mokkomoko2525
2026-05-28 20:14:04
10314文字
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恋人になりたい/友達のままでいたい

現パロの続きです。大学でゲームをし、家を開示し、無理して中古の車を買った世界線です。GWにドライブ旅行に出かけています。
まだ未完です。後日また残りを仕上げます。


「オイ水こぼすなよ、絶ッッ対に許さへんからな」
「わかってる、わかってる、絶対こぼさないからひとくちだけ飲ませて欲しいマジで暑くて」
「一滴でもこぼしてみィ末代まで呪ったるからな」
「気をつけます、気をつけますから」

ハンドルを握ったままのカラスバが声を荒らげる。キョウヤは恐る恐る、持ち込んだペットボトルのキャップをばきっと音を立ててひねった。


───その、数分後。


「オマエマジで末代まで呪ったるからな!!!」
「えーん、ペットボトルの結露は許して欲しい〜!!」
「変わらんわ!!立派な一滴やろが!!ボトルの外にあるか中にあるかの差やろ!!」
「本当にごめんなさいちゃんと乾かします許して〜!!」

わずかに開けた窓の隙間から、珍しいカラスバの怒号とキョウヤの泣き声が漏れ出て、すれ違った歩行者が不思議そうに振り返った。




恋人になりたい/友達のままでいたい




「サイダーと悩んだんですよ、飲み物……水にしといて良かったな、なんて」
…………
……嘘ですごめんなさい……

肩をすぼめてしょぼくれるキョウヤに、ふと頬をゆるめてカラスバが笑う。

「しゃーない、許したるわ。まあ言うて水やしな。ちょっとでも塩分やら糖分やら含まれてたら蹴り出しとったとこや」
「これからは常温の水にします……
「ええ心掛けやん」


どこもかしこも混んでいる、GW。この小さな島国で、一斉に人々が動くタイミングのひとつ。
2人と1台の今回の目的は、ドライブとちょっとした観光と、旅館で1泊すること。

海の上のパーキングエリアは、潮の匂いのする風が強かった。中日とはいえさすがに人が多く、人々の隙間を縫うようにしてデッキに出る。

「人、多!風、つよ!」
「あ〜ええなあ〜」

2人の着た半袖のシャツがばたばたと風に揺れる。ギャア、ミャア、と鳴くたくさんのウミネコたちが、ふらふらと風に流されている。容赦なく頭上を通り抜けていくウミネコに怯んだように、キョウヤが身を大袈裟に躱した。

「気をつけないとカメパン盗まれちゃうなこれ」
「それトンビやなかった?」
「知ってるんだ……

2人は人混みを避け、フードコートに入る。
昼より少しだけ早い時間だからか、まばらに席が空いている。キョウヤが身軽に窓際の席を取ったので、2人はのんびりとメニューを見た。

「あさりラーメンだって!初めて見た」
「へ〜、美味そうやん」
「海鮮丼とめっちゃ悩む」
「オレラーメンにしよ」
「あーずるい、早い決めるの!!」
「ひとくちやるって」


窓の外を見ながら、キョウヤは思ったより立派だった海鮮丼に大喜びで食らいつき、カラスバのラーメンも少しだけ貰って、大満足で……とはいかず。
帰り道にあさりの入った中華まんを買い食いし。

カラスバのじっとりとした目を受けて、助手席のドアの前で残りを無理やり口内に放り込んだ。


♢


海沿いの道路を、規定速度を少しだけオーバーして、車は軽快に走る。

「すっっっっげ〜〜〜ッ!!!」

キョウヤは広くなった車内で、両手を真上に突き出して叫んだ。大声を出しても、カラスバは笑ったまま何も言わない。

それもそのはず。カラスバの愛車は今、Tバールーフを開け放って青空の下、潮風を車内に吹き込ませながら走っている。つまり、半オープンカーのような状態。

先程のサービスエリアで、キョウヤたっての希望で2人でひいこら言いながら重たい屋根をふたつ外して、狭いトランクにぶち込んだのだ。周りの興味深そうな視線がちょっぴりくすぐったかったけれど。
しかしその苦労もあって、5月のちょうど良い気候の風がとても、とても気持ちが良かった。

「カラスバさぁん!この車めっちゃいいじゃん!」
「なんやて!?全然聞こえへん!!」
「この車ぁ!!めっちゃいいじゃん!!!」
「せやろぉ!!!」

強風とエンジン音と、ごうごうと鳴るロードノイズで意思疎通もままならない。それでも2人は声を上げて笑った。


♢


2人はたっぷりと、海辺のドライブを満喫した。
途中、休憩中にTバールーフを再びひいこら閉めている時に「うおお兄ちゃん!いいの乗ってんな!!」と車好きそうないかついお兄さんたちに絡まれ。カラスバがにんまりとドヤ顔をしたのを自分の事のように喜んだりした。


見かけた漁港にふらりと立ち寄って、市場の片付けをする人たちやカモメが魚を狙って飛び回っているのを非現実的な気持ちで見つめていたら、船から出てきた豪快に日焼けした漁師がまたしてもカラスバの車に食いついて。さっきも見た光景だなぁと思っている間に、カラスバの態度を気に入った漁師が土産にと余った魚で作った海鮮丼を2人分、持たせてくれて。昼に海鮮丼を食べたとは思えないキョウヤの喜びっぷりに、立派なエビフライもおまけでつけてくれて、意図せず今晩の夕飯を確保したことに2人で喜んだりした。

──微笑むカラスバの顔がどこか物憂げだったのが、少しだけ、気になったけれど。


♢


──そして2人は今、見慣れた店の前に立っている。
「こういうところにもあんねんな、この店」
「本当に人気ですよねぇ〜」

店から出てきたキョウヤは、右手に持った『いつもの』をカラスバに手渡した。氷少なめの、ブリュードコーヒー。一方キョウヤの手の中には、クリームのたっぷり乗った飲み物がある。

「うわ、甘そ」
「今白桃しか残ってなかった。飲める?」
「多分」

太いストローが2本刺さったカップを差し出せば、カラスバがストローの1つを器用に咥えた。中のほぼスイーツみたいな液体が少しだけ減って、カラスバの眉間にしわが寄る。

………………甘ぁ……
「やっぱりかぁ」
……こんな感じなんやな。でも、……思ったより、美味い」

自分のコーヒーを飲みつつ、もう一度ストローに食いついたカラスバを見つめるキョウヤの顔は、嬉しそうな反面、少し寂しそうで。カラスバが怪訝そうに目を細めると、目が合ったキョウヤが小さく苦笑した。

……本当は俺が作りたかったな、カラスバさんの初めて……

キョウヤの拗ねたような言葉に、カラスバは目をまん丸にして。
こくりと甘い液体を飲み込んで、ふっと笑った。

……何言うてん。……オマエが店で作ったら半分こできひんやん」

今度はキョウヤが目を丸くして、勢いよくカラスバに迫る。

……俺と半分こするの楽しみにしててくれたの!?」
「まあ、1人じゃ飲みきれへんしな〜これは」

はは、とカラスバが笑うので、キョウヤは下唇をむっと突き出した。

……ちぇ!」


♢


車は長旅を終えて、今日宿泊予定の旅館に滑り込んだ。
軽く車体のチェックを済ませたカラスバは「ほな、いこか」と楽しそうにキョウヤの前を歩き出した。
あまり旅行に行くことはなかったというカラスバ。いつもより明らかに、楽しそうなのが分かる。長い付き合いになる彼の知らない顔を見られていることに、キョウヤも浮き足立っていた。

部屋に荷物を置いて、もらった海鮮丼を早々に胃に収めた2人は、売店を覗いたり大浴場に足を運んだりした。
──家族以外と同じ湯船に入るなんて修学旅行以来じゃん……と目のやりどころを心配してドキドキしていたキョウヤだったが、普通に他の利用者もそこそこいたので平常心のまま湯船に沈むことができた。
目が悪いカラスバが持ち込んだ予備の眼鏡のレンズが瞬間的に真っ白になって、2人で笑いあったりなんかしたのだ。

ああ、まったく、健全だった。


♢


窓を開けると、部屋からの明かりで目の前に見える海は漆黒だった。
ただ、静かに打ち寄せる波が砂浜を撫でる音が響く。


窓際のローテーブル。カラスバは売店で買った缶ビール、キョウヤは甘めのチューハイ。中間に、部屋に用意してもらっていた温泉まんじゅうと、買った乾物系のつまみ。それから、キョウヤはカバンをごそごそと漁り、何かをテーブルに乗せた。
ルカリオのぬいぐるみ。目を丸くするカラスバの前で、チューハイの横にそっと座らせて、スマホでパシャリと撮影をする。

……ああ、『ぬい活』」
「そうです!ルカリオはお酒飲めないけどねぇ〜」

カラスバがそっと目を伏せて、ちらりと自分のカバンの方に視線を投げた。
その行動でピンと来たキョウヤは一瞬でカラスバのカバンに向かって走り出し、「ちょ、オマ」というカラスバの制止も聞かずにカバンを勝手に漁った。

出てきたのは、ペンドラーのぬいぐるみ。キョウヤが贈った、相棒。
呆然とカラスバを見やるキョウヤの視線に耐えきれず、カラスバはそっと視線を外す。

……連れてきてくれてたんだ」
……オマエ勘良すぎるやろ……

出すタイミングわからんかってん、と小さな声が言うから、キョウヤはペンドラーを連れてローテーブルに戻り、カラスバの缶ビールの横に置いた。そのまま、困惑するカラスバごと、写真に収めた。あっという間にカラスバのメッセージに画像が届いた旨の通知が届き、カラスバは舌を巻いた。

……じゃあ、改めて」

各々ふたをあけ、そっと、しゅわしゅわと音の立つ缶同士をぶつける。

「カラスバさんの愛車とポケモンたちに!かんぱーい!」
……おう」

カラスバが照れくさそうに笑う。
キョウヤは覚えたてのチューハイをくぴくぴと煽って、ぷはあと楽しそうに息をついた。

「それにしてもカラスバさんすごいな〜、ホントに車買っちゃうんだもんな」

キョウヤの感嘆の声に、カラスバはそっと笑う。

……でも、結構無理してるんでしょ」
「まあ。……でも後悔はしてへんよ」

カラスバは肌身離さず持ち歩いていたらしい車のキーを手に取る。ずっと憧れて、少しだけ背伸びをして買った、愛車。

「絶対手に入れたる、って思ったのは……アイツが初めてや」
「えー、子どもの頃欲しかったものとかなかったの」
「あったよ」

カラスバは缶に口をつけてから、なんでもない事のように呟いた。

……あったけど……欲しい思うたら、辛いだけやったから」

キョウヤは一瞬息を詰めた。以前聞いた、カラスバの、家庭環境。
弟が3人。母親が女手一つで4人を育て上げるのを手伝うために、バイトと学業を両立し、学費を全部自分で払った男。両親も揃って、適切に脛をかじり続けている自分との対比に、血の気が引く思いがした。
黙ってしまったキョウヤに気がついて、カラスバは明るい声で続ける。

……何や辛気臭くならんとって。言うたやんオレ。初めて絶対手に入れたい思うて買うた車やぞ?大人ってすごいやろ、なんでもできるねんで」

カラスバが少しやつれた顔で、それでも楽しそうに笑う。
キョウヤは自分がつまもうと思っていた温泉まんじゅうを、そっとカラスバの方に差し出した。意図を察したカラスバは目をぱちくりとまたたいて、声を上げて笑った。

……オレ甘いものツマミに酒いけへんねん。オマエ食いや」


♢


ぱち、と部屋の電気が落ちる。
窓際のテーブルの2匹に缶たちの見守りをお願いして、少し離された布団に潜り込む。蕎麦殻の硬い枕に頭をぼすんぼすんと叩きつけて形を整えるキョウヤに、カラスバが「うるさ」と笑う。

「この枕うるさくない?そんで硬くない?寝返りうつ度にザクザク言うでしょこれ」
「オレ結構好きやけどなぁ。柔らかかったり沈むやつより好き。あんまり気にせんようにすれば案外慣れるんちゃう?」
「ほんと?」

キョウヤがカラスバの方にぱっと顔を向ける。ざりっ、と音がキレ良く鳴った。

「ふ……和室にはなんかコレ〜て感じしいひん?」
「俺あんまり和室の旅館って来たことないかも」
「オレもないけど。……これに頭乗せて見上げる天井がオツなんやない、まあ知らんけど」
「そういうもんかなぁ……

キョウヤがゆっくり天井に顔を戻せば、枕がさりさりさり、と音を立てる。静かな部屋に、よく目立つ音。カラスバはにやけそうになる口許をおさえる。自分で言っておきながら、どうしても耳はそちらに意識を向けてしまう。

……あ〜、楽しかったなぁ、こん旅」
「まだ終わってませんよっ!!」

意識を逸らそうと話題を変えるも、キョウヤが再び勢いよくカラスバの方を向いたので、枕がジャッ!と存在を主張して。
適度な酔っ払い2人は耐えきれなくなって、同時に噴き出した。

…………ッ」
「んひひ……オマエの…………うるさ……!!」
「ダッハハ、だから"言ってん……じゃん"っ……!!」
「上ッ向いたまんま"……ッ、喋りゃええやろ"……いちいち、こっ……ち、見よるから……!!」
「顔、見て……ッ、喋りたいじゃん"」
……ッ、暗くて、!!見えへんやろお"ッ!」
「ヒ〜ィッしぬ"、しぬぅ、わらいしぬ"……ッ」

ヒーヒー笑いながら身を捩れば2人分の枕もセッションを始めて、余計に笑いが止まらない。ツボに入っていることさえ面白くなってきて、布団で身悶えながらカラスバは枕から距離を取り、キョウヤに至っては畳の方に枕を放り投げて笑いがおさまるのを待った。

「オマエ……クッソ……!わざと……やったやろ……ッ」
「慣れるとか言うからぁ……ホントかなってェ……!!」

息を乱しながら必死に笑いを落ち着けて、ふと目が合って。たったそれだけで、何故か笑いが爆発的に込み上げてきて。結局、2人は各々丸まって、声を潜めて爆笑した。


♢


……オマエと居るん、ホンマに意味わからんくらい楽しいわ。……久々や、こんな笑ったん。あ〜顔痛い」

笑いというのは、抑えようとすればするほど溢れてくるもので。しばらくの間、意味もなく転げ回って笑い苦しんだ2人は、涙を拭ってようやく布団に再び潜り込んだ。
眼鏡を外したカラスバは疲れた顔をぐいぐいと両手で揉む。ちなみに、枕は2つとも畳の上に放置してあって、ひっそりと今宵の役目を終えていた。

いつの間にか、目はすっかり暗闇に慣れていた。キョウヤは天井を眺めながら、笑いすぎて少し掠れた声を出す。

……仕事、大変?」
…………まあなあ」

カラスバの苦笑が聞こえる。
少しだけ感じている、社会人になったカラスバとの距離。それを埋めたくて、キョウヤはまるで知ったことのように「そりゃそうだよね」と返した。

「でも、お陰で車も買えた。オマエ連れて、こんなとこまで来れた。……頑張って良かったと、思うとるよ……

それを知ってか知らずか、今のキョウヤには大抵成し得ることのできなさそうなことを、さも普通のことのようにカラスバはゆったりと語る。また、距離が遠くなった気がした。カラスバはすっかり大人で、キョウヤは酒の飲める子ども。助手席に座るしかない、世間を知らない、子ども。
寂しさを内側に押し込めて、キョウヤは一言だけで答える。

……あんまり、頑張りすぎないでね」


返事の代わりにすう、と深い呼吸が聞こえてきた。キョウヤがそっと視線を横に向けると、キョウヤの方を向いたままカラスバが落ちていた。忙しい日常生活の合間。長時間の運転に、飲酒に、最後の爆笑。全ての緊張から解き放たれて、カラスバは健やかに眠っていた。
こんなにあどけない顔をするのかと、キョウヤは目をそらせなかった。きっと普段は、こんなにゆっくり安心して眠ることは出来ていないだろうから。
じわ、とキョウヤの瞳が潤む。

初めて見た寝顔はとても可愛くて、守りたくなるような儚さをたたえていた。


♢


目を開けると、日が登ったばかり特有の薄暗さ。キョウヤは隣を見る。布団はもぬけの殻で、昨日酒を飲んだテーブルの向こうに、開け放った窓から吹き込む海風を浴びて仁王立ちしている男の姿を見つけた。

「朝から……げんきですね……
「おう!……おはようさん」

キョウヤの寝起き全開のむにゃついた声に、カラスバは逆光の中ぱっと振り返る。
眼鏡をかけて服を整えたその姿は、すっかり頼れる大人のものに戻っていた。
その眩しさに、キョウヤはそっと目を細めた。

「あんな、あっちに灯台見えんねん。車で行けそうなとこ。行こや」

カラスバが楽しそうに言うから、キョウヤも目を擦りながら起き上がった。


♢


旅館で朝食を済ませ、手早くチェックアウトをして、地図に頼らず勘で道を進んでいく。
車のダッシュボードの上には、昨日2人の酒盛りを見守ってくれていた2匹を並べた。ただそれだけなのに、なんだかポケモンの世界に浸っているようで、ひどく楽しかった。


無事に辿り着いた灯台には時間帯もあって、誰もいなかった。
ひいひい言いながら階段を上りきれば、そこには。

崖の上に立つ灯台。その眼下に広がる広大な青い海を、2人で呆然と眺めた。

ひどく壮大で、自分たちがちっぽけな存在だと突きつけられているような、圧倒的な景色。潮風は爽やかに2人の髪を撫でてゆく。
キョウヤはそっとカラスバの顔を盗み見た。夢を見ているかのような、穏やかな顔でただ黙って景色を見る、男。


────ああ。


……カラスバさん」
「ん?」

思わずこぼれた言葉は、カラスバに聞こえてしまっていて。
穏やかな声に、ぎゅ、と胸が痛む。

……俺、ちょっと変なこと言ってもいいですか」
「ふふ……何その前置き。オレが引くようなこと?」
……ん、…………引かれちゃう、かも」
「よほどのことがないと引くまではせんわ」

真っ直ぐ前を見ている、2人。向かい合ったらきっとうまく言えないから。
キョウヤは狙っていたこのタイミングで、口を開いた。


……俺、あなたのこと、好きです」


潮風の音に掻き消えそうな、小さな小さな声が出た。
カラスバは一瞬沈黙して、ギリギリ聞き取れたらしい言葉を反芻しているようだった。

…………おおきに?」
……友情じゃ、なくて、その…………

ちらりと視線を向ける。カラスバの目がゆっくり見開かれていく。
そして。


……堪忍、…………


キョウヤの喉から細い息が漏れた。カラスバは少しだけ目を細めて、顔だけをキョウヤに向けて。悲しそうに笑って、風に負けそうな声で、呟いた。

……オマエの、ことは。……ホンマに気に入っとる。……けど、そういう関係には、なれへん」
……カラスバさんは、俺の事、どう思ってる?」
「かわええやつやと思うとるよ、弟みたいで」

そうこぼしたカラスバは、そっと息を吸って、ふるりと頭を振った。いや、とすぐに自分の言葉を否定して、口の中で言葉を転がしているようで。

それでも、言葉が外に出てくることはなかった。


♢


無言のまま、車に乗り込んで。
ドアを閉めた勢いで、ころり、とダッシュボードの上のルカリオが転がった。何かの暗示のようで、キョウヤはそっと唇を噛んだ。

車は、これからそっと帰路につく。──この旅で一番静かな、出発だった。



しばらく、ロードノイズとエンジン音だけが響いていた。

先に口を開いたのは、カラスバだった。

……オレは。──働いて、貯金して、弟ら養ってやらなあかん。みんな大学とか行きたいやろし。……やから、誰かと付き合ういうんは、多分、できひん」
…………
…………そもそもな、オレ、興味ないねん。恋愛、いうやつに」

キョウヤは目をぎゅっと瞑った。

……こんなヤツ、やめとき。オマエの横には可愛ええ子がおって欲しいし、オマエ、……絶対、ええパパになるやろ。──オレは座席に水こぼしよったオマエを、末代まで呪わなアカンのやで?」

キョウヤは唇を噛んだ。カラスバを好きだと言ったキョウヤに、父親になれと、カラスバは言ったのだ。
カラスバがハンドルを握ったまま、そっと笑って言う。

……幻滅した?気ィ持たせるようなことしてしもたんなら謝る。堪忍な。……でもな、全部本心やで。オレ嘘つかへんさかい」
……嘘はついてない、かもしれないけど……本当のことも、全部言ってくれてるわけじゃないよね」

カラスバは答えなかった。ただ、寂しさと優しさをたたえた静かな顔で、前を向いている。


……本当に、俺と付き合いたくないの」
「ああ。ホンマやで。……オマエとは、友達のままで……いたい」


鼻の奥がじん、と痛む。

……そっ、かあ。……わかったよ」

込み上げるものを必死に隠して、キョウヤはそれだけ、なんとか絞り出した。
きっと、バレているだろうけれど。

……オレな、オマエのことホンマに気に入っとる。ずっと、仲良うしたい。……オマエはオレのこと、嫌になってもうた?」
……そんなわけないじゃん。俺だって一緒。カラスバさんとは、ずっと仲良くしたいよ」

声に涙がついに混ざって、キョウヤは誤魔化すように沈黙した。一度鼻をすすって、口と目を閉じる。カラスバも黙り込んで、車内にはエンジン音と走行音だけが響く。
車の振動が、2人を優しく揺らしていた。



♢


「──昔、仲良うしとった奴がな。……男と付き合うてたんよ」

キョウヤはカラスバの横顔を盗み見た。その穏やかな顔からこぼれた『仲良うしとった奴』に含まれた本当の意味に気がついたのは、きっとキョウヤがカラスバのことを、好きだから。
カラスバは、そんなキョウヤに視線を向けることなく、前を真っ直ぐ見据えて、続ける。

……いつ見ても一緒におって。アイツらがそんな関係やってオレは、知らんかったんやけど。……周りがやいやい言うてるの聞いて、知った」

かち、かち、とウィンカーが鳴る。同時多発的に行われるありとあらゆる複雑な操作で、車は丁寧に帰り道を辿っていく。カラスバの声のように、穏やかに。

「散々な言われようやった。アイツらはホンマに幸せそうで、楽しそうで……ずっと一緒におったらええのにと、アイツに片思いしとったオレですら思うとったのに。……聞くに耐えへんような言葉を、さんざん、影でも、表でも浴びて、…………

カラスバの声が震える。詰まらせた言葉がなかなか出てこないのか、何度も言い淀み、息を吸い、喉を鳴らす。
水を、とキョウヤはそう思った。しかし常に両手が車の操作に使われているから、話を遮ることもできずに沈黙するしかない。

……オレは別に構わへん。そんな大層な人間やないから、大して堪えやせん。でもな……オマエが、あの悪意に晒されるのは……耐えられへん」
「俺も、別に構わない」
「オレが構う言うてる」

瞬間的に出た否定は即座に、キョウヤより社会を知る大人に否定し返された。ぐ、と唇を噛んで、なおキョウヤは食い下がる。

「俺、あなたと居られるならそれでいいのに」
……一緒におるのに、付き合う必要なんかないやん。付き合わな、オレらは一緒に居られへんの?」
…………どうせだったら、あなたの……特別になりたいのに」
……オマエはまだ、知らへんねん。オマエが思うてるよりな。世界は、人間は。……汚いねんで」

カラスバの声が、ひどく冷めきっていた。自分に対してというより、世間に対して、人間に対しての諦観のような、静かな怒りのような、そんな声色だった。

「漁港の、漁師さんたちみたいな。……あない気さくで朗らかな人たちやってな。……腹ん中では何考えてるか、分からへんもんなんよ」

昨日のカラスバの物憂げな表情の理由が分かった気がして、キョウヤは言葉を失った。

……ネットが普及しとる今、一度流された噂は簡単には消えへん。ずっとずっと、偏見や好奇の目に苦しむことになるんやぞ。…………仲間を得た人間はな、自分を正解やと思うんや。数の暴力で、少数を叩くことで快感を得る奴らがおる。……オマエを、そういう奴らの標的にしたないんや」

きっと、全てが本音だ。自分はどうなっても構わないけれど、キョウヤが傷つくのは嫌だという、優しい大人。心からキョウヤのためを思って、言葉を紡いでいる。どれだけそれがキョウヤを傷つけるとしても、自分が傷つくとしても、それでも守るという強い意志を感じる、真摯な言葉。

響かないわけがなかった。その彼の言葉を、心を、否定することなど出来るはずもなかった。
一瞬息を詰めて、乱れた心を落ち着けるようにゆっくりと呼吸をしたカラスバは、穏やかに、いつものように優しい声色をこぼした。

……時々こうして、一緒に遊ぼ。オマエが結婚して、奥さんできるまではいつでも予定空けたるさかい。どこへでも連れてったるよ。オレとコイツで」

忙しそうだった左手が、すっとレバーから離れた。カラスバから目を離せないキョウヤに一瞬だけ視線を投げかけて、その左手でキョウヤの髪にさらり、と触れて。
そっと励ますように、慰めるように、頭を撫でた。

……オレはオマエを失いとうないんよ。……アイツみたいに」

キョウヤは口を開いて、閉じた。ぼろりとこぼれた涙が滑らかな頬を転がって、カラスバの愛車のシートに落ちた。

次々に落ちる涙の気配にカラスバはそっと笑って、何も言わなかった。