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スサ
2026-05-26 18:36:16
3470文字
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【鬼水】エスコートと天気予報
温泉宿に来たふたりがのんびりいちゃいちゃ?していたり寝顔見てたりする話です
「足元、気をつけてください」
背筋をずっと伸ばして、半身に振り返った鬼太郎が手を差し出す。一歩前に立つ姿は、確かに背は小さいけれども何とも頼りがいのある様子に見えた。実際、そこらの大人より、何なら妖怪よりずっと強いわけだけれども
…
。
「ああ」
しかしこれはまるでご婦人に対するエスコートそのもの。いい年もいい年のおっさんなんだがなあ、と苦笑したくなる気持ちを抑えて、水木は、鬼太郎が差し出してくれた手に己の手を重ねる。そうして互いの手が重なった瞬間、鬼太郎の口角がかすかに上がったように見えた。得意げな、嬉しげな。年相応、というよりは、青年が見せるような表情だ。それはそうだ、鬼太郎は見た目通りの年齢ではないのだから。
「石が濡れて滑るし、本当は僕が抱えていった方が早いんですが」
「それはやめてくれ。さすがに
…
ちょっと人がびっくりするだろう」
鬼太郎は肩をすくめる。若干残念そうだったが、水木にも譲れないものがある。
「雲が晴れたら星が見えそうなんだがな」
海が見える、山の上の温泉に二人はきていた。水木が人づてに話を聞き、晴れた日に宿から見える景色も、温泉も食事も良いのだとのことで、鬼太郎を誘った。そうやって旅行に誘うことは幾度かあったが、鬼太郎が頷くことは稀だった。どちらかというと出不精なのもあるし、行く先々で妖怪絡みのトラブルに巻き込まれがちだからだ。何しろ鬼太郎は有名人、いや、有名妖怪なので。
とはいえ、鬼太郎も頷くことはある。何かしら理由がある場合もあれば、理由は特になく、ただそういう気分だったという場合もある。今回は後者だろうと水木は考えているが、とても良い景色だそうだからおまえと一緒に見たくて、と言った水木の笑顔が決め手になったことを知らないだけである。鬼太郎がこの理由を明かすことは多分ないので、水木はずっと知らないままになるだろうけれど。
温泉の後、上気する頬のまま二人は外に出た。あたりに建物がないのと、しっとりとまとわりつく霧雨のせいで庭は暗く、他に人影も見当たらなかった。
芯から温まっていた体がゆっくりと冷めていく。重ねた手がぴたりとくっついて、言葉も少なく宿の周りを歩く。どこかから花のような匂いがしていた。
「明け方近くに一度晴れると思う」
鬼太郎は空を見上げ、何でもないことのように言った。水木は、え、と目を丸くする。
「本当か」
「はい」
強い勢いではなかったが、頷く鬼太郎に迷いはなかった。まるで当たり前の様子で。そういえば、と水木は思い出す。
「鬼太郎天気予報は昔から百発百中だったな」
ふ、と水木は笑う。
「当たりすぎて、ちょっと困ったこともあったっけ」
「
……
ああ」
それまで機嫌よさげだった鬼太郎の顔がぴくりと震えた。同じことを思い出している、と水木は笑う。
昔、今ほど天気予報の精度が高くなかった頃のこと。鬼太郎が傘を持っていけと言う日は、たとえ朝誰も傘を持っていない晴天の日でも、昼からや夕方から必ず雨になった。あまりに水木が天気を当てるもので、同僚達はとうとう、水木が傘を持っているかいないかで天気を当てるようになっていった。明日の天気はどうなるんだ、どうしても晴れにしたいんだが、と相談を持ちかけられるに至り、水木はたいそう困ってしまって、しばらくは鬼太郎の天気予報をあえて無視しなければいけなくなった程。同僚達が水木に天気予報を頼るのをやめるようになるまで
…
、と、いう計画を立てたこともあった。それは結局、急な雨降りに傘を持って迎えに来た鬼太郎により失敗に終わったのだけれども
…
。
大人用の黒い大きな傘を体いっぱいで抱えるようにしてやってきた幼い子どもに、水木の同僚達はお天気博士の命名をしてくれたものだ。
ちなみにその時の鬼太郎は、さすがに雨の日に下駄だと普通の人間には訝しまれるからだろう、水木が買い与えたものの、それまでほぼ履くことはなかった黄色い長靴を履いていた。水木はむしろそれが嬉しくて、お迎えありがとうな、と喜んでしまった覚えがある。
「
…
明け方かあ。早起きして温泉入って、その時晴れてたら星が見えるか」
「あなた早寝早起きだから、それがいいかもしれないですね」
それまで少し複雑な顔をしていた鬼太郎だったが、そこでくすりと笑った。
水木は思わず、まじまじとその顔をのぞきこんでしまう。
「
…
なんですか?」
鬼太郎は気持ち背をそらして、水木を見つめ返す。
「いや
…
」
「水木さん?」
「
…
うん。
…
かわいいなって思っただけだ」
にこりと笑うと、水木はわしゃわしゃと鬼太郎の頭をかき回すように撫でた。
「ちょっ
…
」
あまりの勢いに鬼太郎はつい、水木の手を避けようとする。もちろん力付くで止めることは鬼太郎にとって簡単だ。しかしそんなことはしたくないし、できない。だから平和的に腕を回避しようとしたのだけれど。
「わっ?!」
最初に鬼太郎が忠告したように、雨で足元が滑りやすくなっていた。つまり、強めの勢いで鬼太郎の頭を撫でていた水木は、そのせいで足を滑らせた。いっそきれいに、ツルッと。
「もう!」
だが水木が地面に転がることはなかった。鬼太郎がちゃんと受け止めたからだ。
「
…
気をつけてって言ったのに」
お小言の体で言う鬼太郎に、水木は立場なく、ありがとな
…
、と礼を述べるので精一杯だった。
鬼太郎に抱きとめられた格好のまま水木は部屋に戻ったので、何となくそわそわと落ち着かない様子だった。
風呂上がり、石鹸の匂いが耳の後ろから香って、それに手を伸ばしたくなるのは、もう許されているからだ。
…
しかし、結論から言えば、明日早起きするなら寝た方がいい、と鬼太郎から言った。水木はちょっと残念そうな顔をしているように見えたが、その顔を見ただけで嬉しくなったし、
…
起きてから何もしないとまでは言っていないわけで
…
。
「
……
やっぱり疲れてたんだ」
床に入ったら、水木はすぐに寝てしまった。狸寝入りは鬼太郎には通じないから、水木が熟睡しているのは間違いない。
起きているとなんだかんだと賑やかな時も多いけれど、寝ているときは静かだ。一向に眠気が訪れず、鬼太郎は水木の寝顔を見つめていた。そもそも普段から朝が苦手で夜の方が起きていられるのだが、今眠気が来ない理由はそれだけではない。
少しくらいなら触っても起きないかも、とむくむく悪戯心が湧きおこる。ちょっとだけ、と頬をつついみる。案外やわらかい。大福とまでは言わないが。
「
…………
」
今度は、唇の端。無意識に自分の唇を舐めて、食い入るように鬼太郎は水木の寝顔を見つめた。
…
あんな風にそわそわとしていたのだから、誘いをかけたとして、きっと水木は頷いてくれたと思う。けれど、ここに来るまで、予定を空けるため、水木がそれなりに根を詰めていたことを鬼太郎は察していて、強引に行くことはできなかった。
少し考えて、軽く覆いかぶさるようにし、唇を重ねた。息を止めて。
すぐに離れて、穏やかな水木の寝顔を見つめる。うっすらと唇が開いたのを見つけて、鬼太郎はまた唇を重ねていた。
寝ている相手にこんなこと、と頭の中では己を諌める声がする。したのだが
…
。
「
…………
」
ぽす、と結局鬼太郎は、水木の横に頭を埋めた。だめだ。ここまでだ。
「
……
それで終いなのか?」
「?!」
まさか起きているはずがない、と思った。しかし幻聴でないならそれは水木の声で
…
。
恐る恐る顔を上げれば、水木は横を向いていた。つまり、鬼太郎が頭をうずめている方を。そして彼の目は開かれていて─眠そうではあったけれど─暗い部屋の中、キラリとした光を瞬かせていた。
「もう一度目を閉じた方がいいか?」
水木の声は静かで、からかう調子ではなかった。ただ、何でも、全てを許し、受け入れてくれるように見えた。
「
…
朝、起きられなくなってしまう」
ふ、と水木は笑った。
「朝まで起きてればいいじゃないか」
「
………………
、え」
目を丸くして固まる鬼太郎の頭を、水木がそっと引き寄せる。
「温泉旅行に来てるんだぞ?ふたりきりで」
ひゅ、と鬼太郎は喉を鳴らした。白い顔がみるみる赤くなり、それは灯を消した部屋でもわかるくらいだった。
目を細め、水木は引き寄せた茶色の頭に唇で触れる。
「
…
どうする?」
衣擦れのような囁きが空気を揺らす。鬼太郎は、かすかに震える手を水木の手に重ねた。
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