クドリャフカ
2026-05-28 22:49:47
3816文字
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寺川がトガシくんのマネージャーになる話④

捏造しかない。
寺川の⛩️アイコンから、実家が神社という設定です。

 ──年が明けた。
 2026年の1月1日。正月である。

 実家に帰省していたトガシは、昼近くになってようやく布団からのろのろ這い出していた。本当は寝正月を決め込みたかったのだけれど、母に文字通り叩き起こされたのだ。

そうして敗残兵のごとくリビングに落ち延びたトガシは、そのままもそもそコタツに潜り込んだ。惰性でテレビをつける。画面の向こうでは、正月恒例のバカみたいに騒がしいバラエティ特番が流れていた。特に面白いわけでもないのに、他に観るものもないというだけでなんとなく見続けてしまうのが正月というものである。そんな正月のバカ番組を流し見しながら、家族揃って雑煮をもちもち頬張る。親戚付き合いが希薄のこの家の正月は、毎年こんな風にまったり静かだ。

そうしてだらだら雑煮を食べ、おせちをつつき、食後の柿を剥いて食べたあたりで、なんとなく身体が重い気がしてきた。明らかな食い過ぎである。そう思うだけでしばらくコタツにぬくぬく居座り続けたトガシであるが、「そういえば……」と今朝方届いていたメッセージの存在をふと思い出し、仕方なく、本当に仕方なく体を起こした。

 服を着替え、軽いジョグがてら外に出る。向かう先は神社だった。初詣ではない。寺川の実家に顔を出すという、よくよく考えれば意味不明な用事である。

『あけおめ
 暇なら手伝いきてよ』

そんなメッセージと共に送られてきた位置情報を、もう一度確認する。近所というほど近場でもないが、遠すぎるというわけでもない距離だった。しかし、行く義理などない。とはいえ、行かない理由も別になかった。それになにより、昨年からあの男にはなにかと世話になっているのも事実なのである。

…………

大きく息を吐いて、新年の澄んだ空気をめいっぱいに吸い込む。

結局どうするべきか決めきれないまま、トガシはとりあえず走り出していた。住宅街を抜け、河川敷沿いを走る。寺川の実家は、この道をずっと進んだ先にあるらしい。小中の学区はギリギリ被らない範囲だろうか。こうしてみると、本当に地元が一緒なんだなと改めて思う。なんだか不思議な感じだった。

長い一本道をひたすらに走る。
白い息が、一定のリズムで冬の空に溶けて消える。途中で何度か、「やっぱり帰るか……」と、自問を繰り返したりもしたものの。しかし今や日本一速い男の脚は、結論が出るよりも先に目的地まで辿り着いてしまった。


トガシは脚を止め、眼前を見上げる。長い石段の向こうに、鳥居が見えた。そういえば、あの男のアイコンも鳥居のマークだったなと、ぼんやり思い出す。

「本当に神社だったんだ……

似合わな……
思わずそう心の中でひとりごちる。

寺川の実家は神社だった。
地元にこんな場所があったのをトガシは今の今まで知らなかったが、どうやら結構な人気の神社らしい。参拝客の列は歩道にまで伸びていて、いかにも正月らしい賑わいを見せている。それを見て、トガシはやっぱり帰りたくなった。とはいえ、ここまで来て帰るのもそれはそれで癪であったので、観念して列の最後尾に並ぶことにした。人に流されるまま石段を登り、頂上の鳥居の前で一礼し、そのまま境内へと足を踏み入れる。

正月の神社は当たり前に賑わっていた。
鈴の音、香炉の煙、甘酒の匂い。そしてなにより、人、人、人。そのあまりの参拝客の多さに辟易しつつも、とりあえず寺川を探して社務所の方へ足を向ける。するとすぐに、ひと目でそれと分かる背の高い金髪を見つけた。寺川は地元の爺様方に囲まれるようにして、酒を呑んだくれていたところだった。白い狩衣に紫紺の袴。普段の軽薄クソ野郎な雰囲気とは正反対の、神職然とした装束を纏っている。

「お、来たじゃん」

トガシを見つけて、赤ら顔の寺川が杯を掲げる。

「トガシくんあけおめ〜」
……あけましておめでとうございます。寺川さん、何してるんですか」
「見ての通りだよ」
「本当に神職やってたんですね」
「年に3日だけだけどねェ〜」

そう言ってご機嫌に笑い、トガシの肩をぽんと叩く。酒の匂いがほんのり鼻先を掠める。

「来てくれたってことはさ、手伝ってくれるってことでしょ?」
「あー……まぁ、内容によりますけど……
「じゃ、とりあえず着替えておいでよ」
「着替え?」

何故?と疑問を挟む暇もなく。
どこからともなく現れた氏子のババアどもに「いいからいいから」とぐいぐい押され、そのまま社務所の奥まで連れて行かれた。

 ──そうして、数分後。ぐったりして戻ってきたトガシは、白衣と淡い浅葱色の袴に身を包んでいた。爽やかな黒髪は少し後ろに撫で付けられ、端正な顔立ちも相まってこれはもう激メロである。ババアどもはもちろんのこと、バイトの巫女女子高生たちも一斉に色めき立っていた。

「似合ってんじゃん」
「嬉しくありません」
「あとでインスタ用に写真と動画撮るからね」
「勘弁してください」

結局、撮られた。
そしてこれは新年早々べらぼうにバズっていた。

 トガシに任されたのは、おみくじの受付だった。社務所の片隅にある小さなスペースに腰を下ろし、参拝客から百円を受け取るだけの簡単なお仕事である。外に面してはいるものの、建物内なので思ったより暖かく、座ってるだけなので脚への負担もないのは素直にありがたい。もっとも、初穂料は目の前の三方に入れるシステムであり、おみくじも完全セルフサービス式。なので、トガシがそこにいる意味は、ほとんどあってないようなものだった。


 夕暮れ時になると、昼間あれほど賑わっていた境内も人の波が少しずつ引いていく。境内に伸びる影はゆっくりと長くなり、気付けば鳥居の側では篝火が焚かれていた。

「──おつかれ」

ふいに背後の襖がするりと開いて、声を掛けられる。顔を上げると、寺川が甘酒の紙コップを差し出していた。「どうも」と受け取り、白い湯気の立つそれを一口含む。甘さが舌に触れ、じんわりとした温かさが喉を落ちて身体に染みる。思わず、ほぅっと息が漏れた。寺川も隣に腰を下ろす。肩が触れ、小さな衣擦れの音が立つ。

「そういえばさ」

甘酒を啜る寺川が、拝殿の方へちらりと視線をやる。

「トガシくん、もう神様に新年の挨拶したの?」
「いえ」
「せっかくだし、お願いしとけば? 今年も勝てますように〜、とか」
「いや、あまりそういうのは……
「何で? 人事を尽くしたらあとは神任せだろ」

そう言って寺川が軽く笑う。

……寺川さんは、」
「ん?」
「祈るんですか? 神様に」
「祈る祈る。めっちゃ祈るよ〜」
「なんというか……結構、意外ですね」
「そお? まぁこう見えても真面目に神社の跡取りやってるからね」
「さっきまでサボって酒呑んでた人の台詞じゃないですよ」
「ハハッ、それとこれは別だよ」

そう言って寺川はヘラヘラ笑いながら肩をすくめる。

「神様はね、ちゃんと見てるけど細かいことは気にしないもんなんだよ」
「随分都合のいい神様ですね」
「俺んちの神様だからね」
……なんか、無駄に説得力ありますね」

その瞬間、篝火がぱちっと小さく爆ぜた。
夜の空気はやわらかく、少しだけ湿っている。灯の匂いと、深い森みたいな土の匂いが混ざってどこか懐かしい感じがする。

「大丈夫だよ。うちの神様、面倒見いいから」
「そうですか」
「祈り方が分からなかったらさ、“一番いいようにしてください”でいいんだよ」
「なんですかそれ、適当過ぎません?」
「それがそうでもないのよ?」

わかってないなとでも言いたげに、寺川がわざとらしく肩をすくめる。

「トガシくんはさ」
「はい」
「勝ちたい?」
……それは、当たり前じゃないですか」
「じゃあそれでいいじゃん。勝ちたいって、わりと真面目なお願い事だよ」
「でも、だからってお願いしたところで叶うわけじゃないですよね」
「そりゃあね。でも、そん時はさ」

寺川は残りの甘酒を飲み干すと、空になった紙コップをくしゃりと潰しゴミ箱へ放った。

「それはそれで、負けてもよくない? そういう年だったなァ〜ってコトにしてさ」
…………適当過ぎません?」
「適当くらいがちょうどいいんだって。自分がちょっと楽になるために祈るんだから」
「楽になるため……
「そ。走るのはトガシくん。神様はそれをただ見てるんだよ」
「見てるだけですか?」
「たまに背中蹴ってくれるかもしんないよ」

悪戯っぽく寺川が笑う。
トガシは少し考えてから、立ち上がった。
見てるだけ、でも。“見てくれている”と思うだけで、何かが変わることもきっとあるのだろう。今のトガシは、それを知っている。

……じゃあ、行ってきます」
「お、いってら。珍しく素直じゃん」

縁側から適当な草履を引っ掛けて表へ出る。
数歩進んでから、ふと振り返って寺川の方を見やる。足元の砂利が小さな音を立てた。

「先輩」
「なぁに」
……見てるだけなら」
「うん?」
「寺川先輩も、ちゃんと見ててくださいよ」

トガシがそう言うと、寺川が面食らったみたいに目を瞬かせた。それからゆっくり頷いて、静かに笑った。

「そうだね。見てるよ」

境内にやわらかな夜風が吹き抜け、篝火を揺らしていた。