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A4
2026-05-24 18:06:15
6379文字
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助手2号のお兄ちゃんのイトアキ
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首だけになったチャンピオンの話/ 助手2号のお兄ちゃんのイトアキ
タイトルの通りの奇妙な話。
久しぶりに戻った自分の部屋で、きれいに整えたベッドにもぐりこみ惰眠を貪っていると、着信音で起こされた。
アキラはブランケットから手だけを伸ばして枕元のデバイスを取った。そのままなんとか指先だけで通話を切ろうとするがうまくいかない。
「プロキシか?」
低い男の声が聞こえてきて、うっかり通話ボタンをタップしたのだと知る。アキラは渋々首を伸ばした。
「その声はライトさんか
……
」
「アキラか。このアカウント、どっちに繋がるか決まってないのか」
「共有アカウントだから取れる方が取ることにしてるんだ。そんなことをわざわざ話すということはリンに用事ということかな。彼女は今隣にいない。僕が取り次ごう。用件は何?」
すっかり覚醒してしまった。妹に直接連絡をするとは何事か、とアキラは厳しい面持ちでデバイスの画面をにらみつける。そこには彼の、サングラスのアイコンしか映っていなかった。
「いや、あんたの妹に、というわけでもない。プロキシの力を借りたい」
「なんだ、依頼か。最初からそう言ってくれ」
「あんたが突っかかってきたんだぞ」
「そうだったかな」
とにかく郊外に来てほしいと懇願された。
アキラはいつもの服に着替えると妹の部屋をノックする。
「はーい」
「リン、ライトさんから依頼がきてる。郊外に来てほしいって」
「あ、さっきの着信、それだったんだ」
「君は気づいていたのかい」
「お兄ちゃん宛かな〜て思ったから取らなかったの」
「僕宛なら僕のアカウントに直接かけるだろう」
「
……
それもそうなんだけど。で、お兄ちゃん、行くの?」
「何を言ってるんだ。君も行くんだよ」
「私? お留守番じゃなくて?」
「そう。君と僕とイアスで行くんだ」
そうして、社用車で三人そろって都会を出て荒野の道をまっしぐらに走って郊外に向かった。
ブレイズウッドに着くと、定位置に社用車を停める。パイパーが出迎えてくれた。
「よ〜、プロキシ。悪いな、こっちまで来てもらって」
「水臭いな。仕事なんでしょ?」
「ああ。でも正直、プロキシに頼むことかどうか、迷っててなあ」
「そうなのかい」
アキラが尋ねると、パイパーは困ったような表情をした。いつも飄々として受け流す彼女にしてはめずらしい。
「シーザーとルーシー、プルクラはいないんだ。あいつらが戻ってくる前になんとかできりゃ、いいなあってとこだな」
「もったいぶるじゃないか。ライトさんは?」
「アキラ、あんたが部屋に行ってやってくれ。リンはこっち」
「わけがわからない
……
」
アキラとリンは顔を見合わせるが、パイパーが言いよどんでいるのはよほどのことなのだろうと、とにかく、彼女の言うとおりにすることにした。リンはパイパーとアイアンタスクに向かい、アキラはライトが拠点としている部屋に行く。
ドアの前に立ち、ノックをした。
「開いてる。入ってくれ。
……
驚かないようにな」
そう言われて、アキラはあまり疑問も持たずにドアノブをひねった。戸を押して入ると、ライトの姿がどこにもない。「こっちだ、こっち」と声のする方へ顔を向ける。
「うわっ!?」
あまりに動転して、アキラは転んでしまった。
ライトはベッドにいた。
正確に言うと、ライトの頭がベッドの上に転がっていた。首から下が、ない。
「え!? どういう!?」
「すまん。驚かせるつもりはなかったんだが」
ライトは申し訳なさそうに言った。
アキラは立ち上がり、ゆっくりとベッドに近づいた。ライトの首がそこにある。口の端を上げて「よお」などと言っている。サングラスはつけておらず、翠の瞳が気遣わしげにこちらを見ていた。
おそるおそる、手を伸ばして、ライトの首を持ち上げた。
「おいおい」
ライトは驚いた表情をする。
「気持ち悪くないのか」
「下が、ない。質量はどこにいったんだろう。どういうこと? これは、夢? マジック?」
「残念ながら、人災だ」
「人災?」
「エーテル使いにこんな身体にされちまった」
「そんな
……
」
アキラは途方に暮れた。
ライトの首はなかなかに重い。これが脳を含めた頭蓋骨と血肉の重みなのだろうか。なんだかかなしくなってきて、アキラはそっと腕の中にライトの首をおさめる。
「おっと
……
」
「あ、ごめん。苦しくなかったかい」
「大丈夫だ」
「そんなわけないだろう。ライトさん、首だけになっちゃったんだよ。呼吸はどうなってるんだい。首の切断部も
……
あれ、エーテルだ」
アキラはライトの頭をつかみつつ、首の断面を確認すると、そこはホロウの中の通り道のように、エーテルに包まれていた。なので、肉や骨は見えなかった。
ライトは穏やかな表情をしている。
パイパーが言葉を濁すわけである。
こんなわけのわからない状況になったのだから。
アキラは嘆息して、もう一度ライトの頭を抱きしめた。
アイアンタスクに向かうと、バーニスとパイパー、リンが頭を突き合わせて、浮かない顔をしていた。
「ライトさんがどうしてあんなことに?」
「お兄ちゃん、見たの」
「ああ。見事に首だけになっていた
……
ヘアサロンの練習台みたいにね」
「グロが苦手なのに、案外平気そう?」
「そう言われればそうだな」
カウンターのスツールに腰掛けて、アキラは首をかしげた。
ホラーもスプラッターも苦手、ゴア表現などもってのほかだが、ライトのあの状態に嫌悪感はない。むしろ、憐憫の情の方を抱いてしまって、恐怖などはなかった。
パイパーとバーニスの説明によると、数週間前、ブレイズウッドに流しの占い師とやらがやってきたらしい。妙齢の美しい女性で、珍しい客人に住民は興味津々で、最初こそ警戒していたものの、次第に打ち解けていったそうだ。ライトとパイパーとバーニスも遠方に赴いていたため、占い師がどこからやってきて、どんな目的を持っているのか知らなかった。戻ってくると、彼女は居座っていたのだ。
占い師はライトを見るなり、口説いてきた。
「あなたみたいな人と旅ができたらどんなに幸せでしょう」
ライトはモテるが積極的に声をかける人間は多くない。
ミステリアスな占い師に心を奪われた者も幾人かいたようだが、彼女の興味がライトのあると知って、皆、なるほどなと納得した。
だが、ライトはその占い師にまったく興味もなかったため、顔を合わせる度に甘い言葉を囁かれても、何も感じなかった。はっきりと「あなたが好きなの」と告げられて、きっぱりと「あんたの気持ちに応えることはできない」と断ったのだった。
占い師はさめざめと泣き、その姿には多くの同情が寄せられた。
が、ない袖は振れないので、ライトは無関心を決め込んだ。
そして昨日、占い師は涙を流しながらライトに言った。側にはパイパーとバーニスもいた。
「あなたの心がもらえないなら、体だけでも構いません」
真っ昼間からとんでもないことを言う女だと三人が驚いていると、占い師はふっと微笑んだ。
「体も渡せないというのは当然です。でも、私、どうやったら手に入るか、わかっていますから
……
」
きれいに整えられた人差し指の爪先がライトの首にとんとあてられた。まったく油断していて、赤いマフラーで守られたその場所の隙間に潜り込んできて、ライトは反射で占い師を殴ろうとした。バーニスもパイパーも武器を構えたが、ライトの拳が当たったと思った瞬間、その姿は霧散してしまったのだ。占い師は忽然と姿を消してしまった。
「
……
ニトロフューエルの飲みすぎって思うでしょ? ピンクの象がダンスするまで飲んだことはあるけど、人が消えるなんて今までなかったよ」
いつもは底抜けに明るいバーニスさえも、意気消沈していた。
「異変に気づいたのは昨日の夜。ライトの足元が透けてた。で、気がついてから数時間で、首だけになっちまったんだ」
こんな話は酒場で聞いても一笑に付すだけだが、あいにく、現実を見た後なので、アキラは信じるしかなかった。
「お兄ちゃん、私たち、同じ夢を見てる?」
「ほっぺたをつねろうか?」
アキラが言うと、リンは黙ってアキラの頬をつねった。
「
……
痛いよ、リン」
「現実かあ」
「次は自分のほっぺたをつねってくれ」
そんなやりとりをしても始まらない。
アキラはライトの部屋に戻り、赤いマフラーでライトの首を包んで、アイアンタスクに運んだ。
「わーっ、ほんとに生首!」
リンは心配そうにライトの顔をのぞきこんだ。
「ライトさん、気分がよくないよね、こんなことになっちゃって」
「ああ、そうだな。腸は煮えくり返ってるが、その腹もどこにあるかわからん」
「冗談が言えるのが元気とは思わないよ、私もお兄ちゃんも。私たちに何ができるかわかんないけど、絶対に元に戻す方法を探すし、諦めないからね」
「
……
あんたの言葉は心強いな」
「御礼は元に戻ってから言って」
リンが微笑むと、ライトも柔らかく笑い返した。
エーテルや怪異については雲嶽山に情報があるだろうと、兄妹はライトを伴って、澄輝坪に向かうことにした。
儀玄の元に向かうと、彼女はすぐにエーテルの気の流れを確認した。
「首から下はまだ生きているな。つながりがある。ホロウの中と同じ、空間の断絶と接続の仕組みを利用した術だろう」
「そんなことができるの?」
「ああ。入れ替えという術がある。かなり高度な技だから、その占い師は手強そうだ」
儀玄は腕組みをして思案する。
「その占い師はお前さんの体がほしいと言ったんだな」
「ああ。胸くそ悪いがその通りだ」
「ならば、体に危害を加えられることはなさそうだ。このエーテルの流れは覚えた。数日待て、吉報を持ってきてやる」
力強く儀玄は言い、アキラもリンもホッと胸をなで下ろす。
新しい情報が得られるまで、アキラはライトとともに適当観に泊まることにした。リンとイアスは六分街に戻り、それからブレイズウッドに報告しに行くことになった。
修行中、寝起きしていた部屋で、寝台に腰掛け、アキラはライトの首を膝に乗せた。じっと目をあわせる。
エーテルを調整してライトの様子を探ろうとする。リンほどうまくはないが、少しくらいならわかった。
「ライトさんの体の輪郭が見えるよ。不思議だな。ここにはないけど、存在してる」
「ただでさえわけがわからないことになってるんだ。難しいことを言わないでくれ」
「うん。師匠も言ってたけど、体は無事ってこと」
「そうかねえ
……
悪戯されてなきゃいいが」
「
……
それは困るね」
アキラは慌てた。確かに、ライトの言うとおりである。
ライトによると、何か動かそうと考えても、手や足が動いている感覚はないらしい。そのため、神経を通じた信号はつながっていないことになる。ということは、離れた体の触覚は脳には返ってこないわけで、もし痛めつけられてもライトにはわからない。
占い師はライトに懸想していたというので、痛めつけるのではなく、辱める可能性も十分にあるのだ。
「師匠に、早く探し出してって言ってくる」
「焦るな。あんたの師匠は請け負ってくれたんだ、信じて待つのみだ」
「でも
……
」
「心配してくれてありがとな。だが、こうなったのも俺の不覚で、自業自得だ。あんたが気に病むことはない」
ライトは穏やかな声音で淡々と話した。
しかし、そう慰められても、アキラは気が塞いだ。
「あなたの体が傷つくのは嫌だよ」
「あんたが痛みを感じるわけじゃない」
「ライトさん」
アキラはライトの頭を両側からがしっと掴んで持ち上げる。自分の目線に合わせた。
「あなたがどう思ってなくても僕が嫌なんだ。そういう話をしている。わかった?」
「
……
俺は怒られてるのか?」
「
……
どうだろう」
「わかったわかった、あんたの気持ちはありがたく受け取っておく」
「渡してるわけじゃないんだけど」
「心配してくれて嬉しいって言ってるんだ」
「そんな風には聞こえないな」
軽くにらむと、ライトが表情を緩めてやさしく笑った。それを見ると、少しだけ胸のつかえが下りるようだった。
「首だけになっちゃったら、キスしかできないね」
アキラはそう言うと、そっとライトの額に口づけ、それから唇にもキスをする。ライトは面食らって目をぱちくりとさせていた。アキラはその表情がかわいいと思い、もう一度キスをした。
一日も経たずに、儀玄が占い師を捕まえた。
しかし、犯人に会わせてはもらえなかった。
儀玄と捜査に協力してくれたオボルス小隊によると、占い師は、宇宙・航空開発局の研究員だったそうだ。彼女自身、エーテル適性が高く、ホロウに入って様々な研究に寄与していたらしい。しかし、旧都陥落の折り、彼女のいた部局は大量のエーテリアスに襲われ、彼女だけが生き残った。救助隊が駆けつけたとき、彼女の周りにはたくさんの研究員がエーテル結晶体となって取り囲んでいた。そのエーテル結晶体は全て、首から上がなくなっていたという。
占い師は精神鑑定を受けた後、軍の預かりとなるらしい。
その説明を聞いて、アキラはそれでよいと思った。
が、被害者はライトであるから、ライトが気にしていないか、心配した。
儀玄はエーテルのもつれを解いた。
しかし、最後の仕上げはアキラに任せると言って、部屋から出て行った。
「どうして僕に任せるんだ。僕はリンほどうまくないのに」
ぶつぶつ文句を言うが、しかたがない。リンを呼び寄せることも考えたが、ライトが催促した。
「あんたに治してもらえるなら光栄だ。さっさとひと思いにやってくれ」
「失敗したら、ごめんね」
「こわいことを言うな」
「大丈夫、そうしたら、一生をかけて面倒を見るから」
アキラは真剣に言って、儀玄に教わったとおり、エーテルを操った。
果たして、少しずつ、首から下が浮かび上がってくる。
装飾の施されたライダースジャケット、ベルト、レザーパンツ、ブーツ。頭のてっぺんからつま先まで、すっかりいつものライトに戻って、アキラはほっとした。そして、抱きついてぺたぺたと触る。ちゃんと感触がある。そこに、ライトの肉体があった。
「よかった。成功した。
……
内臓とか、大丈夫かな」
「異変はなさそうだ」
「数日ここで過ごして経過をみよう。師匠がいたら心配ないから」
ライトはその場で腕を振り回したり足を動かした。シャドーボクシングをして調子が戻ってきたのか、ちょうど中庭にいた潘引壺と遭遇し軽く手合わせをする。すっかり調子は元通りのようで、今度こそアキラは本当に安心した。
その日の晩は飲茶仙に行き、腹の消化によさそうなものを見繕ってもらい、二人で食べた。
「なあ」
お粥をレンゲですくいながら、ライトが声をかける。
「なんだい。お茶がいる?」
「違う。さっき、言っていただろう」
「いろいろ言ったから、どれのことかな」
「一生面倒を見る」
アキラはかたまった。
ライトがサングラス越しにこちらを見ている。
口の中にあった水餃子を飲み込んだ。
「忘れたとは言わさないぞ」
「僕の記憶力もそこまで落ちぶれちゃいない」
お茶を飲んで喉の調子を整える。
アキラは半眼になってライトをにらんだ。
「僕が失敗したら、だよ。成功したんだから、その話はなしだ」
「なんだ、残念だな」
揶揄うつもりだったらしいライトは肩をすくめて、食事を再開した。
それ以上追求されないことがわかり、アキラも箸を使って点心を皿によそう。
首だけになったチャンピオンならいくらでも養おう。
だが、体がついてくるとなると、相手をするのも大変だ。
もちろん、体があった方がいいに決まっている。
元に戻って本当によかったと、アキラは心から、思うのだった。
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