のひとりだったが、自分以上にアムロに構われ、世話を焼かれている人間がいることが気に入らないらしい。
「シャアほどじゃない」
 シャアより放っておけない人間がいてたまるか、と笑う。
 出会ったばかりの時はアムロの前でももう少しかっこつけていたように思うのだが、気がつくとシャアは甘ったれなやつになっていた。
 アムロとふたりきりになると途端に仕草が幼くなるシャアの尖った口に自身の乾燥した唇をぎゅっと押しつけ、頬からパッと手を離した。色気のかけらもない、いまの自分たちに相応しいキスに満足して、再びごろんと寝転がり隣を叩く。
 眉を下げたシャアは「私は惑わされないぞ」とアムロの横に寝転がった。顔が少し赤い。飲酒のせいでも、熱いシャワーを浴びたせいでもでないだろう。
 まったく、本当に仕方のないやつだ。
 心の底からそう思いながらも、アムロには最初からシャアから自宅の鍵を返してもらうという選択肢はないのだった。夜中に叩き起こされても、甘えられても、結局最後にはまあいいかとすべてを許してしまう。
 おやすみとひたいにシャアの唇が触れるのを受け入れながら、どこからか、放っておけないかわいい後輩の呆れたような大きなため息を聞いた気がした。