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メメント森井もりさわ
2026-05-30 12:31:32
5851文字
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キャッチ・アンド・リリース
ナイトレイン二次創作です。追跡者、夜の狩人、夜の盗賊が出てきます。
誤字脱字などあるかもしれません。ゲーム内の設定にそぐわない部分もあります。許してください
ひとりの男が、災域に送り込まれた。
かつて夜を渡る戦士だった男。今はただの狩人として
人間
ひと
を殺す者。
男は倒れたまま動かない兵士を跨ぎ越す。兵士は今回の標的に殺されたに違いない。一刀のもと、斬り捨てられていた。
標的たち
…
つまりは他世界の夜渡りたちは、男を捜し出すため散開しているらしい。既に隠者を屠り終えた狩人にはそれが分かっている。
建造物の多い、夜渡りが「鍛治村」と呼び習わすこの拠点で仲間同士はぐれる事は、はっきり言って悪手だった。だが夜が迫る中、焦りが出たのだろう。その焦りが致命的なミスをもたらしていた。
もちろん狩人も、与えられた好機をみすみす逃すような男ではない。
(残すは、ふたり)
狩人は廃屋の陰で片膝をつき、姿勢を低くした。目の前を正気を失った犬が駆けて行く。それは、この周辺が標的にとって、まだ殲滅が済んでいない区画だという事を示していた。であれば彼らは必ずここへ来る。
と、狩人は素早く身体を起こした。サッと矢をつがえて、放つ。どすっ。狩人の矢は、過たず標的の脚を貫いた。
標的が倒れる音を聴き、狩人は音も無く走り寄る。果たして、そこには地べたに這いつくばる追跡者の姿があった。
狩人は走り寄った勢いのまま追跡者の大剣を蹴り飛ばすと、その背を踏みつけた。矢を構え、追跡者の左腕に向けて放つ。がちっ、という音と共に矢尻が楔の機構に食い込んだ。これで、あの厄介な爆発をも封じてしまう。
踏みつけられた追跡者は呻き声を漏らし、藻掻いている。その姿は、狩人に年若い頃の思い出
…
初めて森で牡鹿を射った日を想起させた。
射手は狩りの出来ばえに、久しく感じていなかった満足感をほんの一時、味わった。
「そのまま転がっていろ。じき、毒が回る」
抵抗を続ける追跡者に言う。この青年剣士に死なれては困るのだ。
矢尻には毒のほか、“返し”を施してある。無理に抜けば血管や筋肉をズダズタにする代物だった。だが追跡者はそれに気付いてなお、矢を抜こうと手を伸ばす。逃げるためか、戦うためか。
狩人は舌打つと無造作に追跡者の腹を蹴り上げた。それで、静かになった。倒れ伏す男に、じわじわと夜が浸食するのを確認する。
「ふむ
…
」
余計な抵抗のせいで随分と騒がしくしてしまった。すぐに夜渡りの最後のひとりが駆け付けてくるだろう。狩人は
追跡者
えさ
を地べたに置いたまま、近くの屋根に飛び乗った。
彼らは仲間思いだ。致命的と言えるほどに。傷付いた追跡者を見れば、まず助けようとするに違いない。そこを撃ち殺す算段だった。
狩人は弓を握り直すと、獲物が現れるのをじっと待った。
***
意識を取り戻して、すぐ。追跡者は自身の状況
…
椅子に縛められ、猿轡を噛まされている
…
を理解した。武装も奪われているが、視界は制限されていない。それで、ここが「円卓」だという事が分かった。
しかし、自分が見知った円卓ではないようだ。周囲は薄暗く、大勢いたはずの仲間たちの気配も無い。その上、まさに「円卓」と名付けられた由縁である巨大なテーブルの、その中心に灯っているはずの祝福の光が存在していなかった。何か不可解な事が追跡者の身に起きている。
「ああ、戻って来たのね」
不意に、背後で声がした。
良く知った女
…
円卓の巫女の声だった。追跡者が自由の効かない身体を捩って振り返ろうとすると、それを止めるように両肩に手が置かれた。
「彼には感謝しきれない。また貴方が戻って来たのだから」
追跡者は声の主を呼ぼうとして、やめた。猿轡が邪魔だったためではない。
(いや、この女
…
俺の知る巫女ではない)
この女は他世界の罪人なのだ。追跡者は、そう直感する。こうして肩に触れられてなお、女の気配は薄く、まるで“そこ”に存在していないかのようだ。
であれば、何が目的なのか。殺さずに連れて来たのには理由があるはずだ。追跡者は身構え
……
「本当に会いたかった、兄上
…
!」
喜色に満ちた女の言葉に、しばし、思考が停止してしまう。いま、この女は何を言った?
追跡者の動揺をよそに、女は肩に置いた手に、ぎゅっと力を込めた。
「本当は縛めを解いてあげたいのだけど
…
彼が、鉄の目が、貴方はきっと自害するだろうからって」
しばらく辛抱してほしい。そう言うと女は名残惜しげに追跡者の肩から手を放し、部屋の外
…
どこかへと立ち去った。
何てことだ。
追跡者は不覚にも、敵地で混乱と嘆きに思考を支配されてしまう。
この世界の巫女は、俺たちの関係に気付いてしまったというのか。故郷にて別れた双子。しかし事を成せば最後、永遠の別れを定められた二人。
では、この世界の俺は失敗したというのか?
がっくりと項垂れる追跡者のもとへ、別の人間が現れる。狩人だった。
「気分はどうだ」
狩人はしゃがみ込むと追跡者の脚をあらためた。追跡者はその時になって、やっと自身の傷に思い至る。狩人は頷きつつ立ち上がった。何も異常は無いと言うように。
「見ての通り、ここに祝福の加護は無い。怪我は自力で治してもらう」
止血も縫合も既に済んでいるらしい。
…
解毒すらも。彼が治療したというのか?
やはり有無を言わせない態度で、狩人は追跡者の顎を掴んだ。ぐっと上向かせられ、追跡者は抗議するように呻く。
羽兜を外されていたのは、顔色を診るためでもあったのかもしれない。狩人の瞳を覗き込んだ追跡者は息を飲んだ。少なくとも彼は正気に思えたのだ。
「本当に“外”じゃ死にかけなのか? 信じられないほど頑丈だな」
狩人はため息混じりに言う。そして、
「お前の役割は、ここで飼い殺しになる事だ。あの女を慰めてやれ。妹なんだろ」
その言葉に、追跡者はハッとなった。無意識に立ちあがろうとしたのだろう。ぎち、と縄が軋む音に狩人は身を離す。
「俺たちの要求は、お前がただ、生きている事。それだけだ。死んだ“お前”の代わりになってもらう」
追跡者は猿轡を食い縛り、こちらを睨みつけている。
…
そう、いつも“こう”だった。あの女との関係を口に出した時には。
そろそろ目的を果たしたい。
全てを裏切る用意はできている。
***
残酷にも、食事は巫女が運んできた。
その時ばかりは猿轡を外され
…
追跡者にとって唯一の自害の好機を与えられているにも関わらず、とうとう舌を噛み切る事ができなかった。
この女が、他世界の罪人だと、本当の意味では自分の妹ですらないと分かっていながら。
同時に追跡者は、この円卓での死が取り返しのつかない出来事である事にも薄々気付いていた。祝福の加護が無いとは、そういう事なのだろう。巫女と狩人の他に仲間がいないのは、そのためだと追跡者は理解した。
巫女は甲斐甲斐しく青年の世話をした。縛めた縄の許す限りではあったが、追跡者の衣服をくつろげ濡らした布で汗を拭ってやった。望めば便所に行く事も許された。狩人によって首に縄をかけられ、見張られた状態ではあったが。
それでも追跡者は何度も脱走を試みた。自死が不可能と悟ったためだ。しかし、狩人が追跡者の抵抗を阻んでくる。優れた暗殺者と相対した時、徒手の追跡者にできる事は少なかった。
気絶から目覚めると、巫女は決まって悲しげな気配を発していた。そして、二度と傷付かないで欲しいと懇願されるのだ。
飼い殺すとは、こういう事だと、追跡者は思い知らされていた。あくまで巫女は優しく、青年を兄として慕っている。害意は微塵も無いらしい。
ただ、戦う事も死ぬ事も許されていない。ここに閉じ込められ、暗い円卓を眺めて過ごす。寝ても覚めても変わらぬ光景と行程が繰り返され、いつしか青年は自身の境遇を受け入れ始めていた。
***
それは、青年がこの円卓に連れてこられてから幾日が過ぎた時の事だったか。
ぼんやり足元を見つめている青年
…
もはや縛めを全て解かれ、今はただ椅子に座っている
…
のもとへ、狩人が現れた。珍しく、巫女を伴っていない。
狩人が爪先で脛を軽く蹴ると、青年は視線を狩人に向けた。茫洋として意志の感じられない表情だった。
と、狩人は青年に覆い被さり、ダガーを首筋にピタリと添わせた。影になった顔の中、瞳だけが青く光っている。
「殺してやろうか」
低く、問いかける。
「今、ここに巫女はいない。悪魔から呼び出されてるからな
…
だから、今ならお前を殺してやれる」
狩人は返事を待った。鈍った頭でも、祝福の無い場所で死ぬ事の意味くらいは理解していよう。
これで駄目なら本当に殺してしまうつもりだった。使い物にならなければ生かしておく必要はない。
果たして、青年は首を横に振った。「嫌だ」とも言った。そう、それで良い。狩人はダガーをしまった。
直面した状況に、追跡者の脳内は再び動き始めた。狩人は巫女の指示に従っていたのではなかったか。それなのに、彼女の目を盗んで殺してやると言うのは不可解だった。
「何のつもりだ
…
?」
だが、狩人は青年からの問い掛けには答えず、反対に尋ねてきた。何故、死を選ばなかったのか、と。
「それは
…
俺には成すべき事があるからだ。夜の王を討ち、復讐を果たす。それが俺が生かされた理由だと思っている」
そこで追跡者は言い淀む。
…
いや、きっと狩人には全て知られているに違いない。追跡者は心を決めると、言葉を続けた。秘密を打ち明ける。
「そうだ。俺には救いたい人がいる。それを成すまでは死ねない。だが
…
」
「お前は“まだ”銀の雫を手に入れていないんだな?」
追跡者は頷いた。全て見透かされているようで業腹だったが、真実に違いない。
計画に必要な最後のピース。望むものに産まれ直すための、銀の雫。追跡者にはそれが必要だった。
「取って来てやる」
狩人の言葉に追跡者は、ぽかんと口を開いた。それを見た狩人は目を細める。笑っているのだ。
「飼い殺されているのは俺も同じだ。お前なら、何とかしてくれるんだろう?」
***
それから暫く、追跡者が狩人の姿を見る事は無かった。巫女は気にもしていないらしい。むしろ、二人きりになった現状を楽しんでいる様子だった。
「兄上、髪を切りましょうか」
女は、微笑んでいる。やはり憎しみを感じる事はできず、哀れに思えた。堪らなくなって、追跡者は巫女を抱きしめてしまう。どうして俺たちはいつも“こう”なのだろう、と考えながら。
狩人から、この円卓で起きた“追跡者の死”の顛末を聞いた。夜の王から巫女を庇って死に、身体を酷く損壊させられたせいか生き返る事ができなかったそうだ。
心の支えを失くした巫女は狂気に堕ちた。彼女は円卓から解放された後、か細い縁を辿って追跡者に会いに行くつもりだった。会ってどうする、という訳ではない。彼女は、在りし日の誓いを果たしたかっただけに違いない。
しかし、その望みは打ち砕かれ、絶望した巫女は悪魔と取り引きをするに至る。
「俺が生かされているのは、単にその契約に口出ししなかった、それだけに過ぎない」
そう、狩人は言っていた。
「他世界から“お前”を攫うことで、不足を満たす。見返りに巫女は悪魔の言いなりになる。お前は六人目だ。
…
だが、そろそろ限界が近い」
追跡者の腕の中で、女は戸惑ったように身じろぎしている。上手く隠しているつもりだろうが、追跡者には、巫女の身体が深く傷ついている事が分かっていた。祝福の加護のないままに、厳しい戦いを繰り返してきた結果だった。狩人の話していた「限界」とは、巫女の生命の事を示している。
「兄上
…
?」
妹を使命から解放してやりたい。俺のために傷つく事もやめて欲しい。この子が生命を賭けて戦う事も、絶望に打ちひしがれる事も無い、明るく暖かな世界に送り出してやりたい。
「
……
」
あれだけ兄の存在を望んでいた巫女が、戸惑うばかりで抱きしめ返してこない事も、追跡者には悲しかった。
***
再び姿を現した狩人を見て、追跡者は絶句した。
狩人は手の中のものを追跡者に渡す。それは正しく銀の雫だった。
「待たせたな
…
頼まれていたものだ。確かめろ」
そう言うと、狩人は膝を折った。追跡者は慌てて狩人の身体を支えようとする。狩人は苦笑して、
「馬鹿。それが潰れたらどうする。二度は行けないぞ」
「鉄の目
…
」
「はは、俺を鉄の目と呼ぶのか。
…
良いんだ、これで。俺たちは、とっくに負けているからな」
狩人は
…
かつて鉄の目と呼ばれていた男は血に塗れた腕で追跡者を押し退けた。もう片方の腕は、肘から先が無かった。
「早くここから去れ。霊鷹の使い方を知らないとは言わせない」
追跡者は未だ躊躇っている。こうした時、彼には目の前の人間を見捨てられない若さがあった。そう、この円卓にいた“彼”も同じだった。最後の最後で他者を優先させてしまう
性質
さが
。
鉄の目は霞む瞳で追跡者を捉えた。仕方ない、とどこか諦めながら。
「
…
分かった。俺も白状する事にしよう。お前の手伝いをしたのは、俺自身も救われたかったからだ。
お前も見た事があるだろう。狭間の地、ぼんやりと闊歩する巨大な樹を。おそらく、あの一つひとつが世界だ。無数の樹が、ひとつの結末に向けて歩み続けているのだと、俺は考えている。挿し木の一族は、結末に辿り着く樹はどれでも良いと思っているらしい
…
俺たちの円卓は、まもなく腐り落ちる。残す意味の無い枝だからな。
何も成さなくても消えて無くなる世界だが、俺は
…
自分の死くらいは己で決めたいと常々願っていた。漫然と生かされているよりは、ずっと良い。だから、それをお前に託す」
追跡者の手の内で、銀の雫は静かに鼓動している。この青年が夜を終わらせるにせよ、新たに始めるにせよ、ひとつの結末が世界にもたらされるのだろう。
そして、鉄の目は自ら選んだ道のりで死に辿り着こうとしていた。
「巫女の苦しみにも幕が引ける。そうだろう?」
できる限りの後押しはしたつもりだった。自責しがちな男には、この方向から説得するしかない。
後は野となれ、だ。鉄の目は瞼を閉じる。
(イゾルデ
…
結局、貴女の望むようには成せなかった。不出来な私を、許してください)
追跡者は、やっと立ち去ったらしい。
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