108utata
2026-05-28 22:14:05
2890文字
Public 供養
 

太敦のつもりで書いてたけど今見たら敦太?な気がする小説

2021年11月6日完成
なんでも行ける人向け!太宰が弱る話。
今まで未公開だったのですが公開するタイミングを逃しすいぶんと時間が経ってしまったので思い切って今日公開します。解釈違い気味ですが……。

抜け殻



 太宰は目の前に自分の屍体を茫然と見た。
 否,少し語弊があるだろう。正確に云うならば,“抜け殻”を見たと云った方が佳いか。
 ほんのり肌色が残るその薄い膜は,所々くしゃくしゃにはなって居るが原形を留めており,窓から差し込む僅かな光が反射し,てらてらと光っていた。
 それはたった今,太宰本人が作り上げたものだ。今回は左手と左腕の部分。太宰はそれを見て,僅かに噦いた。だが何も出ずに,結局胸のムカムカした感情が留まり続けていた。そっと目を伏せた。
 こんな事が起きるようになったのは,つい最近になっての事だった。初めはほんの少し,皮がぽろりと抜けた感覚に留まった。自身の掌の半分も無いくらいに小さな,剥けていく感覚。
 気にはしなかった。屹度偶々起きた事なのだろうと,無視をした。何時か治るだろうと。だがしかし,徐々に剥けてゆくサイズは大きくなるままで,一向に治まる様子はない。“皮”だったものは何時しか“抜け殻”へと変貌を遂げた。その中で,発見したいい事があるとするならば,一度剥けた部位は二度と剥けなくなるという事実。それならばと,放置した。何れか終わると。剥ける前には皮膚がくしゃくしゃに浮かび出るのも,自分が全身に包帯を巻いて居て,誰にも見られないから大丈夫と考えて居たからでもあった。その皮膚は赤黒くなったり蒼くなってみたり,はたまたマーブル模様になってみたりと,中々グロテスクな見た目でもあったが,日常的に隠せる人間だった為,然程気にもならぬ程度だった。それでも,剥けると云う状況は止まらないし,今日は,初めて尋常ではない程の吐き気まで催した。いつしか掌の半分も無かったサイズの皮が,左手と左腕の等身大となる。それがまるで,実物になりそうで,薄ら気味悪く,自分が所属していたのがポートマフィアで五代幹部であった事も忘れて仕舞う程に,最もグロテスクに思い厭になった。その刹那,酸っぱい胃液が再び競り上がり,太宰は部屋の片隅で大きく咽せた。喉の奥からは,独特の酸味のある液体が垂れ落ちてきた。それがまた気持ち悪く,再び咽せた。目からは生理的な涙が溢れ落ちた。
*******
 敦は太宰の部屋のドアを開けた。何時になっても,迎えに来るはずの時間になっても,ドアの外は音沙汰無しだった。何時もはあんなに早くに駆けてくると云うのに,余りにも可怪しい。
 鏡花に事情を伝えて,敦の方から初めて出掛ける事にした。辺りは月明かりのみだから,余り五月蝿くできない。静かに部屋の扉の前に立ち,一先ずノックをした。一セット,二セット,三セット。幾ら叩こうが出る気配もない。敦の中の危険信号が,一番上の段階に駆け上がる。躊躇いもなく,合鍵を取り出して鍵穴に差し込む。これは万が一の時の為にと云われて,太宰自身から渡されたものだ。普段は使う機会が全くなくて,此れからも一切この鍵にお世話になるまいと思って居たのに,こんな時に真逆役立てなくてはならなくなるなんて思っても居なかった。額には汗が滲む。
 ガチャリと解錠の音が鳴るや否や,敦は考える間もなく部屋に押し入った。
 そしてその光景を見て,愕然とした。
 「………太宰さん?」
 部屋の隅で太宰は丸まって震えて居た。敦の位置からは背中しか見えないが,明らかに様子が可怪しい。部屋の中ではツンと鼻を刺す臭いが一帯に漂う。靴を脱ぎ捨て,直ぐ様駆け寄って,顔を覗き込んだ。今迄見た事も無い程に真っ青だった。
 「太宰さん!?大丈夫ですか!?」
 敦が声を掛けると,部屋の片隅をじっと見つめて居た太宰は,声にぴくりと反応して,そうっと顔を上げた。つつーっと糸が白く光った。その時初めて,敦は太宰が吐いていたと云う事に気づいた。
 「……………つし……くん………?」
 「はい,そうです!太宰さん,一体何があったんですか!?」
 その言葉に,太宰は再び部屋の片隅に目を向けた。一体何かあるのだろうかと,敦も釣られて其方に目を遣る。
 「……………抜け殻が出来たの……
 「………抜け殻?」
 「うん………最近大きくなってきちゃって……今日はね,遂に左手と左腕まで出来ちゃったの…………なんだか怖くて未だ彼処に置いてあるよ
 太宰はそう云って片隅に指差した。敦はじっと目を凝らすが,何もない空間のようにしか見えなかった。
 「抜け殻本当にあるんですか?」
 「うん生憎,今迄にない程にとっても綺麗に原形を留めたままで居るよ
 太宰が噓を吐いて居るようには思えなかった。目は確りと“何か”を見て居て,指は震えながらも或る一点を指す。けれど,敦にはさっぱり理解出来なかった。
 「………僕には見えないです」
 「………見えないの?」
 「僕には,片隅があるって事だけで抜け殻は………
 「そっか………
 太宰は落胆した声だった。
 「でも………じゃあなんで私だけみえるんだろうね」
 「何時からあるんですか………?」
 「此れはたった今出来ちゃったの。でも前々から少しずつ小さいのが出来てて………斯う云うのは,最近行成出来始めるようになっちゃってた………
 太宰はけほっ,とひとつ咳をした。敦はその背中を優しく摩った。
 「何か,最近始めたことってありますか?」
 じっと空を見つめて,暫く考える素振りを見せた後,太宰はそっと首を振った。
 「そうなんですか
 「敦君は何か思い浮かばない…………?」
 敦にも一切,最近太宰が変わったことをして居たかなんて,直ぐには頭に浮かばない。
 「えっと特に。でも………強いて云うならば
  ——なんか,甘えてくれて居るなーって思います」
 「………甘えて?そんな事,私特に……意識して無かったけど…………んっ
 そのまま,太宰の口から胃液がまた少し,溢れ出した。
 「太宰さん!?矢っ張り,何か体調悪いんじゃ!無理しちゃ駄目ですよ!」
 慌てふためく敦を,太宰は漸との事で鎮め,大丈夫だから大丈夫だから,と,話の続きを促した。躊躇いながらも,敦は恐る恐る口を開いた。
 「なんか,最近になって,急にと云いますか今迄,太宰さんが抱き付いてきても,なんだか何処か遠くでやって居るかのような一寸心の隔たりが感じられると云うか上手く表現は出来ないんですがそんな風に思えてて。けど,最近になって,急にそんな隔たりが感じられなくなってて一寸僕は吃驚したんです。だから心から信じて甘えてくれてるのかなぁって思って。本当は違っているかもしれませんし,唯の僕の思い上がりかもしれませんけど」
 敦がそう云うと,太宰は大きく目を見開いた。そしてじっとその抜け殻を見詰めた。ツンと鼻を刺すその刺激臭が,太宰にも漸く匂えた。
 「敦君…………私,理由解ったかもしれない」
 驚いて呆然として居る敦を気にもせず,そうっと蹌踉めきながらも立ち上がった。
 その刹那,太宰には,足下でカサリと最後の抜け殻が剥がれ落ちた音が聞こえた気がした。