かなざわ
2026-05-24 09:02:44
2798文字
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斯くして王は攻勢に転じる

よだつかワンライ第9回お題「勝負」「ケモ耳」で参加&投稿作品。作成時間2h20min。
アリスパロで、ハートのキングの純と、白ウサギ司。
一期放送の頃に出たグッズが発想元です。この絵柄が発表された時は驚きましたが、二期で次々と燃料投下されまくりましたね…パロが捗りますわ…

「っあ、ぁ……!」
 黒い手袋を纏った指で駒を掴み、選んだ升目に運ぶ。目線と手の動きで駒の置かれる先を悟ったらしく、正面から焦ったような声が上がったが、もう遅い。
 コト、と軽い音を立てて盤面に駒を置く。白のキングはこれで詰みだ。チェックメイト、勝敗は決した。
「勝負ありだね」
「ああー……
 呻きながら、司は項垂れた。彼が頭に被ったままのフード、その頭頂部にくっついているウサギの耳を模した飾りがゆらりと揺れる。
 全身で落ち込んでいます、と訴えている司を前に、純は眉一つ動かすことなく再度チェス盤に目を向けた。黒が純、白が司であるその盤面では、白のキングが黒のビショップにチェックメイトを取られたところで終わっている。
 純は手を伸ばすと、司の持ち駒である白のキングを指先で弾いた。キングが盤面に倒れてカタン、と音を立てるのを聞いて、俯いている司の肩がびくりと跳ねた。
「君の負けだよ」
「分かってますって……
 念を押すように畳み掛けると、司がのろのろと顔を上げる。普段の明朗快活さは鳴りを潜め、萎びた表情になっていた。
「今日も、あの、いつものですか」
「そうだよ」
「うう、そもそもなんで俺なんですか、もっとこう、毛足の長い猫を膝に乗せてるとかの方が絶対イメージに合ってると思うんですけど」
「動物に足元をうろつかれるのは蹴り飛ばしそうだから嫌だ」
「わあ、王様優しい……
 司が告げた優しい、という言葉に純は内心で首を傾げた。蹴り飛ばすかもしれないと言ったのに対して優しい、という評価は少々的はずれな気がしたからだ。面倒なのでいちいち指摘することはないが。
 司は純を王様、と呼んだ。これは比喩や渾名ではない。この『ハートの国』において純の役職が『ハートのキング』であるからこその呼び名である。
 対する司の役職は『白ウサギ』だ。彼が着ているパーカーは役職を分かりやすく示すように白く、顔の大きさほどもある大きな懐中時計をいつでも持ち歩いている。
 キングと白ウサギがチェス盤を挟んで何をしていたのかと言えば、単純に「負けた方が勝った方のお願いを一つ聞く」というルールありきで勝負をしていただけの話だ。
 今回はチェスだったが前回はトランプで七並べをしたし、その前は双六で、更に前はオセロだった。要するに二人で興じられ、勝敗がつき、そこそこ時間が潰せるものならばゲームの種類は何でもいいのだ。
「司、おいで」
……はい」
 いつまでも司がめそめそと嘆いているのを聞いているだけでは先に進まないと判断し、純は司を呼んだ。簡潔な言葉だが十分効果があったようで、司が椅子から立ち上がる。
 チェス盤の置いてあるテーブルは小さめだ。背が高くそれに準じて脚の長い司であれば、一歩か二歩でテーブルを回って純の前まで辿り着く。
「座って」
 純の言葉に従い、司がすとんと床に座り込む。位置は純のすぐ横だ。これまでは部屋の内装になど特に興味のなかった純だが、司と勝負をするようになってからは絨毯が敷いてあって良かったと思うようになった。
「脱いで、見せて」
 司は一瞬逡巡する様子を見せたが、意を決した顔になると被っていたフードに手を掛けた。微かな衣擦れの音と共に、フードが首の後ろに除けられる。
 フードの下から現れたのは、司の明るい色をした髪と、それから。その頭頂部から長く伸びる、真っ白なウサギの耳だった。
 白ウサギの役職である司にウサギの耳が生えているのは、ごく自然なことだ。しかし司としてはあまりウサギ耳の生えた姿を人目に晒したくないようで、いつもフードの下に押し込んでいる。
「触るよ」
「ど、どうぞ……
 純が勝った際の条件は、この勝負を始めた時からずっと『司のウサギ耳を満足するまで撫でる』だった。
 それが分かっているから、司も大人しく純の方へ頭を傾ける。晒け出された項が緊張と照れのせいか真っ赤になっていて、そこにも触れたいと考えた。しかしあくまで触れられるのはウサギ耳にだけだ。
 惜しいな、と思いながら、純は手袋を外した。目の前で微かに震えているウサギ耳に手を伸ばし、触れる。
「ん、っ」
 耳の先端に触れてから、手の中に耳を握る。それからゆっくりと、耳の外側を指で辿った。髪で隠れている根元まで着くと、髪を梳くようにきゅむきゅむと撫でた。
 純の指の強弱に合わせて、司の肩がびくつくように震えていた。
「あの、やっぱり動物を飼うのを検討した方がいいと思うんです、けど」
「なんで」
「俺の耳ごときではアニマルセラピーの効能は得られないからです」
「セラピー?」
「こんな何度も俺の耳触りたがるってことは、相当ストレスが溜まってるんじゃないかなって。本当は原因を取り除ければいいんでしょうけど、役職を考えると色々あるんでしょうし……
 司が色々と言っているが、後半は純の耳には届いていなかった。
 純の中に吹き荒れた苛立ちは凄まじく、手の中でぴるぴると震えるウサギ耳を力任せに引っ張らなかっただけ奇跡的だった。
「分かった」
「えっ、何飼うか決めたんですか?」
「君に、何も伝わってなかったことが」
「へ? っぎゃあ?!」
 司が叫んだのは、上体を倒した純がそのウサギ耳にがぶりと歯を立てたからだ。
 今まで何度か司と勝負をしてきたが、全て純が勝ちを納めていた。その度に毎回司のウサギ耳を堪能してきたが、乱暴に扱ったことは一度もない。つねることも、引っ張ることも、まして噛みついたりなど言語道断だった。
 キングの権限を使わずに回りくどく勝負をするのも、その報酬がささやかなのも、純としては司を大切にしていることの証しだった。
「明日も、同じ時間においで」
 噛みついた耳に、今度は一転して優しく囁いた。
 俯いた司の表情が見られないのが残念だが、今にも逃げたそうに身動いでいるのが分かる。司の性格であれば叫んで走り去ってしまってもおかしくないのだが、耐えているのは偏に勝負の報酬である『司の耳を満足するまで撫でる』という条件が足枷となっているのだろう。
 律儀というか、素直というか。だから僕に付け込まれるのにね、とは口に出さないでおいた。
 今までの生ぬるい距離感で伝わっていないというのなら、方法を変えるしかない。
 分からせてあげるよ。だから。
「逃げるなよ」
「っ、逃げません!」
 素直でありながらも負けず嫌いの司は、純の駄目押しに反応して勢い良く顔を上げた。
 琥珀を日の光に翳したような色の瞳が、まっすぐに純だけを見つめてくる。純の胸の内までも灼いてくるような眼差しだった。
 この目が欲しい、そう感じたからこそ勝負を持ちかけたことを思い出す。
 さて、明日はどんな勝負をするか。内容は決まっていないけれど、負けるつもりは微塵もなかった。