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しちろ
2026-05-25 21:04:05
3914文字
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LOM・連載主人公の短編
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花を買う
LOM主人公がお花を買うだけの話。主人公とモブしかいないよ!
春光うららかなドミナの町、マナの祝日。その日のバザールには、ひときわこの季節らしい露天があった。
「んん~、迷っちゃうなぁ」
春薔薇、ルピナス、アマリリス。蕾のヒナゲシに、白や赤や紫の矢車菊。朝摘みの新鮮な花々が、店頭いっぱいに並べられている。地元の花農家が、旬の花々を売りに来ているのである。ドミナバザール、春の風物詩だ。
「この赤い薔薇、情熱的でいいなあ! でも、こっちのアネモネもおしゃれで素敵だし、あのスイートピーも優しい雰囲気で居間に合いそうだし
……
」
たまたま見かけた花々の優美さとその価格に惹かれ、自宅に飾った光景を深く妄想
……
イメージしながら自問自答している。大樹の家の住人、カイである。温厚そうなひげ面の店主は、頭を悩ませる客を、優しい眼差しで見守ってくれている。
町を彩る、色とりどりの春の花。旅で出会う、野に咲く花も心躍るものだが、職人の手塩にかけられ咲く花もまた、美しい。
「よし、決めた!」
熟考の末にカイが選んだのは、柔らかな薄桃色の薔薇を中心に、それよりいくぶん淡い色の花を数種類。花の隙間を埋めるようにして、紋白蝶みたいな小花を散らし、明るいライムグリーンの葉を添えて。
笑顔の店主に「いいセンスだね」と言われ、カイは気をよくする。いかにも春らしい、黄金色の木漏れ日に似合いそうなセレクトだ。
「この花は、プレゼント
……
じゃないんだね? けど、せっかく選んでくれた花束だ。大きなリボンをかけてあげよう。この色はどうだね」
店主がブーケの足下に立派なリボンをあしらってくれ、カイのできたての花束は、とっておきの贈り物のようになった。自慢の花瓶に活ければ、マイホームはさぞ華やかになることだろう。
「おじさん、ありがとう! とってもいい買い物ができたよ!」
花束を抱いたカイを、店主は「ちょいと待ちな」と引き止めた。そして、毛むくじゃらの大きな手でそこいらの花かごから花をいくつか選び取って、手際よくブーケにまとめあげた。
「これも持っていきな」
カイが、差し出された花と店主を交互に見やると、店主はにっこり微笑んだ。
「熱心なお客さんにおまけさ。よかったら、持っていっておくれ」
「いいの? やったー! ありがとう!」
手渡されたのは、淡い青色の忘れな草と白いかすみ草。春色の小花をまとめた、小さな花束は、素朴ながら愛らしい。
カイは花束に顔を寄せて、新鮮な花の香をひとしきり楽しんだ。それから、店主に再度礼を述べ、弾む足取りでバザールを出た。今日はなんていい日だろう。こんな綺麗な花を飾ったら、女の子のコロナなどは飛び跳ねて喜ぶかもしれない。
「大きいのは、居間のテーブルに飾ろう。空いてる花瓶がクローゼットにあったはず。 んで、こっちの小さい花束は
……
あっ!」
そこで、はじめて気がついた。花瓶が足りない。他のはすでに使ってしまっている。
カイは二つの花束を見比べた。このまま持ち帰っても、どちらか一つしか飾れない。もちろん、そこいらの店で花瓶を買い足せば済むことではあるが
……
。
「せっかくだから、誰かにあげようかなぁ。レイチェル、ユカちゃん、ジェニファー
……
」
考え歩きながら、もらってくれそうな知り合いを、幾人か挙げてみる。誰に渡しても喜んでくれそうだし、大事に飾ってくれそうだ。
「それか
……
」
よく知る顔が、カイの脳裏をよぎった。とたん、浮かれていた表情が渋くなる。
「いや、ないない。あげたって絶対喜ばないし」
誰が見ているわけでもないのに、一人、ふるふると首を振った。なんというか
……
この場面で思いつくような相手ではない。
と、その動きがピタリと止まった。道の向こうから、見知った人物が歩いてくるのが見える。手に何やら持っている。
◆
春気満ちる、女神の使い噴水公園。祝日のドミナは、人も空気もどこか優しく温んでいる。
読み終えた書物片手に、シオンがそぞろ歩いていると、
「こんにちは、おにいさん。お花、いかがですか?」
見知らぬ少女に、小さな花束を差し出された。控えめに俯く白い花が、可憐に連なっている。鈴蘭だ。
「お花は、いかがですか?」
目が合い、少女は同じ台詞を繰り返す。片方の手に、小花をこんもり詰めた籐籠を提げている。持ち手には、子どもの字で書かれた大きな値札。花売りか。
「わたしのおうち、お花を育てているの。これは、パパのじまんの鈴蘭。今年はじめて咲いたの」
よかったらと笑う顔は、むじゃきそのもの。シオンには花を買う習慣はないが、小さな子どもを邪険にもできなくて、訊いてみた。
「家の手伝い?」
ううん、と少女が首を振る。子どもの小さな動きに合わせて、籠の花々がひらひら揺れる。
「売れたお金は、おこづかいにしていいの。もし、おにいさんが買ってくれたら、わたしの今日のおやつがごうかになります!」
えっへん。何の自信なのか、少女は元気いっぱいに胸を張る。明るくはつらつとした表情は、シオンがよく知る森人の双子を思わせる。
「
……
ふふ」
勢いにつられて、笑ってしまった。
それを見た少女は、丸い頬をふっくら持ち上げてにっこり笑った。
「パパが言ってたの。人がお花を買おうとするときって、心がぽかぽかあたたかくなるんだって。きれいなお花を飾ろうとおもうのも、大切なだれかにあげようとおもうのも、自分がうんと幸せになれるんだって」
きっと、そんなふうに優しい教えを説く父が大好きなのだろう。少女は大きな目をきらきら輝かせて熱弁する。
シオンは、財布からコインを一枚出した。
「まいどあり!」
少女はピカピカの笑顔で銅貨を受け取り、束ねた鈴蘭を渡してくれた。
子どもの手に収まるくらいの、小ぶりの一束。この娘同様、園芸家の父親に手塩にかけられ、大事に育てられたのだろう。淡雪のような色をして、綺麗に咲いている。男の自分に似合うとも、自分の家にふさわしいとも思わないが
……
。
「お買い上げ、ありがとうございました! えへへ、はじめてお花売れたよってパパに自慢しちゃおう!」
親のまねなのか、大人びた調子で言ったそばから、飛び跳ねてはしゃいでいる。花がほしかったわけではないが、子どもがこんなに喜ぶなら、良い買い物だったかもしれない。
そんなことをシオンが思っていると、少女にこんなことを言われた。
「あ、そうそう! おにいさんは、笑ったほうがずっといいとおもいますよ!」
どういう反応をしていいか分からず、シオンは眉を上げた。コロナにしろ、このくらいの年ごろの女の子は、妙に大人びたところがある気がする。
少女は年上の少年相手にころころ笑い、少しだけ軽くなった花かごを揺らしながら、小走りで公園を出ていった。さっそく父の元へ報告に戻るのか、その前に、稼いだこづかいでおやつでも買うのだろうか。
公園で一人になり、シオンは改めて鈴蘭に視線を落とした。買ってみたがいいが、この花、どうしよう。飾ろうにも、シオンの家には花瓶がない。近くのバザールで買うか、それとも
……
。
(近所に住む、誰かにあげる
……
)
ひとまずバザーに向かって歩く間、喜びそうな知り合いを順に思い浮かべ、浮かべては思考から消えていった。レイチェル、ユカちゃん、ジェニファー
……
。誰に渡しても要らぬ誤解を生みそうだし、かといって、男のドゥエルやヌヴェルに花を贈るのもなんだか変だ。
(それとも
……
)
とある人物が、ふと、頭に浮かんだ。ドミナの町からは、いくらか離れた家にお住まいの。リアクションの大きなこのお方、あげれば喜びそうな気はするが、これはこれでなんというか
……
理由もなく渡せるわけがない。
と、よく知る人物が、向こうから歩いてくるのが見えた。何やら腕に抱えている。
◆
春の日差しも柔らかな、とある祝日。ドミナの町。
それぞれに出かけていたカイとシオンは、バザールの入り口でばったり出くわした。
互いによく知る人物だ。今さら気兼ねする間柄でもないのに、この日は揃いも揃って、挨拶も何もすっ飛んだ。
シオンは内心驚きながら、カイを見た。彼女はぽかんとした顔で、大きな花束を抱え、もう一方に小さな花束を持っている。誰かへの贈り物だろうか。今ちょうど、彼女のことを考えていた、なんて言えるわけがない。
カイはあっけにとられながら、シオンを見た。彼は居心地悪そうな顔で、鈴蘭の小さな花束を手にしている。誰かへの贈り物だろうか。今ちょうど、彼のことを考えていた、なんて言えるわけがない。
互いに無言になり、互いに言葉少なに差し出した。
「これやる」
「これあげる」
ひとつは鈴蘭。
ひとつは忘れな草とかすみ草。
どちらの花も、先ほど思いがけず手に入れたもの。
「
……
この花、花売りの子どもに買ってくれって頼まれて」
「
……
この花、お花屋さんにおまけでもらったもので」
春を束ねた、可憐な花束。他に言い様があったのではないか、と互いに思うが、後の祭りだ。
二つの花束が交差するなか、シオンとカイはそれぞれに困ったように言った。
「せっかくだけど俺の家、花瓶がなくて」
「あたしの家も、花瓶が足りなくて」
次の瞬間、カイは吹きだし、シオンは下を向いた。青空の下の笑声は明るく、俯く少年の肩は小さく揺れている。
「
……
一緒に、買いに行こうか」
この日の午後、ドミナバザールで陶器を扱う露天商は、花瓶を買いに来た少女が華やかな花束と鈴蘭を、少年が青と白の小さなブーケを手にしているのを見た。
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