かなざわ
2026-05-24 13:28:15
2834文字
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それでも君の一番は

よだつかワンライ第10回お題「たけのこ」で参加&投稿作品。作成時間2h40min。
恋人関係、同棲中の二人。

 シャワーを浴びてリビングに戻った純が目にしたのは、恋人が何やら渋面で携帯を眺めている場面だった。
「うーん……
「どうしたの」
「たけのこ掘りのお誘いというか、ヘルプ要請が来たんですよ」
「たけのこ?」
「あ、純さんまた髪乾かしてないでしょう。ドライヤー持ってきますから、座っててください」
 純と入れ替わりに立ち上がった司がドライヤーを取りに行く。その後ろ姿を見ながら、純は司の言葉を脳内で反芻していた。
 聞き間違いでなければ司は「たけのこ掘りのヘルプ要請が来た」と言っていた。食事という行為を好まない純ではあるが、たけのこが食材であることくらい知っている。
 掘る、ということは収穫の手伝いを誰かから頼まれた、という話なのだろうか。
「乾かしますよ〜」
 ドライヤー片手に戻ってきた司は、嬉しそうな顔をしていた。
 以前、司本人に問い質したことがある。人の世話を焼くなど面倒なだけではないのか、と。純の質問に対して、司は至極嬉しそうに「純さんが俺を甘やかしてくれるみたいに、俺も純さんを甘やかせるのは嬉しいんですよ」と笑っていた。それ以来、本人が楽しいならそれでいいか、と好きにさせている。
 何より「甘やかしている」という名目で、司の身の回りを純基準で整えることが出来たのは僥倖だった。あまり切りすぎると効果がなくなる手札ではあるので、使いどころは見極めるようにしているが。
「たけのこって何」
「加護さんの友人で、自宅の敷地内に竹が自生してるらしいんですけど。毎年、必要ない分は掘ってるらしいんです」
「その手伝いを頼まれたってこと?」
「毎回掘ってくれてる人が来られなくなったとかで、手が空いてるならどうかって。掘った分は持ち帰っていいって話なんですよ」
「それで、何を悩んでたの」
「調べたら、たけのこって一度生えたら次から次に出てくるらしくて。行ったら結構な数を掘っちゃうかもなあって……
「それの何が問題?」
 依頼主がたけのこの収穫を望んでいるのであれば、数を減らせば減らすほど喜ばれるのではないだろうか。体力がある司なら求められる働きには十分答えるだろうし、現地でいくつか現物を見れば生えてくる場所の予測も立てられそうだ。
 純とは違い、人並みに食に対して興味がある司ならば持ち帰った食材を無駄にすることもないだろう。そう考えると、何一つも問題はないような気がするが。
「そんなに何本もあっても、俺だけじゃ消費できないですって。加護さんのところでも一本か二本が限界ですし。瞳さんも洸平くんも同じくらいですよ」
「そう」
 司の発言から察するに、どうやらたけのこは一本の大きさがそこそこあるらしい。勝手ににんじんくらいなのかと思っていたが、それよりも大きいのだろう。
 司としては消費する宛もないのに持ち帰ってくるのは理念に反するから悩んでいた、という話のようだ。
「はい、終わりです」
 暫し経ってから、そう告げた司がドライヤーをオフにした。
 仕上がりを確かめるように、司の指が軽く純の髪を梳く。後頭部を撫で、耳の上辺りに触れ、頭頂部をそっとなぞる。貴方が大切です、と指先から伝わってくる触れ方だった。
 司の指が離れるタイミングに合わせ、背後を振り返った。
「慎一郎くんなら貰ってくれるよ」
「え? ああ、たけのこの話ですか」
「君の人脈なら、いくらでも声をかけられると思うけど」
「いくらでもってわけでは……でも確かに、鴗鳥先生が大丈夫なら雉多先生とかもいけるな、蛇崩先生はどうだろう、福岡は流石にちょっと遠いか……?」
 ドライヤーを手に持ったまま、司はぶつぶつと呟いている。
 一つきっかけを与えただけで思い当たる人物が何人も出てくるくらいに、司の交遊関係は広い。ごく一部の人間以外との交流を断っている純とは、比べ物にならないほどに。
「それでも余るなら加護さんの会社にでも置かせてもらえばいいんじゃない。話を持ちかけてきたのは彼なんだし」
「確かに。加護さんのところなら、何人か貰ってくれそうな人いますし」
「解決したね」
「しましたね。え、俺が悩んでた時間ってなんだったんだ……
「さあね」
 単純に発想の差だろうとは思ったが、口には出さなかった。司の性質は分かっていたし、最近では少しずつ周囲に頼り任せることを覚えつつあったからだ。
 いずれ誰の助言がなくとも司自身で辿り着くだろうことを、わざわざ一から説明する気はなかった。
「純さん、ありがとうございます。何人かに声かけてみます」
「いつ行くの」
「相手先が大丈夫なら、来週の休みですかね。早い方がいいらしいんですよ。放っとくとどんどん伸びちゃうからって」
 予定が決まったからか、司は明らかにウキウキとした様子だった。
 氷の上にしか興味のない純とは正反対に、司は体を動かすこと自体が好きらしい。純からすれば土まみれになる行為の何がそんなに楽しみなのか理解出来なかったが、価値観は人それぞれだ。
「司」
 呼び掛けながら、腕を上げる。半端な位置で止まった純の手を見た司は、ぱちりと瞬きをした。
 司は一度視線をうろつかせた後、腰を折って純の手に頬を寄せてくる。相変わらず高い体温が触れた箇所からじわりと純に伝わってきた。氷まで溶かしてしまいそうなほどの熱さを心地いいと感じるようになったのは、いつからだったか。
 純はほんの少し口元を緩めると、戸惑いの面持ちの司に口づけた。純が目を開けたままでいるからか、司も目蓋を閉じようとはしない。至近距離で互いの瞳の中を覗き込む。
 触れていた唇を押し付け、僅かに開けた口の中から司の唇を舌先でちろりと舐めた。そこで肩を跳ねさせた司が曲げていた腰を伸ばし、キスは終わった。元よりこんな不安定な姿勢で長々仕掛けるつもりもなかった純は、司が逃れても特に追いかけようとはしなかった。
「な、なんですかいきなり」
「君が僕以外との予定で楽しそうにしてるから。君の一番は僕だってことを思い出してもらおうと思って」
「え……
「君の隣で土まみれにはなれないけど、呼んでくれれば迎えに行くくらいの甲斐性はあるよ」
 司の考えや価値観を、自分と同じ色に塗り替えるつもりはない。違うからこそ惹かれた部分もあると、それは分かっていたからだ。
 純の隣りでなくても、きっと氷の上ではなくても生きていける司を、それでも欲した。敬意はどうあれ、一度手中に転がり込んできたものを手放す気はない。
「僕を呼んで」
……純さん」
「うん」
 先ほどのキスのせいか、それとも感情の昂りの影響でか、司は頬をほんのりと赤く染めている。その顔のまま、噛み締めるように名前を呼ばれてたまらなくなった。
 徐にソファから立ち上がった純が何をしたか、というのは。その直後に司があげた声と、ややあってから床にドライヤーが落ちたごとん、という音からしても明白である。