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Hizuki
2026-05-28 22:26:08
3575文字
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あんスタ[薫あん]
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心に偽りはなく
【あんスタ】薫あん+零。告白の後、ソロライブが決まり悩んでいる薫の話。件のスカウトストからの捏造なので何でも大丈夫な方向け。正確には薫あんというよりは薫→あん。格好よく言えなくても、気持ちは本当だから。
「おめでとう、薫くん」
「え、何の話?」
意図の見えない零くんからの祝福の言葉に、俺は目を瞬かせた。その間にするりと俺の隣に腰を下ろす。メガスフィアのシェアスペースにある、座り心地のいいソファの座面が沈んだ。
「次のソロライブ、薫くんなんじゃろ?」
「
…
随分と耳が早いことで。うん、そう、俺の番」
零くんから出てきた単語に、さっきの言葉が結び付いた。一体どこからその話を聞いたのだろう。俺だって今日聞いたばかりで、いくら零くんが同じ事務所の同じユニットのメンバーだからといって、情報を得るのが早すぎやしないか。とはいえ、正直情報の出所を気にしているような余裕は今の俺にはない。ふぅと小さく息が漏れた。
「気が重そうじゃのう?テーマが決まらないとか、そういうあれかや?」
晃牙くんから始まったソロライブの企画は、UNDEADでは俺以外の全員が既に経験者になっている。一人なのだからもちろんユニットのライブとも勝手が違うことも分かっているし、気軽に身内の経験者に相談できるという環境にあることはメリットだと思う。
「ん~
…
そこも否定はしないけど、別の問題の方」
「
…
なるほど、そういうことかえ」
ただ、今の大部分を占めている悩みはそこではなかった。ぼふんと背もたれに身体を預ける。零くんも理由を察してくれたらしい。ソロライブである以上、関連したスタッフとのやりとりは自分で対応することになる。となれば。
「まぁ、必然的に嬢ちゃんと顔を合わせる機会は増えるじゃろうな」
プロデューサーと、あんずちゃんと顔を合わせる機会が増えるということ。それは嬉しいことではあるのだけれど、同時に俺を悩ませることにもなっている。
―
レストランでの撮影があったあの日。
自分の感情に任せて告白してしまったあの日から、どんな顔で彼女に会えばいいのか分からなくなってしまっていた。『とびきりの美人さんになったら口説くから』とあの頃の自分でなければ言えない約束を一方的に取り付けて、ESビルで格好の付かない再会をして、ここまで来た。俺の意図しない意味で伝わってしまったシェアスペースでの言葉の誤解を解いて、あんずちゃんから聞いた話で心が揺らいで、思わず衝動的に言葉を口にした。あんな形で言うつもりは全くなかった。その後別のスタッフに呼ばれて行ってしまったから、あんずちゃんから返事はもらっていない。撮影が終わってから自己嫌悪に陥っていたところを零くんに見つけられ、事の顛末をかいつまんで打ち明けたからこそ、さっきの言葉が出てきた。
「
…
だよね」
全く彼女と会っていないというわけではない。仕事絡みのことで何度か顔を合わせているし、話もしている。お互いに忙しくて要件のやりとりしかなかったからこそ、気にせずにいられた。けれど、今回はきっとそういうわけにはいかなくなる。
「とはいえ、動き出したらそんなことを気にしているような余裕はなくなるじゃろう」
零くんが言うことはもっともなことだ。やることも考えることもいっぱいで、ライブに無関係なことを考えている時間なんてなくなる。それに、俺の個人的な事情なんて、世間やスタッフには何も関係がないのだから。
「薫くんのいちファンとして、我輩も楽しみにしておるからの」
「
…
ありがと」
そもそも、目の前にいる零くんだって俺のファンだと公言している当人だ。当然期待に応えられるライブにしたい。今の俺にできることは一つしかない。まずは明日の午後のプロデューサーとの打ち合わせを乗り切ることだけを考えることにした。
「
…
一応、今日のところはこんな感じですかね」
そう言ってあんずちゃんは手にしていた書類を机の上に置いた。大まかな予定や期日、予算といったことが綴られているそれは、説明の前に俺にも渡されたものだ。回数を重ねることで内容にも手が加えられているのだろう、分かりやすくまとめられていて、今のところ何も困ることはなさそうだった。
「ありがとう。内容とか、やりたいこととか、固まったらまた連絡するね」
「いつでも連絡ください。待ってます。先輩のソロライブ、私も楽しみです」
仕事の話だからということもあって、変な意識をすることもなくいられたけれど、一区切りが付くと途端に心の内がざわざわとし始める。内容を確認するように書類に視線を落とすも、目は滑っていく。こんな落ち着かない状態じゃ駄目だ。
…
一度ちゃんと話をしよう。
「「あの」」
静寂の中、口を開いたのは同時だった。同じ言葉が重なって、揃って目を瞬かせる。
「ご、ごめん、何だった?」
「わ、私の方こそ
…
先輩からどうぞ
…
」
お互いに譲り合いになって進まなくなるのが見えた。余計な時間を取らせてしまうのは悪いから、あんずちゃんの言葉を素直に受け取ることにした。
「ありがとう。じゃあ先に
…
あの、この間はいきなりごめんね」
具体的に何とは言わなかったけれど、いつの話のことかは分かってくれているらしい。
「他の男
…
と行ってほしくないって思って、言葉の方が先に出ちゃった。でも、止める権利は俺にはないよね。困らせちゃったと思う。本当にごめん」
名前を口にしたくなくて、少しだけ言い方に迷った。実際彼女があの人との約束をどうしたのかは分からないし、知りたいとも思わない。あんずちゃんは俺の謝罪に小さく首を振った。
「
…
いえ、私も話そうとしたのはそのことなんですけど」
「
…
聞かせてくれる?」
続きを促すと、あんずちゃんは首を縦に振った。言葉を選んでいるのだろう、声が聞こえるまで少し間が開いた。
「
…
先輩のことは人として好きですし、今は仕事にも真剣に向き合ってくれて、尊敬もしています」
「うん」
そういえば、あんずちゃんからこういうことをちゃんと聞く機会はあまりなかったと思う。前向きな言葉をもらえたことは、それだけでも十分に嬉しい。
「でも、先輩はアイドルで、私はプロデューサーで
…
。その、やっぱり今すぐにはお返事ができなくて
…
ごめんなさい
…
」
申し訳なさそうにそう言ったあんずちゃんは深く頭を下げた。あの日の告白への今のあんずちゃんからの答えは、予想していたものでもあった。アイドルとプロデューサーという立場にしっかりと線を引いて、誰のものにもならない平等な位置を選ぶ。
「
…
うん、知ってる。ありがとう」
逆にそう言ってもらえてほっとした部分もあるかもしれない。はっきりと断られたらそれはそれで辛いし、この返事ならまだ今のままでいられる。
「
…
だから、あの時から変わらない、俺の気持ちだけ知っておいて」
あんずちゃんを好きだという気持ちだけは、ずっと変わらない。プロデューサーじゃなくたって、俺は君を好きになっていた。
「君のことが好きだよ、あんずちゃん」
俺の本気の気持ち。
きっとあの日よりは格好よく言えたと思う。
もう今の俺にできることはない。
「羽風先輩
…
」
「返事、いつまでも待ってるから」
「
…
はい」
今の返事にあんずちゃん自身の答えは乗っていない。今の環境から見て下せる判断というだけ。いつまでもはちょっと重いかなと思ったけれど、これも正しく俺の気持ちだった。
「さ~て、ファンのみんなとあんずちゃんの期待に応えられる俺らしいライブにしないとね!」
そう言ってプロデューサールームを後にした。まずは一区切り。そうなれば、俺が次にできることは決まっている。自分のためにも、ファンのみんなのためにも、そして、あんずちゃんのためにもソロライブを成功させなければ。少し離れたところで立ち止まって深く息を吸い込む。多分、悪くはなかったと思う。
「気になって様子を見に来たんじゃが、余計な心配だったようじゃの」
不意に聞こえてきたのは、聞き慣れた零くんの声だった。
「あ~
…
えっと
…
ごめんと言うべきか、ありがとうと言うべきか
…
」
「気にしなくていいぞい。我輩が勝手にしておるだけじゃから」
昨日の俺を知っているからこそだろう。申し訳ないと思いつつ、同時に気にかけてくれたことを嬉しくも思う。
「
…
何やらすっきりした顔をしておるのう?」
不思議そうに零くんが首を傾げる。
「うん、待つって決めたから」
プロデューサールームがある方に一瞬視線を向けて、また零くんに戻した。すると、零くんは楽しそうに笑ってみせた。
「くくく
…
青春じゃのう」
お互いに学生ではなくなった今、青春と呼ぶのは少し違うような気がする。未来がどうなるのかは分からないけれど、今はできることをしながらあんずちゃんからの返事を待つだけ。
―
叶うなら、どうかその答えが俺にとっていいものでありますように。
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