だえ
5296文字
Public リバ
 

くうねるあそぶにすむところ 第2話

古民家のセルフリノベーションを通して、すれ違っていた関係を再生させる杉と尾のお話(尾杉→リバ)

「おい、あれ何の店だ?」

 谷垣さんの事務所を出て、尾形と再会した日のことをぼんやり想い出していたら、尾形が急に立ち止まった。その指は道路の反対側を差している。

 店先には木製のスツールや小さい棚がいくつか並んでいるようだった。この辺はたまに通るけど、全く気にしたことがなかった。

……さぁ? 家具屋かなんかなんじゃねぇの……

 俺の返答を最後まで聞く前に、尾形は横断歩道を見つけてスタスタ歩いて行ってしまった。

「あっ、おい!」

 思わず舌打ちが出る。改めるって言ったって、結局自分勝手なのは変わらないじゃねぇか。あのチョコミントアイスを頬張る顔に絆された。ちくしょう。

 仕方なしに追いかけると、そこは木製の古めかしい家具が並ぶアンティークの家具屋だった。ニスなのか、家具にしみ込んだにおいなのか、はたまたその両方か、独特のにおいがする。

 尾形の家は基本的に白と黒とグレーだった。テーブルはガラスの天板に金属の黒い脚。黒のダイニングチェアにグレーのソファ。一度色味が欲しくてM&M’Sのクッションを置いてみたら盛大な嫌味を言われたことがある。

 俺はね、昔のアメリカ映画に出てくるダイナーみたいなインテリアが好き。白と黒のチェッカー模様の床と赤い革張りのソファー、ロックが流れるジュークボックスはオレンジ色に光って、ブルーグリーンの壁にはいろんなデザインのステッカーや絵が飾られている。そんな賑やかな空間が好き。

 分かってる。俺達は壊滅的に好みが合わない。でも尾形だってこの店は趣味じゃないはずだ。なんだ? 気まぐれか?

 どうせすぐに帰るだろうと店の入り口に陣取った。店内をうろつく尾形を遠巻きに見ていると、尾形の背丈程ある棚の前で立ち止まった。

 オレンジがかった茶色の木に、少し黒っぽい木目がウネウネと広がっている。欅かな。上下には小さい引き戸と引き出し。真ん中にはアルファベットのSの、始点と終点を横に引き延ばしたみたいな、くねっとした段違いの棚がある。昭和のドラマに出てきそうな、和風の棚だ。

「お気に召しましたかな」

 店の奥から、白いひげを蓄えたじいさんが出てきた。小柄だが、並んでいる家具と肩を並べそうなほどの貫禄がある。

……昔、祖母の家にあったものに似ていて」

 BGMのない静かな店内で、2人の会話が聞こえてきた。

 ……祖母。尾形から家族のことを聞いたのは1、2度だけ。おばあさんに育てられた。おばさんは亡くなった。そのくらい。あまり軽やかと言えない口調に、それ以上突っ込んで聞けなかったのを憶えている。

「そうでしたか。失礼ですが現在は?」

「祖母が亡くなった後は親族が全部処分したはずです」

「それは残念ですね。同じ時期に作られたものでしたら、当時は相当値の張るものだったはずですよ」

……控えめな祖母が、唯一自慢していました。茶をやっていた頃に、じいさんに買ってもらったと」

 胸がジリッとした。まるで、柔らかい所に砂利でも擦り付けられたみたいな痛み。

 おばあさん以外の親族も、おじいさんのことも知らなかった。なんで俺に話さないことを、こんな始めて会うじいさんに言うんだよ。

 見ていられなくて店の外に視線を移したら、あんなにも晴れていた空に分厚い雲が広がっていた。



 翌週の週末、尾形は用事があると言ってこっちには来なかった。仕方がないから1人で壁や床の解体をやった。

 職場に無理言って月2回も土日休みもらったってのに! 作業の報告がてら電話でそう文句を言うと、次は俺の平日休みに合わせると言ってきた。そんなことできるのか? ただでさえ土日も仕事してたのに。だけど俺の心配をよそに、谷垣さんにアポ入れて楽しみに待ってろと電話を切られた。

 次に建築家の谷垣さんと会うのはこっちのインテリアの方向性が決まってからだ。なーんにも打ち合わせできてないのに。しかも楽しみに待ってろ?? なんの自信?? なんかプランを練ってるのか? 俺の意向を全く聞いてないのに?? 2人の家だって言ったのお前じゃねぇかよ!!

 通話の切れたスマホを思わず壁へ投げつけそうになって、なんとか踏みとどまった。これもこっちに来てから買い換えたやつだ。買ったばっかで画面割れたら泣いちまう。

 はぁとため息を吐いてベッドに倒れ込んだら、ボフッと鈍い音がした。


 あいつが、俺を追いかけてきたのが嬉しかった。
 あいつが、俺がいなくて憔悴しているのが嬉しかった。
 あいつが、俺を諦めなくて嬉しかった。


 俺のすべては結局、そこに集約するんだ。
 あいつの謝罪を受け入れた時点で、ある程度の覚悟はした。今までみたく俺が折れるんじゃなくて、ちゃんと主張しねぇと二の舞いだ、って!

 立ち上がって洗面所の鏡にファイティングポーズを映した。負けねぇ! それが2人の為になるってこの間のファミレスで分かったから!

 谷垣さんにメールを送ったら、翌々週の火曜に次のミーティングが決まった。望むところだ!



 そうやって自分を奮い立たせている間に、インテリアデザインを決める日がとうとうやってきた。

 打ち合わせ前に尾形と少し話し合う時間を取ろうとしたが、尾形は新幹線に乗り損ねて、あろうことか現地集合になってしまった。何で今日に限って!

 焦りと気まずさを土産に事務所へ到着すると、お茶を出してくれたインカラマッさんがニコニコしながら「大筋は決まりましたか?」と聞いてきた。俺は「あはは……」としか返せなかった。もう挫けそうなんですけど……

 そこから尾形が到着したのは約束の5分後だった。

 遅刻しやがって! 話し合いも出来なかった! 勝手に話進めようとしてんじゃねぇだろうな!? よかった! 思ったより早く来てくれた! 気まずくて死にそうだった! そんな俺の中の悲喜こもごもが入り乱れてもたもたしているうちに、尾形は東京土産を谷垣夫妻に渡して、遅刻に対する謝罪の言葉を伝えていた。そつがなさすぎる。なお、お前が最も謝罪するべきは俺ですけどね??

 ……いや、落ち着け。相手のペースに飲まれるな。文句は今じゃなくていい。今は勝手に決めてきたプランに対してガツンと言ってやるだけだ! 鼻息荒くお茶を飲み干すと、尾形がカバンからタブレットを取り出して、なぜか俺に向けていた。

「いいか杉元、耳をかっぽじってよく聞け。俺はガキの頃、ばあさんの家で育った。ばあさんが死んでから住んだ家は……いや、今の家も俺にとっては寝て起きるだけの場所だった。ばあさんの家で過ごした時間が1番、人間らしかったと思う」

 谷垣さんとインカラマッさんまで同席してると言うのに、一方的に俺に向いて語りかける尾形。なんだ? 何が始まった?? 俺と尾形を交互に見る谷垣夫妻の視線が痛い。

「これからお前と生きてくなら、そういう、血の通った家がいいと思う」

 尾形の言葉に、じっとこちらを見つめる黒くて深い瞳に、胸が跳ねた。今日初めてちゃんと見る尾形の目元には、濃いめのクマが浮いていた。

「お前が、目のチカチカするようなド派手なやつが好きなのもわかっているが、全面的に取り入れるのは落ち着かん」

「あ……、アメリカンダイナーみたいな部屋が好きで……

 咄嗟に谷垣夫妻へ説明するとなるほど……と頷いてくれた。

「だから、小物として置いても成立するインテリアを目指した」

 尾形に促されてタブレットに目をやると、そこには手前からリビング、ダイニング、キッチンが書かれた室内のイラストが映し出されていた。だだっ広い空間の床は少し濃い色のフローリング、壁はごく普通の白。なんかカラフルな絵がかかっている。窓には淡いベージュのカーテン。窓際には観葉植物が置かれている。グレーのソファーの下には薄い茶色のラグが敷かれていて一見落ち着いているが、木製の茶色いテーブルには茶色、白、黒、緑、色もデザインもバラバラなダイニングチェアが並んでいて少し賑やかだ。

 壁には木製の棚が……って、あ! この棚、見覚えがある! この間アンティークショップで見てたやつ……

「洋室に茶箪笥を置くんですね。和モダンって感じでいいですね」

 尾形のタブレットを覗き込んで1人納得しているインカラマッさん。

「和モダンもいいですが、そこに杉元の好きなごちゃごちゃした原色を置きたいので、ミッドセンチュリーとかインダストリアルな雰囲気も取り入れたいと思っています」

「なるほど……。インダストリアルだと無骨になりすぎてしまう傾向があるので、温かみを重視するならブルックリンスタイルを取り入れるのがいいかもしれませんね。ミッドセンチュリーを取り入れるなら、モダン寄りにすればうるさくないかと……

 尾形とインカラマッさんがタブレットを見ながらあーだーこーだ言い始めた。
 待って、俺が施主だよね……? 飛び交う全くわからない単語に心細い気持ちで谷垣さんを見たら、またあの青いラッコみたいな汗をかいていた。スマホで検索して色んなインテリアを説明してくれたけど……、ごめん、わかんない。

「まぁ、細部はこれから調整していくにして、大枠はどうだ杉元」

「え、あー、うん……


 ――これからお前と生きてくなら、そういう、血の通った家がいいと思う。


 尾形の言葉を反芻する。
 あんな無彩色の家に住んでたのに、俺と生きていくと思ったら、こんな木の温かみを感じる家になったの? 仕事でもないのに、そんなクマ作るまで頑張ったの?
 やってることはやっぱり自分勝手で独りよがりだ。でも、俺の好きなカラフルな小物を『置きたい』だって。俺が勝手にクッション置いたら怒った、あの尾形とは別人みたいだ。今はもう、尾形の世界に俺がいるってこと?
 そう思ったら肩の力が抜けていった。

 もし1個だけ気になるとしたら……

「なんでダイニングの椅子、みんな違うの……?」

「その方が抜け感と洒落感が出るから? ちなみに全部デザイナーズチェアだぞ」

 ふふんと得意そうに尾形が鼻を鳴らした。
 本当に? お洒落? なんか落ち着かなくない?

 また助けを求めるように谷垣さんに視線をやると、「デザイン的にそうする場合もあります……」とまたあの汗をかいていた。


 今日の打ち合わせはサクサク進み、尾形の作ってきた資料と要望を基に、インカラマッさんが次回の打ち合わせで細かい所を提案してくれることになった。事務所のドアをくぐる時のいたたまれなさと打って変わって、帰りは晴れ晴れとした気持ちで家までの道を歩いている。

「なんだよもー! どうなることかと気を揉んだんだぞ! こっちは!」

「そうか」

「そうかじゃねぇよ! こっちはな! お前の今の家みたいな暗ーいのを提案してきたら返り討ちにしてやるつもりで素振りまでしてたのに! ムダに体力使わせやがって!」

 素振りは大袈裟だが、話す内容のシュミレーションは何度もしてた。マジで脳みそ使ったんだから!

 谷垣さんの事務所を出て角を曲がった瞬間から尾形へ文句を浴びせているが、尾形はずっとニヤニヤするばかりだ。

「おい、さっきからなに笑ってんだよ」

「元に戻ったなと思って」

「え?」

「付き合って最初の頃まではそんなだっただろ。いつの間にか言い返さなくなってた。その方がお前らしいし、溜め込まれるよりよっぽどいい」

 溜め込む……。そんな風に思ってたのか。そうか、そうだよな。忙しい尾形に代わってうまく生活を回そうと言いたいことも我慢して、結局爆発して家を出たんだ。

「家事をやらなかったことが不満なら今度は……

「違う」

「あ?」

「いや、それもだけど、でも違くて……

 家事をするのは特に苦じゃなかった。1人で住んでた時とやることは大して変わらないから。そうじゃなくて。

 尾形の気配だけがするあの家で、飯を食うのはいつも1人。面白いテレビを見ても、隣から騒音が聞こえても、良いこともそうじゃないことも何も話せないまま、ただ俺だけの生活が積み重なっていくだけ。

「ずっとすれ違いでまともに話せない日ばっかりで、付き合ってる意味あんのかなって。俺が家事するから便利だと思ってんのかなって」

……そうか。可愛いやつめ」

 立ち止まった尾形に、頭をワシャワシャとかき混ぜられた。

……馬鹿にしてんだろ」

「いや? 本当に可愛いと思ってるぜ? そんなに俺を好きか」

 今度は両手でワシャワシャワシャ。くそ、その通りだよこんちくしょうめ!

 それでも、俺をそんな風に放置してた癖に追いかけてきたのは、そっちだってそういうことだろ!

 抗議のために俺の頭をかき混ぜる腕を取ったら、見たこともない優しい目で笑う尾形の顔に、また胸が跳ねた。