燈 ともしび
2026-05-26 21:35:02
1215文字
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ぎゆさね【喧嘩していても】

キ学軸。喧嘩と仲直り

 不死川と喧嘩した。
 普段は喧嘩しない。というか喧嘩をしたくないのでお互い気をつけて暮らしている。
 同じ職場とはいえ激務だし、俺は休みの日にも部活の指導とかもあったりして不在がちになる。だから一緒にいられる時間というのは思っているよりも少ない。それなのにつまらない事で喧嘩になって離れ離れで過ごすことになるのが勿体無い。そんな結論になったからだ。
 でも、疲れてくると気をつけていても言動に棘が混ざる。傷付けたい訳じゃない。喧嘩したくない。そう思っているのに。
 分かっている。不死川は俺の身体を心配して声をかけたり世話を焼いてくれたことを。分かっているのだ。
 でも、自分勝手な考え方だけれど放っておいて欲しい時もある。

「不死川は俺の母親ではないだろう」
 つい出てしまった言葉。言った俺も言われた不死川もお互いに『しまった』という顔をしていた。
 疲れていたからお互いに踏み越えるべきでないラインを間違えた。それでも酷い言葉を言ったのは俺だから全部俺が悪い。不死川は善意と愛情で支えようとしてくれただけなのに。

 翌朝、喧嘩をしていても不死川は俺の弁当を用意してくれていた。俺の方が家を出る時間が早いから早起きをしてまで作ってくれたのだ。
「冷めたら自分で包めよ」
「ありがとう」
 その時に一言、ごめんと言えば丸く治ったのだろうが、ごめんの一言だけで済ませてしまっては駄目だと思ってしまい、他の言葉を考えている間にそのまま思考が泥沼にハマってしまった。こんな時に伝えるべき言葉をしっかり伝えられない自分が本当に嫌になる。
 今日は早く帰れるはずだから帰ったらちゃんと不死川に謝らなければ。
 顔を洗って髭を剃って。歯磨きを終える頃には弁当も程よく冷めていたから不死川の用意してくれた青色のナプキンで包む。ずっしりと重たい。こんなにたくさんの品数のおかずを用意するのは本当に大変だろうに。
 未熟だ、俺は。最低だ。

 いつも通勤で使っている黒のリュックの底にお弁当を大切にしまい、その上からスマホと財布を入れて玄関に向かう。
「今日は早く帰れんのかァ?」
「ああ。早く帰ってくる」
「そうか」
 喧嘩したのにこうして見送りも来てくれる。申し訳ない。でも嬉しい。
「冨岡ァ」
「うん」
 スニーカーを履き終え、いってきますと声を掛けようとしたらすごい力で顔を固定された。油断していたので首が痛い。でも
……俺は母親じゃなくてお前の恋人だったなァ」
 なんて言いながら、笑って行ってらっしゃいのキスをされてしまったら俺はどうしたら良い?
「しな」
 不死川、と呼びかけようとしたのに、顔の固定を外された後に背中を押されて玄関から押し出されてしまったのでそれも叶わず。
 玄関の前で一人、しゃがみ込んで。
「何もかも、不死川の方が上だ」
 俺は真っ赤になってしまった顔を冷たい手で冷やすことしか出来なかった。