A田
2026-05-30 10:03:02
3380文字
Public れめしし
 

61話前に会ってた👿🦁の話②

ゲ…向けのマチアプに登録していたししが、れめと出会って狂わされる話

「ったく、どこにいんだよ」
 あれから何度かレイメイにメッセージを送ってみたが、案の定無視された。
『〇月××日。中央駅東口に二十時で』
 ようやく返ってきたメッセージは、最初に送られてきた時同様、日時だけが――すり合わせたわけでもないのに、レイメイが指定した日時は獅子神の都合の良いものだった――が書かれていた。
 必要最低限の不毛なやりとりに、だんだん獅子神も冷静になってきて、からかわれているだけなのではと思い始めていた。
 とはいえ、約束は約束だ。
 会うと決めたからには適当な嘘をついて反故にするのも違う気がするし、何より、それでは自分が逃げたみたいで釈然としない。
 ここまでくると、もはや意地だ。絶対にレイメイに会って、文句の一つでも言ってやらないと気が済まない。完全にマッチングアプリの主題を忘れて、まるで戦場に赴くような気持ちで獅子神は待ち合わせ場所へ向かった。
「ま、来てるわけねぇよな」
 待ち合わせ時刻のちょうど十分前。
 金曜日の夜ということもあって、駅前広場は獅子神のように待ち合わせをしている人間や、仕事終わりのサラリーマンに学生の集団であふれ返っていた。家を出るタイミングでレイメイには獅子神の格好を伝えているが、これは合流するだけでも骨が折れそうだ。
……
 アプリを確認してみたが、当然のようにレイメイからの返信はなかった。
 ――会えなかったら、そん時はそん時だな。
 最近は仕事が忙しくて家に籠もりがちだったので、この開放的な空気に任せてビールの一杯でも引っ掛けようか。
 そんなことを考えながら周囲を見渡すも、それらしい人物は――レイメイの格好は知らないが、待ち合わせしている人間特有の落ち着かない挙動をしている人間を探せばいいだろう――見当たらない。
 あまりきょろきょろし過ぎるのもどうかと思って、手持ち無沙汰に経済ニュースに目を通してみるも、さっぱり頭に入ってこなかった。
 五十三、五十四、五十五。
 気付けばニュースそっちのけで、右上の数字を追っていた。
 ようやく数字が八を示したところで顔を上げると、スマホ片手に周囲を見回している男性の姿が目に留まった。思わず声を掛けそうになったが、男性は目当ての人物を見つけたようでそちらへ駆けていってしまった。
「はー……
 ――やっぱりイタズラか。
 あるいは、遠目で見てお眼鏡に叶わなかったか。
 アプリを起動しようとして、獅子神はスマホの画面を消して天を仰いだ。どれだけ確認しようが、レイメイからのメッセージは来ない気がした。
 ――ま、こんなもんだな。
 あんな態度で相手を捕まえようとする奴がどんな顔をしているか気になっただけで、本心から会いたかったわけではない。十中八九ヤバい奴だろうし、面倒事に巻き込まれなくてすんだと喜ぶべきだ。
 仕事も都合をつけて明日はオフにしたし、顔も知らない奴のことなんて忘れて楽しんでやる。
 自分に言い聞かせるようにして、獅子神が踵を返そうとした瞬間――
「ケイ君だよな?」
 まるでタイミングを見計らったように肩を叩かれた。
「は?」
 誰だよ、という言葉はすぐに引っ込んでしまった。
「遅くなってごめんな」
 昔からの知己のように話しかけてくる男の姿を認めた瞬間、獅子神は息が止まりそうになった。
「自己紹介がまだだったよな。オレがレイメイだ」
 固まる獅子神をよそに、レイメイはにっこり笑って――女性ならそれだけでころっと落ちそうなくらい魅力的な笑みだ――手を差し出してきた。
 てっきりイキったクソガキかコミュ障のおっさんが来ると思っていただけに、紫髪の派手なイケメンが現れて驚いたというのもある。だが、それ以上に獅子神を震え上がらせたのは――
「どうした? 体調でも悪いのか?」
 どこか芝居がかった様子で小首を傾げるレイメイの中央に鎮座するそれから目が離せなかった。
 ――赤い。
 忘れようがない、あの日獅子神を暴いたあの瞳だ。
 獅子神よりも少し高い場所から見下ろす瞳は喜色に滲んでおり、獅子神が動揺している様を愉しんでいるようですらあった。
 ――何なんだ、コイツ。
 変なだけならまだいい。紫色の髪に赤い瞳なんて、アニメが好きなのかで済ませられる。
 けれど目の前のこれは、そういう類のものではない気がした。何がとは言えないが、獅子神の本能がコイツと関わるなと警鐘を鳴らしている。
「なぁ、聞いてる? 聞こえてないわけじゃないよな?」
 わずかに苛立った様子のレイメイに、獅子神は自分が未だに一言も発していないことに気付いた。
「すみません。朝からちょっと体調が悪くて……
 だから帰らせてほしい、と続けるより先に、レイメイが被せるようにして声を上げた。
「そういうことならオレ良い場所知ってるから、休んでいこう」
「はぁ? そうじゃなくてオレは……
 帰りてぇんだよ、と言おうとしたが、やはり叶わなかった。
 レイメイは反論は許さないとばかりに獅子神の腕を掴んで、さっさと歩き始めてしまった。
「あ、オイッ!」
 どこ行くつもりだよ、なんて聞くまでもない。
 レイメイが向かおうとした道は、獅子神自身もよく見知ったものだった。以前、目の前の男を見かけたホテル街に続く道だ。
 ――マズい。
 こんな奴と二人きりになったら、どうなるか分かったもんじゃない。
「あの、レイメイさん。オレ、マジでそういうつもりじゃなくて……
 後ろに体重を掛けてレイメイを制止すると――体格は獅子神の方が大きいので簡単に抵抗できるかと思いきや、見た目に反して意外と力がある――レイメイは先程までの友好的な態度はどこへやら、うんざりした様子で目を細めた。
「じゃあ、どういうつもりだったんだ? あんな明らかにヤバいメッセージに釣られるなんて、ケイ君も乗り気だったってことだろ」
「それは……
 それを言われたら獅子神も言い返せない。
 というか、変なメッセージだという自覚はあったのか。
「今まで何度も逃げるチャンスはあったよな? それなのに、のこのこ待ち合わせに来てる時点で同意してるようなもんだろ。まさか、今さら怖気づいたとか言わないよな?」
 ぎょろりと赤い瞳が、獅子神を睨めつけた。
 初めてレイメイを見た時に感じた、全てを丸裸にされ、己の無力さを思い知らされる感覚に、全身が総毛立つようだった。
「オレは……
 何度目か分からない警鐘が、頭の中で鳴り響いている。
 この男は危険だ。獅子神が必死に飾り立ててきた鎧をいともたやすく剥がしてしまう。
 今すぐ離れるべきだと思うのに、まるで金縛りにあったように体が動かない。見るべきではないと思うのに、この男から目を離せないでいる。
「でもまぁ、知り合ってすぐの相手とヤるなんてちょっと怖いよな」
 それは獅子神の気持ちに寄り添うようでいて、その実、強者が弱者に掛ける情けでしかなかった。レイメイは眉を下げると、最大限の慈悲でもって獅子神の肩に触れた。
「ケイ君がどうしてもって言うなら、今日は解散にしてもいいぞ」
「は?」
 バカにしてんのか。
 人の心を好き勝手蹂躙しておきながら、この期に及んで弁えているかのように振る舞ってみせて。そうすれば獅子神がありがたがって逃げるとでも思っているのだろう。
 ――そうはいくかよ。
「何勝手に勘違いしてんだよ。オレがいつお前を怖がったって?」
「違うのか? バレバレな嘘までついて逃げようとしたくせに」
 バレているなんてどうでも良かった。この男ならそれくらいしてみせるだろうし、今さら驚いたりしない。
「ふざけんなよ、オメーなんか全然怖くねぇっての」
 嘲笑するように笑うレイメイの胸に指を突き立て、精一杯の虚勢を張る。そうでもしなければ今すぐにでも逃げ出してしまいそうだった。
 レイメイがどれだけヤバい男だろうが、コケにされたままでは獅子神も収まりがつかない。鼻を明かすのが無理だとしても、せめて一つくらい傷をつけてやる。
「いいね、そうこなくっちゃ」
 にんまりと細められた目に、獅子神がこう答えることすらレイメイの計算ずくだったのではないかと思ったが、考えないことにした。