あの戦いから数週間が経った。思うことは人それぞれあるだろうが、雷門中サッカー部はみるみるうちにもとの形を取り戻していった。地上最強イレブンのために集まった者たちも、それぞれの場所に戻っていき、皆日常に帰っていった。
ありすにもまた、かつての日常が帰ってきた。ずっとずっとほしかったものだ。マネージャーのひとりとして、ボールの汚れを落とし、書類仕事をし、スポーツドリンクを作る。あとは、あとは、あとは──とにかく、忙しく細々としたバックアップの仕事。
彼女が誰かのために……を思いながら行動することを愛しく思うのは、こうして中学に入学して、サッカー部のマネージャーになってからだった。
さて、そんなありすも、エイリア学園との長い戦いで心をすり減らしてしまった者のひとりだ。負傷した雷門中サッカー部を見守るために旅のメンバーには加わらないことを自ら選んだ彼女は──結局何もできなかった。
『私、どうすればよかったかな』
『みんなからもうお見舞いに来ないでって言われた時、どうすればよかったかな!』
『風丸くんが帰ってきたとき、どうすればよかったかな……』
そう、本当に何もできなかった。
旅を終えたばかりのキャプテンである円堂に、己の無力さを叩きつけることしかできなかった。本当に辛かったのは、エイリア石の力を使ってでも強さを渇望したダークエンペラーズのメンバーと、彼らと戦うこととなった雷門イレブンなのに。それでも円堂はあの時ありすの肩に手を置き、「大丈夫だ」と微笑んだ。
ありすも、そして皆も、彼にどれだけ心を救われたことか。
「……私、円堂くんみたいになりたいな」
あえて練習後に居残って、請け負った書類仕事を全て終わらせ、狭い部室の天井を見上げながらありすは呟いた。建て付けの悪い扉を音を立てて開け、それをちょうど聞いた存在が目を見開いたのも知らず。
「四季」
「えっ、あっ! 風丸くん……帰ってなかったの?」
「ああ、うん……」
慌てて書類をバインダーに入れるありすを見て、とっくに着替えた制服姿の風丸一郎太は目をそらした。彼の晴れた空色の髪が揺れる。
「その、四季が溜まった事務仕事を全部やるって言って聞かなかったからって、木野が」
「秋ちゃんが? うん、だってこれくらいやらなくちゃ」
「職員室に提出するのか?」
「うん。そうすればもう終わり。……風丸くんはどうして残ってるの? あ、忘れ物? 何かあったかな……」
「いや、そうじゃない……」
「そうじゃない?」
「じゃない」
椅子から立ち上がりながら、ありすは風丸に向き合って話す。風丸は自分から部室に入っておきながらばつが悪そうにありすを見た。
「……四季は、」
「? 私?」
「うん……四季は、円堂みたいにはなれない……と思う」
「風丸くんったらやだ……聞いてたの?」
「ごめん」
「いいよ。……うん、私も、円堂くんみたいになるのはさすがに無理かなって」
眉を下げてありすは笑う。
「……円堂は、オレにとっては太陽のようなやつで。たまに眩しくて目を灼かれる時もあるんだけど、でも大好きな光でさ」
その場に立ち尽くしたままぽつぽつと風丸は話す。そんな彼に対してありすは一言一言にうん、うん、と頷いて、風丸のことを見つめていた。互いの目線が交わる。──ありすは、風丸がイナズマキャラバンから離れた時に円堂がひどく落ち込んでいたことを秋から聞いていた。……が、風丸には言わなかった。優しく責任感の強い彼が、また悲しんでしまいそうな気がしたからだ。それに、それはもう『あのとき』の話だ。今はもう、『あのあと』なのだ。
「四季は違うんだ。……同じ、光でも」
「私が光?」
「ああ、光だ。……何て言ったら良いんだろうな、……ひまわり? たんぽぽ?」
「ふふ、それは光そのものというか、光に向かって咲く花でしょ」
「あ……そうだ、それだ。四季のいる場所は、光があってあたたかいんだ」
「……!」
ありすは目を見開いた。つい先ほどの風丸のように。かつて風丸は自ら暗い暗い道へ進んでいった。円堂への想いで、サッカーへの想いで。それだけ、不器用で真面目で、やはりとても優しい人なのだ。──そう、ありすは思う。
「風丸くん」
「……ん?」
「私、ずっと風丸くんのこと……見ていたいな。あなたってとても頑張り屋さんだもの。だから、もうあの時みたいに……、」
どうか拒まないで。彼女のそんなわがままは制汗剤のさわやかな香りとかすかな汗の香りに包まれた。ありすを抱きしめる風丸は、片手でそっと彼女の太陽色の長い髪を撫で、目を閉じていた。ありすは何も言えず、言わず、そっと彼の背中に手を添えた。
「……あ」
風丸が目を開ける。そして息をひゅっと吸って吐き、焦ったようにありすから離れた。
「ご、ごめん! 四季。……ごめん」
どうやら無意識に抱きしめていたらしい。耳まで赤くなった風丸は、あわあわと謝罪の言葉を紡ぐ。それは何に対してのごめんなのか。抱きしめたことへか、それとも、あのときひとときでも道を違えたことか。
「……、う、ううん」
「オレ、それ職員室に届けてくるよ。四季は先に帰ってろよ」
「……か、風丸くんって、さ。本当に、優しいのね」
ありすはそんな彼を見て、くすりと微笑んだ。
「え……」
「あのあとね、いろいろあったんだよ。あのあと、いろいろ。全部話すね。だから一緒に帰ろう?」
「いいのか?」
「風丸くんの家と私の家、方向同じでしょ? ふふ」
「そう……だな。うん、一緒に帰ろう」
「小学校以来だね。ほら、通学路が同じで。六年生に手をつないでもらって」
「はは、懐かしいな」
バインダーをとんとんと机の上で整えてありすは鞄を持つ。そして、風丸に笑いかけた。
「そういえば、どうして先に帰らなかったのか、ちゃんと聞けてなかった。どうして?」
「……四季と話したくて」
「わ、うれしいな」
「う、嬉しい? そっか……」
「うん、とっても嬉しいよ。……風丸くん、戻ってきてくれてありがとう」
「……。……ありがとう、四季。待っていてくれて」
「ふふっ」
もう生徒のいないグラウンド。そこを通って職員室まで行く。
並んで歩いていたら互いの小指がそっと触れ合って、けれどそれきり。何も起こらない。二人は今はそれでもよかった。
ちょんちょんと戯れる小指の感触は、太陽を見て咲く花の花弁のやわらかさによく似ていた。
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