河童の皿箱
2026-05-28 22:16:23
3210文字
Public 遊戯王:短め(2026年)
 

泥中にて

ロタリーが幼少期に世話になった娑楽斎とワゴンに再開するだけ

 彼らのことは、よく知っている。星も見えぬほどの眩い街が輩出した、世界に誇られるアーティストたち。父と母に手を引かれ、何度も何度も、彼らのパフォーマンスを見に行った。胸の高鳴りが抑え切れなくなるほどの暴力的な、けれど繊細で優美なサウンドに耳を傾ければ、それだけで酔いしれるほどだった。そういう音に興味を持ったのは、たぶん、彼らが始まりだった。
 彼らのことは、よく知っている。上流階級や貴族の中でも堂々と、彼らは自らの色を発揮していた。擦り寄る者どもなど相手にはせず、けれどそこらの女たちの様にお飾りに徹することもなく。こればかり聞いては高嶺の花だが、彼らは違った。会話の成り立つ者とは酒を飲み、歌い、時折プライベートへの招待にも応えていた。そう、我が家の様に。
 彼らのことは、よく知っている。本当によく、知っている。浮世絵師の娑楽斎、彼は酒が好きだが子供も好きだ。とても陽気な性格で、私と遊ぶ時は酒を呑まずに相手にしてくれた。中空に描いた魚の群れが翻るのを、その鱗が余すことなく輝くのを見るのが好きだった。雅楽師のワゴン。気高く、何を考えているかわからなかったのは初めのうちだけ。物静かだけれど優しくて、ミステリアスで、でも熱い人。おいでと手招きされ、そのノスタルジックな音に触れさせて貰えば、彼は音の知識を授けてくれた。
 彼らは私を呼んだ。「お嬢」、と。私は幼くても、彼らがすごい人であることだけはわかっていた。だから学校や塾で、彼らと友達なんだよって、友達に自慢したかったけれど、けれど彼らとは約束していた。「このことは、誰にも内緒だ」って。今思えば、彼らは父と母に頼まれて、私に芸術の指南をしてくれていたのだろう。私が真面目に講義を受ければ、彼らはとても喜んだ。父と母に聞いたことをやってみせれば、それはそれは喜んだ。皆が喜ぶ顔を見ると、私も嬉しかった。
 
 父と母が、賊の輩に殺されるまでは。

 良心の胸に何度も突き刺さる凶刃と、広がっていく赤と。

 私は逃げた。死に物狂いで逃げた。誰かに、彼らに、助けを求めたくて。でも、どこにいけば良いかなんて、分からなかった。

 それから? それから……それからのことは、ほとんど覚えていなくて。気がつけば私は、あの輩の胸に、同じ様に刃を突き立てていた。何度も、何度も、息の根が止まるまで。それを、見られた。知られてしまった。やってはいけないことだとわかっていた。でも、やらずにはいられなかった。もうダメだ、生きていけないって、そう思っていたら……彼女たちは手を差し伸べた。「気に入った」、「一緒に行こう」、って。
 私を見つけた彼女たちは、暗殺者の一団だった。私が手を下さなくても、あいつらは死んでいたのだと。同じくらいの女の子のグループがどうしてと問いたかったけれど、鏡はひとつの答えを指し示していた。彼女たちが拠点とするスラムのクラブに身を窶しては、私は彼女たちとたくさんの話をした。上手くやっていけるかどうかも定かではなかった。けれどこれに縋らねばもう、生きる道なんてなかった。彼女たちの音は気に入ったし、表の稼業も、裏の稼業も、なんとか食らいついていけるくらいにはなった。

 でも、元の生活が恋しくなることくらい、あった。毎朝かかる、幼き頃からの音を聞いてしまうとなおのことだった。
 別にニュースを見ていたわけでも、流行りの曲を聞こうとしたわけでもない。私と道を共にする暗殺者にしてDJ、キラーチューンがそのひとりレコはよく、ワゴンの曲をかけた。意外だった。彼の音は優雅で、高貴でそういうの、聞かないとばかり思っていたから。特に口数が少ないレコに、何かを尋ねられもしなかったが、毎日毎日、無言で練習に用いていたから、あぁたぶん、こういうのも好きなんだって。

 思って、聞いていたらね。

 彼らは突然、私の前に手土産を持って現れた。スラムの底の底、こんな汚泥の棲み処に、変わらず凛と咲いては、私の姿を見て目を剥いた。「お嬢!?」と。もちろん、私も彼らと鏡写しだった。だって、なんで、何度も胸は問いかけたが、けれど振り返れば、彼女たちも同じで。

 誰も彼も、彼女らすらもが固まる再会。私たちの頭が追いつくのに、もう少し時間が必要だった。




 沈黙と静寂。或いは困惑。このジュークジョイントに余りにも似つかわしくないと思いながらも、けれど誰もが黙り込んでは、次の一言に悩んでいるようだった。彼らは私が殺しの道に行ったことを、恐らく知らない。けれど、彼らもまた義理堅い。家が崩落したことくらいは知っているだろうし、私が行方不明になったことも、知っているだろう。もしかして今までずっと探していたのだろうか、それにしてもなぜ手土産に駅前デパートのちょっといいクッキーを持っているのか。後ろの視線も、前の視線も、痛くて、居た堪れなくて。

 私は手を汚した。何度も、何度も。どれだけの言い訳を重ねようとも、いくつもの命を奪ったことに、変わりはない。今更、表に戻る道などない。

 けれど、パチンと。小さな手拍子が無音を割いた。「はいはーい。どこの誰と見間違えたか知らないけど、この子はうちの子だよ~ん」、と。グイと右腕に抱き着いたのは、キューだった。「だいたい、お高く纏まったお貴族様たちが、こ~んな薄汚いところに来るわけないでしょ~? ただでさえ、要らない要らないの一点張りで変な言いがかり付けられるんだからさぁ!」、と。怒ったふりして、飄々と。すると、今度は左腕をレコが引いた。「まあ、アンタたちは違うだろうけど。でも、この子、うちの新メンバーだから。あげないよ」。じっとり睨んだその視線に、ふ、と。娑楽斎は吹き出した。
 「あぁ、そうだな。……やぁ、悪かったなお嬢さん。俺の知り合いによく似ていたからよ」。そう言って彼は、あの時のまま私の前にしゃがみ込んで見せた。ちらり、ワゴンに目を配れば、彼もまた微笑んだ。「ごほん。それでは、新加入のあなたに自己紹介をさせていただきましょう」、と。そうして彼らは離れては、互いに筆と楽器を取り出した。

 「俺ぁ、P.U.N.K.が浮世絵師、娑楽斎! そしてこいつが」。「私はP.U.N.K.が雅楽師、ワゴンと申します。どうぞ、以後お見知りおきを」。筆の先から広がる色の波に、叩きこむ様な琴の音の波が乗る。続けて、「キラーチューンのキューだよ~! キュートのキューちゃん!」、「キラーチューンのレコ。ほら」、「キラーチューンのミクスだよ! ほーら! クリップも!」、「ハァ!? なんでオレまで乗ってやんなきゃいけねェんだよ! バカが!」。
 最後の最後で蹴られた流れ。けれども、キューは腹を抱えて笑った。「もー! ほんとクリップったらKY!」、言い返せば、クリップはギャアと牙をむいては、キューを追いかけまわして。それをまたミクスが追いかける。レコは隣で静観するだけで、彼らは娑楽斎とワゴンは、何やら微笑ましそうに、こちらを見ていた。

 あぁ、そうだ。わたくしの名前は。

 「わたくしは、キラーチューンのロタリー。新参者ではございますが、誰にもえぇ、この子たちにも貴方がたにも、負けませんことよ」。

 そんな言葉に、彼らは笑った。「よろしくな」と。差し伸べられた手を、敢えて払う。「気安く触らないでくださいまし。わたくしに触れたければお判りでしょう?」。ツンと顔を背けてブースに向かえば、ニヤケ顔のロボットがその場を譲った。
 レコードに指を載せる。じ、と睨み合うふたりの男と、私と。そうだ、これでいい。私はもう、純朴なる幼子ではない。これが、今できる最良の、彼らとの関係。唯、音の上では何者であろうとも対等。その立場を、存分に利用させてもらう。