ポほ
2026-05-26 21:30:00
8852文字
Public 跡取り息子、やめました!?
 

父ちゃんは…

三学期編第8話。
だいぶ間隔が空いてしまいましたが忘れていたわけではなく、オトメビギナーを書くのが楽しくなってきていただけで話としては考えてはいました(ほんとぉ?)
ただオトメビギナーを書いていた弊害(?)か、ちょっと吉田が嫉妬深くなってる気がします。

 いよいよ金曜日。
 なんとヨツダと海成は、宗二に直接話を聞くため、わざわざ月城家に泊まり込むつもりらしい。
「お前ら張り切りすぎだろ」
 宗真は呆れたように笑った。
「気持ちは嬉しいけどさ……それでまた父ちゃんが“今日は飲み会”とか言い出したらどうすんだよ」
「まあ、二人ともそれだけ宗真くんのことが心配なんやろ」
 嵐士が肩をすくめる。
「江沼くんは、宗真くんのパジャマ姿目当てかもしれんけどな? で、吉田くんは“自分以外の男の外泊を許さん”って感じやと思うけど」
……うるせえよ」
 ヨツダが低く返す。
……俺に関しては当たってるけど)
 一方、その横で海成はふと考え込んでいた。
(あ、そっか……またあのもこもこの可愛いやつ着るかもしれないし)
「おい、海成。お前までなんか変なこと考えてないだろうな?」
「え!? な、何も!?やだなあ、樹くん」
 海成は慌てて首を振る。明らかに怪しかった。
「俺は部活出てから行くから」
 ヨツダは宗真をまっすぐ見る。
「こいつらに何かされそうになったら、すぐ言えよな」
「キミ、ボクらのこと何やと思ってんねん。さすがに傷つくわ」
 嵐士がげんなりした顔をする。
「とにかく」
 海成が小さく息をついた。
「お父さんと、早く話がしたいね」
……うん!」
 宗真も、力強く頷いた。

 放課後。
 とりあえずヨツダを除く三人は、そのまま月城家へ向かうことになった。もっとも、海成は泊まり用の荷物を取りに一度自宅へ戻るらしく、一旦宗真達とは反対方向へ駆けていった。
 結果として――
「なんや、結局ボクと宗真くんの二人きりか。寂しいもんやな」
 並んで歩きながら、嵐士がわざとらしく肩をすくめる。
「んー、まあ海成もヨツダもすぐ来んだろ」
 宗真は気のない返事をしながら、通学路を歩いた。
(ちょっと前なら『キモいこと言ってんじゃねえよ』とか返してそうなのに……
 横顔をちらりと見る。
(宗真くんも、少しは大人になってきたってことか)
……ん、なんだ黙って。さっさと帰るぞ」
「いや、宗真くんもだいぶ丸くなったなー思て」
「はあ!? オレ太ってねーし! スペ110くらいだし」
「そういう事やなくて……
 嵐士は呆れる。
「キミほんま、時々話通じへんな」
「うるせー」
 そんな他愛のないやり取りをしながら、二人は月城家へと辿り着く。
 
 玄関の扉を開けた瞬間――宗真はぴたりと足を止めた。
……あれ?」
 見慣れた革靴。
 黒いビジネスシューズが、綺麗に揃えて置かれている。
「父ちゃんの靴……?」
「お、ほんまや。帰ってきとるやん」
 宗真は一気に表情を明るくした。
「マジか! じゃあ今なら話でき――
 勢いよくリビングへ向かい、さらに寝室を覗き込む。
 そして。
……寝てる」
 宗二は布団の上で大の字になり、豪快ないびきを響かせていた。
 スーツ姿のまま、完全に気絶したように眠っている。
「ぐおおお……ふゆちゃん……ぐおお……
「え、ふゆちゃんってまさか、母ちゃんの名前か……?」
 宗真は呆れた顔で額を押さえた。
 どうやら出張自体は予定より早く終わったらしい。しかし、その反動で力尽きたのか、完全に爆睡モードに入っている。
「帰ってきたのはいいけど、ほんと父ちゃんって奴は……!」
「まあまあ」
 嵐士は苦笑する。
「でも、うちにおる以上はちゃんと話せそうでよかったやんか。前みたいにタイミング悪く逃げられる心配はないやろ」
……まあ、それはそうだけどさ」
 宗真は寝ている父を見下ろした。
 この人なら、きっと何か知っている。
 真冬のこと。
 呪いのこと。
 そして――自分に何が起きているのか。
 なのに今は、聞きたいことが山ほどあるのに。
……起きねえかな、父ちゃん」
「無理やろ、その顔は」
 嵐士は即答した。
「完全に“あと八時間は起きません”って顔してるで」
「どんな顔だよ……
 宗真は寝室のドアを閉めながら、小さくため息をついた。
「起きたらすぐ話したいよな。また逃げられたらたまんねーし」
「まあな。でもま、今日は吉田くんらも集まるし」
 嵐士は肩をすくめる。
「男四人、水入らずのお泊まり会でもしてたら、そのうち宗真くんのお父さんも起きるやろ」
「それもそうだな。……って、オレも男に含むなよな! 今日はかわいい女の子だろ、どう見ても!」
 宗真は自分の髪を指先でくるりと弄びながら抗議する。
「そらそうやけど」
 嵐士はあっさり頷いた。
「そんな事言ってるから女の子から戻れなくなるんちゃうん。キミのお母さんの思うつぼやんけ」
「うっ……!」
 宗真の肩がびくっと跳ねた。
「そ、そうだけどさ!」
(嵐士って、悪いやつじゃないのはわかったけど、ヨツダや海成と違って隙がないよなぁ……
 じとっと睨む。
(なんかこいつに一泡吹かせる方法ないかな。でも女のオレのハダカ見ても無反応だったし、そういう路線はムリとして……
……ん、宗真くん」
 嵐士がにやりとした。
「なんか企んでんのか?」
「な、なんでもねーよっ!」
 思わず声が裏返る。
 その時だった。
 ピンポーン。
 インターホンが鳴った。
「お、来たか」
 宗真がぱたぱたと玄関へ向かう。
 モニターに映っていたのは、大きなバッグを抱えた海成だった。
「お邪魔します!」
「おう、上がって上がって!」
 宗真は一気に表情を明るくした。
「ヒマだしゲームでもやろうぜ」
「いいね。僕、プロコン持ってきたよ」
「お、準備いいね〜」
 そんな声が玄関に響く。
 寝室では宗二が豪快に眠り続けている。
 聞きたいことは山ほどある。
 真冬のことも、自分の身体のことも。
 それでも――
 少なくとも今この瞬間だけは、少しだけ“いつもの放課後”みたいだった。
 
 三人がゲームに興じて、一時間ほどが経過した。
 結局、嵐士がほとんどゲーム未経験だったこともあり、選ばれたのは無難に桃鉄だったのだが――
「なんでオレだけこんな目に遭うんだよ!!」
 宗真の悲鳴がリビングに響く。
「このキングボンビーって宗真くんのこと大好きなんやなぁ」
 嵐士はけらけら笑いながらカードを操作している。
「お前あんまりゲームやった事ないって言ってたのに、オレより上手くね……?」
「ゲームって基本的に人が嫌がることを進んですれば勝てるもんやろ」
「くそ、格ゲーマーみたいなことを……!」
「ていうか、物件の買い方が雑すぎるよ宗真くん……収益率とか見てる?」
 海成も苦笑気味だ。
「な、なんだよ海成まで! シューエキリツ?序盤は勢いが大事なんだよ!」
 そう言い返した直後。
『社長、もうわが社には売るものがありませんぞ!』
「もうやだーーーっ!!」
 宗真はクッションに突っ伏した。
 空気が若干険悪になり始めた、その頃。
 再びインターホンが鳴った。
「あ、ヨツダかな」
 宗真は立ち上がり、ぱたぱたと玄関へ向かう。
 扉を開けると、そこには部活帰りのヨツダが立っていた。
 だが――
「あれ、なんかさっぱりしてね?」
「風呂済ませてきたし」
 ヨツダはバッグを肩に掛け直した。
「部活で汗かいてるし、大人数で押しかけてるわけだし、お姉さん達にも悪いだろ」
「そんな気にしなくてもいいのにー」
 宗真はにやにやする。
「オレ、お前となら一緒に入ってもいーし? ムネだってお前と付き合ってからちょっとは……
「よ、良くねえよ!!」
 ヨツダは真っ赤になって叫んだ。
「てかそういう冗談やめろ! また女のままになったらどうすんだよ!」
(今日が新月だったら、一緒に風呂入れたかもしれないのに……。赤星の野郎!)
 内心では別方向に動揺している。
「ま、いいから上がれよ」
 宗真は笑いながらヨツダの背中を押した。
 すると、リビングの方から静乃が顔を出す。
「吉田くんいらっしゃーい」
「お、お邪魔します……
 ヨツダはぺこりと頭を下げた。
「宗真。そろそろ夕飯できるから、みんな呼んできなさい」
「はーい」
 宗真は返事をしながら、リビングへ戻っていく。
 その後ろ姿を見ながら、ヨツダは小さく息を吐いた。
……普通に笑ってる)
 昨日までの、不安定で危うい感じは今のところ見えない。
 けれど。
(だからって安心していい状況じゃないよな)

 ヨツダも加わり、急遽始まった男四人――宗真を男に含めるかどうかは諸説あるが――によるお泊まり会の夜は、賑やかに更けていった。
 深夜一時。
「うわ、もうこんな時間かよ!」
 宗真がスマホを見て声を上げる。
 ちなみに今日は、あのもこもこの可愛いジェ〇ピケ風パジャマではなく、男だった頃から着ていたシンプルなスウェット姿だった。ショートパンツでは寒いという理由もあるが、裏ではヨツダの「今日はやめとけ」という強い反対があったとか、なかったとか。
 もっとも海成は、
「これはこれで、“気を許してる感”があってアリだよね」
 と、よく分からない方向で高評価していた。
「そろそろお父さん起きるかな……
 ヨツダが寝室の方をちらりと見る。
「ん? 今、“お義父とうさん”って言った?」
 嵐士がにやりと口角を上げた。
「吉田くん、宗真くんのお父さんのこと、もうそのぐらいの認識ってこと?」
「違ぇよ! “宗真のお父さん”の略だっての!」
「樹くん、わざと略したんじゃない? 陰でこっそり呼ぶ練習とかしてたりして」
「してねえよ! お前まで何言ってんだ!」
 ヨツダは強引に誤魔化すようにして立ち上がる。
……宗真、部屋見てこようぜ」
「だな」
 二人はそっと廊下を進み、宗二の寝室の前へ向かった。
 すると――
 扉の隙間から、淡い光が漏れている。
……起きてんじゃん」
 宗真が小声で呟き、ノック代わりに扉を軽く叩く。
「おーい、父ちゃん! 起きてんの!?」
「わーーーッ!?」
 直後。
 ガタン! ドシャッ! バサバサッ!
 部屋の中から派手な物音が響いた。
「な、何!?」
 海成と嵐士も慌てて居間から駆けてくる。
 宗真が扉を開けると――そこには、椅子ごとひっくり返った宗二の姿があった。
「父ちゃん、何やってんだよ……
……はは、起こしちゃったか?」
 宗二は気まずそうに身体を起こしながら咳払いをする。
「ん、君たちは今日はお泊まり会かな? ゆっくりしていって……
 その時だった。
 嵐士の視線が、床に落ちた一枚の写真で止まる。
……この写真」
 拾い上げたそこに写っていたのは、若い頃の真冬だった。
 長い髪を風になびかせ、今の宗真にどこか似た面影を持つ女性。
 嵐士は静かに目を細める。
……真冬さん、ですよね?」
 宗二の肩がぴくりと揺れた。
「さ、さあ……なんの事だか……
 露骨に目を逸らしながら、宗二は写真を取り返そうとする。
「き、君たち、そろそろ寝たらどうだい?」
「とぼけるなよ」
 宗真の声が、低くなる。
 部屋の空気が一瞬で張り詰めた。
「父ちゃん。オレをこんなふうに、女の子にしたのって……この人……母ちゃんなんだって。……知ってた?」
…………
 宗二は答えない。
 ただ、手の中の写真を強く握りしめたまま、ゆっくりとうつむいた。

 宗二は倒れた椅子をゆっくりと起こし、床に散らばった写真を一枚ずつ拾い集めていく。
 その手つきは、妙に丁寧だった。
……黙ってないで、なんとか言えよ」
 宗真が苛立ったように声を荒げる。
 宗二は少しだけ目を伏せた。
……知っていた、というより。“気づいていた”の方が近いかな」
「は……?」
 空気が、一気に張り詰める。
 宗二は苦く笑った。
「別に、お前のお母さん……ふゆちゃんから直接聞いたわけじゃない。ただ……宗真が女の子になって帰ってきた日、思ったんだ」
 拾い上げた写真を見つめる。
「昔のふゆちゃんに、そっくりだって」
「今のオレ……若い頃の母ちゃんに、そんな似てんのか……?」
「ああ」
 宗二は静かに頷く。
「もちろん、それが根拠になるわけじゃない。だが、“ふゆちゃんが何かしてる”って気がしたんだ」
 宗真の眉がぴくりと動く。
「じゃあ、なんで止めなかったんだよ!」
 思わず声が大きくなる。
「オレ、ずっと……! ずっと振り回されてたんだぞ!?」
(赤星流の方にほいほいついていったのは宗真だし、最初は“女最高!”とか言ってた気もするけど……
 心の中でだけツッコミを入れつつ、ヨツダは黙っていた。
 宗二は反論しなかった。ただ、静かに息を吐く。
……止められなかったんだ」
「え?」
「ふゆちゃんは昔から、私なんかよりずっと強かったからね」
 その言葉に、嵐士がわずかに視線を伏せる。
 宗二はぽつりぽつりと続けた。
「昔の私は、“月城流の跡継ぎ”というものに取り憑かれていた。宗真にも、ずいぶん無理をさせた」
 宗真は黙る。
「友達と遊びたい年頃なのに、稽古ばかり押し付けて。“月城いえのためだ”って、それが正しいと思い込んでいた」
……そういえば、宗真くんのお父さん、跡継ぎなのに名前が「宗二」って、次男みたいな名前だよな。宗真くんに対してはどっちもどうかと思うけど……お父さん自身にも色々譲れん理由があったんかな。それこそ、あのかあさんと正面からぶつかるぐらいに)
 嵐士が考えている横で、宗二は自嘲するように笑った。
「でも、ふゆちゃんは……そんな私を、ずっと軽蔑していたんだと思う」
……
「宗真が女の子になって、響が跡継ぎになると言ってきた時に、私はようやく気づいた。この子は、跡継ぎの長男の前に、一人の子供だったと」
 宗真の胸が、少しだけ痛む。
 ふと、ヨツダ達や宗二と海へ行った日のことが頭をよぎった。
『今が楽しいんだから、もうそれでいいじゃんか』
 あの時、父は少し泣きそうな顔で笑っていた気がする。
 宗二は写真を見つめた。
 若い頃の真冬。今の宗真によく似た、涼しげな目元。
……私は、どこかで“これも報いなのかもしれない”と思ってしまったんだ」
「報い……?」
「私が宗真を縛ってきた罰だよ」
 宗真は顔をしかめた。
「そ、そんなの父ちゃんの思い込みだろ」
 宗二は苦笑する。
「呪いとやらにふゆちゃんが関わっているなら事実だろう。だから私にはふゆちゃんを咎める権利はないと思って……その身体になったお前の為に何もしてやれなかった。当主としても……父親としても失格だな」
「そんな事言うなよ!」
 宗真は思わず声を上げた。
「確かに父ちゃんの稽古は厳しすぎたけど……別にオレ、そこまでは思ってねーから!」
 その言葉に、嵐士も静かに口を開く。
「ボクも一応、次期当主の身ですから。詳しくは聞きませんけど、色々あるんはわかりますよ」
「嵐士くんまで……
 宗二は目を丸くする。
 海成が小さく笑った。
「なんだかんだ言っても、宗真くんってお父さんのこと好きだよね?」
「な、なんだよ、海成!?恥ずいんだけど!」
「ま、今日までずっと“父ちゃんと話したい”って息巻いてたのは確かだな」
 ヨツダも同調する。
「うっ……!」
 宗真が言葉に詰まる。様子を見て、宗二はとうとう吹き出した。
……ははっ」
 久しぶりに見る、どこか力の抜けた笑い方だった。

「でもオレ……正直怖いんだ。今はとりあえず新月にだけ男に戻ってるけど、そのうちほんとに女の子になっちゃうかもしれないんだって。母ちゃんに頼んだら呪いを解いてもらえる……かは分からないけど、やっぱり何でこんなことしたのかとか、直接会って色々話したいんだ」
「そんなことが?でも、嵐士くんなら……
 嵐士は首を横に振った。
「ボクはもう連絡切られてしもて。富谷にあった道場も念の為最近行ってみたんですけど、もぬけの殻でしたね。今どこにおるんかも……
「だから父ちゃん。母ちゃんの行きそうな場所とか、知らない?」
 宗真の拳が震えている。
「ふゆちゃんの……か。そんな場所あったかな……
 すると。
「ところで、宗真くん」
 嵐士が、静かに名前を呼んだ。
「キミ、“女の子になるのが怖い”んか?」
「そりゃ怖ぇだろ!」
 即答だった。
「だってオレ、今は慣れてきたってだけでほんとは男だし……! いや、可愛い服着るとか、ちなゆきや新倉さんみたいな女の子の友達とか、そういうのは楽しいけどさ! でもそれと、“戻れなくなる”のは別だろ!」
 言いながら、自分でも整理がついていないのが分かった。
 楽しかったことも、本物だった。 女の子として過ごした時間も、嘘じゃない。でも――だからといって、“男だった自分”が消えていいわけじゃない。
 ヨツダが宗真の横顔を見る。
……宗真」
「なんだよ」
「お前さ、“男に戻りたい”っていうより、“勝手に決められるのが嫌”なんじゃねえの」
……え」
 宗真が目を瞬かせる。
 ヨツダは少し言葉を探すようにしてから続けた。
「お前、昔からそうだろ。稽古も、跡継ぎも、“やれ”って言われたら反発するくせに、自分で決めたことは意外とちゃんとやるし。体育祭のチアのやつとか、嵐士と決闘したりとか。いつもふざけてるくせに、そういうとこは筋通すだろ」
……
「だから今も、“女になること”そのものより、“お母さんに勝手に人生決められてる”感じが嫌なんじゃねえの」
 宗真は言葉を失った。
 図星だった。
 自分の知らないところで。 自分の気持ちとは関係なく。 身体も、人生も、少しずつ書き換えられていく感覚。
 それが、たまらなく気持ち悪かった。
 海成もおずおずと口を開く。
「そうだよね……宗真くんがどうしたいかは、宗真くんが決めていいんだよ」
「海成……
「男に戻りたいなら戻ればいいし、もし悩むなら悩んでもいいし。誰かに決められることじゃないと思う」
 宗二は、その言葉を静かに聞いていた。
 やがて、小さく目を伏せる。
……本当に、その通りだな」
 ぽつりと呟いた声は、どこか疲れていた。
「私は、“跡継ぎの男の子”という形に宗真を押し込めた。ふゆちゃんは逆に、“跡継ぎになれない女の子の人生”に押し込めようとしている」
 宗真ははっと顔を上げる。
 宗二は苦く笑った。
「結局、私たちは二人とも、“宗真本人”をちゃんと見ていなかったのかもな」
 その言葉に、宗真の胸がちくりと痛んだ。
 少しだけ。 本当に少しだけ。
 母親のことを、“完全な悪人”だと思い切れない理由が、分かってしまった気がした。
 ――でも。
……だとしても」
 宗真は顔を上げる。
「オレ、自分がどうなるかぐらい、自分で決めたい」
 その声は、震えていた。 けれど、はっきりしていた。
 宗二はゆっくり頷く。
「ああ」
 そして。
……だから、ふゆちゃんに会って、その気持ちを伝えよう」
 その瞬間、全員が息を呑んだ。
「父ちゃん、母ちゃんの居場所、心当たりあるのか!?」
 宗真が身を乗り出す。
 宗二は少し困ったように頭をかいた。
「正確には、“昔ふゆちゃんがよく行っていた場所”かな。今もいる保証はないけど……
 嵐士が小さく目を見開く。
(ボクも知らない、かあさんのお気に入りの場所……
 宗真は思わず叫ぶ。
「なんだよもう! 知ってんならさっき言ってくれよ!」
「いやぁ、ふゆちゃん、結構気まぐれだからなぁ」
「だからって――!」
 騒ぎ出す宗真を見て。
 宗二は、ほんの少しだけ安心したように笑った。
 少なくとも今、この子はまだ、“自分の意思”で怒っている。

 一旦話もまとまり、その夜は居間に広げた布団で四人は雑魚寝することになった。
 そして翌朝。
 意外にも最初に目を覚ましたのは宗真だった。
……そういえば嵐士に一泡吹かせてやろうと思ってたのに、結局何もできてなかった!)
 そんなことを思い出しながら上半身を起こす。
 だが、ふと隣を見ると。
……んぅ……
 嵐士が妙に苦しそうな声を漏らしていた。
 眉間に皺を寄せ、疲れ切ったような顔をしている。
(え、なに? 魘されてんのか……?)
 宗真は少し気になったものの、結局そのまま朝食の時間になった。

「嵐士くん、顔色あんまり良くないけど……眠れなかった?」
 食卓で海成が心配そうに尋ねる。
 嵐士は味噌汁をすすりながら、深いため息をついた。
「いや……宗真くんが、ボクの方に転がってきてなぁ……
「え?」
「何発も蹴りをもろて。どんなに離れて寝ても、どういうわけかボクの方に来るって……どんな寝相や」
 宗真は目を丸くした。
「え、マジで? 全然覚えてねえ……
「まさかわざとやないよな?」
「違ぇよ!」
 慌てて否定する。
「なんか……ごめんな?」
 素直に謝る宗真に、海成がくすっと笑った。
「宿泊学習の時、同じ部屋だった櫻井さんとか藤枝さん達、よく無事だったねえ」
「あー……
 宗真は少し考えるように視線を泳がせる。
「あん時は、寝る前に男に戻ったり、寝てる間にちなつがオレの布団入ってきたりして、それどころじゃなかったからかなぁ」
……寝てる時とはいえ、なんで俺じゃなくて赤星の方行くんだよ……
 ヨツダはそんなことを考えながら、地味に不機嫌そうな顔でご飯をかき込んでいた。
 妙なところで独占欲を発揮している。
 一方その頃、宗真本人は。
……結果的に、嵐士に一泡吹かせたことにはなったのか?)
 などと、少しだけ満足していたのだった。