みずあめ
2026-05-28 20:00:54
2759文字
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神麗


頭の後ろで「んふふ」と気色悪い笑い声が聞こえて、オレは布団の中で足を後ろに蹴り上げた。驚いた声を上げて一瞬体温が離れ、だけどすぐにまた腕が伸びてきてオレの体を抱きしめる。薄いTシャツ越しに感じる熱に朝から心臓が早鐘を打った。
「おはよ、麗」
……
「あれ、また寝ちゃった?」
寝起きの間抜けな声でそう言うと、神家はオレの首筋にぐりぐりと頭を押し付けてきた。うなじを掠める髪のくすぐったさを無視しきれずに「おいバカ」と声を上げる。馬鹿力に抱きしめられているせいで、殴るために腕を振りかぶることも、やめろと振り向くこともできなかった。いつも通りにキレた声を出したかったのに掠れた声はどこか甘えた音で響く。
「あはは、起きてた。おはよう、麗」
……手離せ、暑いんだよ」
「さっきクーラーつけてきた」
「は?」
「まだ早いから、二度寝しようよ」
神家の腕は緩むことなくひょいと簡単にオレの体を反転させた。カーテン越しの朝の光だけじゃまだ薄暗いままの部屋の中、至近距離で目が合って、オレは眉間に皺を寄せた。起きたばかり頭ではどんな顔をすればいいか判断しきれない。少なくとも、無防備な顔は見られたくなかった。
「麗、夏でも朝走りに行ってる?」
……日による。暑すぎる日は、行かねえ」
「よかった。あんま無理して倒れたりしたら危ないもんね」
「お前に関係ねえだろ」
「うん、俺が勝手心配しちゃうだけ。麗のことが大好きだから」
「っ!」
ストレートな言葉に思わず息を呑み、目を逸らす。お互いの体の間の狭いスペースで拳をぶつけたところで意味がないと分かっていても、手が勝手に動いてしまうのだから仕方なかった。案の定少しも効いていないどころか嬉しそうに笑った神家にその手は捕まえられてしまう。握った拳を優しい手にほどかれ広げられて、指が重なり合った。
「とりあえず今日はランニングお休みにしない? 体、痛いところとかない?」
甘ったるい声が耳をくすぐり、ぶわっと体温が上がった。無意識のうちに手を握ってしまい、神家が嬉しそうな笑い声を溢す。言葉がなくても好意が伝わってくるようなその音に心臓が締め付けられてオレは下唇をきゅっと噛んだ。
「決まり。一緒に二度寝しよ?」
オレが返事をする前から勝手に決定事項にして、神家はオレのことを抱き寄せた。額にキスが落とされて、熱い手が背中を撫でる。繋いだ手はそのまま離されることはなく、オレからも離さなかった。
「お腹が空いたら起きよう。それまではごろごろタイムね」
……好き勝手言いやがって」
「休みの日一緒なの久しぶりだから嬉しいんだもん。一日中、麗のこと独り占めだ」
「オイ、誰がいつそんなの許可した」
「ふふ、俺が今決めた! いいだろ、一緒にいてよ」
ぎゅうっと抱きしめられる体を押し返しても、ムカつく体格差が離れることを許さない。繋いだ手をぎゅーっとキツく握れば神家は痛い痛いと笑った。
「何したい? 今日やらなきゃいけないことあるなら付き合うよ」
……
「うん?」
……はぁ。買い物。冷蔵庫がもう空だから。昨日買って帰るつもりだったのにテメェのせいで……
「ああ、ふふ、ごめんね?」
「悪いと思ってねえだろ、ぶっ飛ばすぞ」
「思ってるって。ちゃんと責任取ってお買い物付き合います。荷物持ち得意だよ、俺」
昨日、特務部の仕事を終えて報告のため事務所に寄ったオレは、カフェでのシフトを終えてそのままバーで飲んでいた神家に運悪く見つかってしまった。アルコールのせいでいつもよりもっと強引になった神家はにこにこと笑みを浮かべながらオレの手を離さず、それを他の奴らに見つかって更に絡まれるよりはマシだと判断してオレはそのまま神家を寮に連れて帰った。荷物持ちどころか本人がお荷物だった昨夜の記憶はコイツの脳みそからは綺麗さっぱり消えているらしい。
呆れた目で神家を見て、オレと目が合っていることだけで笑みを浮かべるアホの頬をつねる。いひゃい、と訴える声すら楽しんでいるのが分かるものだった。
「もう起きる」
「え、もう?」
「眠くねえし、お前もすっかり目ぇ覚めてんだろ」
「えー、そうだけど……
……朝メシ、買いに行くけど」
「一緒に行く!」
「じゃあさっさと起きろ。つーか一回部屋戻って着替えてこい」
……うん!」
「? なんだよ」
「なんでもない!」
「あ? なんでもない顔じゃねえだろ」
「だって言ったら麗怒るから」
「言わねえと今殴る」
「あははっ、もう、じゃあ言うけど」
ニヤけた顔を隠しもしないで、神家はオレを見つめていた。朝焼けみたいな綺麗な瞳はコイツの中で好きなもののひとつだった。
半ば見惚れているうちに神家がこつんと額を重ねる。オレは自分が神家のことを見つめていたことに気がつき、まばたきをして目を逸らした。ふっと溢れた吐息が唇を掠める。
「帰れって言われなかったから嬉しかっただけ。今日、まだ一緒にいていいってことだよね?」
……チッ。……買い物、荷物持ちすんだろ」
「するっ! 全部俺が持つから任せて!」
麗、大好き!と言ってぎゅうっと抱きついてくる神家を軽い力で叩き、離せ!と口だけで抵抗する。バカみたいに真っ直ぐ好きだと言ってオレを抱きしめる腕の中が不快なわけがなかった。むしろ、一番。
「ねえ麗、やっぱりあとちょっとだけ、こうしてちゃだめ? まだ麗が足りない」
……昨日、あんだけしたのに」
「えっ。…………キスしてもいい?」
……
「嫌だったら殴って」
抱きしめる腕の力を緩めて、神家がオレに覆い被さる。離さないで抱きしめたままでいてくれたら、殴れない理由になったのに。オレは自由な両手を伸ばして神家の首に回し、目に力を入れて神家を見上げた。
……だめだって、うらら」
殴ってよ、なんて情けない声で言って、神家はオレにキスをした。嫌だったら起きてすぐにお前をベッドから叩き出しているし、そもそも昨日の夜オレの部屋に入ることすら許さなかっただろう。
キスで思考を溶かされる前に、オレは片足を持ち上げて神家のケツをげしっと蹴飛ばした。わっと声を上げた神家が目を丸くする。ぶつかるように重なった下半身でお互いのものが熱を持ち始めていた。
……おなか、すいてるんだっけ?」
……
「もう、ずるいな。……朝ごはん、後で俺が買ってくるから、一回だけ」
いいと口にする代わりに、自分からキスをして足を絡める。眉間に皺を寄せて苦しげな顔をする神家を見て笑みを浮かべれば体がベッドに押し付けられた。遠慮なく深くなるキスに、目を閉じる。
目が覚めてお前の体温を感じた瞬間から、コレが欲しくて、たまらなかった。絶対に教えてなんかやらねえけど。