2026-05-31 12:00:00
5250文字
Public りゅうみこ
 

桜色の証/頼灯

りゅうみこWEBオンリーの展示SSです。
龍宮の世界にて、頼朝が灯に贈り物をする話です。恋人ED後時間軸、本編ネタバレあり。

 今日も無事、龍宮の安寧を保つことができた。
 怨霊討伐の勤めを終えた頼朝は、大太刀を鞘に収めながらふうと息を吐く。
 一度倒したとしても、怨霊というものは澱んだ陰の気が集まれば再び生じるもの。
 だから油断はできないものの、八葉として守るべき神子かつ大切な恋人である灯と、彼女を庇護する龍神を差し当たっての危険から遠ざけることができた。その事実に安堵を覚えたからだろうか、あるいは己の目で確かめたかったからだろうか。灯の顔を見たくなってしまった。
 付け文で先触れを出してから、頼朝は神子の宿舎へと向かう。突然の訪いにもかかわらず快く迎え入れてくれた灯の包み込むような優しさに、知らず張り詰めていた彼の表情が緩んだ。
 通された客間で、互いに今日あった出来事を伝え合う。
「タイ先生から、新しい舞を教えていただけることになったんです」
 灯は、舞の稽古に励んでいたようだ。声を弾ませて語る彼女の生き生きとした様子に、頼朝は目を細める。
「良かったな。お前の努力が実った証だろう」
 率直な賛辞を送れば、灯は大輪の花が咲くように笑う。
「ありがとうございます。頼朝さんは、お勤めどうでしたか?」
 彼女から水を向けられ、今度は頼朝が口を開く。
 どちらかと言えば口下手と評される――それは源氏の棟梁として、不用意な発言をしないよう心がけている証左である――頼朝だが、灯相手だと話したいことが次々と頭に浮かぶ。
 それは灯が聞き上手だからかもしれない。彼女になら、多少踏み込まれたことを尋ねられても不思議と気にならないのだ。おそらく、言葉の端々に灯の心遣いを見つけられるからだろう。
(あれこれと理由をつけてみたが……結局は、灯の傍は居心地が良いから、いつまでも話していたくなるのだろう)
 恋い慕う相手と共に過ごす時間は、頼朝に春のひだまりの下にいるような安らぎをもたらす。
 叶うことなら、一秒でも長く灯の隣にいたい。そんな無意識下の願いによって、彼女の前だと多弁になるのかもしれない。
 灯との話に花を咲かせながら、頭の片隅で考えを巡らせていたその時だった。
 首元に指先を伸ばした灯が、襟に触れた途端、我に返ったように動きを止めた。手を下ろす時の、彼女のどこか切なげな面持ちが、頼朝の目に留まる。
「結川、何か捜し物か?」
「え?」
 灯の様子から予測を立て問いかければ、灯はきょとんとした表情を浮かべる。
 思いがけない、というような彼女の態度を意外に感じながらも、頼朝は言い継ぐ。
「不躾だったらすまないが、先程から襟元の辺りを探っているだろう? 失せ物なら捜索を手伝おう」
…………あっ」
 物を探すなら早い方が良いし、恋人の力になりたい。そんな思いから頼朝が申し出ると、はっとしたように灯が目を丸くした。
 一拍の後、彼女の白い頬がみるみるうちに赤く染まっていく。
――っ」
 予想だにしていなかった灯の反応に、頼朝は息を呑む。
 内心動揺している彼に気付く様子はなく、灯は紅潮した両頬を手で覆い隠すと、きまりが悪そうに視線を泳がせた。
「頼朝さん、すみません。何かなくしたわけではなく、その……手元にないものを探してしまったといいますか……頼朝さんから戴いた鍵を、無意識に手に取ろうとしただけなので」
「えっ」
 今度は、頼朝が驚きの声を上げる番だった。
 焦っているせいか要領を得ないところはあるものの、灯の言葉は頼朝の胸を打つ。
 彼女が言わんとすることを紐解いていけば、たとえようのない喜びがたちまち頼朝の心を満たしていく。
「桜霞の世界の物を龍宮には持ち込めないと、頭では分かっているんですが……私にとってとても大切な宝物なので、ふとした瞬間に触れたくなってしまうんですよね」 
 話しているうちに落ち着きを取り戻した様子の灯に気恥ずかしそうに眉を下げて笑いかけられ、頼朝の鼓動が高鳴る。
 桜霞の世界で初めて恋人に贈ったプレゼントを、灯がとても大切にしてくれていたことは、頼朝も分かっていた。けれど無意識のうちに触れたくなるほどに大事だと告白され、ますます彼女への愛おしさが募る。
 胸がいっぱいになって、息ができなくなりそうだ。
……俺が贈ったあの鍵を、大切にしてくれてとても嬉しい。ありがとう、礼を言わせてくれ」
 面映ゆそうに微笑み、溢れる想いのまま言葉を紡ぎながら、頼朝は密かに心に決める。
 ――この世界でも、大切な恋人に贈り物をすることを。

    ◆ ◇ ◆ ◇

 明くる日。鍛錬を終えたその足で、頼朝は仲見世通りへ向かった。
 よろず屋の前で立ち止まると、店先に並ぶ数々の装飾品に目を落とす。
(どのような意匠なら、灯は気に入ってくれるだろうか)
 贈り物ひとつで、灯を異なる世界に繋ぎ止めようなどとは思っていない。けれど、贈るのなら、桜霞の世界でのそれを想起させる物が良い。
 だから、プレゼントはネックレスにしよう。とまでは決めていた頼朝だったが、その意匠は全く思い描けていなかった。
 龍宮と馴染みの深い珊瑚が良いだろうか。あるいは翡翠や瑪瑙など他の石の方が灯の好みだろうか――実際にこの目で見れば答えが浮かぶだろうと思っていたのに、より迷いが深くなるだけだった。
 腕を組み、我知らず眉間に皺を寄せたその時、不意に店主のマンボウが店の奥から姿を現した。
「頼朝さま、何かお探しですか?」
 このまま一人で悩んでいても埒が明かないと考えていたところだったから、商いを営む者として様々な品に詳しいマンボウの登場は、頼朝にとって渡りに船である。
 源氏の棟梁として、何でもかんでも他人に教えを請うわけにはいかないが、今はそうする方が良い場面だろう。頼朝はマンボウに顔を向け、首肯した。
……ああ、神子殿に首飾りを贈ろうと思っているのだが、意匠に悩んでいてな」
 悩みを正直に打ち明ければ、途端にマンボウが目を輝かせる。
「神子さまへの贈り物をうちで選んでくれるなんて嬉しいなあ! 頼朝さま、使いたい石などご希望はありますか?」
「神子殿の好む物にしたいとは思っているのだが、情けないことにどの石が相応しいのか決めかねているのだ。何かおすすめはあるだろうか」
「うーん……
 頼朝の問いに、マンボウは体をひねり、考える素振りを見せる。ほどなくして、彼はひらめいたようにひれを打った。
「桜貝を使うのはどうでしょう!」
「桜貝?」
 耳慣れない単語に、頼朝は思わずマンボウの台詞を繰り返すように口にする。
 すると、マンボウは「少しお待ちくださいね」と告げて、店の奥へと姿を消す。ややあって戻ってきた彼は、頼朝に向かってひれを突き出した。
「こちらが桜貝です!」
「これは……本当に、桜に似ているのだな」
 マンボウのひれの上に載せられているのは――淡い紅色を帯びた二枚の貝殻。まるで桜の花びらのように可憐なそれに、頼朝の目は釘付けになる。
 感じ入ったような声を漏らせば、マンボウは得意げに語り始めた。
「最近沢山拾えるようになってきたので、加工して店に出そうかなって考えていたんです。神子さまの世界では、鎌倉の辺りで良く拾えるんですって」
「そうなのか」
 マンボウの説明に、頼朝は目を瞠る。よもや鎌倉の地に縁がある品だとは思わなかったからだ。
 思いがけない偶然に驚いたものの、おかげで頼朝の心を覆っていた悩みは霧が晴れるように消え去った。
 桜霞の世界と龍宮、異なるふたつの世界を結び付けるような由来を持っている。そして、何よりも楚々とした恋人にとても良く似合うだろう。
 一度そう感じれば、不思議とこれ以上の物はないように思えてくる。
「では――こちらの桜貝を使って、神子殿への首飾りを仕立ててはもらえないだろうか」
 桜色の貝殻が灯の首元で揺れる様を思い描きながら、頼朝は迷いない口ぶりで告げたのだった。

    ◆ ◇ ◆ ◇

 さらに数日後、勤めを終えた頼朝は、灯を逢引に誘った。
 灯の希望により彼女の部屋で共に過ごすことになり、頼朝――正確には、青木悠真だが――の思い出の味であるココアをふたりで作った。
 湯気が立ち上り、甘い香りを漂わせるマグカップをテーブルに置き、揃って腰を下ろす。ココアを一口飲み、「今日も美味しいです」と微笑む灯を横目で見つつ、頼朝は思案する。
(贈り物を渡す頃合いは、いつが良いのだろうか)
 よろず屋にて受け取ったばかりの贈り物は、懐に忍ばせている。
 桜霞の世界で鍵を贈った時はどうだったろうかと記憶を辿ってみるものの、あの時はようやく得られたふたりきりになれる機会に、ある意味勢いで渡したようなものだった。参考になりそうにもない。
 ただ、あれこれと考えを巡らせて機を逸するよりも、今すぐにでも贈った方が良いだろう。下手に飾り立てるのではなく、ありのままの想いを伝えたい。
 自ら答えを導き出した頼朝は、居住まいを正して口を開いた。
――灯、手を出してくれないか」
「こうですか?」
 マグカップを置いて頼朝に向き直った灯は、手のひらが見えるようにして、胸の前に両手を出す。
 灯の問いかけに首肯で答えると、頼朝はどこか張り詰めた面持ちのまま襟元に手を差し入れる。そして、傷をつけないよう大切にしまっていた贈り物を取り出すと、彼女の手のひらの上にそっと置いた。
「悠真さん、これって……
「お前への贈り物だ。どうか受け取ってくれ」
 美しい瞳を、零れ落ちそうなほど丸くした灯が、桜貝のネックレスに向けていた視線を頼朝へと向ける。驚きに満ちた表情は彼女をいつもよりあどけなく見せ、頼朝は愛おしむように相好を崩した。
「ありがとうございます。でも誕生日や記念日でもないのに、こんなに素敵なプレゼントを戴いてしまっても良いのでしょうか」
……恋人に物を贈るのに理由はいらないものだと、前にも言っただろう」
 随分と慣れてはきたものの、自ら言葉にすることの気恥ずかしさは抜けきれず、ややぎこちない口調になる。羞恥と恋人への恋情が入り混じったまなざしを向ければ、「そ、そうでしたね」と呟いた灯の頬がじわりと紅く染まっていく。
 面映ゆさを覚えながらも、頼朝はじっと灯を見つめて言葉を継ぐ。
「あの鍵は、恋人の証のつもりでお前に渡した。だから、今度はこの世界での恋人の証を贈りたいと、そう思ったのだ。だから……もらってくれるか?」
 もしかしたら、己が彼女に抱く感情は少し重いものなのかもしれない。頭の片隅にそんな思いがよぎりながらも、頼朝は思いの丈をひたむきに声に乗せた。
 希うような心地で贈り物の理由を打ち明けた次の瞬間、灯がふわりと頬を綻ばせる。
 咲き誇る花のような美しくも可憐な笑顔に、頼朝は思わず目を奪われてしまう。
「はい! 悠真さん、本当にありがとうございます。宝物にしますね」
 心から嬉しそうに微笑む灯の姿に、たとえようのない喜びが頼朝の心を満たしていく。胸が苦しくなるような幸福があるなんて、きっと彼女と出逢わなければ知ることはなかった。
「灯」
「はい、悠真さん」
 込み上げてくる想いのまま恋人の名前を呼べば、柔らかな声音で呼び返される。
 慈雨のように頼朝の心を潤す、特別で愛おしい響き。満ち足りた心地になるのに、どうしてかもっと欲しいと望んでしまう。
「その……ネックレスを、俺の手でお前に着けさせてはもらえないだろうか?」
「勿論です。それでは、お願いします」
 そのせいか、少しだけ欲が出る。胸の奥に秘めていた望みを遠慮がちに口にすれば、灯は一拍も置かず頷いた。
 灯の手の中からすくうようにネックレスを手に取って、頼朝はじっとそれを見る。
 磨いてから割れないように補強した桜貝と翡翠の小玉を、瑠璃色の細紐に結んだ意匠は、よろず屋のマンボウと念入りに打ち合わせをして決めたものだった。
 いつでも身に着けてもらえるよう、多少激しい動きをしても壊れることのない丈夫な物を。丹念に仕立てられた恋人への贈り物は、頼朝の願いを見事に叶える逸品だった。
 己の想いを存分に込めた恋人の証で飾られた灯の姿を、早く目にしたい。逸る心を諫めつつ、頼朝は輪を広げるようにネックレスの紐を両手で持つ。
 そして、髪の毛や髪飾りに引っ掛けないよう、正面から慎重に彼女の頭にそれを通すと、頼朝は思わず感嘆の溜息を零した。
――ああ、とても良く似合っている。綺麗だ、灯」
 灯を恋い慕う気持ちが滲み、自然と頼朝の声音が熱を帯びる。言葉では到底言い尽くせない想いを伝えるように目を細めれば、頼朝の最愛ははにかむように笑みを返した。
 春の花のように愛らしく笑う彼女の襟元で、花びらが舞うように桜貝が揺れている。
 ――まるで満開の桜をひとりじめしているようだと、頼朝は思った。