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とむぢ
2026-05-27 23:29:05
5398文字
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死にもの狂い/S▲▽
ポッキリ折れた兄と、割と平気な弟。
※付き合ってて一線も超えてます
※人を選ぶ描写(心中未遂)があります
※親の事とか色々捏造
お互い相手には自分がいないとダメだと思ってる系のS▲▽
電車に乗るのは、もしかしたらこれが最初で最後かもしれなかった。
切符を購入し、自分たち以外に誰もいないホームに立って電車が来るのを待つ。わざわざ生まれ育ったイッシュ地方から離れた、誰も自分たちを知らないであろう土地までやって来たのには理由があった。あまりにも二人そっくりなこの顔は良くも悪くも目立つ。故郷だと尚更だった。間もなくホームに電車が到着する。終電だ。これを逃すと今日はもう電車はやって来ない。ノボリは隣に立っていたクダリの手を引いて乗り込んだ。これから向かった先で行うことを、誰にも咎められたくはなかった。
どんなときも共に戦ってきた手持ちのポケモンたちは、さすがに連れては来れなかった。家のテーブルにモンスターボールと遺書を置いてきたとき、シャンデラの入っているボールが微かに震えたのを見た。生気を失ったような暗い表情のノボリから、ゴーストタイプのシャンデラは何かを感じ取っていたのだろう。仕事でポケモンバトルをする上でも、私生活を送る上でも、みんな優秀で素晴らしい仲間だった。だからこそ彼らを愚かな二人の逃避行にまで巻き込む必要はないと、ノボリはそう判断した。
「あのね、ノボリ」
いつもと変わらない調子で、クダリは突然ノボリに話し掛けた。こうして二人並んで座席に座っていると、ノボリはマルチトレインでクダリと共にタッグバトルしていた頃を思い出す。思い出すほどそう遠い過去ではないけれど、今の自分はどこか世界から切り離された存在のように思えた。車内の窓から見える外の景色は真っ暗で、これでは地下鉄とそう変わらない。いつもより硬い表情のノボリと、いつもと変わらない笑顔のクダリを乗せて、電車は揺れる。
「なんで叩かれたぼくより、ノボリの方が泣きそうな顔してたのかわかんなくて、ずーーっと考えてたんだけど」
沈黙を貫くノボリは先程から一言も返事をしていないし、話して良いとも言っていないのに、クダリは気にせず一方的に喋り始めた。昔からこういうところがある。空気が読めない子だと周囲の人間にも親にもよく言われていたが、クダリは意に介さない様子だった。優等生すぎて冗談が通じないきらいのあるノボリは、そんな自由奔放なクダリに何度も頭を抱え、何度も救われてきた。
何度も、何度も、狂おしいほど愛しく思っていた。
「ノボリってこんなに弱かったっけ」
未だに腫れている頬が痛々しいクダリは、やっぱりいつもの調子で生意気なことを口走った。そこに守ってやりたくなるような健気さやか弱さなどは一欠片もない。昨日までの様子となんら変わりない、ただのクダリがいた。
そうだ、お前の兄はお前より弱い。だから私ではお前を守れない。私で守れないのなら、この世界で誰もお前のような白い生き物を守れない。
それだけの理由でノボリはクダリを連れ出し、初めて来た冷たい夜の海の底へと、一緒に沈もうとしていた。とうとうノボリは一言も言葉を発することなく、クダリだけが喋り続けているうちに電車は終点へと到着した。視界の隅にあったドアが開く。ノボリは黙ったまま立ち上がり、また強引にクダリの手を取った。クダリは大人しくノボリに手を引かれていた。最後まで素直なのか素直じゃないのか分からない弟だ。ギアステーションとは比べ物にならないほど小さい無人駅を出ると、潮の香りが鼻を擽った。
どうせもういらないから靴はその辺で脱ぎ捨てて、ここに来るまでに使った財布もライブキャスターも家の鍵も全て砂の上に捨てた。意外とザラザラしている砂浜を歩く。砂浜に埋まっている貝殻の破片を踏もうが気にも留めなかった。ノボリに手を引かれて後ろをついて来ているクダリだけは、痛い痛いと声を上げてはしゃいでいた。こんなときでも見るものすべてが新鮮で楽しいのだろう。いつまでも無邪気な子供のような感性を持つクダリの白い頬にある痣は、親につけられたものであった。
ㅤ普通の兄弟ではとても考えられない、ただの兄弟愛だけでは済まされないノボリとクダリの関係が両親にバレた。実家の人間とはもう何年も連絡を取っていなかったのに、一体どこから情報が漏れたのか分からない。ライモンシティに住む二人の家に親がやって来て、何故か兄のノボリではなく弟のクダリが頬を打たれた。普段からポケモンのわざが飛び交う狭い車内でバトルしているクダリならば、いくらでも避けることなど出来ただろうに、そうしなかった。それが昨日の出来事で、今はこうして二人で海へ向かう足を早めている。誰にも見つかりたくなかった。誰にも咎められたくなかった。自分たちが双子として生まれてきて、愛し合ってしまったことが罪だと言うのなら、罰を与えるのはこの世界でたった二人の当事者である自分たちが良かった。
真っ暗な夜空と同じ黒に染まる海は、静かに二人を受け入れてくれた。まず足首が浸かる。ノボリは肌を刺すような海水の冷たさに怯むことなく、ズンズンと海の中を歩いていく。膝まで浸かる。水平線の向こうに見える満月だけが、終わりへと向かう二人を優しく見守っていた。やがて腰あたりまで浸かり、臍あたりまで浸かり、もうすぐで胸あたりまで浸かりそうになったとき、手を繋いでいたクダリが突然くしゃみをした。さすがに無視できず、ノボリはつい振り返った。幼い頃、ハンカチでクダリの鼻水を拭ってやっていた癖が、未だにノボリの身体に染み付いていたらしい。クダリはズビズビと鼻を啜りながら、恨めしそうにノボリを見た。
「あのね。明日ぼくが風邪引いたらノボリのせい」
胸の下まで海水に浸かった異常な状況で、クダリはそんなことを言ってのけた。ノボリは呆気にとられて、そのまま足を止めてしまった。クダリはまたくしゃみをした。よく見ると肩が震えている。寒いのだろう、無理もない。初めて海に来たかと思えば時間帯はまさかの夜で、しかも服を着たまま今まさに沈もうとしているのだ。クダリにとって散々な記憶になることだろう。予定ではこれから二人で沈むのだから、そんな散々な記憶も思い返すことはなくなる筈なのだけれど。
「
……
は」
おまえは何を言っているのだと、そう声に出そうと思ったが出来なかった。言葉は口の中で
泡
あぶく
のように消えて、代わりにノボリの双眸から突然ぼろぼろと涙が溢れ出した。このまま兄についていけば風邪を引く明日など訪れやしないのに。そもそも弟の明日をなくそうとしているのは、他の誰でもない自分なのに。どうやらクダリは当然のように明日が来ると思っているし、明日もし自分が風邪を引いたら、その原因を兄に押し付けようとしていた。原因であることは言い訳のしようがない事実なのだから良いのだけれど、それにしたって困惑してしまう。空気が読めないが故の発言なのか、それとも空気どころかこの先の未来が読めているからこその発言なのか、どちらかは分からない。口に入ってくるしょっぱい水が海水なのか自分の涙なのかさえも分からぬまま、ノボリは消え入りそうな声で、今にも押し潰されてしまいそうな心情を吐露した。
「弟を守れない無力な兄など、愛する人を危険に晒してしまう愚かな男など、いない方が良いと思ったんです。ですが、私はお前の言う通り弱い人間なので、お前を残していくことなどできません。
……
できないのです、クダリ」
「ノボリって、ぼくよりベンキョーできて頭もいいのに、たまにばかだよね。だから教えてあげる」
「
……
クダリ?」
そう言うとクダリはここに来て初めてノボリの手を振り切って、迷いのない足取りで先を進み始めた。ノボリも慌てて後を追うが、こんなときに限って足が上手く動かない。戸惑うノボリの静止の声すら聞かずに一人で歩いていたクダリが、とうとうノボリの視界から消えた。クダリだけが先に、完全に海へ沈んだのである。
「クダリ!!」
無我夢中だった。さっきまで自分たちがしようとしていたことすら忘れて、ノボリは急いで暗い海の中に潜った。何も見えないのに目を開いて、ただひたすらに手を動かし、黒い海に飲み込まれていった片割れを探す。息が出来なくとも関係なかった。まだ手が届かないところまでは沈んでいないはずだ。ああ、こんなとき、泳ぎが得意なクダリのシビルドンがいれば!! いつもどれだけポケモンたちの力を借りて生きていたのかを痛感し、同時にそんなポケモンたちの信頼を裏切って置いていこうとしていたことを、ノボリはひどく恥じた。それでも今はただ必死に海に潜って、全てを投げ出して底まで沈むつもりでいた海に自分の意思で潜り続けて、やがてノボリはなにかを掴んだ。よく知っている冷たい皮膚の感触。それを力の限り引っ張り上げ、抱きかかえ、ノボリは海面へと顔を出した。
なんとか波打ち際まで戻ってきたノボリは、ぐったりしているクダリを隣に横たわらせた。呼吸をしているかどうかを確認する。
「クダリ、起きなさい、クダリ」
名前を呼んで身体を揺さぶるが反応がない。さっき
海
ここ
に来るまでの電車で散々無視したからと言って、何もこんな形でやり返さなくたって良いだろう。思考がめちゃくちゃになって目が回りそうな中でも、ノボリは冷静でいるよう自分に言い聞かせた。パニックになったら終わりだ。反応のないクダリの顎を上げて気道を確保し、鼻をつまむとそのまま息を吹き込む。心肺蘇生と人工呼吸のやり方は、ライモンシティの市長に選ばれて車掌兼サブウェイマスターになるときに学んだ。運良くまだギアステーションやバトルサブウェイ内で心肺蘇生や人工呼吸を必要とする乗客が出たことはなく、ノボリが実践したのは
弟
これ
が初めてだった。学んだ通り上手く出来ているかどうかの不安など頭になかった。ただ兄を置いて一人でさっさと溺れた、意味の分からない弟を救うことしか考えていない。
「!っげほ、ごほっ!
……
けほッ
……
」
絶対に諦めないノボリによる二度目の人工呼吸で、クダリは飲み込んでいた水を吐き出しながら目を覚ました。肋骨が折れて粉々になってしまうのではないかと心配になるほど咳き込んで、クダリはゆっくりと上半身を起こす。クダリが意識を取り戻した安堵感から、ノボリは浜辺に座り込んだまま動けなくなった。肩で大きく息をしながら口を手の甲で拭ったクダリは、隣にいる疲れきったノボリの顔に視線を向けた。暗くてよく見えないけれど、もう兄が泣いていないことだけはハッキリとわかって、クダリは思わず笑顔になった。
「
……
あのね、ノボリ、わかった?」
「
……
は?」
今度こそ本当に意味がわからないといった意味での、ノボリ渾身の“は?”が出た。海水を飲んだからかクダリの声は可哀想なくらい掠れていた。だが夜の海があまりに静かだったので、苦労することなくノボリは聞き取れた。
「ぼくを守れないノボリなんて、どこにいるの」
以前パンケーキが食べたいとノボリにリクエストしたときと全く同じ笑顔を、クダリは浮かべていた。なんてことないように、当たり前のように。クダリはノボリが助けてくれると信じて、或いは助けるに違いないと分かっていて、自ら先に海に沈んだのだ。当てが外れて、そのまま一緒に二人で海底へ沈むという選択肢を取られてしまうかもしれなかったのに──寧ろそうなってしまっても良かったとでも言うように──クダリは全てをノボリに委ねたのである。返事を考える余裕もなく、ノボリはただクダリの話す言葉に耳を傾けることしか出来なかった。クダリはそんなノボリの目をじっと見つめる。
「あとね、気付いたことが一個だけある。ぼくが叩かれただけで悲しくなってヘナチョコになっちゃうノボリも、かわいくて結構好き」
行き先も何も知らせてくれないまま見知らぬ海まで連れ出した兄に、可愛さを感じる余裕があったとは、相変わらずこの弟の考えは読めない。死に物狂いでクダリを助けた際、いつの間にか食べていたらしい自分の髪を指で退けながら、ノボリは足に力を入れて立ち上がる。さっきまで本当に弟としようとしていたことの真反対のことをしてしまって、急に全てが馬鹿らしくなった。
「
……
ヘナチョコは認めますが、可愛いは余計です」
「あのね、ノボリいつもぼくに可愛い可愛い言ってくるから、仕返し」
「
…………
。クダリが風邪を引く前に、どこかで泊めてもらいましょうか」
思い当たる節があったノボリは、早めにこの話題を切り上げた。クダリの手を引いて海に入ったときは明日のことを考える必要などなかったのに、もう今この瞬間からノボリは、急に仕事を休んだことに対する部下たちへの謝罪の言葉を考え始めていた。あとは、とりあえず、一度体調を崩すと長引きやすいクダリが風邪を引かないように、一刻も早く温かいところへ行く必要があるくらいだ。
「置いてきたぼくたちの財布、だれにも盗られてないといいね」
「
…………
忘れてました」
持ってきていた貴重品は全部、靴を脱ぎ捨ててきたところにある。頭のてっぺんから爪先まで全身ずぶ濡れの重たい体で、ノボリは久しぶりに全速力で走った。面白がったクダリもノボリに続いて駆け出す。途中で砂浜に埋まっている貝殻の破片を踵で踏んづけて、ノボリはその痛みに驚いた。しばらくクダリの笑い声が響いていた。
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