ほしのまなつ
2026-05-30 23:45:37
2495文字
Public :一郎×3世短編
 

🥞&🎩3️⃣ /暗号のワルツ

まるいホットケーキと特別なココア。
ここに帰る理由には、充分だった。






……まて、やり過ぎだ」

――ゆらり。

暗闇の底で、月のひかりを浴びた銀の髪がたなびく。
白銀の悪魔は今宵もそこに、君臨していた。

「おい、僕の仕事まで奪うんじゃない」
「䷮䷰䷯……!」
相変わらず、つよい。
柘榴のような濡れた深紅のひとみで、一瞥しただけ。
あとは悲鳴すら奪われた襲撃者の氷漬けが、みるみると山積みになっていく。
一郎の銃によって撥ね退けた数の倍は、ありそうだ。
『お片付け』すべき対象は報告よりもたいぶ多かったが、問題ないだろう。一刻も早く帰りたいのは、一郎も同じだ。

「䷬䷭……䷯䷰……!」
「せめて魔界語で話してくれ……

いったいどの文献を漁れば『コレ』と話ができるのだろう。
このしろい悪魔と組まされて、もう一年になる。
ヴァチカンからの依頼は、悪魔祓いから人探し、今夜のような神器の護衛など多岐に渡る。
(くそ……これじゃ、ていのいい便利屋だ)
祓魔師のお膝元であるヴァチカンに、千年王国研究所は大きな借りがある――らしい。
忌々しいことに、一郎にはそのあたりの記憶がごっそりと抜けている。だが、やることは変わらない。
「これで、全部だな」
「䷮䷯䷰……!」
銃に込めた聖銀には、生命を奪うまでの威力はない。
白銀の悪魔によって『氷漬けにされただけ』の小物たちも同じだ。一郎たちがやっているのは、応急処置にすぎない。
闇の底から、規則正しい足音が聞こえてくる。あとはヴァチカン直属の祓魔師たちが、さいごの処理をするだけ――

――――! ふざ、けるな……っ」

鈍い痛みが、左肩に走る。
とっさに動いた身体は、どうにか間にあった。
引きつった銃声が、ざらっと耳に障る。
出血はない。……聖銀だ。それも、かなり純度の高い――

……おい。これはどういうことだ?」

黒い制服の集団からは、何の答えもかえってこない。思わず舌打ちが零れた。
人体に害はないが、埋め込まれた銃弾がじわじわと一郎の余裕を奪っていく。
白銀の悪魔に向けられた銃口は、言い逃れしようがない。する必要もないと思われているのか――

――どいつ、だ?)

ここではない。
ここではない安全な場所で、のうのうと身勝手な嫌がらせを命令した奴がいる。

『悪魔と対峙するのに、眷属でもない悪魔など連れているのか』
そう眉を顰める連中がいることを、一郎は、この一年で嫌と言うほど知った。
馬鹿ばかしい。かつて四大世界を救ったのは、埋れ木真吾と、その使徒である悪魔たちだ。

「䷬䷭……! ䷮䷯䷰……――!䷱䷴~~~~!」
「~~~っ、わかった。分かったから、おまえは喋るな」

ぼくにはお前の言葉が分からないのだから、そんなに喚いてもしょうがないのに。
しろい悪魔が喚くたび、月の光を受けた白銀の髪が、ふよふよとゆれる。
口汚く罵ろうとした一郎のシャツの裾を、いつの間にか、ちいさな手がぎゅっと掴んでいた。
いつものことだ。
仕事を終えたばかりの白銀の悪魔は、一郎よりも、ずっと小さなイキモノになってしまう。
おかげで一郎の左肩ひとつで、すむことができたのだけれど。
「䷮䷯䷰……っ」
――そうだな、帰ろう」
この子の言葉は、なにひとつわからない。
ちがう。この子の言葉だけじゃない。

――これが正解なのか。
――このふたりで、あっているのか。

いちごジャムのような赤い瞳で見上げてくる悪魔が、こくりと頷くのを、一郎は視界の端で確認するだけだ。



▽ ▽ ▽



――……それで? どうなったの?」

「どうもしない。千年王国研究所として、苦情という形で報告はあげておいた。
書面には残した方がいいからな……メフィスト、ホットケーキは二段で良い。その代わりメープルシロップを」
……悪魔くん、肩にケガまでしてるのに?」
ぎゅうっと、まるっこい目が分かりやすく尖る。ケガといっても致命傷ではない。
大げさな痣ができた程度だ。この心配性の従兄弟はシャツの裾をめくったとたん、一郎の青あざよりも顔色を悪くしていたが。
「だがこれで、しばらく家賃には困らないぞ」
……うん」
犯行声明のあった神器の護衛ということで、依頼主の金払いはすこぶる良かった。
一郎が負傷したこともあり、次の依頼までは時間があるだろう。

「ココアもいれてやる。ホイップだって、乗せてやるからな?」
「きみは天才か」
からかうように本音を告げると、目の前で黄色のエプロンがぱあっとひるがえった。
『天才は、悪魔くんの特許でしょ?』などと、甘い匂いをまとわせた従兄弟が、ようやく笑ってくれる。
貴重な上級悪魔の血を引くちいさな従兄弟は、半分どころか少しの魔力もない。
一郎の生活を整え、研究所の雑務をこなし、この部屋で一郎の帰りを一郎の好物とともに待っている。

まるいホットケーキと、特別なココア。
一郎がここに帰ってくる理由には、十分だった。



▽ ▽ ▽



「あくまくん……?」
メフィストの声に反応がない。
呼吸にあわせ、心臓は間違いなく動いている。
じっと見つめ、深く息を吐き出した。思い出した記憶は、いまでも胸をしめつける。
「もう、ねちゃった?」
ソファに沈んだまま、まぶたはピクリとも動かない。
無理もない。左肩は、ピクシーさんの薬でも一週間はかかるそうだ。
「苦情、かぁ」
一郎にしては、譲歩した方だと思う。それにしたって随分と下に見られたものだ。
――前メシアの養い子で、ソロモンの笛に選ばれた天才。
いくらこちらに負い目があるとしたって、この扱いはない。
そもそもメシアの肉体の復活は、あちらにだって利があったはずだ。
約束は、十分すぎるほど果たした。

――おれが……メフィストが目のまえで悪魔くんを害されて、タダですむはずねぇだろ」

甘い匂いをまとうエプロンが、
ゆるりとほどけていく。
――そうして。

ツノのない悪魔は、
暗闇のそこから石のついた杖を
優雅に振りおろすのだった――





(とある白い悪魔のはなし)