いまさら
2026-05-24 17:28:56
3486文字
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歌会直走路 各首の読み


第一回歌会直走路
各首の読み(2首選で③、⑤を選びました)

① 駆け出して逃げてしまったものだから道の終わりは直線になる

トガシくんっぽい一首。上句と下句を繋ぐ「だから」が不思議。逃げたから道の終わりが直線になるとはどうい意味だろう。結局は100メートルを選ぶ・選ばざるを得ないトガシの生き方のよう。そう考えると「だから」という順接が逃げられなさを表しているようにも読める。
道の終わり、というのも面白い。次はどこに行くんだろう。道のない場所を走ったり歩いたりして進んでいくのだろうか。怪我で無所属になったトガシのことを考える。でも、今までは走らされてきた人が、今度は自分で道を作っていくような、どこか前向きな印象もある。ネガティブさ、ポジティブさ、どちらも感じられる短歌。

② 地を蹴って泣いて笑って息をして俺は生きてる、嗚呼、生きている!

どストレート。日陸のトガシくんの走りが浮かぶ。足音と息遣いとらしさが聞こえてくるような一首。長く何かいうのも躊躇われる清々しさで、かっこいい。

3️⃣蒼き照る 安眠遠し句読点 打てずにインク 滲ませた夏

まず短歌が並んでいる中でぱっと見たときに目立つなあと思いました。句ごとに一字空けてるように見えるけど2、3句目はくっついてるのが印象的です。句読点を打てない、どこに打つのか迷ってるような描写が視覚的にも表現されてるような気がして好き。
「蒼き照る」というのは映画では青空が鮮やかだったし、登場人物の青さの表現でもあるのかな。「安眠遠し」でスマホのブルーライトかも、とも。ここで仁神さんのことを思い出しました。目の下にくまができてた仁神さん。
「句読点」「打てずに」句点でも読点でもなく、句読点。句点は終わりだし、読点は息継ぎだし、どちらも打てないようなめちゃくちゃさ、がむしゃらさ、迷ってる感じも青い。
「インク」が「滲む」って何なんだろう。何を書いてたんだろう。滲ませたものは雨かもしれないし汗かもしれないし涙かもしれない。
これは、時間的に、夏という季節にインクを滲ませるという行為があったのか、それとも夏そのものにインクを滲ませたのか、という読みもできて好きな表現です。
ひゃくえむ。はみんな句読点が打てなかった=諦められなかった人たちだから、みんなに通じる歌。財津さんも他人を諦められなかったから走り続けてた人で、いつまでも終われなくて、その中で眠れない日もあったかもしれない。
迷いの歌っぽいのにそれを肯定するような眩しさがあるのは初句の蒼き照るが効いてると改めて思いました。

④ 音が照り燃ゆる地を踏む生きるって何味ですか真っ直ぐ迷う
自作なので評は割愛。

5️⃣問うことは恋うこと心の切岸に抱き初むオルガンの音ひそやけく

ぱっと見、小宮くんかなと思ったんですがひゃくえむ。全体を通して小宮くんもトガシくんも他の人も誰かに問うてますよね。自分自身への問いもある。
小宮くんが印象的なのはトガシくんへの「今からでも速くなれるかな」→「速くなりたい」。財津さんへの「メンタルケアはどうしてますか」。財津さんからの「君がやりたいことは何ですか」もありましたね。やりたいことがあってほしい、あるだろ、という問いであり恋いだなと。
あとは決勝の前で「何の意味がある?」というのも「意味があってほしい」の裏返しなのかなと思いました。トガシくんも海棠さんに現実の対処法を聞いてるし。対処したいから聞く。
「問うことは恋うこと」まさに。めちゃ良いなあ。
「心の切岸」いうのは断崖絶壁みたいなイメージなんですが、これも何となく小宮くんっぽい。現実をぼやけさせるために走っていた小宮くんでもあるし、陸上以外のものを捨ててきた小宮くんでもあるし。そこに静かなオルガンの音が流れるっていうのが、他のものに目を向け始めて外(他者)の音や声が聞こえてきた変化を読んでるように思えました。オルガンといえば教会のパイプオルガンをイメージしますが、祝福の象徴みたいな。トガシくんだけではなく、小宮くんもまた祝福される日だった。
勝手に小宮くんぽいなと思って読んでるけど、これもまたみんなに通じる短歌だなあ。
自問自答とは言うけど、問いも恋も基本的には他者とか外へ動く好意や感情なので。ひゃくえむ。は他者からの影響の話でもあって、トガシくんはそれに自覚的だから逃げて、小宮くんは突き放して。財津さんは望んで、海棠さんは追って、みたいな。
葛藤や苦悩のある場所にオルガンの音が流れるのが幻想的で好きです。

⑥ かってくれよ足がはやいの金メダイいきが悪けりゃうれないもので

言葉遊びが楽しい。トガシくんかな。金メダイって赤色だし、歌の意味的にも。買って、勝って。足がはやい=走るのが速い、鮮度が落ちやすい・傷みやすい。金目鯛、金メダル。生き、活き、息、行き。売れない、熟れない。読みがいくつもできる。
買ってくれよ、は誰に訴えてるんだろう。なんとなくトガシが貞弘先輩を説得してる場面を思い出す。じゃあ、勝ってくれよ、というのは誰宛だろう。トガシが自分自身へ? それともトガシから仁神さん? トガシの才能をもてはやす第三者かもしれない。「足がはやい」で自分の才能の劣化に焦るトガシが浮かぶけど、トガシを好き勝手に見定める外野の人間の声にも聞こえる。売り買いの行為もトガシというひとりの選手を商品化して消費するようで冷酷さがある。トガシ自身が己の足の速さに価値を置いているので、本人の声でもあるのかも。
自信と焦燥が入り混じるような印象を受けました。掛け言葉がたくさんあってひとつの読みに固定できないのも面白い。

⑦トガシくん詩としてきみを解すのが裏切りだとは知っているんだ

素直に読むと小宮くんな気がするけど、もしかして私たち(トガシくんを外から眼差す立場の人)目線……!?とも思ってドキッとしました。裏切りだと知っているけど、それでも詩として解してしまう距離感。それって、トガシくんのことを詩にしないと解釈できないから? だとしたらどうして? トガシくん本人をありのまま受け入れられない状態。物理的な距離があるからなのか、心理的に遠いからなのか。
実在するその人を見ずに詩という形にして解釈しようとしているのが不器用で切ない。でもラベル貼りとか名付けではなく詩なんだな〜。そこがまたいじらしいというか、繊細で面倒で切ない。
「裏切りだとは知っている」くらいには、トガシのことを知っているようにも思えるけどどうなんだろう。いつの小宮くんとトガシくんのことなのか考えるのも楽しい。

⑧無垢だった眩しさだったこの脚を息を心を枯らしたって

過去形なんだ、ということは今は無垢でも眩しさでもなくなったってことなのか。失われたように見えるけど、そうじゃなくて現実的なものになったという見方もできるかなと。枯らしてもなお無垢で眩しさだったっていうのは、子供の頃に自分たちは永遠に若いと思っていたようなある種の幼さや若さのようにも感じられる。無理がきくというか。外で夢中になって遊んでいたら真っ暗になってたときみたいな。あの頃は若かったね、っていうような。そんな美しい過去を振り返っている。
永遠に若かった頃は終わって、無垢でも眩しさでもなくなったけど、あの頃の記憶は残っていていつでも思い出せる大人になったのかな。
作中で明確に幼年期が描かれているのは小宮とトガシなのでふたりの短歌っぽいけど、子ども時代って誰にでもあるからそれぞれに当てはめても違う読みができそうで幅のある短歌だと思いました。

⑨誤魔化しの効かない白い道行きをほどけるようにわらって君は

誰かが見ているトガシくんかな。彼の近くの人かもしれないし、遠巻きに見ている人かもしれないし、私たち(読者、視聴者)かもしれない。「誤魔化しの効かない白い道行き」は100メートルのことかな。100メートルは誤魔化しがない、速い人だけが勝つ、単純明快な競技。
「ほどけるように笑って」は日陸の決勝の笑顔とも少し違うような印象。緊張の抜けた笑顔。いつ、何のときの笑顔なのか気になる。でも向かう先は100メートルだと思う。「白い道行き」は光の中でもあるけど、ちょっと不穏さも感じるかも。行って帰って来ないのでは、と。じゃあ怪我で終わるかもしれないと分かって臨んだときのトガシくんなのかなあ。それとも点ではなくもっと俯瞰したトガシという生き方そのものに向けた目線なのかも。