燈 ともしび
2026-05-26 21:38:12
2001文字
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ぎゆさね【焦れる】

キ学軸。恋人のスイッチが入るとき。

 同性だから、とか。一緒に暮らしているから、とか。お互いの存在に慣れてきたとは思う。でも、それとこれとは話が別で。

 不死川は着替える時にいつも自室で着替えている。部屋着姿や寝癖のついた寝起きの顔は見せてくれるのに、着替える姿は決して見せてくれない。
 俺は元々無頓着なのでリビングで着替えてしまうし、不死川にもそう勧めたこともある。真冬や真夏はリビングで着替えた方が暖かかったり涼しかったりするからと。でも、答えはいつもNOだった。自室で良いと。その答えを聞くたびに俺の胸の奥になんとも言えないモヤモヤした気持ちが湧き上がってくる。
 恋人同士なので肌を合わせたことがある。なので素肌を見たことがある。それでも着替えは俺に見せない。
 これはなんなのだろうか。見たいと思う俺がおかしいのだろうか。不埒な気持ちからではなくて、自宅でくつろいで欲しいとか、隠しごとのようで寂しいとかそんな気持ちが。

「冨岡ァ?」
 ぼんやりしていたら不死川が帰って来ていた。声をかけられるまで全く気付いていなかった。
 しまった。今日は俺が風呂掃除担当だったのにまだやっていない。おかえり、と声をかけて慌て出した俺を不死川は不思議そうに見ていたが、手洗いのためか一緒に浴室まで着いてくる。
 不死川に気付かれないように掃除の準備をしながら手を洗っている姿を横目で見る。先週まではコートを着ていたが、暖かくなってきたので今日はワイシャツにベスト姿。とてもよく似合っていると思う。でも、ベストだと不死川の細い腰のラインが丸見えで他の奴に見せたくないという気になる。高い腰の位置と、すらっとした長い足。あと小さめの尻も、見えてしまう。
 嫌だなと思った。
 全部、俺のなのにって。

 手洗いうがいを済ませた不死川は「ありがとな」と風呂掃除をしようとしている俺に声をかけて自室へ向かおうとしていた。俺は吹きかけるだけで綺麗になるという洗剤を浴槽に掛けて頷く。擦らなくても良いらしいが、つい擦りたくなるからスポンジも手に取る。
 しばらくぼーっと待って。そして、擦ろうと用意していたスポンジを浴槽内へ放り投げた。先ほどまで不死川が手を洗っていた隣の洗面台で泡のついた手を洗い、タオルでざっと拭うと歩き出す。

「不死川」
 自室に鍵はかかるが、かけたことはない。不死川もいつもかけない。だから開けようと思えば開けられるのだ、このドアは。
 ノックをしたが、返事を聞かずにドアを開ける。突然開けられた不死川はびっくりした顔をしている。それはそうだろう。今まで俺がそんなことをしたことは一度もなかったのだから。
「え、なに」
 ベストを脱ごうとしていたのか、ボタンに手をかけていたからその手を取って握りしめる。ますます不死川は目をまん丸にして驚いている。
 そのまま不死川と繋いでいないほうの手でその細腰を引き寄せると視線が重なる。いつもは少し不死川の方が高い。でもこうして引き寄せてしまうと腰がしなる分、目線の高さが同じになるのだ。
 ほら、こうするとキスもしやすいから。だから俺はいつも腰を抱き寄せてしまうのかもしれない。
 抵抗されないのを良いことに不死川の唇をキスで塞ぐ。状況を飲み込めていない唇は力が抜けて軽く開かれるから容赦なく舌を絡めて吸い上げた。
「ふ、ん、うぅ」
 一方的に吸われて呼吸が少し苦しそうになっている。可哀想に。でもやめてやらない。お互い目を閉じないから不死川の大きな瞳に涙の膜が張るのが見える。
 この顔も他の奴に見せたくないな、と思う。可愛いから。可哀想だけど可愛くてもっと見たい。欲張りで我儘だ、俺は。
 引き寄せていた不死川の膝から力が抜けたのを感じて軽く唇を離す。
「なん、なんだよ、お前はァ」
 涙目で睨みつけられたが、そんなの煽られる要素しかない。不死川はそれも分からないらしい。
 誘われるように形の良い耳を食む。不死川の身体がビクッと揺れる。座り込まないように腰を抱く手に力を入れる。

「脱いで」
 耳元に吹き込めば、不死川はまた目を丸くしている。そうだろうな。この流れは意味が分からないだろう。でも、なんだか色々溜め込んでいたものが噴き出してきてしまったのだ。
「俺に見せて」
 お願いしているのに、なんでだろう。笑いたくなった。
「お願い」
 軽く唇を食む、離す。また食む。
 何度か繰り返してから腕の力を緩め、不死川と物理的な距離を開ける。
 不死川は信じられないと言った顔をしていた。
 でもその指は先ほど外そうとしていたベストのボタンに向かうから、俺は今度こそ本当に笑いたくなった。
 可愛いなぁ。可愛い。不死川は本当に可愛い。

「クソッタレ。テメエのスイッチは分かり辛いんだよォ」
 俺を罵倒する声も言葉も全部可愛いから。
 頭から残さず食べてやりたくなる。