バラ肉
2026-05-29 21:50:11
4981文字
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花冠が笑った【銀サイ】

シロツメクサの花冠をサイコさんに贈るシルバーマン。

銀さんはちょっと不器用くらいが好き❤️

「サイコマン!」
澄んだ声が、爽やかな風に乗って耳に届く。

……
サイコマンは睨んでいた研究資料から顔を上げると、声の方へ視線を送った。そして東屋の入り口に入ってきた相手を見て、険しかった眉間を緩める。

「シルバーマンさん」

艶やかな低音が、心なしか弾む。
手に持っていた羽ペンをテーブルに置くと、彼はいそいそと来客者の元へ足を進めた。

「どうかしましたか? 今日は確か、ゴールドマンさんと訓練の日では?」

上目遣いで来訪理由を尋ねる姿は、心なしか機嫌が良い。
なにせ、二人がいま居るのは、完璧超人達が主だって使う訓練場からやや離れた森の中の東屋──サイコマンが直々にデザイン・制作した特別な場所なのだ。
『誰にも邪魔されない、自分だけのスペース』をコンセプトに建てられたそこは、立地の面でもこだわり抜いていた。
生い茂った木々や野草は道順を惑わせ、野生の猛獣達が行手を阻む。言わば、人を寄せ付けない場所になる。
慣れればどうと言うことはないが、狙い通り好んで訪れる者はいない。居ても、主人のサイコマン以外だと、目の前のシルバーマンくらいのものだ。
だからこそ、理由はどうあれ、わざわざこんな辺鄙な場所に憧れの男が足を運んでくれた事実に、家主の心は浮き足たつ。

「ああ、そうだよ。でも途中でアビスマンとペインマンとカラスマンが乱入してきてね。……あとは言わなくても分かるだろう?」

好戦的な四人と、反対に穏やかさを好むシルバーマン。歪な奇数の数が、異端子を除いておさまりのいい偶数になったのは想像に容易かった。
聞いているだけで疲れる気持ちになり、サイコマンは憐れみの微苦笑を浮かべる。

「あの人たちは全くしょうがないですねぇ。シルバーマンさんも、お疲れ様です」

「うん。だから勝手に休憩させてもらってた」

「それが最善の選択でしょうね、ニャガニャガッ。あ……折角ですし、ハーブティーでも飲みますか? この前から少し配分を変えてるんです。きっとお口に合うと思いますよ」

大したことはできないが、何か労いの一つでもさせてほしい。その気持ちで、サイコマンはティーセットが置かれたワゴンへと向かおうと背を向けたタイミングで、大きな手に肩を掴まれた。

「ニャガ?」

反射的に顔を上げれば、柔和な笑みが思ったより近くに見えた。優しい表情はいつもと同じ。なのになぜか、ギュッと握る力は強く。

「ありがとう。でもまず先に……僕がどうしてここに来たのか、知りたくないかい?」

「え……

唐突に投げられた言葉に、サイコマンは目を見張った。
いつもなら「それは楽しみだな」と二つ返事で頷いてくれる場面だ。「君が淹れるお茶は美味しいからね」と心待ちにしてくれるのに。
意外な反応に動揺が走る。
これがもし他の面々だったなら、理由も聞かず、一瞥もせず、ただ「触らないでくれますか?」と振り払っているだろう。
しかし、シルバーマンは彼にとって誰よりも認めた男だ。抗うことなんて出来るわけがない。

「時間ができて、僕がすぐに頭に思い浮かんだのが何か……分からないかなぁ?」
「え、ええ……っ?」

少しずつ近くなる顔は、確かに笑っている。笑っているのに、なんだか圧力が感じられる。

「サイコマン。ここに来た理由が、その答え──だよ」

「ニャガ!!??」

唐突な告白に、心臓がドッ、ドッ!!とうるさく跳ねる。
つまり、時間に余裕ができるなり、自分のことを思い出し、それでここまで直接会いにやっていた──そう言いたいのか!
心の中でシルバーマンの言葉の意味を処理した瞬間、白い頬が一気に赤くなった。それは柱に巻き付く赤薔薇とよく似た色で。

(え! もしかして私……このまま、どうにかされてしまう!?)

考えるやいなや、あらぬ妄想が脳裏に浮かび、サイコマンは慌てて目をギュッと瞑る。それは気位の高い彼からは想像もできない、余りにもウブな態度。

「サイコマン……

なので、間近で見つめるシルバーマンの顔がやや緩んだのは致し方ないことだろう。
また、抵抗がないと確信したのか。一旦手を離すと、彼はサイコマンの肩を掴んで、真正面になるように向き直させた。その間もビクビクッと反応する体に微苦笑しつつ、反応を見つめる。
そして、伝わる鼓動の音が少し落ち着いたのを見計らうと、大きく頷き、上背を改めて屈め──



「これ、やっと出来たんだ」



徐に、懐から愛らしいシロツメクサの花冠を差し出した。

………ニャガ?」

想像とは違うセリフに、恐る恐る開いたサイコマンの目の前で可憐な白い花が揺れる。

「前に二人で訓練した後。たまたま近くにあったシロツメクサで、花冠を作ってくれただろう。でも、その時には僕は全然出来なくて……実は地味に悔しかったんだ。それで、空き時間を見ては挑戦していたわけ。
フフッ。今日は思ったよりも時間ができたからね。ついに満足がいく物が出来たから、急いで見せに来ちゃったよ」

どうだい?
ずいっ!と更に前へ突き出す表情は、まるで年端の行かない少年のようにあどけなかった。
散々意味深なセリフで迫っておきながら、蓋を開ければ単なるリベンジだとは。想像の斜め上だ。
確かに、できなかったから頑張った。頑張った末に漸く完成した。完成したからには先生役に『よくできました』と言ってほしい。ここに至るプロセスは、兄であるゴールドマン以上に負けず嫌いなシルバーマンらしいと言えば、らしい。
だから、下手な期待を抱かせたと文句は言わない。

「はあ……

とはいえ、情熱的な展開を想像をしていた分、落差は激しく。

「そう、ですか……。流石はシルバーマンさん。最後までやり遂げる志、素敵です……

どうにか捻り出した称賛の声に、覇気はなかった。
にゃがにゃが……乾いた笑いは虚しさを隠しきれない。
もし、この場にミラーマンやカラスマンが居たなら、きっと黙って肩を叩いていたはずだ。
ちなみに、これが通常の場面ならばシルバーマンはその慰めメンバーに入っていたことだろう。
しかし犯人が自分となると、共感能力は一気に鈍くなるらしい。

「へえ……素敵なのは、志だけ?」

小首を傾げて問い直す姿は、そんな適当な賛辞で流さないでくれと無言の圧があった。
頑張って作った事実をスルーしてほしくない。ほんの少し寄った眉間は、珍しく不満の色を滲ませていた。女性的な柔らかさを持つ美貌に浮かぶ、鋭い眼差し。

ドキッ!

そのギャップに、サイコマンは滅法弱かった。
沈んだ気持ちが一気に浮上する。否、むしろ昂る。

「え! あ、いえ……そんなことはっ」

動揺でしどろもどろになりながらも、彼は両手を振って否定を示す。

「そんなことは、ない? 本当に?」
「勿論、本当ですよ!」
「ちゃんと、よくできてる?」
「ええ! 先日の時よりもずっと!」

巧みな問いかけにより、側から見れば言わされている感満載だ。

とはいえ、目の前の花冠は実際に前回一緒に作り合った時よりはずっと上手になっていたのは事実。
ちぎれてばかりだった茎は綺麗に結ばれ、隙間もなくうまく絡んでいる。触りすぎて偏っていた花弁も今回はそのまま、可愛らしい姿で並んでいた。
出来としては十分に及第点である。

ただ、完璧かと言えば、ほんの僅かに足りない。

……少し、いいですか?」

断りを入れたうえで、サイコマンは慎重な手つきで花冠を取り上げた。

「うん? どうするの?」

不思議がる相手をチラリと見てから、視線を下へ向ける。両手に持った花冠を真上から見下ろすと、全体像がよくわかる。

……とても上手にできていますね。シルバーマンさんは本当に何でもそつなくこなして……私が尊敬するに値する方です。だから、ほんの少しだけ……お手伝いをさせてくださいね」

困ったように微笑むと、彼は繋ぎ目から飛び出ている茎を編み込みの中に押し込んでいく。気にならない相手なら気にならない程度の些細なミスだ。
それでも、どんな小さな綻びも、“完璧”な弐式には似合わない。

「あ! ごめん……気付かなかった……
「いいえ。構いませんよ。……こうして、私が手を足せばいい話ですから」

謝罪を受けるにも値しない些事。
最後に全体の花の位置を整えて、サイコマンは満足げに目を細めた。

「はい。これで完璧です」
「うん。ありがとう」

どうぞ、と差し出されたそれを、シルバーマンは面目ないと後頭部を掻きながら受け取った。
手元に戻った冠はほんの少しの手間で、本当の王冠のように気高さが増した気がする。さながら、直した本人の気品が移ったようだ。
強く、美しく、傲慢で、悪戯で──その実、誰よりも優しい存在。
それは今回の件一つとっても明白だ。サイコマン本人にしてみれば、「自分はそんな甘ちゃんじゃない」と苦言を呈するかもしれないが、現実と理想は違う。

だからこそ、シルバーマンは心に浮かんだ言葉をそのまま舌に乗せる。

「ふふっ。本当に君って人は……優しいね」
「っ!!」

謳うように本音を告げれば、唐突な賛辞に戸惑った唇がおかしな角度で歪む。

「よしてください……

必死に絞りだした声は、力なく。

……何より、私に対してそんなことを思うのは、この世で貴方ぐらいですよ」

また、照れ隠しに放った言葉は――咄嗟とはいえ、謙遜ではなく本心からだった。

実際、仲間に対するサイコマンの仕打ちはいつだって辛辣だ。
頑張りを揶揄い、失敗を嘲笑い、自慢話に茶々を入れる。中でも、それらの被害に遭うことが多いガンマンなどは『性格が悪い』『クサレ外道』と散々な評価を下している。

「まあ、心の広ーい私は、どっかの短気な一つ目さん達と違って、戯言の一つや二つ、別に気にはしませんけどね!」

面と向かって叫ばれた文句を思い出してか、フンっと強く鼻を鳴らす。
ガンマンに限らず、他の面々も同じだ。繊細な細工と同じぐらいに綿密に形作られた己の性格は、単細胞な連中には到底理解できまい!
口を尖らせてそっぽを向く姿は飽くまでも強気の姿勢だ。
その一方、彼を良く知るシルバーマンの目には、どうにも強がりにしか見えなかった。
人から見れば、手強いトリッキーなヒール。
ただ、その仮面の下の本性はこの手の中の花と同じく、華やかで、嫋やかなのに。

何もかも知っているからこそ、その二面性がもったいない反面、かといって周りに理解してほしいかと言えば、それも違う。

「まあ……君の良さを知ってるのが僕だけだったら、嬉しいな」

ふと、漏れ出た願望が狭い空間に響く。

……え?」
「フフッ」

目を見張る相手と対照的に、シルバーマンは何事も無いように微笑むと、完璧に仕上げられた花冠をサイコマンの帽子の上に被せた。

「うん、よく似合う」
「ニャガッ!? あ、あのっ! さっき、とても重要な台詞が聞こえた気がするんですが!?」

頬を真っ赤に染めて詰め寄る姿は、いつもの飄々とした表情からは想像もつかないほどに焦っていた。
それが更に男心を擽る。
だからついつい、調子に乗ってしまう。

「別に、いつも思ってることだよ?」
「なッ!!!」

こともなげに答えた途端、息を飲む声が聞こえた。見れば、大きな口が意味もなく開閉している。
凛として戦う姿とも、策略を練って企む表情とも違う。自分にだけみせるその様子に、目を細める。

そして、

「次は指輪を作ろうかな」

思わせぶりなセリフを呟くと、シルバーマンは東屋の出入り口へと爪先を向けた。
確か、指輪は花冠よりも簡単だった筈。
ならば、今度こそ一人で完璧に仕上げられる。

「さあ……二人分だと、どれくらい摘めばいいだろう」

誰に贈るか、そんな野暮なことは言わない。
何故なら、答えは分かりきっているから。

天然なのか、はたまた狙ってやっているのか。

どちらにせよ、もう堪らないと帽子の鍔で顔を隠すのに必死なサイコマンに返事はできなかった。




ふわり。
そよぐ風に遊ばれ、シロツメクサの花が恥ずかしそうに笑った。