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2026-05-24 17:33:35
10240文字
Public お話
 

まある(敵連合出の平和なルームシェア生活)

死出

五月最後の日曜日はぱっきりと晴れ、間近に迫る夏を感じさせる陽気である。
洗濯物を干し終えた出久が室内にもどると、死柄木もちょうど朝食につかった食器を洗い終えたところのようだった。
「弔くん。あとで夕飯の買い出しいっしょに――
「出久、いまから遊園地行くぞ」
言いかけた言葉をさえぎって、まるで決定事項のようにそう告げられ出久はぽかんと口を開けてしまう。
……え?」
「今日、なにも予定ないって言ってたろ」
「う、うん、それはそうなんだけど」
「なんだよ、行き先が遊園地じゃ不満か?」
「そんなことない!」
出久はあわてて首を横にふる。
死柄木の口から出るにしてはあまりに意外な単語すぎて聞き間違いかと思っていたが、どうやらそうではないらしいと悟ってにわかに気持ちが弾みだす。
「すぐ準備してくる、一分待っててね!」
「別にそこまで急かしてないけど」



最寄り駅から乗りこんだ電車はわりに空いていた。
座席へとなり合って腰を落ちつけたところで、出久は死柄木へ問いかける。
「それで、どうして急に遊園地?」
出久の疑問に死柄木がひらりと取りだしてみせたのは、なにかのチケットのようだ。
「タダ券もらったんだよ、こないだ仕事の関係で会った人から」
「タダ券って、遊園地の?」
死柄木は軽くうなずいた。
そのチケットは、最寄り駅から電車で一時間ほど行ったところにある遊園地の優待券だという。
基本的に在宅で仕事をしている死柄木だが、先日外で打ち合わせの機会があり、そのときに先方から譲られたものらしい。
なんでもその優待券を使えば遊園地の入場料が無料になるだけでなく、ほとんどのアトラクションが乗り放題になるフリーパスまで付いてくるらしく、出久は目を丸くした。顔も知らない死柄木の仕事相手に感謝である。
「誘ってくれてありがとう、弔くん。でもなんだか僕だけいい思いして、ヒミコちゃんと荼毘さんに申し訳ないな」
トガは今日友だちと約束があり朝から出かけているし、荼毘は仕事に行っている。結果としてふたりには内緒で遊びに行くことになってしまった。
後ろめたさですこし眉を下げる出久に、死柄木は言う。
「優待券の使用期限今日までだし、もともとふたり分しかなかったからこれでいいんだよ。たまたまあいつらがいない日に、偶然予定が空いてた俺たちがタダ券有効活用してるだけなんだから。今日は下見ってことにして、今度また全員で行けばいい」
なるほど次回四人で行くときにそなえ、スイーツが好きなトガのために園内のカフェをチェックしたり、乗り物酔いしやすい荼毘でも楽しめそうなアトラクションを探しておけば役立つかもしれない。そう思うと後ろめたさも払拭され、出久は笑顔でうなずいた。
「そっか……そうだね、またみんなで行けばいいんだ」
会話したり車窓の景色をながめていれば、到着まではあっという間だ。
目的の駅で下車し、遊園地の入場ゲートへつづく坂道へ踏みだした出久はおもわず目をかがやかせる。
「わああ、でっかい……!」
坂の上に建つ入場ゲートは、絵本のなかに登場するようなかわいらしい城を模してある。
そしてそのゲートをくぐった先、晴れわたった青空を背景に堂々たる姿を見せるのは、遊園地のシンボルともいえる観覧車だ。
「観覧車だあ!」
「でっけー!」
周囲でいくつもの歓声が上がり、子どもたちが競うようにして坂を駆け上っていく。親があわててそのあとを追っていった。
背後でちいさく吹きだす音に出久がふりかえると、若干にやけた表情の死柄木と目が合う。
「ガキとおなじ感想」
「な、わ、笑わないでよ!だって遊園地なんて久しぶりで……
「あー、悪かったって」
子どもあつかいに不満げな出久の背を軽く叩き、死柄木はゆるりとした足どりで入場ゲートへ向かった。
窓口で優待券を見せて入場し、これまた優待券と引き換えに手に入れたリストバンド型のフリーパスを手首に装着する。
「これでなんでも乗り放題なんだよね」
「まあ、だいたいのやつはな」
「うわぁ、どうしよう、どれから乗る?あっ、まずはマップ見ないとだよね!?」
出久はそわそわきょろきょろと落ちつかない。
死柄木にまた子どもあつかいされそうな気もしたが、なにしろ遊園地に足を踏み入れたのは小学生ぶりなのだ。こみ上げる高揚感をどうにもおさえきれない。
家族づれ、にぎやかに話しながら歩く学生たちのグループ、カップルらしき二人組。
老若男女入り混じり、たくさんの人々がひしめく園内には心躍る無数のアトラクションが点在している。
入場口からいちばん近くにある遊具はメリーゴーランド。サーカステントのような屋根の下、きらびやかな馬たちがそれぞれの背に乗客を乗せ、優雅なメロディに合わせてゆっくりと上下しながら回転していた。
向かいのアトラクションはチェーンタワー、回転する空中ブランコだ。これもまた遊園地では定番の乗り物で、大人から子どもまで楽しめるとあって大盛況のようだ。
その向こうに見えるレール上をものすごいスピードで駆け抜けるジェットコースターの轟音が鼓膜をふるわせ、乗客の悲鳴がそれに重なる。
園内に流れる軽快な音楽、人々のざわめきや笑い声、合間に聞こえる悲鳴もほどよいスパイスになって、気分を盛り上げてくれる。
「出久、絶叫系もいけんの」
「うーん……どうだろ。前遊園地に行ったときはまだ小学校の低学年だったから、あんまりそういうのに乗った記憶はないかも」
「ふーん。じゃあとりあえず、あっちの赤いやつ乗ろう」
マップをながめ思案していたところに腕をつかまれ出久は面食らう。
戸惑いながらも死柄木についていくと、視界に飛びこんできたのは複雑な形に絡みあう、真っ赤に塗られた太いパイプといくつものレールだ。
おそらくこれもジェットコースターなのだろう。
ちょうど前の乗客たちが降りてくるタイミングで、順番待ちをしていたほかの客とともに出久と死柄木もすぐ乗り口へ案内された。
あれよあれよという間に座席に座りベルトを締め、安全バーが下りたところで出久は遅ればせながらビビりはじめる。
これまでの人生において、自分が絶叫系アトラクションが苦手かどうかなんて考えたことがなかった。そもそも遊園地を訪れるのは小学生以来なのだ。
死柄木たちと四人で一度大きめの屋内プールに行ったことがあり、そこにあったウォータースライダーは抵抗なく楽しめたが、スリルも速度もインパクトにおいてもジェットコースターとは比較にならないだろう。
考えれば考えるほど動悸が激しくなってくる。
とにかく気をまぎらわせようと、出久は死柄木に話しかけた。
「ど、どれくらい怖いんだろうねこれ」
「さあ。さっき入場ゲートのとこにいた学生のグループは、これがこの遊園地で最恐だって話してたけどな」
「えっ」
出久が絶句したその瞬間、車両がガタンと動きだす。
うろたえている間にいってらっしゃーい、とにこやかに手をふる係員の姿が後ろに流れていった。
「とと弔くん、それ聞いててなんで真っ先にこれ乗ろうって言ったの!?」
「手っ取り早いかと思って」
なにが!?と悲痛な声をあげる出久に死柄木はしれっと言う。
「この遊園地、絶叫系アトラクションの種類が豊富なことで有名らしいからな。そのなかで最恐ってことは、これに乗れるならほかのやつもぜんぶいけるってことだろ?いちいち躊躇しなくて済むから効率的だ」
あまりに平然と言われたので一瞬「……たしかに?」と納得しかけた出久だったが、
「いややっぱりおかしいよ、なにその無茶苦茶な理屈!」
「往生際が悪いな。いまさらごねても仕方ないだろ」
そのやりとりのうちにも、ガタガタと不穏な音をたてながら車両はかなり急な角度をゆっくりと登っていく。
万事休す。座席に縛りつけられた出久に、もはやなす術はなかった。
「うう、弔くんのばか……!」
出久は絶望的な声で呻き、この先に待ち受ける恐怖を拒むようにぎゅっと固く目を閉じた。
わざと焦らすような速度で登っていく車両の座席でひたすら縮こまっていると、ふいに音と振動が途切れる。
「出久、なぁ見てみろよ」
ふいうちで名を呼ばれ、出久は反射的に目を開けた。
視界いっぱいにひろがる青空。眼下に見下ろす景色は人も建物もおもちゃのようにちいさく見え、ミニチュアの世界じみていた。アトラクションのカラフルな色彩も相まって、夢のなかにいるような不思議な気分になる。
「いいながめだな」
となりで死柄木がつぶやく。
横目に見たその顔は素直に楽しそうで、風に舞う髪が光を弾くさまがたとえようもなく美しくて。
ついぼんやりと見入ってしまった出久は、次の瞬間突如として襲ってきた落下の衝撃に完全にパニックになり、園内隅々まで響きわたるほどの大絶叫を披露するはめになったのであった。



「はーーーっ、こわかった!」
というわりにはさっぱりした顔で、出久は大きく息をついた。
「いつにもましてぐっしゃぐしゃだぞ、髪」
「って言いながらぐしゃぐしゃにしないでよ」
かわいた手のひらに髪を乱されながら、出久は前方を指さした。
「ねぇ弔くん、次はあれ乗らない?」
そこに鎮座していたのは巨大なタワー。地上からてっぺんまでの高さは、四十メートルほどもあるだろうか。
シンプルに頂から垂直落下するアトラクションのようだ。落ちる人々の悲鳴があたりにこだましている。
「いいけど、あれも絶叫系だぞ。おまえ大丈夫か」
死柄木が顔をのぞきこめば出久はこくりとうなずいた。
「ジェットコースター怖かったけど、叫んだらスカッとしたし意外と楽しかったんだ。それにせっかく来たんだから、絶叫系もいっぱい乗りたい!」
やる気満々の出久を見て死柄木もにっと口角を上げる。
「よし、どうせなら全制覇してやろうぜ」
「おー!」
出久は威勢よく拳を突き上げた。
それから二人はひろい園内を歩き回り、次から次へとアトラクションを制覇していった。
死柄木が言うとおりこの遊園地は数々の絶叫系アトラクションをそろえていて、中には見ているだけで足がすくんでしまいそうなものもあったが、なにしろこちらは初っ端に「最恐」のジェットコースターを経験済みなのだ。
「うわ、すごい悲鳴聞こえる……!次あれ乗ろ、弔くん!」
「わかったから引っぱんなって」
すっかり度胸がつき、むしろスリルが癖になってきた出久は先に立って園内を駆けめぐった。
叫んだり、襲いくるゾンビを倒しまくったり、ゴーカートでタイムを競ったり、スプラッシュ系アトラクションでずぶ濡れになったりしているとまたたく間に時が過ぎ、気づけば時刻はとうに正午を回っていた。
小腹が空いた二人はいったん休憩をはさむことにした。
園内には所々にカフェやレストランが点在していて、祭りの屋台のような小型店舗が集まっているフードエリアもあった。二人はそちらへ足を向けてみる。
ホットドッグや焼きそば、ポテトなどの軽食と、チュロス、ソフトクリーム、クレープといったスイーツを中心にさまざまな店が立ち並び、前を通るたびいかにも食欲をそそる香りが鼻先をくすぐる。
「どれもおいしそうで迷うなぁ」
エリア内をひとしきりぐるぐるした結果、匂いにつられてハンバーガーを購入する。
エリア内にはイートインスペースもひろく確保されているので、白いガーデンチェアに腰かけのんびりと食事をすることができた。
「んんっ、このハンバーガーめちゃくちゃおいしい!」
「意外と本格的な味だな」
青空の下で食べる効果も手伝ってか、やたらとおいしく感じられるハンバーガーをぺろりと平らげ、出久は再び立ち上がった。
「僕、デザートにあっちのお店でクレープ買ってくるね」
「クレープ?いまハンバーガー食ったばっかで?」
まじかおまえ、と驚愕の表情を浮かべる死柄木に、出久は真面目くさってうなずいてみせる。
「今度四人で遊びに来るときのために、スイーツ好きのヒミコちゃん向けにあらかじめ僕がリサーチしておこうと思って」 
「もっともらしいこと言ってんじゃねぇよ」
呆れ顔の死柄木を残して出久はうきうきとクレープを買いにいった。
すこし並んだが無事お目当てのいちごスペシャルを手にし、死柄木のもとへもどろうとした出久はふと足を止める。
自席からいくらか離れた場所に陣取っている大学生くらいの女性四人組のグループが、ちらちらと死柄木のほうを見ているのだ。
死柄木はというと手もとの携帯端末に目を落としていて、彼女たちの視線には気づいていないようだった。
出久が席に近づくと死柄木が顔を上げ、するとにわかに四人組が色めきたつ。
「やっぱ顔良くない?」「かっこい〜」と、一応抑えてはいるが興奮を隠しきれないざわめきは出久の耳にも届いた。
腰を下ろした出久はちろりと正面の死柄木をうかがう。
出久の目から見ても彼は、人目をひく容姿をしていると思う。顔を隠す髪型や姿勢の悪さのせいで一見して分かりにくいが顔立ちは整っている部類だし、まとう色彩や雰囲気は大衆のなかでもおもわず目を留めてしまうような、独特の魅力を放っている。
それに、と出久は甘いクレープをかじりながら考える。
時々意地悪だし子どもみたいなところもある死柄木だが、ともに暮らす自分たちを大事に思ってくれていることを、眠れぬ夜に傍らで寄り添ってくれるその優しさを知っている。そんな彼だからこそ、自分は――
……出久?」
いつの間にか思考に沈んでいた出久は、その声にはたと意識を引きもどされた。
目の前の死柄木は訝しげな顔をしている。
「ぼーっとしてどうした。もう腹いっぱいか?」
「あ……ううん、なんでもない。そうだ、よかったら弔くんもどうぞ。おいしいよ」
出久がクレープを差しだすと、死柄木はたっぷりのクリームとこんもり飾られたいちごをまじまじと見つめてから、テーブル越しにすこし身を乗りだした。
そのまま無造作にかじりつき、もぐもぐしながら「甘い」とだけ感想を述べる。
「あはは、口の横にクリームついてるよ」
微笑ましい気持ちで手をのばし、死柄木の口もとについたクリームを拭った瞬間、どこからか「ヒェッ!」と押し殺した悲鳴が聞こえた。
「やばい」「かわいい」「尊すぎ」
小声で叫びながら悶絶する女子四人組の姿が視界の端に見える。
尋常でないその様子にちょっと心配になっていると、
「あの距離感、ぜったい付き合ってる」
そんな言葉が聞こえ、出久はおもわず彼女たちのテーブルをふりかえってしまった。
グループのひとりとばっちり目が合い、すると彼女は赤い顔にこわばった笑みを浮かべ、ぎくしゃくと頭を下げてくる。
つられて出久も頭を下げかえすと、彼女はほかの三人を急き立て慌ただしくその場を去っていった。
「あ、あれ……?行っちゃった」
「あ?なにが」
「いや……
口ごもりながら出久はクレープをほおばる。
「ひと口ちょうだい」とか「半分こして食べよう」とか、家ではあたりまえのようにやる行為だったから気にもとめなかった。
けれどたしかにいま死柄木としたようなことを、たとえばクラスメイトともふつうにやるかと問われれば、たぶん答えは否だ。
傍目には友人どうしにも、兄弟にも見えないらしい死柄木とこんなふうにクレープを分け合えば「付き合ってる」と規定される可能性もあるのだということに、出久ははじめて思い至った。
少なくとも先ほどの女子四人組の目には、自分たちの距離感が恋人どうしのそれに映ったようなのだ。
出久は黙々とクレープを口に運びつづけるが、すでに味もなにもわからなくなっていた。
陽射しがいきなり強さを増したみたいに暑く感じられ、じわりと汗がにじみ出てくる。
「食べ終わったら移動するか」
「う、うん!ごめんね待たせて」
「じゃなくて。暑いんだろ、日陰行こうぜ」
立ち上がった死柄木が目を細めて出久を見下ろす。
「おまえ、顔まっか」
「へ……?」
言われてはじめて出久は、自身の頬がかっかと熱を持っていたことに気づいた。



絶叫系アトラクションも全種類コンプリートし、そのほかめぼしいアトラクションもほとんど制覇したところで、そろそろ閉園の時間が近づいてきた。
最後に出久が選んだのは、入場ゲートをくぐる前からその姿を現していた観覧車だ。
二人で乗りこんだゴンドラは爽やかな空色。
扉が閉まるとまどろむような速度で、すこしずつ地上をはなれていく。
沈みゆく太陽がこがねの粒子を撒く空には、淡い桃色に染まる雲が静かに浮かんでいた。
遠くなっていく地上の景色を、刻々と色を変える空を左右の窓から交互にながめて楽しんでいた出久は、向かいあった死柄木に改めてお礼を告げた。
「今日、すごく楽しかった。ありがとう」
「礼なら電車のなかでも聞いたけど」
ぶっきらぼうなもの言いだが、死柄木の口調はどこかやわらかい。
なによりその口もとが穏やかにゆるんでいるのを見て、出久も微笑んだ。
「弔くんって、もしかして遊園地好き?」
「なんで」
窓枠に肘をついていた死柄木がふりむく。
「だって今日、いつもよりよく笑ってた気がする」
出久が言うと死柄木は、ほんの一瞬目を見ひらいた。
それから、あー、と曖昧な声を出す。
……嫌いじゃない。つっても遊園地なんて、いままでに一度しか行ったことないけどな」
え、と出久は目を丸くした。
「そのわりにはジェットコースターとかガンガン乗ってたよね?」
「まあ、どんなもんか興味あったから」
「てっきり絶叫系好きなんだと思ってた」
出久は笑いながら座席に座りなおす。
透明なガラスに囲まれたちいさな空間が、ガラス越しに射す西陽が時間の流れをゆるやかにする。
内緒話をするくらいの声量でもきっと相手に届くその場所で、ぽつぽつと交わす会話は妙に心地よかった。
……にしても、最後に観覧車って」
ひとりごとのようにこぼした死柄木が、出久を見てにやりと笑った。
「ロマンチストだな、出久」
「え?」
「世間一般的には定番なんだろ。遊園地デートのラストに、観覧車」
デート、という言葉に出久の胸がどきりと鳴った。
先ほどフードエリアで、死柄木へ熱烈な視線を送っていた四人組の姿を思いだす。
彼女たちに死柄木と自分とが「恋人どうし」なのではと誤解されたことも。
そのとき感じた気恥ずかしさやむず痒いような気持ちも同時に思いだし、出久はおもわずうつむいてしまった。
「?おい」
「と、弔くんさ!」
自分がなにを話そうとしているのか判然としないまま、出久は焦って口をひらいた。
「一度しか遊園地行ったことないって、……その一度ってもしかして、デートだったりする?」
そう口走ってすぐに後悔する。
――こんなこと聞きたいわけじゃない。
楽しかった今日一日をたったひとつの問いかけで台無しにしてしまった気がして、出久は自分に失望した。
いっしょにジェットコースターに乗ったときの楽しげな横顔も。
シューティングアトラクションで出久に圧勝したときの、得意げなリアクションも。
口もとにクリームをつけた無防備な表情も。
今日何度も目にした、子どもみたいに飾り気のない笑顔も。
顔も知らない「だれか」といつか、今日みたいな一日をともに過ごす死柄木の姿を想像するだけで、出久の胸は苦しいほどにしめつけられてしまうのに。
「そんなわけないだろ」
汗ばむ手のひらを握り息を殺していた出久は、だからその答えに安堵がどっと押し寄せてくるのを感じた。
そうなんだ、と魂の抜けたような声でつぶやき、ぼそぼそと言葉をつづける。
……“そんなわけない”ってことはないと思うけど。弔くん、モテるし」
「おまえの目は節穴かよ。遠巻きにされることはあっても、モテたことなんかないっての」
「弔くんが無自覚なだけだよ!だってさっきも、……
言いかけて出久は口を閉ざす。
胸の奥に再びもやもやしたものが渦を巻き、むやみにこの話題を引き伸ばしたくないと思った。
……ごめん、やっぱりいまのなし」
「はぁ?なんだよさっきから、変なやつ」
死柄木は首をかしげたがそれ以上は追及しなかった。
しばらく沈黙の時間が流れ、ゴンドラが頂点にさしかかったとき死柄木がふとつぶやく。
「たしか五歳くらいのときだ、家族で遊園地行ったの。――なにに乗ったかとか、もうほとんど忘れちまったけど」
記憶の糸をたぐっているのだろう、死柄木のまなざしはどこか遠く、暮れてゆく空の彼方を見ていた。
「そろそろ帰るかってなったとき、最後にどうしても観覧車に乗りたいって親にねだったことは覚えてる」
今日のおまえとおんなじ、と死柄木はからかうような声音で言った。
「はじめての遊園地で、楽しくてたまんなくてさ。ほんとはもっと遊びたかったけど、帰らなきゃいけないってこともわかってたから」
淡い温度を持った死柄木の声が昔を紡ぐ。
時が止まったかのような空間に、その声がごくやわらかく反響する。
「でかくてのろい観覧車に乗れば、できるだけ終わりを引き伸ばせる、なんてな。いかにもガキの浅知恵だろ」
なつかしげに睫毛を伏せた死柄木のとなりに、出会ったことのない幼いころの彼が座っている気がした。
透明なゴンドラのなかから一番星のかがやきはじめた空を見つめながら、できるだけゆっくり、ゆっくりと進みますようにと一心に願っている五歳の男の子。
人肌の鉱石を飲んだように、胸の底がほのかに光るあたたかいもので満たされる。出久はそっとつぶやいた。
「僕も、そうなんだ」
こちらを向いた死柄木と視線が絡む。
出久は頰をゆるめてつづけた。
「遊園地に来たときは最後に必ず観覧車に乗った。一周して地上が近づいてくると、名残惜しくてさみしくて、一度なんて泣いちゃったこともあったっけ」
さすがにもう泣かないけど、とはにかみながら、出久は素直な気持ちを言葉にした。
「でも、大きくなってもやっぱりこうして観覧車に乗っちゃうんだ。――今日が終わって欲しくないって」
赤い瞳がかすかに揺れる。
明滅するように瞬いて、死柄木の双眸はまっすぐに出久を見つめた。
とたんに出久の心臓は跳ね上がり、急にせわしなくなった鼓動に出久自身も戸惑う。
なんとか平静を保とうと窓の外へ視線を逃がせば、さっきよりほんのわずかに地上が近づいていた。
……あ。てっぺん、通りすぎたみたいだね」
……そうだな」
「あれ、あんなはなれたところにもアトラクションがある!見落としてた、ねぇ弔く……
ふりむいた出久はおどろいて言葉を止める。
向かいに座っていたはずの死柄木がいつの間にか自身のすぐそばにいて、出久を囲いこむように窓へ腕をついていた。
覆いかぶさるような体勢で見下ろされ、出久の心臓が再びドコドコと暴れはじめる。
「出久」
「は、はいぃ!?」
「この先、俺以外のやつと観覧車乗るなよ」
…………え?」
予想外の言葉に出久はぽかんと口をあける。
ずいぶんな横暴を平然と言ってのけた死柄木は、うすい笑みを浮かべ出久の頰を軽くつまんだ。
「上書きなんかしたら許さねぇ」
王様然としたその笑顔には有無を言わさぬ力があった。
……ひゃい」
気づけば出久はうなずいていて、その返答に満足したらしい死柄木は観覧車を降りてからもなんだかひどく上機嫌だった。



「ずるいです、二人だけで遊園地なんて!」
夕食のあと、出久がおみやげにと買ってきたクッキーをかじりながらトガが不満げな声をあげた。
「抜けがけしちゃってごめんね、ヒミコちゃん」
出久が眉を下げて謝ると、トガは上目遣いに死柄木をにらむ。
「私は弔くんが抜けがけしたことに怒ってるんです」
「で、でもほら、優待券はもともと弔くんがもらったものだし」
「だからって、俺らに一言も無しってのはやらしいよなァ」
わざとらしい口調で言って、荼毘は死柄木のほうへ視線を投げた。
「それで、楽しかったかよ。緑谷との遊園地デートは」
「デ……
「ああ、観覧車にも乗った」
律儀に顔を赤くする出久と対照的に、死柄木は涼しい顔でうなずく。
荼毘は嫌そうに顔をしかめ椅子の背にもたれかかった。
「マウントうぜェ〜」
「出久くん、次はぜったいぜったい、私といっしょに遊園地行こうね!」
「うん、もちろん!荼毘さんでも酔わなそうなアトラクションもいっぱいあったし、おいしいクレープもあったんだ。きっとヒミコちゃんも気に入ると思う。今度また四人で行こうね」
「やったあ、楽しみです!」
「今回抜けがけしやがったンだから、次は死柄木抜きでいいだろ」
「荼毘おまえ、遊園地ビギナーか?遊園地に三人で行くとか愚の骨頂だぞ」
いつものようにさわがしくなる食卓の端で、出久はおみやげのクッキーに手を伸ばした。
まるいクッキーの表面には、今日おとずれた遊園地のマスコットキャラクターやアトラクションがプリントされている。
「あ」
偶然つまんだ一枚に描かれたイラストを見て出久は顔をほころばせた。
口のなかに入れればほろりと解けたちいさな観覧車は、どこかなつかしいような、甘く優しい味がした。