同舟

壮五さんお誕生日おめでとうございます🎊
お題箱にいただいたお題「夜中にインスタントラーメンを食べる壮環」で書いています。カプ要素はいつも通りぐらいの薄さです(たぶん)

 MEZZO″の仕事を終えて寮に着いたのは、もうすぐ夜の零時をまわるころだった。他のメンバーはロケで不在にしていたり、翌日の仕事に向けてすでに就寝していた。
「はー、腹減った!」まっすぐにキッチンへと向かった環が、「カップ麺食っていい?」と振り返る。
「いいけど……。もう夜中だし、何か温かいスープでも作ろうか?」
「や、いいよ。今カップ麺の気分だし」
 環はすでに戸棚を開け、カップ麺を手にしている。そのパッケージに印刷されたラーメンの写真が目に入って、壮五もふと空腹を覚えた。
「じゃあ、僕も食べようかな」
 言いながら、湯を沸かそうとケトルを手に取る。
「え、そーちゃんも?」
「うん。お腹空いたなと思って」
 水栓のレバーを上げ、ケトルの中に水を満たす。高く硬い音が柔らかく変わっていくのを聴きながら、環の隣に並んで立つ。


 カップ麺のふたを取り去ると、香ばしい湯気が鼻先をくすぐった。向かい側に座る環が「うまそーー」と気の抜けた声を漏らす。
 テレビでは深夜のバラエティ番組が流れていた。画面の左下には『無人島に持って行くなら?』というよくあるトークテーマが表示されている。
「そーちゃんって無人島とか得意そう」
「え、そう?」
 どういう意味だろう。確かに人より胃腸は強いようだから、自生している果実を食べてもそうそうお腹を下したりはしないかもしれない。
「そーちゃんは、無人島にひとつだけ持ってくなら何持ってく?」
 環はテレビ画面を見つめたまま話を続けた。
「ひとつだけか……。救助がくる可能性は?」
「え?」環の眉間にわずかにしわが寄る。「や、わかんねーけど」
 カップ麺をすすり、もごもごと咀嚼しながら答えてくれる。その膨らんだ頬を眺めながら、壮五は考え込んだ。救助までの期間の指定がない――つまり、長期戦になりかねないということか。
「うーん……島の気候にもよるかな」一般的な回答に考えをめぐらせる。南国なら浄水器、極寒の地なら火種だろうか。気候がわからないとなれば、やはりナイフの類が手堅いか。「他に人はいるのかな。工具セットや救急箱はセットで一つと数える?」
「いや、そんな難しく考えなくていいよ。なんかパッと思いついたやつでいいから」
 環は困ったように言って、それ以上は答えてくれなかった。もう飽きちゃったのかな、と思いながら、壮五も麺をひとくちすする。
 無人島に漂着したとき、他に人がいるかどうかは重要だ。もし他の漂流者と折り合えなければ、限りある物資を巡って争いになるかもしれない。そうならないためにも、早い段階で役割分担やルールを決める必要がある。もし仲間として手を組むことができれば、生存確率はぐっと上がる。仲間がいれば、ひとりでは到底成し遂げられないようなことも――
「あっ、待って」
 環の声が思考を遮り、壮五は慌てて口の中のものを飲み込んだ。環を見ると、壮五の肩越しにリビングの壁を見ている。
「どうかした?」
 振り返ってみても、そこにはいつも通りの空間があるだけだ。環に向き直り、首を傾げる。そんな壮五を見て、環はえへへと嬉しそうに笑った。
「そーちゃん、誕生日おめでと!」
 あっと思って再び振り返る。壁に掛かった時計が、零時を指していた。
「へへ、やったー。一番乗り」
 箸で人を指さないよ、という言葉を飲み込んだ。環は満足そうに口角を上げて壮五を見ている。そのまなざしをまっすぐに見つめ返すと、胸の中にあたたかなものが満ちていく。
「なに、見すぎ」
 環が照れたように目をそらす。胸の内に広がるあたたかさの正体を考えるより先に、壮五はいつもその顔を目で追ってしまう。
……環くん、かな」
 気づけばそう呟いていた。
「え? なにが」
「無人島に持って行くもの」
「は?」環の眉間に再びしわが寄った。「人は反則じゃね?」
「そ、そう? 環くんとなら何もない場所でも退屈しないし……
 慌てて言葉を継ぎ足すと、環がじとりと細めていた目をやわらげる。
「ほー?」
「隣にいたら絶対に助けてくれるし、僕も頑張れるから」
 火を起こすのに失敗しても、魚が釣れなくても、きっとこの子は「大丈夫だって」と笑ってくれるのだろう。
「だから――ああ、そうだな」壮五はすっきりとした気持ちで笑った。「ただ、君と一緒にいたいなと思ったんだ」
 そう言うと、環がふいっとうつむいた。前髪で顔が隠れ、表情が見えなくなる。
「環くん?」
 不思議に思って呼びかけるが、返事はない。よく見ると、跳ねた髪のあいだからのぞく耳が赤くなっている。
「大丈夫かい? 耳が赤いけど……
 重ねてたずねると、環がしぶしぶ顔を上げた。きゅっと力が入った水色の目と、視線がぶつかる。
「いや、なんか急でびびったっつーか……そーちゃんが恥ずいこと言うから……
 そのまま数秒見つめ合って、壮五はようやく理解した。
「あ……。環くん、照れてるのか」
「う……
「違った?」
「違わないけどさあ……
「ふふ、かわいい」
 くすぐったそうに身をよじる環を微笑ましく眺めていると、ふと先ほどの自分の回答がおかしかったことに気づいた。
「あっ、違う」慌てて声を上げる。「あ、いや、違わない、かわいいのは違わなくて」
 環が「なに、マジで。止めて、照れるから」と足をぱたぱた揺らす。
「なにが違うの」
「無人島に持って行きたいものとして君を挙げたけど、君を持ち物みたいに言うのは良くなかったし、君を危険に晒すのは本意じゃないなと思って……
「ウケる。別にいいじゃん」環がけらけらと笑って壮五を見つめる。「もし遭難して無人島に流れ着いても、俺と一緒に、うた歌ってよーな」
 別にいいのか、と壮五は環を見つめ返した。うっすらと赤みが残る頬をじっと見ていると、彼は上半身をテーブルに突っ伏した。ふにゃりと頬をゆるめ、腕に頭を乗せて見上げてくる。
「もー、なんか、そーちゃんの誕生日なのに……俺ばっか嬉しいこと言ってもらったじゃん」
「僕だって嬉しいよ。こうして日付が変わった瞬間にお祝いしてもらえて」
 壮五がそう言うと、環は腕に頬を押しつけたまま「えー、カップ麺食ってるだけなのに?」と目を細めた。
「うん。君が嬉しそうだと僕も嬉しいし。みんなから盛大にお祝いしてもらえるのも、もちろん嬉しいけど……
 言葉を探しながら、ぬるくなり始めたスープに視線を落とす。
「仕事が終わって帰ってきて、夜中にカップ麺を食べて、他愛のない話をして。こういう時間を、君と過ごせてるのが嬉しいかな」
 誕生日付近は仕事が忙しい。それでなくとも、こうしてゆっくり過ごせる時間は貴重だ。もっとこの夜を味わっていたかった。
「俺もー。そーちゃんとだらっとしてる時間が、一番好き」
 環が昼下がりの春空みたいに屈託なく、ゆったりと笑った。
 テレビの向こうは、とうに別の話題に移っている。
 環が「てかそーちゃん、めっちゃラビチャ来てるよ」と声を上げた。零時を過ぎたばかりだというのに、スマホには次々と通知が届いていた。
「あとで返すよ」
 壮五は小さく微笑んで、再び箸を手に取った。