たもヤロウ
2026-05-24 17:21:27
32827文字
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学者と炎

サイテリ。考えすぎた先生と演技する盗賊。

「郵便でーす!」

「ん・・・?手紙・・・?オフィーリアからか?」

アトラスダムの昼下がり、久々に『仕事』に精を出していたテリオンが自宅へ戻ると、ちょうど玄関先へと郵便屋がやってきていた。
家へ戻るついでにテリオンはその手紙を受け取り、サイラスへ宛てたものだということを確認する。封をひっくり返してみればそこへ書かれていた差出人の名前はオフィーリアのものであった。さらに封蝋を見てみれば個人的な手紙というよりは聖火教会絡みの連絡もあるようだ。
テリオンは家の中へ入り、書斎にいるサイラスへとその手紙を渡した。

「おいサイラス、あんた宛にオフィーリアからだ」
「やあ、おかえりテリオン。オフィーリア君から?あの件の許可が下りたのかな」

オフィーリアからの手紙を受け取ったサイラスは読んでいた本を閉じ、手紙をじっくりと観察する。やがて厳かな封蝋が目に入るとぱぁっと笑顔を見せ、待っていましたと言わんばかりにそれを開封し、中を読み進めていった。

「オフィーリア君は元気にしているようだね・・・ふむふむ。おお!やはり条件付きだが許可が下りたのか!ありがたい!」
「何か依頼でもしていたのか?」
「うん、実は原初の洞窟を研究したくてね」

サイラスは辺獄の書の研究を行っているが、それは力を使うためのものではない。フィニスの門や壁画の忠告を通じて危険なものだと判断したサイラスが行った研究はこの力をいかにして封じ込めるかや、万が一使われたときの対処法である。
この力の根源はガルデラであり、それに対抗するならばやはり十二の神々——特に聖火神エルフリックの力だ。原初の洞窟はその力の源である聖火の種火があり、ここの調査をしたいと常々思っていた。

しかし原初の洞窟は式年奉火の担い手でもなければ原則立ち入りは禁じられている。そこで式年奉火の担い手であったオフィーリアを通じて立ち入りの許可を求めたのだ。
オフィーリアの式年奉火の旅や黒炎教の事件、門の功績、研究の内容などを鑑みてサイラス一人で入ること、聖火騎士の監視を付けることを条件に特別に調査が許されたのだという。

「ということで私は今の授業が一段落ついたらフレイムグレースに向かうとするよ。手紙にはいつでも来ていいと書いてあるしね。さすがにあちらの都合もあってすぐ調査にというわけにはいかないだろうが一週間もあれば十分かな。待てよ・・・?遣いガラスを送れば日程の調査もしやすいだろうか?しかし先日アーフェン君に出してしまったしフロストランドはカラスには酷か・・・」
「楽しみなのはわかるが落ち着けサイラス。まだ全部読んでないだろうが」

まだ読んでいる途中だというのに、興奮して待ちきれないといったサイラスの楽しそうな様子にテリオンも思わず顔を綻ばせる。よほど嬉しいのだろう。
しかし一つ懸念点があった。一人でということはテリオンは同行できないということだ。このままアトラスダムで留守番をしておくのかフレイムグレースに付いていくべきか・・・

幸い街へやってきた不届きもの相手に久々に『仕事』をしたので蓄えはあるし、ずっと家にこもっていたとしても今のところは問題ない。だが、サイラスとあまり長期に離れ離れになると寂しいので同行はしたいと考えたところで随分と女々しい思考になった己にテリオンは驚いた。

「なあサイラス・・・あんたは、一人でフレイムグレースへ行くのか?俺は留守番をしていたほうがいいのか?」
「ふむ・・・テリオンはどうしたいんだい?私は一緒にいてくれると嬉しいが、キミの行動を縛りたいわけじゃないからね。キミの率直な意見が聞きたいな」
「俺は・・・あんたといたいが」

それを正直にサイラスへ伝えると、それはそれはもうたいそう嬉しそうにへにゃりと顔を緩ませてテリオンを抱きしめる。
そのまま頬に口付けを落とし、頭をわしゃわしゃと撫で出すものだから犬にでもなった気分だとテリオンは思った。

「私もキミと四六時中いたいよ!でもさすがに原初の洞窟まで同行してもらうのは無理だから、フレイムグレースで私の帰りを待っててもらえると、とても嬉しい。ああ・・・可愛いよテリオン・・・!さすがにオフィーリア君に貸してもらった部屋でキミを抱くのはまずいよね・・・いっそ部屋は断って長期的に宿を取るか?でも潤滑油も切れてきてるからな・・・」
「待て待て待て、落ち着け手紙がそもそも途中だろうが!」
「おっとそうだった」

もしかして薬屋へ送ったカラスは夜に使っている薬の補充依頼だろうか。テリオンは情のあれそれを思い出し、はぁー・・・と恥ずかしさを吐き出すように大きなため息を吐く。
再び手紙に目を落としたサイラスを観察していると残りはオフィーリア個人の手紙のようだ。内容を読みながら明るく相槌を打つサイラスを見る限りあちらも元気にしているようで良かったとテリオンは思った。

しばらくすると思いもよらない記述があったのかサイラスが「おや・・・?」と目を丸くする。何かあったのかと思ったテリオンだったがサイラスの様子からすれば深刻な話ではないようだ。そのままサイラスの話に耳を傾ける。

「すまないテリオン、さっきはああ言ったがキミにはどっちにしろ来てもらうことになりそうだ。強制というわけではないのだが・・・」
「なんだ?同行すると決めたから別にいいだろう。それとも何か問題があったのか?」
「これは私の依頼とは関係のない話なのだが・・・どうやらオフィーリア君がキミ個人に頼みがあるみたいでね。テリオンも是非来て欲しいとのことだよ。詳細は向こうで話すからって」
「オフィーリアからか・・・」

頼み事の内容はわからなかったが、オフィーリアならば愉快犯の気があるプリムロゼと違っておかしな依頼ということはないだろう。どちらにせよ同行するつもりだったテリオンは快く了承し、数日家を空けるための準備をするのだった。





フレイムグレース。聖火教の本拠地であり、種火がある原初の洞窟に最も近い町だ。そしてフロストランドの中では暖かな方とはいえ、フラットランドと比べてしまえば十分極寒の地である。
防寒着を着ているとはいえ普段は穏やかな気候で暮らしている二人にとってはこの寒さは早々慣れるものではない。震えて手を擦り合わせながら町についた二人は町の様子を探るように辺りを見渡すも、町中にオフィーリアの姿は見えないようだった。

「相変わらず寒いな・・・オフィーリア君はどこかな」
「ふっ・・・ほら、火だ。少し暖まれサイラス」

テリオンが手のひらに生み出した小さな鬼火は、その場にゆらゆらと留まりながら彼の心を映したような優しい熱を放つ。この雪の舞い散る大気の中では小さく頼りない炎であったが、それでも無いよりはよほどマシだろうと思った。

「ああ、ありがとうテリオン。キミの鬼火の制御は見事だね・・・私の火炎魔法じゃこうはいかないよ」
「俺の場合生活に直結する使い方だったからな・・・あんたの魔法は広範囲を焼き払うものだからしょうがないだろ。とにかくさっさとオフィーリアと合流して暖が取れる場所に行くぞ」

テリオンの鬼火でほのかな暖を取りながら二人はオフィーリアを探すことにした。事前に連絡を取っていないので恐らく普段通り大聖堂にいるのだろうと考え町中を歩く。


「やだ!!!」
「ん・・・・・・?」

やがて大聖堂への道へと差し掛かった時、傍から子供の大声が聞こえてきた。

「やだ!!!勉強きらい!!」
「あっ!こらっ!もう・・・困った子ね・・・!」

見れば勉強が嫌になったのであろう子供が母親から走って逃げていた。教典を読んだり話を聞いたりするのがよほどつまらなかったと見える。
耳を傾けてみれば「うちの子も・・・」といった話も聞こえる。勉学より外で遊ぶ方が好きな子供の方が多いようだ。あの年ごろの子供は勉強の必要性を言うものが理解し難いためこういったことも起こる。親も苦労しているのだろう。

(まあ、俺はそういう親もいなかったがな・・・)

チラリとサイラスの方を伺えば、彼は神妙な顔つきで考え事をしているようだった。教鞭をとるものとして思うところがあったのだろう。

「やはり勉強という言葉が出ると気になるものか?」
「そうだね・・・基本的に教養はあって悪いものではないし、身につけば助けになるものだ。私が受け持っている生徒はみな勤勉だがああいった勉学に興味のない子供に教えるのは一苦労なんだろうね・・・そういえばテラキア君も苦労していたか」

サイラスは勉強を教えたいとフラットランドを旅していた一人の教師を思い出す。思えば彼は教養がもともと高いノーブルコートは良かったが、畑仕事がメインの村であったウィスパーミルでは子供が興味を示してくれず苦労していたようであった。

「まあ・・・必要に駆られれば自ずと身につくだろう。そんなもんだ」
「キミはそうだったのだろうね。日々の生活の中で生きるための術を自然に学んできたのだろう。それで文字を書いたり文が読めたりするのはすごいことだよ」
「そりゃどうも。まあ、見て盗んだり覚えたりした部分が大半だったから今でも長文は苦手だがな」
「私が過去のキミに教えてあげたいぐらいだよ・・・ああ、でもキミとダリウスの幼少期の在り方を否定したくはないな・・・キミにとって大事なものだろうから。あ!そうだ!今からでも遅くない、帰ったらキミに長文の読み方を・・・」
「いらん。面倒だし今でもそこまで不自由はしてないからな」
「そっか・・・」

しゅんとうなだれてしまったサイラスを見てテリオンは罪悪感が少々募ると共にその様子がなんだか可愛らしく、少し笑ってしまう。面倒事や長話は好かないため口に出してはやらないが、講義を受ければためにもなるし、サイラスは喜んでくれるのだろうなと思うと気が向いたら授業を受けてみるのも悪くはないかと考えるのだった。

「とにかく、大聖堂へ向かうぞ。ほら、冷えちまう」

テリオンは鬼火を掲げていない方の手でサイラスの冷たくなった手を暖めるように握りこんだ。そのまま手を引いてやれば、さっきの悲しそうな顔が一転する。繋がったテリオンの手は今までの努力が刻んできた潰れて硬くなったのだろうマメやゴツゴツとした皮を感じる。しかしやさしくてあたたかな手であり、サイラスはそんな手を握り返して愛しそうに微笑んだ。





「あ!サイラスさん、テリオンさん。お久しぶりです、いらしていたのですね!」
「久しぶりだね、オフィーリア君」
「よお」

大聖堂を訪ねれば予想通りそこにオフィーリアはいた。外は寒かっただろう、と早速中に通され部屋に案内される。その空間は暖炉でしっかりと暖まっており、サイラスとテリオンは寒さを凌ぐようにほうと息を吐いた。
オフィーリアは人数分の暖かいお茶を淹れ、中央のテーブルに置く。そしてゆっくり話せるようにと三人揃って席についた。

「お二人が来たとの噂は耳に入っていたのですが・・・出迎えもせず申し訳ありません」
「私からの依頼だというのに、こちらこそ気を遣わせてしまったかな。すまないね。相変わらずキミは優しくて美しい女性だ。キミのような仲間がいてくれること、私は誇りに思うよ」
「あ、あの・・・テリオンさんの前でそのようなことを言ってしまって良いのですか?」

この二人は恋人同士なのではと狼狽えながらテリオンの方に目を配ってみれば、そこにはいつものことだと言わんばかりに呆れ、茶をすすっている盗賊がいた。
どうやらこの学者先生の口説き癖は治らないらしい。自覚がないのも困りものである。

「安心しろオフィーリア。この間プリムロゼとハンイットにも同じようなことを言っていた。こいつのこれはもう性分だから俺は気にしていない。ただの賛辞だと受け取っておけ」
「そ、そうですか・・・ですが・・・」
「おっと・・・思ったことを口に出すと口説いていると勘違いされるのだったか。そういえばテリオンもそうやって口説いたんだったな。すまないね。私はテリオン一筋だから安心してくれて大丈夫だよ」
「知ってる」
「まあ・・・!」

いずれ拗れることになるのでは――と一瞬心配したオフィーリアであったが、サイラスもテリオンもお互いをちゃんと愛しているしそれもしっかり伝わっているとわかる。どうやら杞憂だったらしい。
サイラスがストレートに物を言うのは勿論、テリオンからも信を置かれているのがわかる。出会った当初の人を信頼しない、できない盗賊を思い返してオフィーリアはふふ・・・と笑みを零すのだった。


「では改めまして、今回の目的は原初の洞窟の立ち入り・・・でしたよね」
「ああ。辺獄の書・・・邪神の力とその対抗策の研究ならばやはり聖火神だろうと思ってね。その原初の炎の力や根源を調べてみたいんだ。悪用は絶対にしないと約束するよ」
「サイラスさんに限ってそんなことをするとは思っていませんし、だからこそ教皇からもお許しを頂けたのです。ですが無条件というわけにはいかず・・・サイラスさん以外の部外者の立ち入りは禁止ということと、護衛兼監視役の聖火騎士を一人付ける事になります」
「手紙に書いてあったね。もちろん構わないよ」
「では準備があるので二日後になりますが、よろしいでしょうか?」
「わかった。それまでは時間を潰していよう」

どうやらサイラスの行動は二日後のようだ。それまで何をしていようかといったところでテリオンは手紙の内容を思い出す。

「ところでオフィーリア、俺にも用があったんじゃないのか?」
「あ、はい!実はわたしの式年奉火の旅をもとにしたお芝居を作ることになったのですが、サイラスさんとテリオンさんの役を使っていいかを聞きたくて・・・他の五人の方には既に許可を取っているのであとはお二人から許可を貰えれば本格的に脚本が書けるんです」
「私は構わないよ」
「俺も構わんが・・・」

テリオンは訝しんだ。用事がこれだけならば手紙一つで済むし、わざわざ呼ぶということが不可解であった。テリオンが盗賊ということもあり許可しない可能性を考えて説得のために呼んだのだろうか?それにしたってまずは手紙でもいいはずだ。

「オフィーリア、用事がこれだけなら俺が来る必要は無かったんじゃないか?いや、それはあんたも分かっているか。なら単刀直入に聞くが俺への依頼はなんだ?そもそもなぜ急に芝居などすることになったんだ?」
「・・・わたしの式年奉火のときに黒炎教が暗躍してたことや、フィニスの門での出来事・・・これらを知っているのはほんの一部の人間ですが、それがきっかけで聖火の重要性を改めて知ることになりました。ですのでこれらのことがらを次世代の子供たちにもしっかり伝えるべく座学に力を入れようということになったのですが・・・」

フィニスの門の伝承が既に御伽噺と思われるほどに風化したところにあの実在した門や邪神復活未遂、さらにリアナの件で種火の危うさを現実として認識した聖火教会はこれらを風化させないため、オフィーリアの旅の記録をもとに史実として子供たちにしっかり伝えようと定期的に勉強会を開くことにした。

しかし、ただただ座学として聞いているだけの子供は退屈し、聞いていなかったり、理解する気がなかったり、最悪嫌になって逃げだす子もいるという。これでは勉強どころではないと判断した教会は、まず聖火——式年奉火に興味を持ってもらおうと企画を立ち上げたのがこのお芝居であった。

だが、エバーホルドとは違い、フレイムグレースに芝居のノウハウはない。劇場ほど立派な芝居をする必要はないが、最低限子供に喜んでもらうほどの演技力は欲しいということで――

「テリオンさんにわたしたちの演技指導をお願いしたいのです」

オフィーリアは力強い瞳でまっすぐにテリオンを見据える。そこには宿っているのは強い信頼のみでテリオンを揶揄うような意図は一切見えない。

「成程。確かに学習に対するきっかけみたいなものとして娯楽から攻めてみるのは良い案だね。これで興味を持ってくれれば聖火について深く知ろうとする。そうすれば勉強にも耳を傾けてくれそうだね。直近で行った重要な儀式である式年奉火をテーマにすればオフィーリア君の体験をもとにできるし、そうすれば役柄や脚本も私たちの旅をアレンジすれば済むからやりやすいだろう」

そういえば・・・と途中で見かけた子供が勉強が嫌になって逃げだしていたことを思い出したサイラスは得心がいったように頷いた。実際、ああやって無理矢理教えるよりは興味を持った方が身に付きやすい。知的好奇心の刺激としてはとても良いと思ったからだ。そういった事情ならば調査の傍らでそちらの案件もぜひ協力したいと思う。
そんな中、依頼を受けたテリオン本人が待ったをかけた。

「いや待て、俺は確かに盗みのための演技はしたが芝居の演技なんてわからんぞ。プリムロゼの方が適任なんじゃないのか」
「そのプリムロゼさんの推薦です!先に彼女に声をかけたのですが、なんでもハンイットさんと長期の狩りの依頼が入ったとかでしばらくは来られないのだそうです。それならテリオンさんが適任だと言ってくれて・・・」
「踊子ォ・・・!」

テリオンは頭を抱えた。たしかに盗みのために演技をすることはあるが、別に演技が好きなわけではないし、他人に教えられるほどではない。プリムロゼの推薦とはいうがその判断は絶対に間違っているだろうとテリオンは思う。なんならあの女のことだからちょっと面白がっているという可能性すら考えた。
しかし、サイラスの付き添いで来ただけでテリオン自身に目的があったわけではないから暇を持て余しているのは確かだし、理由が真っ当すぎて断る道理もない。何よりサイラスも乗り気なのである。こうなってはやるしかない。

「わかったわかった・・・俺にできることはやってやる」
「ありがとうございます!」

テリオンが渋々ながらも了承すれば、オフィーリアはぱぁっ・・・っと太陽のような明るい笑顔を見せた。

「だが、俺は人に手取り足取り教えたことなんざ無い。できるのは精々見本になることや指摘ぐらいだ。あとは見て覚えろ。町人への指南そのものはあんたが進行しろ。いいな?」
「はい!」
「テリオンの演技は一級品だからね。見取り稽古でも十分に需要があると思うよ」
「どうだかな・・・」

ここでふと、テリオンは先ほどのオフィーリアの発言を思い返し、疑問に思った。

「そういえば許可が取れたら脚本が書けるとか言っていたが、今から書いて間に合うものなのか?いくらあんたの旅をベースにしたからといって一日二日で書けるようなものじゃ・・・」
「そこは大丈夫です!」

オフィーリアはそう言うと席を立ち、引き出しから紙の束を取り出した。
それをドサリとテーブルに広げ、ニコニコと笑いながら言う。

「テリオンさんとサイラスさんならきっとすぐに許可をしてくれると思っていましたし、実際にそうでした。それに最悪頼み込めば絶対に折れてくれると思っていたので既に原案は完成済みです!では、読み込みと添削をお願いしますね!」

テリオンはぽかんと呆気にとられた。こちらが断ればオフィーリアはすぐに引くタイプだと思っていたが、案外強引に来る予定だったらしい。そういえば旅の時もかなり強かな面があったことを思い出す。
手紙に依頼の詳細を書かずに呼び出したということは、絶対に捕まえて逃がさないという心づもりだったのかもしれない。

俺はこの女を侮っていたかもしれない――とテリオンは気怠そうに紙の束を取りながら、少々オフィーリアに対する認識を改めるのだった。





一通り紙の束に目を通してみたテリオンはふぅ・・・と一息つく。
話の内容はどうやらオフィーリアの旅を中心に脚色されたもので、当然だが他の七人の旅の目的については書かれていない。
式年奉火の旅に出た神官が行く先々で仲間と共に人々を助け、人々を苦しめた悪しき者を懲らしめる、子供向けにわかりやすい勧善懲悪物語といったところか。その物語のキーとして聖火や種火を盛り込むことによってこれらに興味を持ってもらおうということだ。

「ど、どうでしょうか・・・?」

おずおずとオフィーリアが訪ねる。彼女の記憶を基に素人の教会総出でどうにか形にしたものらしく不安があるのだろう。
サイラスも同じものに目を通しており、意見を言う。

「ふむ・・・私は悪くないと思うが、もう少し戦闘シーンを減らして聖火の儀式を目立たせてもいいかもしれないな。これだと八人の冒険譚の方に興味を惹かれてしまいそうだ。最も、ちょうど我々の職業が八神の加護を模したものだからそちらの教養が伸びると考えるとそれも悪くはないな。そう考えると私たちの廻りあわせはすごいものだったのかもしれないね」
「そうですね・・・わたしも皆さんと旅ができて本当に良かったと思っています。勉強にもなりましたし、危険も乗り越えられた・・・何より楽しく旅ができましたから。テリオンさんは何かご意見はありますか?」
「おいオフィーリア。盗賊の出番は減らしてもうちょっと情けなく書け」
「え?」

思いがけない指摘にオフィーリアは目を丸くする。確かに劇中の盗賊はかなり活躍しているが、それは実際の旅路ではテリオンが中心的な存在だった上、間違いなく優秀だった所以でもある。何ならオフィーリアを中心にするためにかなり史実より活躍を減らしているまであり、こう言われる理由がオフィーリアには思いつかない。
一方でサイラスは少し考えこんだ後、テリオンがそう言った理由に思い当たった。

「なるほど。子供たちが盗賊に憧れや理想を持たないようにか」
「そうだ。盗賊なんてのはなりたくてなるもんじゃないし、ろくでなしだ。ガキってのは単純だからこうも英雄譚のように書かれると盗賊が良いものだと簡単に誤認しちまう。そんなことがあってはならない」

テリオンは自らの子供時代を思い出す。当初は生きるために盗みに手を出したとはいえ、兄弟と出会い、自らが少しの贅沢をするほどの金にまで手を出した。それでいて自分達は大人より利口だなんて本気で思っていたころもあった。たまたまあの衛兵たちは自分たちを見つけられないほど無能ではあったが、ガキの自分がなんなら今の自分ですらサイラスより利口だなんて口が裂けても天地がひっくり返っても言えるとは思えない。優秀な盗賊だという自負はあるがやってることそのものは本当にただのろくでなしだ。そして今の穏やかな生活をしてでもなお、足を完全に洗えていない。フレイムグレースの純粋な子供達にこんな道があると少しでも示すのは嫌だった。

「・・・わかりました。テリオンさんがそこまでおっしゃるならそうします。ではどのように描写しましょう・・・」

オフィーリアは修正案を記すべくペンを取り、紙の束を前にうーんと考え込む。情けなくといってもテリオンにあまり欠点らしい欠点は思いつかない。時々盗みをしくじって町との関係を険悪にし、酒場のお世話になることだろうか。しかし子供向けのお芝居でそんなことを書くのもなんだか違うような気がしてオフィーリアは思い悩んだ。

「ふん・・・仲間のことを信じず単身突っ込んでしくじった挙句尻ぬぐいをさせるような罪人の腕輪がお似合いの阿呆にでも書いておけ」
「それは元のテリオンさんとかけ離れすぎているのでは・・・?テリオンさんは格好良いのであまりおかしな人物に改編するとわたしの中で齟齬が生じてしまいます」
「確かにテリオンは魅力的すぎるからね・・・あまり悪し様に書かれるとキミがよくても私や仲間が困惑してしまうよ。それに、その設定ではなぜ式年奉火の旅路に加わっているかの説得力も出ない。盗賊であっても優しさは描写するべきだ。エベル神が悪者と思われてもいけないしね。それにキミの格好良さが一ミリも伝わらないのは私がなんだか悔しいよ」

二人が机に乗り出す勢いで自分の魅力について熱弁してくる様子にテリオンは困惑し、むず痒い気持ちになる。信頼されたり頼られるのは嬉しくないわけがないのだが、今ここで発揮するところではないだろう。
とにかく反論しようと口を開いたテリオンであったが――

「大体格好良いというのはオルベリクやハンイットを指すものじゃないのか?俺は可愛いのであって格好良くは――

と言葉を発したところでテリオンは固まった。今、自分は何と言った?可愛いとか抜かしたか?
サイラスに日ごろから言われすぎていて自分でもおかしなことを口走ってしまったとテリオンは後悔した。内心冷や汗をかき、顔に熱が集まってくる。こんな体たらくでは演技派などと名乗れなくなってしまう。
ギギギ・・・とそのまま硬い動きで二人を見れば、両者ともとても暖かい笑顔を振りまいていた。やめてくれ。

「・・・今言ったことは忘れろ」
「それは無理な話だよ。そうだ、キミは可愛いんだ。あまりの可愛さに私がどうにかしてしまいそうだよ。このまま外に走り出してキミの魅力について叫んで周りたいぐらいだ」
「絶対やめろ忘れろそんなことしたら俺は消えるぞ」
「確かに可愛い、なら憧れの的と言った感じではありませんし、テリオンさんらしいですね!採用しましょう!」
「オ、オフィーリア・・・」

きゃっきゃとすっかり盛り上がってしまった邪気のない二人を見ているとテリオンは無粋な気がしてこれを止める術を失ってしまう。特にオフィーリアはああ見えて一度決めたらやり通す頑固な面があるため、テリオンは熱くなった顔を押し付けるようにテーブルに突っ伏し、全てを諦めて成り行きに身を任せることにしたのだった。




「ではまず、雰囲気を掴んでもらうために役を一通り演じてみるか・・・サイラスとオフィーリアとリアナは本人がいるからここのやつらも分かるだろうしいいだろう。まずは薬屋から行くか」

指導に入るにあたりまず必要なのはどの人物がどんな人間なのかを伝えることだろう。台詞自体は台本として書いてあるもののどういった雰囲気で演じるかはまた別だ。マティアスや司祭などはテリオンもかなりうろ覚えだがそこまで厳密に再現するわけではない。雰囲気さえ覚えていれば大丈夫だろう。
一方で旅の仲間はせっかくならば再現率を高くしておきたかった。己の観察眼や演技力の水準を試すいい機会でもある。

テリオンが目を閉じ、一呼吸すれば雰囲気がガラっと変わる。サイラスとオフィーリアはその変わりようにごくりと息をのんだ。そしてテリオンが目を開ければそこに立っていたのはガワはテリオンだが雰囲気は完全にアーフェンのものであった。
普段のテリオンでは絶対にお目にかかれないであろう歯をむき出しにしたような笑顔を携え口を開く。

「よ!先生!オフィーリア!どうだ?雰囲気伝わってっか?」
「す、すごいね・・・摩訶不思議で中身がアーフェン君になったと言われたら絶対に信じてしまう・・・!」
「へへ、そうかい?ならこんな感じでやればいいのかね?」

うーんと腕を組んだテリオンは姿こそテリオンだが普段と少し違う腕の組み方や目線の動かし方、些細な仕草の癖などまるっきり中身がアーフェンになってしまったようだ。彼が本気でやればここまで似せられるものなのかとサイラスは驚いた。それはサイラスの隣で見ているオフィーリアも同じ感想を抱いたようで困惑と尊敬を孕んだ眼差しを送っている。これを見てしまえば目の前にいるのは本当にテリオンなのかとちょっと己の頭を疑いたくなるだろう。

「えっと・・・アーフェンさん?」
「さすがに役名で呼ぶのはややこしいだろ。テリオンでいいぜ」
「あ・・・そうでしたね。えっとテリオンさん、これなら台本と合わせてアーフェンさんの人柄は十分伝わると思います」
「おっと、そうかいそうかい!んじゃあ、アーフェンはこんぐらいにして次行ってみっか!」

再びテリオンが目を閉じれば彼の雰囲気が帰ってくる。さすがに完全に切り替わるには一拍置く必要があるようだがそれだけでここまで変われるのなら十分大したものだ。

「まあ、薬屋はこんなものか」
「本当にすごいですテリオンさん!わたし、思わず本当にアーフェンさんがいると思ってしまいました・・・」
「あいつとはあの旅の後、一番長く過ごしてるからな。やりやすい方だ」
「しかしそこまで再現できるということは普段からの観察眼がとても優れている証左だよ。やはりキミは学者にも向いていると思うな。それで次は誰をやるんだい?」
「じゃあトレサさんはどうですか!?」

テリオンの披露した高度な演技に二人はすっかり楽しくなってしまったらしい。そういえば旅をしていた時、ハンイットやプリムロゼもテリオンの演技はたいそう気に入っていたようだった。今回やいつもは仕事だがこうやって仲間が楽しんでくれるのならばちょっとした余興として披露するのもやぶさかではない。

(今度皆で集まった時にでも遊びでやってやっても良いな)

とにかく次のオフィーリアのリクエストはトレサらしい。女子を演じるのは気乗りこそしないものの、テリオンは真面目なためここにいない全員分やると決めたなら避けるという選択肢は無い。
先日会った時も変わりは無いようだったからあれを再現すればいいだろうとテリオンは再び己の人格を取り換える。

「・・・よっし!これでどう?オフィーリアさん!」

またも雰囲気をガラリと変えたテリオンは一回転してポーズを決める。
トレサが商談を首尾よく成立させたときによく取っていた決めポーズの一つであり、再現度は言うまでも無く非常に高い。

「わあ!可愛らしいです!見た目はテリオンさんなのにまるでトレサさんの幻影が見えるようです!」
「さすがにトレサ君そのままとはいかないがキミはかなり女性に近い声も出せるんだね」
「とはいってもやっぱりアーフェンほど細部は似せられないのよね・・・そもそもあたしは成人男性なんだから限界だってあるわよ」
「キミの見た目でトレサ君の口調と仕草で成人男性とか言われたらものすごく混乱するね・・・でもたしかに良く見ればトレサ君とはちょっと違うかな」
「あはは・・・ちょっと失敗したなって思ったのよね。咄嗟だとどうしてもボロが出ちゃうのよ。やっぱりサイラス先生にはわかっちゃいます~?」
「えっ!?」

たしかに見た目や声の再現は不可能だと思ったが中身はどう見てもトレサではないかと思ったオフィーリアは不思議に思った。本物のトレサにしばらく会っていないとはいえ、己には記憶の中の彼女と何が違うかが全く分からなかったのだ。
ボロが出たという割には全く演技が崩れる様子がない。演技の見本を見たいとは言ったが、さすがにこの水準を求められても自分には到底無理ではないかとオフィーリアは思う。

そうした様子のオフィーリアを見てテリオンはにっこりと笑顔を作り、オフィーリアの手を取って安心させるように言った。

「大丈夫よオフィーリアさん!あたしは一応依頼だから全力でやってるけど、初めてのお芝居でここまでやらなきゃいけないとは思ってないから!それにこれは騙すための演技じゃなくて、あくまでどんな演技をするかって掴んでもらうための演技だからそこまで深刻に思わなくても平気よ平気!」
「そうだね。それにテリオンが間違えたのはトレサ君は右回りだがテリオン君は左回りになってしまったとか、足の位置がトレサ君の癖に比べると三センチずれてるとかいうレベルだから気にしなくても大丈夫だよ」
「さ、さすがにそこまで気にする人はサイラスさんと演技する人以外はいないと思います・・・」

ともかくサイラスとテリオンの拘りが異常なだけで自分に問題があるわけではないとわかったオフィーリアはほっと胸を撫でおろした。しかし早速テリオンの演技を参考に自分も試しにお芝居をしてみようと思ったが、一体どうすればいいのかがわからない。
見本になるだけとは言っていたが、オフィーリアは素直にアドバイスを求める事にした。なんだかんだ世話焼きな盗賊はきっとコツも教えてくれるだろう。

その旨を伝えるとテリオンは、少し考える素振りを見せた後にゆっくりと息を吐いた。トレサのものからテリオンのものへと気配が戻ってくる。心なしか顔も少し赤いように見えた。

「そうだな・・・己を役に完全に切り替えてしまうことだ。最低限、恥じらいは捨てろ。恥じるのは演技が終わってからだ」

そう言ったテリオンはその通り、トレサになりきっている最中には全く見られなかった照れが見えた。役から元に戻ったことでじわじわと恥ずかしくなったのだろう。さすがに少女になりきるのは抵抗があったようだ。それでも元の己の感情を出すのはきっちり演技を終わらせてからなあたり流石のプロといったところか。

「ともかく、さっきも言った通り俺はイチから手取り足取り教えることなんざできん。だからとりあえず試しにやってみろ。何事も慣れと経験だ・・・ほら、俺がやってみたトレサなんてどうだ。台本のあいつがモチーフになってる部分をやってみろ。話し相手・・・というかあんた役は俺がやってやる」
「は・・・はい!」
「では私が開始の合図をするよ」

オフィーリアは祈るように目を閉じ、己はトレサだと言い聞かせる。この部分は注ぎ火の儀式のときにトレサと話した、なんてことない世間話が元になったワンシーンだ。神官が儀式を大事にしているということを話すだけの短いシーンだ。
(わたしはトレサさん・・・わたしはトレサさん・・・えっと違いますね。トレサさんなら『あたし』で・・・元気でタメ口気味の女の子で・・・)

オフィーリアが一生懸命トレサになろうと考えこんでいる横でテリオンも受け手オフィーリアの演技の準備に入る。
サイラスは二人の準備が整ったのを見て、始めの合図をした。

「注ぎ火の儀式って教会にとっても大事な儀式なんだよね結構緊張したりしない?」
「はい、いつもすごく緊張します。祈りの言葉を間違えたらどうしよう、とか・・・」
「それわかり・・・わかるわかる!仕入れたしなが売れなかったらーってあたしも緊張ドキドキだもん。だからこそ意地でも売ってやるってなるのよねー」
「・・・・・・そうですね。それはきっとわたしも同じです。大事な儀式だからこそ、きちんとやり遂げないとって思います」
「そうそう肩の力をぬいてがんばろテリオンさん!」
「あの、オフィーリアさん・・・台詞が間違っていますし、そわそわしすぎていますし、だいぶ棒読みです・・・」
「ああっ!恥ずかしいです・・・・・・!」

そう言ってオフィーリアは顔を真っ赤にさせてそのまま蹲ってしまう。こんな少しのセリフだけでこれだけボロが出てしまうとはさすがに思っていなかった。自然に別人のようになってしまうテリオンや、一流の踊子のプリムロゼを間近で見ているため、見様見真似で簡単な演技ぐらいならできるのではないかと甘く思っていたのだ。

オフィーリアは目の前のテリオンを観察する。今は演技中のため纏っている雰囲気は完全に別物だし、他人から見ればきっとオフィーリアそのものなのだろう。どうしてこの人はこんなにも簡単に『テリオン』を捨ててわたしになれるのだろうと思った。
そして一息つけばまたあっという間に『テリオン』が戻ってくる。

「オフィーリア・・・あんた自分と恥じらいが全然捨てられていない。あと台詞はもうちょっと抑揚を出せ。棒読みだ・・・芝居をかけるなら自分でちょっと大仰だと感じるぐらいでいい。まあ、あんたが演じるなら自分の役だろうから他人になりきる必要がないといえば無いが」
「いえ、これぐらいはできるようにならなくてはお芝居の稽古なんてとてもできません。テリオンさんは台本も何も無しに自然と言葉が出ていますよね?何かコツがあったりするのでしょうか」
「そうだな・・・俺の場合、切り替わる前に一旦人物像を頭の中でシミュレートする。それを自分に乗せるんだ。恐らくあんたはトレサだからこういう風に喋るだろうという意識だっただろうが、俺の場合はトレサを自分に乗せた上であたしならこう言うという意識になっている」
「成程。例えるなら棚の上の荷物を右手で取るときに、オフィーリア君は右手を上げようと意識するが、テリオン君は右手を上げようなんて思考をわざわざ挟まないようなものだね。だからこそ最初にやることをインプットしてしまえば演技も自然とそれになるということか。元々の観察眼が試されるね・・・」

テリオンのそれは完全に感覚型だ。生きるための努力の一つではあったのだろうがこうも一瞬で別人に変われるのはもはや才能だろう。プリムロゼが役者になれると太鼓判を推すのもよくわかる。
とはいえ、今回はあくまで町のお遊戯の芝居稽古だ。最低限演技が出来れば問題ない。オフィーリアはテリオンから助言を貰いながら、いろいろな方法を試してどうにか自分に合った形になるように漕ぎつけようとしている。
テリオンも登場人物の役をいろいろ試しているようだ。サイラスはこういった芸が苦手な自覚があったので、特に参加はせずに観察眼を活かし、客観的な目線で物事を見てアドバイスを飛ばそうと思ったのだが

「さあ、もっと場数を踏んでいくのよオフィーリア。私もできるだけ付き合ってあげるから頑張りなさい」
「はい!」

(こういったテリオンは普段見られないから新鮮だな・・・なるほど。アーフェン君のように明るいテリオンも、オルベリクのように勇ましいテリオンも、女子を演じる可愛らしいテリオンもとても愛しい。なんだか新たな扉を開きそうだ)

結局テリオンを舐めまわすように観察してしまい、サイラスはただただ、ガチャリ・・・という己の性癖の扉が開きかける幻聴を聞くことしかできないのであった。




「前にも申し上げた通り、病気、貧困、戦乱、天災・・・・・・なぜ、幸せになる者がいる一方で、不幸になる者がいるのでしょう。同じ聖火を信仰しているのにこの差はなんなのか、と――

テリオンは救世主役のセリフを言い終わった後にふぅ・・・と息をつく。すでに稽古を始めて数時間が経ち、窓の外が随分と暗くなっていた。夜にあまり声を出すのも迷惑になりかねないので本日はそろそろお開きだろう。
他の役はまだまだだが、オフィーリア自身の演技はかなり良くなってきた。演技というよりは当時の旅をなぞるような役なので再現がしやすいのだろう。
一方で、マティアスは旅の頃の少し関わっただけの記憶のみでやることになる。いくらテリオンでもわからないものを演じる事はできないため、最後に違和感の無いように合わせることになったのだ。その甲斐あって第三者であるサイラスから見てもかなり自然に仕上がっている。

「そろそろ良い時間ですね。ありがとうございました、テリオンさん。今日のお手本をもとに明日から教会のみなさんと合わせてみます!」
「あんたも最初に比べれば大分マシになったな。まあ、元が旅で実際に一回は経験してることだからゼロから演じるよりはやりやすいだろ。俺ができるのはここまでだ、頑張るんだな」
「はい!・・・それにしても、こうしてテリオンさんの演技を見ていると・・・たしかにゴールドショアで会ったマティアスさんは、心から理不尽が起こる世を憂いていたように思います・・・今でもわたしはあの方がリアナやウィスパーミルに対して行ったことを許してはいませんし、許すつもりはありません。でもどうしてあんな事になってしまったんだろうと考える時はあります・・・」

黒炎教の事件とフィニスの門で見た手記を思い出したオフィーリアは、ぎゅっとローブを握りしめる。かつては村の為に祈り、犠牲を嘆き悲しんでいたはずの司教がどうして村を犠牲にしてしまうほど狂ってしまったのか。ガルデラの力だって人を救うために使いたかったはずだ。実際に村の流行り病だって力を行使して収めたのだ。だが、人を救う力を欲するために人を犠牲にし、それに疑問すら持たなくなってしまった。悲しい人だ、とオフィーリアは心から思った。

「人の心なんざいくら自分で絶対に変わらないと思ってても、いざ時が経ってみれば変わっていたりするものだ。二度と人なんざ信じないと決めた俺が結局六年の時を経て人を信じるようになったり、恋人なんてもんができたりな・・・俺はこれは自分では良い方の変化だと思っているが、悪い方に変化するなんてこともあるだろう」

(そうだ、その時は永遠に一緒だなんて思ってても現実じゃあそうはいかないことが大半だ)

テリオンはダリウスと過ごした日々を思い出した。あの頃、二人ならなんだってできると、ずっと一緒だと信じてやまなかった兄弟との暮らしは唐突に終わりを迎えた。今でもそれはテリオンの心に大きな影を落としている。
サイラスとの関係だってそうだ。今はまだ愛も絆も信じられる。仲間だって信頼できる。しかしそれが永遠に続くと妄信することはできなかった。
そうしてチラリとサイラスを伺えば、視線に気付いた彼はニコリとテリオンに向かって微笑んだ。それを見るとテリオンもふっ・・・と表情が緩む。ああだこうだ考えようが、今は彼のことが好きだ。それ以外のことを考えるのは無粋な気がしてテリオンは頭を切り替える。

「ともかく、明日からは演劇担当を集めて本格的に練習をするんだろう?あんたがそんなに暗いと団員の士気も下っちまうぞ。今日はもうゆっくり休むことだな。明日からもやることは山積みだし俺たちも今日はもう部屋で休む」
「ああ、私も二日後に洞窟へ出発するまでは見学させてもらうとするよ。愛しのテリオンと一緒に居られる時間は長い方が良いし、演技中の珍しい姿はたくさん目に焼き付けておきたいからね」
「なんでそう余計なことを言うんだ・・・」
「っふふ・・・ではお二人はあちらの部屋をお使いください。おやすみなさい、テリオンさん、サイラスさん。ありがとうございました。明日もよろしくお願いします」
「ああ、お休み」

少々物憂げだったオフィーリアはサイラスのさりげない惚気に思わずクスリを笑みを零した。結局過ぎ去りし過去はどうあがいても思い出にしかならないのだ。ならば過去を蒸し返して暗い気持ちになるのはやめよう。教訓だけに留めて明るい未来のことを考えよう劇を披露したら子供たちはどんな反応をしてくれるのか。この二人はどんな幸せな生活を送るのか。この間見つけた美味しい食事処にリアナを誘ってみたら喜んでくれるかな――そういった想像をしながらオフィーリアも自らの部屋へと戻るのだった。

(・・・・・・人の心は変わる、か)
「サイラス?」
「ああ、テリオン。ちょっとボーっとしちゃったかな。じゃあ私たちも部屋に行こうか」
「あ、ああ」

一瞬険しい顔をしていたサイラスであったが、テリオンが名前を呼べばすぐにいつも通りの顔に戻る。
自らの心に小さな小さな引っかかりを覚えたサイラスだったが、気のせいだろうとテリオンと共に宛がわれた一室へと足を進めるのであった。




「やはり、あなたは邪魔な存在ですね。・・・消えて頂きましょう」
「させません!せやああああ!!」


二日後の早朝、聖火教会の演劇部ではテリオンとオフィーリアが部員たちに見取り稽古を行っているところをサイラスは眺めていた。所謂朝練だ。原初の洞窟調査の準備を終え、同行役の聖火騎士の準備が終わるまでの時間潰しだ。オフィーリアはまだ拙いものの、テリオンの指導もあり、自分の役や仲間の役は見られる程度に成長している。
一方で悪役を務めるテリオンはやはり圧倒的な演技を見せ、芝居をする予定の神官たちを驚かせている。また、結局なんだかんだと面倒見の良い彼は一人一人にきちんとアドバイスを送っていた。
テリオンは次に動く予定のサイラス役の部員に声をかける。

「お前はサイラス役だったな。やってみろ」
「は、はい・・・!雹嵐よ巻き起これっ!」

普段のサイラスが魔法を使う時のように、本を開いて詠唱するというシーンだ。しかし、やはり部員の神官は指導を受け始めたばかりの素人であり、台詞こそ何とか覚えたが演技という域には達していないようだった。もちろんサイラスの再現度も非常に低い。これではまだまだ子供騙しにすらならない。

「違う。先日も言っただろう、サイラスは冷静沈着な切れ者であまり弾むような声は出さない。完璧に再現しろとは言わんが、あまりキャラを妥協しすぎると芝居の通しで看過できないブレが出るぞ。雰囲気としてはこれぐらいだ。見ていろ・・・雹嵐よ、巻き起これ!」
「本当にいつみてもそっくりですね・・・」

テリオンがサイラスを模した大氷結魔法の詠唱・・・のフリをする。
サイラスはありとあらゆる物事の観察が趣味と言っていいほどの好奇心の塊であったが、他人ならともかく自分の仕草ひとつひとつを意識することは流石に無い。こうして自分が演じられる的になっていることに面白さとむず痒さがごちゃ混ぜになった感情が湧いてくる。
あのテリオンが演じ、オフィーリアがああ言っているということはきっと他人から見た自分もあんな感じなのだろう。それにしては可愛すぎやしないだろうか、とサイラスは思った。言うまでも無く欲目である。

「なるほどね。雹嵐よ、巻き起これ!・・・確かにテリオンの演技と同じ動きだ。意識するとなかなか面白いものだね・・・っくしゅ!」
「おい、本当に撃つやつがあるか馬鹿!・・・はぁ」

好奇心からサイラスは普段と同じように大氷結魔法を放つ。流石に規模は相当抑えているものの、莫大な魔力で呼ばれる氷は辺りを白く凍らせ、雪景色以上の冷たさを放っている。この寒い雪の町中で軽々しく放つものではない。案の定余計な冷えを呼び、テリオンにすっかり呆れられる。

「というかあんたがいるなら俺じゃなくて本人にやってもらえばいいんじゃないか。サイラス、時間まで・・・」
「お待たせいたしました、サイラス殿」
「おお!あなたが護衛の聖火騎士殿ですね。本日はよろしくお願いするよ!」

――あんたの演技をする部員への手本役をやってほしい。と言おうと思った矢先に準備を終えたらしい聖火騎士がサイラスを呼びに現れた。どうやら原初の洞窟へと向かう時間になったらしい。
こうなってはテリオンは口を噤むしかなかった。元々こちらが本来の目的であり、演技指導の依頼はあくまでテリオンがオフィーリアに頼まれたものだ。

「やれやれ、もうそんな時間か。フッ・・・気を付けて行ってこい」
「ああ。手伝えなくてすまないね・・・そちらも良い成果になることを祈っているよ」

何より待ってましたと言わんばかりにきらきらと目を輝かせるものだから、テリオンは笑って送り出す以外の選択肢はあっという間に霧散してしまうのだった。




さくり、さくりと雪を踏みしめる。出発前に大氷結魔法なぞ撃ったお陰でせっかく朝まで暖まっていた身体がすっかり冷えてしまい、サイラスは手を擦り合わせながら原初の洞窟への道を歩いていた。
幸いこの辺りの魔物は大した強さはなく、火に弱い。火炎魔法で焼き払っていけば一時的に寒さは誤魔化せるものの、それでもこの地の空気はすぐに冷えてしまう。フレイムグレースに到着したばかりで同じように凍えていた時、テリオンは鬼火で程よく暖めてくれていた。いま、隣にいない彼の優しさが既に恋しい。

しばらく歩けば、原初の洞窟の入り口へとたどり着く。中に入ってしまえば雪風が凌げる分、体感の温度はかなりマシになる。サイラスは一息つき、辺りを観察した。いつかの旅でオフィーリアが言っていたようにここの魔物は一見、普通の魔物と変わらないように見えるがその実、式年奉火の試練や侵入者除けといった目的で配置されている特殊なもののようだ。

最奥部にたどり着けば、種火となる炎と傍らに安置された採火燈が見えた。

「では私はこちらで待機しておりますので、お帰りの際は声をおかけください。調査は自由にしていただいて構いませんが、魔法の使用や破壊行為、採火燈や種火の持ち出しは禁止です。また、不審な動きがあれば即刻中断させていただきます」
「種火や採火燈に触れるのは構わないのですか?」
「今回はかなり特殊な許可が出ています。なのでお手に取っていただいても、資料としてメモを取って頂いても大丈夫です」
「わかった、ありがとう」

そう言ったサイラスは煌々と輝く種火が安置された祭壇へと近づく。オフィーリアと共に来た時は試練と称して守護者と戦う事になったが、今回は現れる気配はなかった。当時の試練にサイラスもその場にいたからか、式年奉火の時期ではないからかは定かではなかったが、障害が無いのはありがたい。

まず、傍らにある採火燈を手に取ってみる。市場に出回っているものとは少々違い、特殊な形状や魔力を感じるものの、あくまで種火を持ち出すためといったもので、普通のランタンとの違いはあまり感じられない。オフィーリアが持っていたものは大いなる力を感じる神秘的な青緑色をしていたはずだが、何も入っていないそれはただの透明な入れ物だ。やはりあくまで種火が肝要なのであってこれはただの補助道具なのだろう。

採火燈を一通り確かめたサイラスは祭壇へと目を向けた。そこには白く輝く炎があったが熱さは感じない。ただ大きな力の奔流が炎の形となって目に見えているだけのようだ。
サイラスはその神々しい炎に近づき、触れる。神官のような聖なる魔力に満ちていると想像したサイラスであったが――

(おや・・・?)

予想に反し、種火はただただ大きな力の塊だった。思えば、弱まった聖火の力を元に戻すためのもので種火そのものの力の方向性は定められていないように思えた。だからこそ種火は式年奉火の担い手の心を映すと言われているのだろう。
ウィスパーミルで見た黒呪炎だって元はリアナが持ち去った種火だ。邪神の力に既に染まっていたマティアスを拒む程度のセーフティはあるようだが、邪悪では無いものの心の影響は素直に受けてしまう。悲しみから死の門を開きたいと心から願えば、種火はその願いを元に死の力を生み出してしまう。だからこそ原初の洞窟は原則立ち入り禁止になり、式年奉火の担い手も旅慣れた者ではなく信頼と心の力で選ばれるのだと考えた。

つまり、サイラスが種火を持てば素直にその心の影響を受けた炎になるということだ。

サイラスはふと先日のテリオンの言葉を思い出す。人の心は、変わると。
いつかの旅で出会った者を思い出す。黒炎教に加担しかけたリアナ、復讐に走ったプリムロゼ、国を滅ぼしたエアハルト、リブラックの甘言に乗ってしまったグラム。みな、心の根は優しい人物であった。
そして凶行に走った原因は、いずれも大切な者を失ったのだと。

もし。

もし、自分がテリオンを失ったとしたら、その時は冷静でいられるのだろうか――

ここ数か月、サイラスは自分でも驚くことばかり起きている。テリオンへの恋心を自覚して以来、心の制御が甘くなったように感じる。
クリアブルックでのアーフェンへの嫉妬、アトラスダムでテリオンを傷つけた者への激昂、フレイムグレースだってそうだ。演技の手ほどきを受けるオフィーリアや教会の神官たちを表面上は微笑ましく見守っていたが、内心はゆらゆらと嫉妬の炎が燻ぶっていた。

恋愛なんて縁のないものだと思っていたが、蓋を開けてみればこうだ。己の心は愛だの優しさだといった皮を被らせただけの独占欲と執着の塊ではないか。

絶対に自分が禁忌に走ることは無い。テリオンだって失わない。主観的な主張はこうだがサイラスは学者だ。物事を多角的に見るのが本分だ。振られて自分のもとを去るだけならまだいい。病、事故、天災——テリオンが命を落としてしまうことがないなんて言い切ることはできないし、そうして客観的に己を見れば絶対に凶行に走らない、門を開かないなんて保証ができる点がひとつも見当たらなかった。
種火の存在を知っている。門の存在や竜石の存在も知っている。ガルデラの力を知っている。そしてフィニスの門を潜れば死したものとまた会えてしまう。クリスと両親が再び会話を交わしたように。もし、そうなってしまえば自分は――

(・・・いけない)

サイラスはハッとして目を擦った。一瞬、種火の炎が紫色に揺らめいたように見えたのだ。頭を振って瞬きをすれば、それはちゃんと白い輝きを放っている。監視役の聖火騎士の反応もないあたり、思考に沈んだ己の幻覚だったのだろう。そもそもリアナがあれだけ明確に強く願ってようやく黒くなったほどだ。そう簡単に染まるはずがない。ただ、自らの良くない思考に囚われただけだ。

(余計なことを考えすぎたな。ここへ来た目的はあくまで辺獄の書の研究とその対策の参考のためだ)

サイラスは頭を切り替え、種火の力の考察を元に本来の目的であった辺獄の力や邪神への対抗手段を考える事に没頭するのだった。




数時間後、滞りなく調査を終えたサイラスはフレイムグレースへと戻ってきた。サイラスとしては丸一日籠りたいという気持ちが無くはなかったが、聖火騎士側の都合や、フロストラントの気候・・・それも調査用の装備のみであまり街の外で長居することは現実的ではなかったのでしょうがない。
日が高くなり、吹雪くことも無かったため出発した時間よりは随分暖かかったが、それでも寒いことに変わりは無い。戻ってきたからにはさっさと暖を取ってしまおうとサイラスは真っ直ぐに大聖堂へと向かった。

「・・・ん?」

大聖堂前の広場までやってくると何やらいつもより人が集まっている気がした。
人々の視線が向いている方を見てみれば演劇部の神官たち、それにオフィーリアの姿が見える。ならばテリオンもいるのではないかとサイラスは最愛の姿を探す。

どくり――と心臓が跳ねた気がした。

テリオンが雪の中に倒れ伏している。指先一つ動かさず、生気の無い、虚ろな瞳をして。

サイラスは考えるよりも先に駆け出した。凍えるのほどの寒さだったはずの気温も感じず、汗が流れる。呼吸が落ち着かない。胸の奥がばくばくと鳴る。周りが見えず、声も聞こえず。ただ目に入るのは倒れ伏したテリオンのみ。最悪の想像をする。彼が失われてしまう。嫌だ。嘘だ。彼の元へ行かなくては――それだけが頭の中を支配した。

「テリオン!!!!」

サイラスは声を張り上げ、テリオンの傍へと跪く。雪の冷たさが膝に伝わるが、そんなものはもはや気にならない。
テリオンに触れる。呼吸はしているか?している。脈は?ある。体温は?表面は冷えてはいるがまだ芯に温もりは残っている。大丈夫、傍にはオフィーリアもいるのだ。回復魔法さえかけてもらえれば――と。
そうしてくるりと振り返り、顔を上げればそこにはサイラスの行動に驚いたのか、ぽかんとしたオフィーリアがいた。そこでサイラスは少し冷静になった。はて、何故テリオンが倒れているのにオフィーリアはこんな態度を取っているのか。非常事態ならば彼女がこんな平然としているはずがない。

あれ、私はとんでもない勘違いをしたのでは?そう思い固まっていれば、ぱしんと背中がはたかれる感覚がする。
振り返ってみれば、背中をはたいた人物は、雪を払いのけながら普通に起き上がり、呆れ果てた顔をしたテリオンだった。

「おい・・・何やってるんだサイラス・・・調査は終わったのか?」
「あ・・・テリオン。すまない、キミが倒れていると思って驚いてしまって・・・」
「芝居稽古中なんだから演技に決まっているだろ・・・さすがに本物みたいに消滅するわけもないからただの死んだふりだ」
「は・・・はは・・・」

よくよく考えれば朝から稽古は行っていたし、人が集まっているのは見学だろう。これは大劇場の舞台の稽古などではなく、あくまで聖火に興味を持ってもらうための企画だ。お芝居の練習を公開していても何の問題もない。むしろこれだけ興味を持たれているなら成功しているといえるだろう。

そんな中で派手に勘違いをして、大声でテリオンの名前を叫んで、劇に割り込んだ。なんなら涙すら流していた気がする。町民の注目は明らかに自分に集められており、唖然としている。

「う・・・ううぅ・・・」
「え・・・えっと、サイラスさん?」

サイラスは急に恥ずかしくなった。顔がじわじわと熱くなり、羞恥心に耐えられなくなる。この熱を冷ますべくサイラスはその辺りに積んである雪の塊へと四つん這いになり、ズボッと音が鳴るほどに勢いよく顔を突っ込んだ。ますますみっともない事になってはいるがそんなことを考える精神的余裕は生憎持ち合わせていなかった。

そんなサイラスの様子をみたテリオンは、はぁ・・・と大きなため息をつき、サイラスの元へ歩きながら、オフィーリアへと言った。

「オフィーリア、悪いが俺は抜ける。このまま放っておくとこいつが凍傷になりかねん・・・あとは任せるぞ」
「はい、ありがとうございました!あとはこちらでなんとかしますね。あと、教会に雪野菜のスープがありますので良ければ温めて飲んでください」
「ああ、ありがとうよ。ほらサイラス、さっさと立て。行くぞ」

テリオンは突き出ているサイラスの尻を軽く蹴り、腕を掴んで引っ張り上げる。
雪の塊から発掘されたサイラスはすっかり冷え切っており、テリオンに手を引かれてふらふらと歩き出した。

「すまない、テリオン。少し頭が冷えたよ・・・」
「全く、なんだってあんなことをしたんだ。洞窟に長時間籠ってて頭が鈍ったのか?」
「それもあるかもしれないが、キミの演技力が高すぎて・・・本当に死んでいるように見えて肝が冷えてしまった。あれを子供に見せたら泣いてしまうかもしれないよ・・・」
「子供を言い訳に使うな。泣いたのはあんただろうが全く・・・それに身体を冷やしすぎだ。炎よ・・・」

ややキツめの言い方をしながらもテリオンは鬼火でサイラスの周囲を暖めてくれる。その炎を使い、温度を上げた手ですっかり冷たくなってしまったサイラスの頬を優しく包み込んでくれる。

(ああ・・・キミの炎は種火よりもよほど優しくて、あたたかいね・・・)

しばらくして顔の凍傷の危険性が無くなったと判断したテリオンは、再びサイラスの手を引いて大聖堂の部屋へと向かう。繋いだ手の温もりを分け与えるようにしっかりと握りしめながら。



「そら、スープが温まったぞ。飲むと良い」

ぱちり、ぱちりと暖炉の炎が弾ける音が聞こえる。ありがとう、とテリオンからスープを受け取って飲めば、だんだんと身体の芯が暖まってくる。あまり自覚はなかったが相当冷え込んでいたらしい。感覚が正常に戻るにつれて全身がぶるりと震えた。

「ふぅ・・・美味しいね。キミの温度調整が上手いのかな?程よく暖まるよ」
「そいつは良かった」

オフィーリアが言っていた雪野菜のスープは、雪国で親しまれているだけあってそういった類の香辛料が入っているのか、ぽかぽかした心地をもたらしてくれる。彼も同じ器を持ってサイラスの隣に座った。
テリオンもスープを飲み、ふぅ・・・と息を吐く。さすがに外での芝居は鬼火が使えても堪えたらしい。時折くしゅんと言った声が聞こえてくる。

(風邪を・・・引いてはいないだろうか?冷えは万病の元ともいう。彼に何かがあれば、私は・・・)

先ほどテリオンの演技を見てしまったのもあり、洞窟内でぐるぐると考えていた嫌な想像が頭を駆け巡る。
思わずテリオンを腕の中に抱き込めば、彼は目を丸くさせ、器を置いてサイラスを宥めるように擦った。

「サイラス・・・何かあったのか?あんたちょっとおかしいぞ。帰ってくるなり取り乱したり、演劇に割り込んだりして。あんたは何か勘違いをしていたようだが、そもそもここのところずっと芝居をしているのはわかっていただろう?普段の冷静さはどうした。それが頭からすっぽ抜けるようなことでもあったのか?」
「いいや・・・調査は滞りなく進んだし、何もなかったよ。考察だって捗ったし、辺獄の力への対抗策も少しはまとまった。ただ・・・種火の炎を見て思い出していたんだ。あの旅のことを・・・」

と、そこでサイラスは口を閉じてしまった。こんなことをテリオンに話してどうするのだ。彼にはサイラスの負担になりたくないという理由で一度振られているのだ。今の心情を吐露してしまえばテリオンに余計な気を遣わせかねない。
抱きしめた腕にぎゅっと無意識に力が入る。

テリオンは人の機敏に聡い男だった。サイラスが調査のきっかけで旅の出来事を思い返し、気落ちしているのは様子を見ればわかる。そしてそれを言わない理由もなんとなくわかる。隠し事をしておきたいわけではなく、気を遣わせたくないという類での沈黙だということを察した。

(やれやれ・・・こいつはしっかり『聞き出して』やる必要がありそうだな)

テリオンがサイラスの腕に手を重ねて握る。目と目を合わせる。そして一呼吸して瞬きすればその雰囲気は先日見た別人のものに変わっていた。

「なあ先生、何を思ったか話してくれよ。あんたがぐるぐると厄介なことを思い悩んでいるのはなんとなくわかるからよ。一人で抱え込んでも良くないぜ?な?」
「て、テリオン・・・しかし・・・」

テリオンはニコニコと笑顔を作りサイラスへと向き直った。そのまましっかりと手を握り上目遣いで顔を近づけてくる。アーフェンがよくやっていたスキンシップ法だ。サイラスにとっては誘惑も等しい。たまらずに目をそらす。

「ひょっとして俺はそこまで頼りねえのか?そりゃないぜ先生・・・」
「そんなことは・・・」
「じゃああんたは何を悩んでるんだ?俺たちは仲間だろ?信頼してくれてるんだろ?あんたの痛みを分けちゃくれねえのか?なあ、サイラス。俺たちはパートナーじゃなかったのか!?」

サイラスは目を見開いた。テリオンが懐から取り出し突き付けてきたその手の中にはかつて贈った指輪がある。あの日以来つけているところを見たことが無かったが、肌身離さず持っていてくれたらしい。
それに、アーフェンを再現して『聞き出す』のかと思いきや、素の『テリオン』に戻っている。表面だけではなく、全力でサイラスにぶつかってきている。一時的に演技の力を借りてでもこのことを有耶無耶にはしたくないのだと思った。

(ああ・・・私がキミのことを大切に思っているように、キミも私のことを大切に思ってくれているんだね・・・)

こうなってはサイラスには洗いざらい話す以外の選択肢は無かった。全く、愛しい彼には敵わない――


「なるほどな・・・」
「縁起でもないのも考えすぎなのも分かっている。だけど可能性としてゼロじゃない限りは想定してしまうのが性でね・・・」
「いや、あんたの考えもわかるさ。俺だって裏社会にどっぷり浸かっている時期は常に最悪を想定しながら生きてきたしな。・・・俺だってあんたを失ったらと考えちまう時だってある。そうなったらきっと抜け殻のようになるんじゃないかともな」
「でもキミは・・・きっと世界を恨まない。辛さも憎しみも自分自身に向けて押し込めて・・・たとえ壊れてしまっても、それでもいずれは立ち直ると思っている。人生を揺るがすような強烈な裏切りにあったはずのキミが、今こうして過ごしているとそう思うんだ。本当に強い子だと」

テリオンは兄弟を喪った過去がある。それでも境遇も世界も人も恨まず強く生きてきた。対して自分はどうだ。本当に大切なものを失ったことも無い。どうなるかがわからない。・・・己の心がわからない。
自分がいなくなればテリオンが抜け殻になると聞いたとき、それほどまでに想われていると思うと歓喜すら沸いてきた。自分が恐ろしく醜い魔物になったような気分だった。

サイラスは苦い顔をして俯いてしまう。考えれば考えるほど深い沼に嵌っていくようだった。

「やれやれ・・・俺を買い被りすぎだ。でもあんたの悩みはわかった。話してくれてありがとうよ。だがな、あまり考えすぎるなよ、サイラス。そういう時こそ足を掬われやすいもんだからな」
「こちらこそ聞いてくれてありがとう。・・・うん。こういうのはリスクを回避する手段を考えるものだ。私は私の心を律してみせるように努力するとしよう。衝動のままに邪法に手を出せばキミに嫌われるなんて分かりきっているからね」
「ふ・・・そうだな。ああそうだ、ちょっと待っていろ」

テリオンは小さく笑うと何かを思いついたように部屋を出ていく。
しばらくすると五本の蝋燭を持って帰ってきてテーブルの上に飾り、鬼火で火を付けていった。

「これは・・・?」
「こういった心の整理を付けるには火を用いるといいらしい。願いや約束事・・・他にも魔術的な要素があったりなかったり」
「確かにそういう言い伝えはあるけど論理的な根拠はないんだよね・・・それにすっごくうろ覚えじゃないかい?」
「別にいいだろ・・・こういうのは自分の気持ちの問題なんだから。それに聖火教会の本拠地なんだからご利益ありそうだろ?」
「・・・そういえばキミは結構験を担ぐタイプだったね」

盗みに入るときは右足から踏み入る、人物画とは目を合わせない、扉は必ずノックする、子供の貯金箱には手を付けない――そういったまじないを律儀にこなしていた可愛らしい盗賊を思い出してサイラスは少し明るい気持ちになって笑う。ああ、たしかに既にご利益はあったかもしれない。

「だからこいつで、あんたに呪いをかけてやるよ」
「え?」
「万が一のことがあってもあんたを縛れるように」

そう言ってテリオンは蝋燭に灯された火をじっと見つめ、口を開いた。

「俺は死なない。あんたも死なない。お互いが生きているうちは絶対に諦めないこと」

一本目の蝋燭の火が消える

「もし俺が死んだら周りに目を向けろ。仲間も友人も知り合いもいるだろう。あいつらの言葉にちゃんと耳を傾けること」

二本目の蝋燭の火が消える――

「立ち直れなくてもいい。無理やりまともに振舞おうとしなくてもいい。世界を嫌ってもいい。だが、人の道だけは外れてくれるな」

三本目の蝋燭の火が消える――

「それでもなお、俺を好いたままでいて、禁忌に手を染めてしまいそうだというのなら」

四本目の蝋燭の火が消える――――

「俺の後を追ってこい」
「な・・・」
「まあ、あんたならこんな恋に現を抜かしていないで正しく知識を使い、広めるために生きるっていう信念は貫いてくれると信じているがな?」

テリオンはそう言ってクスクスと挑発的な笑みを浮かべている。

(きっちり逃げ道を用意した上で、信頼という鎖で雁字搦めにして来るとはなんて呪いだ・・・)

サイラスは一本残った蝋燭の炎を見つめた。かつての邪神や黒呪炎の呪いなんぞよりも余程強力で、聖火よりも優しいテリオンそのもののような呪いの炎だと思った。

「これは・・・抗えない呪いだね。ああ、キミの呪いは甘んじて受けよう。私はきっと、知識を正しく使うと誓おう」

サイラスはそう宣誓して最後の一本の火を消し、それを見たテリオンは満足そうに微笑んだ。

「それにしても後追いを勧めてくるなんて思ってもみなかったな。こういうお約束は、私のことを忘れて幸せに生きてくれって感じだと思ってたからね」
「悪いが俺は盗賊なもんでね。忘れられるなんてまっぴら御免だしそんな綺麗な言葉は投げかけてやれん。まあ、幸せに生きてて欲しいってのは間違っちゃいないがな・・・それにアレは最終手段の話だ。ほんとに後追いするなんて思っちゃいない」
「私が簡単に命を投げ出すとは思わないのかい?」
「・・・人の生への執着ってのは案外重いと俺は思ってる。正直、俺の幼少期はロクなもんじゃなかった。死んだ方がマシなんじゃないかと思ったことは一度や二度じゃない・・・なんなら常にそう思ってた時期だってあった」
「テリオン・・・」

親どころか出自すら知らず、保護もされず、大人に嬲られながらゴミのような日々を送っていたことは想像に難くない。
が、平穏な暮らしを送っていたサイラスでは想像するしかできないともいえる。きっと辛く、苦しかったのだろう。話を聞いているだけですら自分には無理だと思うほどに。

「それでも・・・泥水を啜ろうが、汚物を食おうが、盗みに手を染めても、身体を売ってでも結局は生き延びようとする意志が勝った。だから自ら命を投げ出すってことはそれ以上の辛さか覚悟が必要だろ?そうなってまで生きろとは俺は言えん」
「そうか・・・キミより辛い思いをしているなんて簡単に思うわけにはいかないな。私は決して生きる事から逃げない」
「ふっ・・・それにお約束だなんていったが俺のこれも十分お約束ってやつらしいぞ?愛する人が道を踏み外そうとするならば、殺してでも止めるってのがな」

目から鱗が落ちたようだった。主点を変えれば確かに十分お約束の要素だった。それを先回りの約束にしてしまうなんて、なんと面白いことか。さらに愛する人なんて直接的な言葉まで聞けたことでサイラスはすっかり上機嫌になった。そこにはさっきまでの思い悩んでいた学者の姿は無い。ああ、本当にテリオンは良い男だ。愛したのが彼で良かったとサイラスは心の底から思った。




オフィーリアや教会の皆に惜しまれながらもアトラスダムに帰ってきた数日後、サイラスは自らの書斎でペンを片手に紙の束に埋もれながら原初の洞窟での考察を書き留めていた。

「ふぅ・・・」

キリのいいところまで文章を認め、一息ついてうーんと伸びをすれば身体からパキポキという音がする。ずっと同じ体勢だったのでずいぶん固まってしまったようだ。休憩を入れようと思ったその時にテリオンが茶を片手にサイラスの元へとやってきた。

「よう学者先生。お疲れだな」
「やあテリオン、飲み物を淹れてくれたのかい。素晴らしいタイミングだ・・・ありがとう。キミはいつも気が利くね・・・旅の間もずっとそうだった。忠告や助言、ストレートに仲間を心配すると思いきや、相手に気を遣わせないようなさりげない提案もする。例えばエバーホルドでプリムロゼ君が無茶をしようとした――
「なんでそこから長話に入ろうとするんだ。休憩だろうが」

いつもの癖でそのまま話を広げようとしてしまったサイラスを制し、テリオンも近くの椅子に座る。
受け取った茶を飲めば、程よい温かさが五臓六腑に染みわたる。それと同時にスッと頭が冴えていくのを感じた。どうやらただのお茶ではなく、薬草を煎じた茶のようだ。アーフェンの元にいた影響かテリオンはこういったことに詳しい。この頭の疲労が抜けて気力が充実する感じはコンラントとプラムだろうか。思っていたより疲れが溜まっていたと自覚したサイラスは、続きは明日にしてこのまま今日はテリオンとのんびり過ごすことにしたのだった。



「そういや今回はかなり長い間没頭してたな。相当分厚い紙の量になってたが、進展でもあったのか?」

テリオンは自ら入れた茶を啜りつつ何気なく尋ねた。特に興味があるわけではなかったが、サイラスが数時間ずっと机に齧りついていたのもあって軽く世間話でもしようと思ったのだ。

「ああ、よくぞ聞いてくれたね。私たちは実際に門の中に入ってガルデラと対峙したから対策も考えやすい方だと常々思っていたんだ。今回、種火の性質を調べて私はとりあえず暫定として一つの結論を出したよ。そうだね・・・簡潔に言った方がいいかな?・・・暴力だよ」
「・・・・・・・・・は?なんでそんな考えになったんだ?」

テリオンは心底意味が分からないという顔をした。あまりにも突拍子がなく、学者とは思えぬ雑な解決方法だと思った。思わず説明を求めればサイラスの目がキラリと光る。

(あ、これ余計なこと言ったな)

サイラスが長話モードに入った気配がしてテリオンは即座に後悔した。しかしこちらから聞いてしまった以上、真面目な盗賊に聞かないという選択肢は存在しなかった。覚悟を決めてありがたく拝聴するしかあるまい。

「まず神という存在だけどね。彼らは超常的で強大ではあるものの、恐らく全能というわけではない。事実、対峙したガルデラは復活直後とはいえ物理も魔法も通用したし、弱点もきっちり存在していたから人間の理から外れているわけでは決して無かったよね。聖火神が残したと言われる聖火が定期的に弱まることや、種火の不安定さからも恐らく人間と同じように不便なところはあるのだろう。それでいて信仰・・・人の心の力は作用するようだから必要以上に恐れると逆効果なんじゃないかなと思うんだ。神々の技能は不思議なことに我々・・・たとえば私ならアレファンの、キミならエベルの心得が最初から備わっていただろう?だから人間も神の一部なんじゃないかと考察したんだ。それならば、邪神を力を以て退けるというのは案外現実的な――

案の定、長話を始めたサイラス。そういえば邪神は短剣が良く効いたからマジックスティールダガーをよく使ったかもしれない。ハンイットのどしゃぶり矢もなかなか刺さっていたな。薬屋の調合もなかなか――などと当時を思い返しながら適当に相槌を打ち、茶を啜りながら聞き流す。紙束の題名にかんたん!ガルデラ攻略法!(仮)といった正気を疑うような文字が見えたのは気のせいということにしておく。

このまま一時間は話し続けるんじゃないかと思ったその時、郵便でーすという言葉と共にチリンと呼び鈴が鳴った。

「おっと・・・?私が出よう。テリオン君はそのまま座っていてくれ」

玄関先に出るべく腰を上げようとしたテリオンを制し、サイラスが代わりに郵便物を受け取るべく出て行った。『テリオン君』呼びな辺り本当に授業モードだったようなので正直助かったとテリオンは胸を撫でおろす。郵便屋が救世主に思えた。

戻ってきたサイラスの手には一通の手紙があった。それは想定の範囲だったがそのサイラスの顔がやたらへにゃりと緩んでいるのがテリオンの目に付いた。いったい何の手紙かと思えば「主にキミ宛てだよ」と言いテリオンにその手紙を渡す。
どうやらフレイムグレースからの礼の手紙のようだ。律儀だなと思いつつ、差出人を見てテリオンは思わず二度見した。
聖火教会テリオン演劇団——あのテリオンが指導した演劇部そのものからの手紙だ。

(いや待てなんだテリオン演劇団って・・・知らんぞ俺はそんなもん。てっきりオフィーリアからだと思ってたが)

サイラスはこれを見てニヤけていたのかと思ったが彼ならこの文面を見ればもっと暖かな目で見てくるだろう。ひょっとして中身に何か面白い事でも書いてあったのか?と手紙を裏返せば今度こそテリオンは飲んでいた茶を噴きだした。
そこにはテリオン・オルブライト宛と書かれている。サイラスが随分嬉しそうだった理由がよくわかった。そしてこれを書いたのは恐らくオフィーリアだとも。

「ふふふ・・・私たちの仲が祝福されているようで嬉しいね」
「確かに悪い気はしないが、それはそれとして聖火教会に広まってるのは恥ずかしいぞ・・・」

テリオンは零した茶を拭きながら、はぁ・・・・・・と特大の溜息を吐いた。しかし封筒ばかり見ていてもしょうがないので意を決して封を切る。手紙の内容を読めば先日の劇の公演は成功したらしく、しっかりと団員たちから礼の言葉が綴られていた。
さらにはいつかまた来て欲しい、また演技を見せてほしい、なんなら顔見せだけでも・・・などと書かれており、ずいぶんと慕われたものだとテリオンは柔らかく笑う。柄ではないと思っていたが喜ばれると悪い気はしないものだ。それはそれとしてテリオンが代表みたいな劇団名になっているのは解せないが。

「何か良い事でも書いてあったかい?」
「あんたも見るか?」

テリオンの様子を見ていたサイラスも内容が気になるのか、背後からテリオンに抱き着きながら手紙の中身を共に読む。

「ほうほう・・・評判は上々のようだね。ふふ、キミの指導の賜物かな?教えるのも案外向いているんじゃないかい?」
「やめてくれ。俺は人に教えられるようなタマじゃ・・・・・・は?」

読み進めていくうちにテリオンはだんだんと渋面を作る。書かれている内容が怪しくなってきたのだ。
当初の目的であった式年奉火に興味を持ってもらう、これに関してはかなりの関心を集めることができたので大成功といっていいようだ。しかし、劇中に出てきた登場人物で人気を博したのが

「盗賊と学者が人気・・・?どういうことだ?大した出番はなかったはずだが」
「ふむ・・・どうやら盗賊は可愛らしく書かれたことによるギャップが特定の層に刺さったようだね。学者はわからないが・・・」
「あんたの旅の言動や行動を元に作られたキャラなんだからあんたが人気ってことだろ。まあ、そりゃ人気も出るか。盗賊は本気でわからんが」

脚本自体におかしいところはなかったはずだ。オフィーリアは可愛らしく書くと言っていたが、元々のテリオンの旅での行いから大きく逸脱するほどのキャラ付けではなかった。てっきりメインで書かれているオフィーリアや、オルベリクあたりの人気が根強くなるのではないかと思っていたのでこれはまったく予想だにしていなかった。

「キミはもう少し自分の魅力について自覚を持ったほうがいいんじゃないか?キミが人々に好ましくみられるのは歓迎だが、キミに邪な感情を持つ輩がいつ出てくるかと思うと私は気が気でないよ」
「あんたにだけは言われたくないぞ。この老若男女タラシ」

呆れたようにサイラスへと横目で視線を向ければ彼は心外とでも言わんばかりの顔をしていた。

「キミ以外をたらしているつもりはないはずなのだが・・・。でもまあ、キミが危惧していた盗賊に憧れを持つ子供が増えた、という感じではないようだね。そこの目論見は当たったわけだ」
「ああ、そこのところは良かっ・・・ぶっ!」

ある一点でとんでもない記述を見つけてテリオンは噴き出した。羞恥心で顔を茹で上がらせながら青くなるという器用な顔芸を披露している。
なんでもあの公開稽古をしていた時、広場でのテリオンとサイラスの茶番を見学していた人間が、盗賊と学者が恋仲だと曲解して町中に広めたらしい。元のモデルであるテリオンとサイラスが恋仲だということは間違っていないので完全に否定することもできず、あれを見ていた人間が多かったのもあり大流行しているのだそうだ。

更に教会の人間はずいぶんとこれに肯定的で、手紙には『是非、結婚式はフレイムグレースの教会で!』と書かれていた。オフィーリアが取り仕切る気満々なところも。
振り返ってサイラスの方を見てみればきょとんとした顔をし、一拍置いた後にまるで満開の大輪の花のような笑みを発揮している。

「結婚式か・・・そういえば式についてはやるかどうかも決めていなかったね。ふふ・・・いい機会だしフレイムグレースで結婚式をしないかい?テリオン」
「ぜっっったいにお断りだ!!!!」

ただでさえ式なんてやるのは恥ずかしいのに恋仲と町中に広まった場所でだなんて冗談じゃない。と、関係が広まっているということに段々と実感が沸いてしまったテリオンはそのまま椅子から崩れ落ちた。羞恥心で死んでしまいそうだ。

「いっそ殺せ・・・」
「ダメだよテリオン。キミも私も死なないって炎に誓っただろう?」

サイラスがそう言って笑うとテリオンは床に突っ伏したままじろりと彼を睨む。その表情が愛おしそうにこちらを見つめるものだからそれだけでテリオンはまたも毒気を抜かれてしまう。本当に自分はサイラスのその顔に弱いなと思うのだった。
彼が望んでいるのならば、結婚式もやぶさかではない。しかし条件を付けなくては己の心が持ちそうもない。

「・・・・・・集まるのが仲間だけ・・・なら・・・考えなくもない・・・」
「テリオン!」

本当にそれはもう、か細い声で盗賊がそう呟けば、学者は彼に飛びつき、その身体をぎゅうと抱きしめて口付けを落とすのだった。