ゲームに裏切られた、そんな経験はあるか?
予想よりつまらなかったとか、期待していた内容と違ったとか、そういったものと出会った記憶の一つや二つは誰しも持っているだろう。
俺には、どうしても許せない裏切りが一つある。
俺が大学生になったばかりの頃の話だ。
当時の俺は進学のついでに親元を離れ、一人で生活を回す内に立派な大人という自覚が芽生えると同時に、幼い頃の自分の愚かな行いを恥じるようになっていた。
事故現場の野次馬をしたり、R15の制限を破ってホラー映画を見るのが大好きで、得意そうにそれをクラスメイトに自慢して。
そんな過去を上塗りして消したかった。
ある日俺はレトロゲームショップに向かった。
昔から変わらず俺は熱狂的なゲーマーだった。だが最近流行りのネットゲームはどれも死と暴力に味付けとトッピングをしたようなものばかりで、血やら悲鳴やらにうんざりしていた俺はふと古き良き時代へと遡りたくなったのだ。
そして“それ”を見つけた。いや、出会ったと言った方が正しいだろうか。中古のポケモン赤のカセットがそこにはあった。ご丁寧にゲームボーイもセットで。
ポケモンを遊んだ経験はなかったが、それでもこのゲームが子供向けで、血生臭い殺し合いを必要としないものであるということは知っていた。そうして俺はボーイと言いながら下手すれば自分より歴史が長いであろうそいつを手中に収め、早速遊ぶことにした。
印刷が所々滲んでいるシールを眺め、タイトルを目で追いながらゲームの中の主人公の姿を想像した。
片手に収まるほどのサイズのその板状のプラスチックの中に、いくつもの冒険、いくつもの夢を当時の少年少女達に見せてきたであろうそいつが眠っている情景が頭に浮かんできた。
畏敬の念さえ湧いてきたそいつの姿を拝もうと、まずは過去のセーブデータを見ることに決めた。
説明書とゲーム機を横に並べ、交互に見比べながら起動までの手順を進めていく。
手垢まみれの蓋やらボタンやらとの数分の格闘の後、画面の点灯とともにGAMEBOYの文字が目に飛び込んできた。
この時点で既に跳び上がりたいくらい俺の期待は高まっていた。
オープニングをフルで見届けた後、高鳴る胸をおさえながら『つづきからはじめる』を選んだ。
それが過ちだとも知らずに。
過去のデータが表示される。ステータスなんかはよく分からなかったが、プレイ時間は大体70時間くらいだったと思う。熱心なゲーマーだなと思いつつも、それが長いのか短いのか、当時の感覚なんてものは知りようがなかったので大して気に留めなかった。
俺の冒険の始まりの地は大きな建物の前だった。近くの看板を調べれば、ポケモンリーグという場所らしい。
自分の知る限りではそこはいわゆるラストダンジョンのようなもので、各地のジムを攻略しないと立ち入れない場所だった。
つまりあと少しでこのデータはゲームクリアを迎えるのだ、せっかくだから最後の仕上げを手伝ってやろうじゃないか。その時の俺はルールも知らないままで、そう意気込んでいた。
目の前の建物に入ると、門番のようなNPCが一人、部屋の奥に立っていた。正面の道を通った瞬間突然メッセージが表示されて驚いたが、バッジを持っているから通っても良いと言われただけだった。
そうして進んで話しかけられて通行を許可されて、というある種の儀式を何度か繰り返した。ただ一つ意外だったのは、ポケモンの強さを確かめる場所のはずにも関わらず、トレーナー自身が泳いでプールを渡る必要があったことだ。プールの中にもバッジを確認する係員はいたが、何のためにこんなことをさせるのだろうと疑問に思わずにはいられなかった。
それはさておいて、俺は途中で不安になってきていた。
あまりにも道のりが長く、時間もかかったので、もしも必要なバッジが揃っていなかったらと考え始めたのだ。
そこで初めてメニューを開くということを思い付き、スタートボタンに指を運んだ。ポケモンやどうぐといった項目も気にはなったが一旦無視し、ジャックというのを選んで見ることにした。
主人公のプロフィールのような画面が開かれた。そこでようやく対面することとなった主人公、ジャックの姿は、元からその姿を知らなかった自分の目から見ても異常だった。
表情はどこか暗く、体中が傷だらけで、服も薄汚れている。
マップ上の姿からは細かすぎて確認できなかったが、それが今の彼の姿ということなんだろうと察することができた。
そして一つ、ずっと前から気になっていた、荒いドット絵でも確認できるほどの大きな異変。
顔の半分を覆い隠す、子供の姿に似合わぬガスマスクがその口には取り付けられていた。
まるで不良少年のような出で立ちに俺は困惑した。ポケモンを知らない自分でさえ、これが国民的ゲームの主人公であるはずがないと半ば確信していた。
そしてバッジはといえば、右下のおそらく最後の一個だけがシルエットのように黒一色で塗られており、ジムが未攻略であると残酷にも告げていた。しかしそこから引き返すのは相当の労力だと思ったので、門番が自分を引き止めてあわよくば入り口までテレポートさせてくれることを願ってそのまま先へ進むことにした。
そして八人目のバッジ確認のNPCの所まで辿り着いた。
強制的に足止めをくらい、メッセージが表示される。
「むむッ
……!
それは グリーン バッジ!
わかった
……!
この さきへ すすみなさい!」
一体何が起きてるんだ?
考えるよりも先にその場でメニューを再び開いていた。
そこでふと『どうぐ』の欄が気になって開いてみた。
そこにはアイテムがポツンと一つだけあった。
『グリーンバッジ』
他のバッジの名前はなく、そいつだけがのけものにされて乱雑にここに放り込まれたかのようだった。そこでジャックのあの異様な格好を思い出し、正規のやり方とは異なる手段で手に入れた物なのではないかという可能性に思い至った。それが何なのかは一切予想がつかないが、少なくともろくなものではないだろう。
先へ進めないかもしれないという不安は解消されたのに、自分の胸の中に暗い霧のようなものが渦巻いているのを感じた。
道の先はチャンピオンロードという場所の入口へと繋がっていて、強敵、場合によっては強敵達が待ち構えていることは名前からも明白だった。
いよいよここからが本番なのか、そんな俺の覚悟を裏切るように、扉の先へと進んだ瞬間前置きもなしにエンカウントのサウンドが流れ、バトルが始まった。
「ロケットだんいんが
しょうぶを しかけてきた!」
チャンピオンロードという場所に似つかわしくない相手の突然の襲来に呆気に取られたが、そんな自分を置いて画面の中では思わぬ方向に事態が動いていた。
手前側にいる例の薄汚れた主人公が、相手よりも先に手持ちのポケモンを繰り出す。毒々しいキノコに虫か蟹のような腕が生えた姿だ。カサカサ、と電子音にしてはやたらリアルな音が発される。
そしてあろうことか、相手を待たずに攻撃を開始した。
「パラセクトの
キノコのほうし!」
「てきの ロケットだんいんは
ねむってしまった!」
もちろん自分の命令ではない。これは
…明らかに異常だ。
ゲームとしても、子供向けのコンテンツとしても。
戦闘は続く。ポケモンが入れ替わり、ギチギチと太い物が伸縮するような音が鳴る。とぐろを巻いた蛇らしい、そいつのキャラクターというより野生動物に近い表現に一瞬恐怖さえ覚えたのは生物としての本能だったのかもしれない。
「アーボの
まきつく こうげき!」
「てきの ロケットだんいんは
みうごきが とれない!」
相手が何者であろうと、こんな行動許されるはずがない。
それでもまだ自分は、これはゲームの強制イベントのようなもので、あくまでも開発者によって用意されたシナリオの一部なんだろうと愚かしくも信じていたのだった。
この時までは。
とっくに行動不能の相手に追い打ちをかけに再びポケモンが入れ替わる。液体の滴るような音とともに現れたのは霧をまとった真っ黒なポケモンだった。その生き物らしからぬ風貌が、この状況に対してあまりにも不穏な気配を放っていたのを今でも覚えている。
そして一方的な攻撃が続く。
「ゴーストの
したでなめる こうげき!」
「てきの ロケットだんいんは
いのちを すいとられた!」
まるでそれが当然であるかのように。
死んだ。殺された、いや自分が殺したのか?
相手の体力らしきバーが急激に縮んでいき、そして底を突いた瞬間画面から黒服の男の姿が消える。
それでも勝利のファンファーレは鳴らない。それが異常なのか真っ当なことなのかはもはや自分には分からなかった。
明るい音楽は跡形もなく消え去り、静寂の中またポケモンの入れ替わる音がする。カチッと硬い物を鳴らすような音を立て現れたのは体が金属かプラスチックでできていそうな無機質な人形のポケモン。
「ケーシィは
テレポートした!」
「ケーシィは せんとうから
りだつした!」
BGMがフェードアウトし、画面はマップに切り替わった。
主人公の前では今しがたの黒服の男らしきグラフィックが横向きになって倒れている。
先程は見えなかった扉の中は岩だらけの地形で、どうやら洞窟のようだった。死体を放置して先に進んで良いものかと戸惑っていると、突然石を引っ搔くような耳障りな音が鳴った後、メッセージウィンドウが表示された。
「カラカラの
あなをほる!」
画面が暗転しザクザクという音がしたかと思うと、あれほど存在感を放っていた男の体は綺麗に無くなっていた。
震える指で無意識に十字キーを押しこんだことで、ようやくゲームが再び自分の操作を受け付けるようになったのだと気付いた。目の前で起きたことへの恐怖が、ようやく異変が過ぎ去ったことへの安堵で幾分和らいだ。
自分の見た光景が白昼夢でないのなら、一体あれは何だったのか。詳しくはないが改造、ロムハックとやらの類だろうか。だとしても一体誰が、何のために?誰が喜んで人殺しの主人公なんて操作したがるんだ?
出所の分からない悪意に怯えながらも、ボタンを押す音さえ鳴らないほど慎重に、抜き足差し足といった風に先の見えない段差だらけの道を進んでいく。その姿は到底、チャンピオンを目指す者とは思えないものだっただろう。
そんな中、BGMに割り入って音楽が始まった時は心臓が弾けるかと思った。敵に見つかったのだ。それも、さっきの男と同じ格好の。
男が歩み寄って話しかけてくる。
「おまえが あの にっくき ジャック!
おまえの せいで
ロケットだんは めちゃくちゃだし
リーダーの サカキさまは いなくなるし
……
ああ おもいだす だけで いらつく!
しかしな おれたちは すでに
このとおり リーグの なかに
しんにゅうし のっとる
じゅんびだって している
わかったか おれたちの じゃまを
いくら しようが ロケットだんは ふめつ!
あきらめるんだな!」
そして戦闘が始まった。このとき感じた嫌な予感は見事的中してしまった。
またゲームの操作が効かなくなった。そしてそうなれば、次に何が起きるか。バトルと形容できたものではない、一方的な殺害。動きを止め、殺して、埋める。変わり映えのないその光景を眺めながら、一体このイベントがあと何回繰り返されるのだろうと呆れつつも考えていた。
手際よく敵を処理した後、立ち尽くすジャックを十字キーで引っ張りながら、さらに深くへと進む。チャンピオンロードの道のりは長い。
そしてまたあの音楽が流れる。これから起こるであろう惨劇に反して陽気なそのメロディはもはや狂気さえ感じさせる。
「ま まさか おまえは!
おれの きいた はなしじゃ
かんぶの やつらに
しまつされた って
…
それとも われわれ
ロケットだんの しゅうげきから
いき のびた というのか!?
ありえん!
このままでは あくの そしき
ロケットだんの めんぼく まるつぶれだ!
いま ここで まっさつ しなくては!」
一度始まってしまったものはどうしようもなく、工場の流れ作業のごとくそれは行われた。
そいつらは悪の組織と名乗っていた。確かに許されざる悪事を働いているようだが、これではどちらが悪か分かったものではない。
驚くほど生き物の気配のない洞窟をさらに進めば、道の上に立ちはだかる姿が一つ。
もういい加減勘弁してくれよ、と横を通り抜けようとしたが無念にも気付かれてしまった。
狂気のメロディが悪党の処刑の始まりを告げる。
「また あったな
ジャック とかいう ガキめ!
アジトでは ずいぶん
はじを かかせて くれたな
だが いまや たたかう ちからも
こころも うち くだかれた
おまえなど こわくは ない!
こんどこそ かくじつに
おまえを しとめて やる
ロケットだんの なに かけて
おれたちの うらみは
その しで はらさせて もらうぜ!」
この後のことはもはや言うまでもないだろう。自分自身画面にはほとんど視線も向けず、このゲームをやめるべきか、それかデータをリセットするべきかを真剣に考え始めていた。結局、全てが終わっても結論が出なかったので仕方なく続けることにした。
このストーリーを見たのが純粋な子供だったら、一体どう思っただろう。怖いと感じるのか、むしろこの残虐さを面白いと感じるのか。
俺は後者でないことを祈りたい。
彷徨った末に見つけた、外の明かりの差す床の前で待ち受ける影がひとつ。
「なんだ しぶといな
この しに ぞこないが
おれたちと たたかった ところで
おまえに かえる ばしょは ない!
いいかげん あきらめて
にげた ほうが みのためだぞ
なぜなら これから おまえも
おれたちに やられた やつらと おなじ
あのよへ いくことに なるんだからな!」
…全ては滞りなくやり遂げられる。
やることは全て決まっているはずなのに、彼はこれからどこへ向かうのだろうという疑問が頭をよぎった。
道を照らす光は影を振り払ってくれるのだろうか。
セキエイ高原と刻まれた彫像が立ち並ぶ道を通り抜け、長い通路を抜けるとようやく施設のような場所に到着した。
係員のようなNPCに話しかけると、どうやらポケモンを回復してくれるらしい。特に深く考えずポケモンを預けてしまったが、顔色一つ変えず何人もの敵を殺していくような奴らをそう簡単に他人に見せてしまって良いのだろうかという懸念が浮かぶ。
どこか歪んだサウンドが流れた後、係員から声を掛けられる。
「おまちどうさまでした!
おあずかりした ポケモンは
げんきに なりましたよ!
ポケモンリーグ してんのうに
いどまれるんですよね?
どうか がんばって くださいね!」
きっと彼女は彼が今まで何をしてきたかなんて微塵も知らないのだろう。
ゲーム内のドットは粗く絵が変わる様子などというものは一切見えなかったが、きっと一点の曇りもない笑顔を浮かべているのだろうと想像するのは容易かった。
回復係以外の人間の姿は一切見当たらず、部屋には緊張感が漂っている。
廊下の奥へと進んだところで、ピロリ、というような奇妙な音が鳴り、ジャックが勝手に足を止めた。
それに続いて、先程の音の主と思わしき何者かが来た道から彼を追うようにして接近してくる。
そいつは
…ジャックによく似ていた。違いは遠目に見てあの物騒なガスマスクがない、くらいのものだった。
これは彼の本来の姿なのだろうか。あの組織の人間とやらとの戦いの末、ここまで汚れきってしまったのだろうか
…などと考えていると、“それ”は振り返ったジャックの前でクルクルと回り、一瞬でモンスターの姿へと変化した。
そのままそいつはジャックに重なるように近付き、「ミュウがもどってきた!」という表示がされるとともに消えた。
気になって自分のポケモンを見ると確かにそこにミュウが加わっている。欄を下へとスクロールしてみれば、手持ちは全部で七匹。やけにキリの悪い数だなと思い詳細を見れば、先頭のポケモンが今までの戦いに参加していなかったことに気がつく。
フシギソウ、ステータスにはねむりと書いてある。眠っているから戦えなかったのだろうか。しかしついさっき回復をしてもらったばかりなのにもかかわらず未だに目を覚まさないのは奇妙だった。ジャックと同じで全身に大小様々な傷や汚れがあり、レベルも40とそこそこ高い。きっとこのセーブデータで長い間旅を共にしてきたのだろう。彼が元々普通の、世界を冒険する主人公として真っ当な少年であったなら、の話だが。
そして、先程何度も“活躍”を見せてきた五体。改めて正面から見た彼らは表情と呼べるようなものはなく、皆揃って白目を剥いていた。まるで魂が抜けてしまったみたいだ、と思った。
最後に加わったミュウというポケモンは閉じられた目が得体の知れないにっこりとした笑顔を浮かべていて、なおさら不気味だった。技の欄を見れば『へんしん』とある。
頭の中に突如として“アリバイ”という言葉が降ってくる。ジャックは事件ごと全てを闇に葬るつもりなのだろうか。
しかし、思えば彼が手持ちのポケモンに命令するところを自分は一度も見ていなかった。いつもポケモンが勝手に出て、入れ替わっては着実に“バトル”を進めていた。その時ジャックはこちらに背を向けたまま、どんな顔をしていたのだろうか。
道の先で待つ四天王が悪党ではないことを祈りながら次のマップへと進んだ。さらに四つの死体がこのセキエイ高原に埋まる所など見たくない。
最初の四天王は眼鏡を掛けた女性のようだった。ロケット団員とやらの使いまわしのデザインとは違う外見だったので、ひとまずはこの流れを断ち切れそうなことにホッとした。
「ポケモンリーグへ ようこそ!
わたしが してんのうの カンナ!
きいてるわよ あんたのこと
ロケットだんを つぶした という
わかき えいゆう ジャック
みとめるわ あんたは つよい
でも リーグを かちぬく ことが
できるかは べつよ!
わたしたち してんのうには
たたかいの プロ としての
プライドが あるのだから!
てかげん なんて
ぬるい ことは しないわよ
ぜんりょくで かかって きなさい!」
そう言って、バトルが始まる。今度こそ殺し合いなんかじゃなく本当の戦いが見られるのだ、そんな俺の思いとは裏腹に
――
「パラセクトの
キノコのほうし!」
「カンナは
ねむってしまった!」
またやった。しかし、今回はそこまでのようだった。
「ケーシィは
テレポートした!」
「ケーシィは せんとうから
りだつした!」
戦闘は強制的に終わり、先へと続く扉が開く。
あまりにもあっけなくて暫くの間呆然としていたが、自分は進まなくてはならない。
そんな意思をこのゲームから感じ取った。
二人目は修行者のような格好の男だった。これまた黒服達とは程遠い印象で、悪人らしい雰囲気も感じられなかった。
「おれは してんのうの シバ!
あくと たたかった しょうねんよ!
そのあしで リーグに いどむとは
さぞ じぶんのちから そして
じぶんの ポケモンに
じしんが ある ことだろう
さあ ともに たたかい きたえた
その ちからを みせてくれ!
ウー! ハーッ!」
言っておくが、俺は彼らと戦ってみたかったのだ。それでもジャック(ポケモン達?)はただ相手を眠らせるだけで戦いをすぐに終わらせてしまう。路上の小石を蹴飛ばすくらい簡単に。
倒れた相手を横目に、上へ上へと進む。
三人目の部屋は墓地のように墓石がいくつも置いてあって驚いたが、部屋の主を見て納得した。
相手は老婆で、ここには彼女が看取ってきた仲間達がいるのだろう。
「あたしは してんのうの キクコ!
あんたが オーキドに
かわいがられてる ジャックだって?
あんな じけんの あとも なお
たたかい つづけるとは
…
それでこそ ポケモン トレーナー!
その ゆうれいの ごとき しゅうねん
きにいったぞ!」
相手は素直に言ったつもりだろうが、皮肉を言われたような気分だった。
また明らかな不正行為を重ねては、とうとう最後の扉をくぐり抜けた。
四天王最後の一人はいかにも強者らしい装いと顔つきをしており、純粋に強さだけを追い求める者らしい姿だと感じた。
「きみが かれの いっていた ジャックか!
おれは してんのうの たいしょう
ドラゴン つかいの ワタル!
ドラゴンは つよく そして がんじょうだ
きみの めつきも ドラゴンのように
するどく ひかって いるね
きっと きみを つき うごかす
なにかが あるんだろ?」
一体何のためにこの楽しくも嬉しくもない戦いを続けるのだろう。
結局四天王との戦いは目当てではなかったのだろうか。
こんなやり方でチャンピオンになったところでなんの意味もないだろうに、どうして
…
とうとう四天王を突破したところで指示も祝福も警告も、何一つ受けなかったのでそのまま足を進めた。
そこに待ち受けていたのはもう一人の敵。
なるほど、確かに四天王の後に最後のボスがいるのはお決まりのパターンだ。
そいつがきっと諸悪の根源なのだろう。きっとそいつを倒しにいくのが目標なんだな。
そうなんだろ、ジャック。あるいはその仲間達。
道の奥に立つ、髪のハネた若者らしき人物に話しかける。
「よお ジャック! よく きたな!
あのみち ロケットだんの
かくれが だった みたいでさ
ざんとう だらけ だったから
ねらわれてた おまえは あぶないかも って
ちょっと しんぱい しちまったけど
……
まあ ライバルの おまえ なら
やっぱり そう こなくっちゃな!
おれも このときが くるのを まってたんだ
チャンピオンに ふさわしいのは どっちか
しょうめい されるのを!
まけても なくんじゃ ねーぞ!」
しかしその考えはどうやら見当違いだったようで、俺の困惑も無視して戦いが始まる。
相手の名はジョン。きっと彼はジャックの知り合いなのだろう。
それより気になったのは彼の二つ名だった。
今まで“ロケットだんいん”や“してんのうの”と書かれていたそこに、“チャンピオン”でも“ライバル”でもない、
“ポケモンごろしの”とあったのだ。
発言から彼がおそらくロケット団と無関係だと判明した瞬間、心臓が熱を帯び、激しく暴れ出した。
あらゆることが予想外なこの状況の、結末だけが鮮明に思い浮かんでしまう。
今更もう遅かったかもしれないが、やめさせたかった。しかしボタンを連打しても、画面に向かって怒鳴りつけても、その動きが止まることはない。
彼らは表情を一ドットさえも動かさず、相手を眠らせ、身動きを取れなくして、それから
…
「ゴーストの
したでなめる こうげき!」
「てきの ジョンは
いのちを すいとられた!」
音楽は止まり、メッセージを送る効果音だけがこだまする。
そして相手の体力が減っていって、
「ジョンは
めを さました!」
あと少しの所で、止まった。
相手は弱々しい調子で話し始めた。
「
…… さむい
……
あたまが いてえ
……
なあ ジャック
やっぱり おまえ ゆるせ ないんだろ
やつらや
…… おれ みたいな にんげんを
しかた ないよな
あんなことが あった あとじゃ
……
おれ ここに きた あとに きいたよ
おまえの いえが あいつらに おそわれたって
しんじたく なかったけどさ やっぱり
……」
赤色になったゲージが1メモリずつ、じわじわと減っていく。
自分はただそれを見つめていることしかできなかった。
「
……なあ たのむ
まえに あの タワー
……
ぼちで あった とき
……
いま みたいに
おれを にらんで きただろ
でもな おれは
……
たちどまる わけには いかなかったんだ
でないと あいつが
……
なかまが しんだのを
むだに しちまう きがして
……
もう なかまを ひどく あつかったり しない
ぜったいに しなせたり しない
……
ちゃんと しんらいと あいじょうを もって
だいじに するから
……
だから
……」
言葉が途切れ、通常の何倍もゆっくりと文字が現れる。
「しに たくない
……」
一帯が静まり返る中、表示された文章を見て息が詰まった。
「とどめを さす?」
はい・いいえの選択肢が現れ、そこで時間が止まったかのように全てが硬直した。
ドクドクと脈動を感じる指先で、いいえに三角を合わせ決定を選ぶ。
もう一度文章が表示される。相手の体力が少し下がるだけで、何も変わらない。
それでもいいえを選んだ。
赤いゲージの残りはあとわずかになった。
いいえを選ぶ。それがようやく得た、自分で物語を決める権利だったのだから。
何度も、何度も繰り返した。涙が漏れたのはきっと瞬きを忘れていたせいだ。
そして自分はいつの間にか選択肢が『はい』一つだけになっていたことに気が付かないまま決定ボタンを押していた。
画面の手前側でじっとしていたゴーストが、右手を振り上げ
――
「なにを しておる!」
そこで戦闘が中断された。
後方には目を覚ましたのか四天王と、その先頭に立つ白衣の老人がいた。
オーキドというその老人はこちらへ駆け寄ってくると、
「ジャック!? どうして ここに
……」
そう話す途中で、ひとりでにメニュー欄が開いた。
ポケモン、ケーシィ、テレポート。勝手に操作が行われ、俺が反応するよりも速くジャックはその場から逃げ出した。
テレポートした先は見たことのない、山の上のような場所だった。
当然人の気配はなく、ここなら確かに探し出すのは困難だろうと思った。
とうとう十字キーを押してもジャックを動かせなくなったので、メニューを開いた。
ポケモンの欄を覗くと、先程見たものとは全く違う内容がそこにはあった。
『しんでいる』
『きのこ』
『ロープ』
『どくやく』
『かばん』
『シャベル』
そして、『にせもの』
それらに一通り目を通した後、俺が見終わるのを待っていたかのようにメニューがひとりでに閉じた。
それからは何をしても反応はなかった。
なんとなく、これが物語の終わりなんだろうという気がした。
この、悪趣味な子供が作ったようなシナリオの。
人や動物を沢山死なせて、そうしたら復讐という名目で敵を皆殺しにして、ハッピーだね、でおしまい。
もううんざりだ。死ぬだの、殺すだなんてのは。
何かを傷つけられたわけでもないのに、痛みさえ感じるようだった。
確かに俺の中にあった純粋な気持ちは嘲笑われ、踏み躙られたのだ。
それとも、これが子供達の求めている物語なのか?
俺はただ、仲間を作って楽しく旅ができればそれでよかったんだ。
こんなもの、見たくなかった。
「でも、
ぼくたちは それを のぞんでいるんだ」
その表示を遮って、ゲームの電源を切った。
ゲームボーイごと物置の奥深くにしまいこんでから、もう何年もその姿を見ていない。