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那須野
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寿月
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真夏の太陽
【寿月】数年後同棲プロ時空*小ネタ。一日だけ夏休み。
「
月光
つき
さん、一日だけ夏休みしやりません?」
リビングのガラス戸越しに、燦々と夏の朝日が注いでいる。しゃ、とカーテンを開けた毛利は、そんな言葉とともに越知を振り返って笑った。
今日はスケジュール上ぽっかりとそこだけ空いた終日のオフで、遠出をするには少しばかり気忙しい。昼ひなかの外気温もずいぶん高くなってきているから、家でのんびり過ごしましょうか、などと、彼とはその程度の会話しか交わしていない。
つまりはある意味とても貴重な、
――
特に予定のない休日、なのである。
朝食の後片付けをしながら怪訝な顔をしている彼に、「涼しいうちにちょい買い出し行ってきますわ」と家を抜け出して、近場のホームセンターで目当ての品を揚々と買い込む。最後に自宅最寄りのコンビニエンスストアでアイスクリームをいくつか買い足してから、早々に帰宅した。
「毛利」
「いやあ、
……
すんません、急に」
ここまで都合三、四十分ほどだろうか。突然出かけていった同居人にリビングに取り残され、疑問符を消しきれないままの彼が、さすがに痺れをきらしたらしく玄関で自身を待ち受けていた。
朝のうちに、といってもすでに外は夏の温度だ。じゃわじゃわとそそぐ蝉時雨は耳に痛いほどで、彼の佇むひんやりとした玄関の心地好さにゆるく息を吐きながら後ろ手に扉を閉めた。ぱたん。
「ええと、これ、買ってきやったんですけど」
「
…………
、」
彼の切れ長の瞳は明確な説明を求めている。
買い物袋の中を広げてみせると、ちいさな溜息がひとつ、間に落ちる。
「
……
タオルとホースが必要だな」
そう言って、彼の大きな手のひらがくしゃりと自身の髪をかきまぜていく。思わず目を丸くして立ち尽くしているあいだに、アイスクリームの入った袋をさらった彼はすたすたとリビングへ歩き出しており、毛利は慌ててその広い背中を追った。
裏庭と呼ぶにも少々慎ましい、普段は洗濯物の天日干しが主な用途のそのスペースには、リビングの窓辺から降りることができる。(自身が出掛けているあいだに彼が干していてくれた二人分の衣類は、急ぎ二階のベランダへ避難させた。)
散水栓にホースを繋ぎ、物置から幾つか持ち出してきた折り畳み式のコンテナボックスを、ささやかな日陰に逆さに並べてベンチに代える。準備を整え窓越しのリビングへ目をやると、床に広げた「それ」を物珍しげに屈み込んで眺めている彼の姿が見えた。
「
月光
つき
さぁん、どうでっか?」
「問題ない。いま持っていく」
からりと窓を開けて尋ねれば、リビングの真ん中で青く膨らんだ四角形
――
新品のビニールプールを、彼の長い腕がひょいと持ち上げる。
奮発して(といっても二千円足らずの品だけれども、)電動のエアポンプを買ったものだから、それなりの大きさのビニールプールもしっかり出来上がっていた。
小ぢんまりとした庭にはやや大きすぎるほどたが、彼とふたり並んで座って足を下ろすには丁度良いだろう。子どものような高揚感を抑えきれず、すぐにホースの先を浅い底へ下ろして蛇口を捻る。ざあ、と、勢いよく水を吐き出し始めたシャワーホースが暴れないよう気を向けながら、即席の椅子へ腰を下ろした彼に「そういや」と問いを投げる。
「
月光
つき
さんてビニールプール使たことあるんです?」
「
……
随分小さいころに、何度か。これよりもう少し大きかった気がするが」
「
月光
つき
さんち、庭広いですもんねえ。ええなあ、めっさ楽しそーやわぁ」
「お前は」
「ありますよ! こないちっさいプールやのに、キョーダイみんな入りたがるもんやから、そらもうギュウギュウで」
「そうか」
賑やかで良いな。
手元の水音と遠くの蝉時雨に紛れ、ひそやかな相槌が耳朶を打つ。
すでに自身の額には薄い汗が滲んでいるものの、不思議と心地が良いのは彼がそばにいるからだ。太陽の光を跳ね返してちかちかときらめく水しぶきに目を細める。
「つきさん、ほら、足どーぞ。冷とうて気持ちええですよ」
「
……
ああ」
涼を取れる程度に水が溜まるにはもう少しかかるが、ホースから出る水道水はすでに十分冷たい。促す声に素直に頷きルームウェアの裾を膝まで捲り上げた彼の、ま白い素足がひどくまぶしい。
陽の光の下で濡れるそれをなぜだか直視し続けることができずに、気取られぬよう視線を逸らす。しばらく浅い水面を見つめていると、ふいに彼がちいさな声で自身を呼んだ。毛利。
「はい、」
夏の日差しに掻き消えてしまいそうなかすかな視線としぐさを、それでも自分が見逃すはずはない。ようやく水に浸せるようになったホースから一旦手を離し、呼ばれるままに彼の隣へ向かう。
「す、すんまへん、狭いですね」
「かまわない」
揃って人並み以上の体格の自分たちに即席のベンチは少々狭く、並んで座ると腕がぶつかる。
なるべく彼の近くで過ごしたいという願望が露骨に出てしまった形になり、やはりどうにも肩身が狭い。
申し訳程度に縮こまりつつ部屋着代わりのジャージの裾をたくし上げ、彼と同じようにサンダルから足を抜く。数センチほどの浅瀬に足先をちゃぷんと浸せば、足首までを包む冷水と、どこか懐かしいビニール製の水底の感触がした。
――
かれの足先のしろさと、ふれた腕がかすかに汗ばんでいることにばかり五感が向いているけれども、足元を満たしていく水は相変わらず冷たいままなのだろう。おそらくは。
「毛利」
「へ?」
「そこでは日が当たる」
「え、
――
うわっ
……
!」
もう少しこちらへ来い、と、彼の手のひらが自身の指先をやわく掴む。
いつも自分より少し冷たいそれが、真夏の太陽にほんのりとぬるんでいる。その感触のなまなましさにどきりとして反射的に背筋を伸ばした拍子、足先にホースのヘッドが打ち当たる。
真上を向いたホースから、青空に大きな弧を描いて吹き上がったシャワーの雨が、ざあ、と頭上から降りそそいだ。
「
………………
」
「
………………
」
もはや美しいまでの放物線。
きらきらと輝きながらとめどなく落ちてくる水滴の向こうに、虹がかかっているのが見えた。
降りそそぐ雨を避けることも忘れ、どちらともなく顔を見合わせて、数秒の間。
「ふ、」
彼の色素の薄い髪から頬を伝ってほたほたとしたたる透明な雫の残光が、目の奥に灼きついて離れない。眩しい。
夏に浮かされて見惚れたままの自分を見、彼がちいさく吐息で笑う。
……
まぶしい。
「つきさん」
ホースの先を水の中に押し戻し、手のひらをひるがえして彼の手を取る。水に濡れた指先が、隙間なく絡んでじわりと温んだ。
なんだ、と、視線だけで彼が問う。かすかに目眩がしたように思うのは、自身を呼ぶように強まった五指のせいか、真夏の太陽のせいかはわからない。
ふれた手の輪郭が、同じ温度にほどけて滲む。
ああ、このまま溶けてしまえたらいいのに。脳裏を掠めた詮無い思考は日差しの下に押しやって、焦がれるままに口付けた。