燈 ともしび
2026-05-26 21:01:51
4306文字
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ぎゆさね【花になる】

キ学軸。甘め。

 先に帰っているほうが「おかえり」、後に帰ってきたほうが「ただいま」
 一人で暮らしている時は出来なかった挨拶のやり取りを、二人で暮らすと決めた時にやりたいと言い出したのは冨岡のほうだった。
「うちは両親が早くに亡くなって、姉も社会人一年目の時に結婚して家を出てしまったので」
 と、一人暮らしが長かったから、うちの実家では当たり前にやっていた日常的な挨拶に憧れがあるらしい。
 そんなのやるだろ。しかも俺が先に帰るように頑張るだろ。普段はあまり俺に対して何か要求をしてこない恋人が、珍しくそんなことを言い出したら全力で叶えてやりたいって思うだろ。
 だから、今日も悲鳴嶼さんに捕まっていた冨岡を横目に猛ダッシュして帰宅したのだ。冨岡におかえりと言うために。

 平日は手の込んだものは作れないから休みの日に作り溜めしておいた野菜の副菜をいくつか。あとは肉か魚で簡単に作れるメイン料理を一品と汁物と飯。歳でもないが若くもない二人だから食べるもののバランスは大切。
 家事を分担してるから料理も分担しようと冨岡からは提案されていたが、これは俺の方が得意なので俺がやると立候補している。実家にいた頃から作りなれているし、単純に好きだから。あと、俺の作った飯を美味しそうに食べる冨岡を見るのが嬉しいから。
 今日は簡単に焼き魚にするつもりで魚用ロースターに鮭を入れていると玄関チャイムが鳴った。悲鳴嶼さんに捕まっていたのは予想より長かったらしい。
 いつも通り玄関まで出迎えに行って鍵を開けるが、目の前に現れた冨岡の予想しなかった姿に「お?」と挨拶をし忘れた。

「ただいま」
「お、かえりィ……
 いつもと逆。冨岡に先に挨拶をさせてしまったが、冨岡が気にする様子はない。それよりも俺の方が冨岡の手元が気になって仕方ない。
「んだ、それ。どうしたァ」
「あの、これ、は不死川に」
「俺にィ?」
 帰ってきた冨岡の手に握りしめられていたのは小振りの花束だった。
 前に和菓子を持って帰ってきたことはあったが花は初めてだ。しかも今日は別に何かの記念日でも俺の誕生日でもない。花束を差し出された意味が分からなくてつい固まってしまった。

「帰りに駅の花屋の前を俺が前を通りがかったら、お兄さん、お花はどうですか? って店員に呼び止められた」
 ああ、店員の勢いに負けたのか。納得。
 冨岡は話しかけられたら立ち止まってしまうタイプなので外を歩くとよく店員にも捕まっている。今日もそのパターンだったのだろう。
 理由が分かって、なら生けてやるかと花束を受け取ろうとしたら
「あの、これは不死川にちゃんと渡したい」
 なんて言う。

 え、どうした。今日は本当になにか記念日とかじゃなかったよなァ。頭をフル回転させていると
「不死川が俺の我儘を聞くために急いで帰っているのは気付いていた。おかえりの挨拶のためだけに駅から猛ダッシュしてくれたりとか、俺が料理が苦手だから率先して引き受けてくれたりとか。俺は口下手で上手い言葉が見当たらなくて、でも不死川にありがとうって伝えたいと思って。花屋の店員さんに言ったら、じゃあ一緒にその大切な恋人さんへ贈る花束を作りましょうって言ってくれて」

 その、なんてモゴモゴ言いながら顔を赤くしている冨岡の手元を改めてもう一度見る。
 花の名前なんて桜とかチューリップとかそんな有名なやつしか知らねェ。だから花束の中の白い花がなんて名前かも俺は知らない。でも、全体的に淡い色合いの、上手く言葉に出来ないが優しい感じがする花束だと思った。

「不死川の顔を思い浮かべながら選んだんだ。いつもありがとう」
 そんな花束をこちらに差し出して、冨岡はふわっと笑う。

 この優しい花束が俺? 冨岡には俺がこんなふうに見えてるってことか?
 差し出された花束を受け取って顔の前に持ち上げる。強くない、ふわっと甘い匂いがする。
 冨岡は俺のことをこんなふうに思ってくれてるのか。
 そう頭が理解した途端、俺まで顔が熱くなった。

 強面の、顔も身体も傷だらけ。生徒からは恐れられているスパルタ教師で可愛げなんてかけらも無い。なのに冨岡はこの花束は俺だと言う。
「似合わねェだろう。嬉しいけど」
 人から見たら花束を持っている今のこの姿すら滑稽に見えるかもしれない。

「なんで? 不死川はいつも可愛くて綺麗だ」
 贈り物を否定されたのに冨岡は笑って花束ごと俺を抱きしめてくる。
「可愛い。似合う。俺の恋人は世界一優しくて可愛いんだ」
 それどころか花束を持っている俺の姿を見ながら満足そうにしている。

 ああ。そうか。
 俺は冨岡の腕の中で咲く花なのか。
 冨岡の愛情をたっぷり受けるとこうやって綺麗に咲くことが出来るのか。
 
 そこで俺は生まれて初めて自分が誰かの花になっていることを理解した。
 少し気恥ずかしい。
 でも、悪くないと思う。

 抱きしめたまま冨岡が顔を寄せてきた。
 いつもなら恥ずかしくてしないけど、今日は大人しくキスを受け入れる。
 だって俺は花だから。
 冨岡が花だって教えてくれたから、愛情を素直に受け取ろうと思ったのだ。




「お?」
 おかえり、といつも通り声を掛けるつもりだった。

 先に帰っているほうが「おかえり」、後に帰ってきたほうが「ただいま」
 一人で暮らしている時は出来なかった挨拶のやり取りを、二人で暮らすと決めた時にやりたいと言い出したのは冨岡のほうだった。
「うちは両親が早くに亡くなって、姉も社会人一年目の時に結婚して家を出てしまったので」
 と、一人暮らしが長かったから、うちの実家では当たり前にやっていた日常的な挨拶に憧れがあるらしい。
 そんなのやるだろ。しかも俺が先に帰るように頑張るだろ。普段はあまり俺に対して何か要求をしてこない恋人が、珍しくそんなことを言い出したら全力で叶えてやりたいって思うだろ。
 だから、今日も悲鳴嶼さんに捕まっていた冨岡を横目に猛ダッシュして帰宅したのだ。冨岡におかえりと言うために。

 平日は手の込んだものは作れないから休みの日に作り溜めしておいた野菜の副菜をいくつか。あとは肉か魚で簡単に作れるメイン料理を一品と汁物と飯。歳でもないが若くもない二人だから食べるもののバランスは大切。
 家事を分担してるから料理も分担しようと冨岡からは提案されていたが、これは俺の方が得意なので俺がやると立候補している。実家にいた頃から作りなれているし、単純に好きだから。あと、俺の作った飯を美味しそうに食べる冨岡を見るのが嬉しいから。
 今日は簡単に焼き魚にするつもりで魚用ロースターに鮭を入れていると玄関チャイムが鳴った。悲鳴嶼さんに捕まっていたのは予想より長かったらしい。
 いつも通り玄関まで出迎えに行って鍵を開けるが、目の前に現れた冨岡の予想しなかった姿に「お?」と挨拶をし忘れた。

「ただいま」
「お、かえりィ……
 いつもと逆。冨岡に先に挨拶をさせてしまったが、冨岡が気にする様子はない。それよりも俺の方が冨岡の手元が気になって仕方ない。
「んだ、それ。どうしたァ」
「あの、これ、は不死川に」
「俺にィ?」
 帰ってきた冨岡の手に握りしめられていたのは小振りの花束だった。
 前に和菓子を持って帰ってきたことはあったが花は初めてだ。しかも今日は別に何かの記念日でも俺の誕生日でもない。花束を差し出された意味が分からなくてつい固まってしまった。

「帰りに駅の花屋の前を俺が前を通りがかったら、お兄さん、お花はどうですか? って店員に呼び止められた」
 ああ、店員の勢いに負けたのか。納得。
 冨岡は話しかけられたら立ち止まってしまうタイプなので外を歩くとよく店員にも捕まっている。今日もそのパターンだったのだろう。
 理由が分かって、なら生けてやるかと花束を受け取ろうとしたら
「あの、これは不死川にちゃんと渡したい」
 なんて言う。

 え、どうした。
 今日は本当になにか記念日とかじゃなかったよなァ。頭をフル回転させていると
「不死川が俺の我儘を聞くために急いで帰っているのは気付いていた。おかえりの挨拶のためだけに駅から猛ダッシュしてくれたりとか、俺が料理が苦手だから率先して引き受けてくれたりとか。俺は口下手で上手い言葉が見当たらなくて、でも不死川にありがとうって伝えたいと思って。花屋の店員さんに言ったら、じゃあ一緒にその大切な恋人さんへ贈る花束を作りましょうって言ってくれて」

 その、なんてモゴモゴ言いながら顔を赤くしている冨岡の手元を改めてもう一度見る。
 花の名前なんて桜とかチューリップとかそんな有名なやつしか知らねェ。だから花束の中の白い花がなんて名前かも俺は知らない。でも、全体的に淡い色合いの、上手く言葉に出来ないが優しい感じがする花束だと思った。

「不死川の顔を思い浮かべながら選んだんだ。いつもありがとう」
 そんな花束をこちらに差し出して、冨岡はふわっと笑う。

 この優しい花束が俺? 冨岡には俺がこんなふうに見えてるってことか?
 差し出された花束を受け取って顔の前に持ち上げる。強くない、ふわっと甘い匂いがする。
 冨岡は俺のことをこんなふうに思ってくれてるのか。
 そう頭が理解した途端、俺まで顔が熱くなった。

 強面の、顔も身体も傷だらけ。生徒からは恐れられているスパルタ教師で可愛げなんてかけらも無い。なのに冨岡はこの花束は俺だと言う。
「似合わねェだろう。嬉しいけど」
 人から見たら花束を持っている今のこの姿すら滑稽に見えるかもしれない。

「なんで? 不死川はいつも可愛くて綺麗だ」
 贈り物を否定されたのに冨岡は笑って花束ごと俺を抱きしめてくる。
「可愛い。似合う。俺の恋人は世界一優しくて可愛いんだ」
 それどころか花束を持っている俺の姿を見ながら満足そうにしている。

 ああ。そうか。
 俺は冨岡の腕の中で咲く花なのか。
 冨岡の愛情をたっぷり受けるとこうやって綺麗に咲くことが出来るのか。
 
 そこで俺は生まれて初めて自分が誰かの花になっていることを理解した。
 少し気恥ずかしい。
 でも、悪くないと思う。

 抱きしめたまま冨岡が顔を寄せてきた。
 いつもなら恥ずかしくてしないけど、今日は大人しくキスを受け入れる。
 だって俺は花だから。
 冨岡が花だって教えてくれたから、愛情を素直に受け取ろうと思ったのだ。