匣舟
2026-05-24 01:11:53
4243文字
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永遠に愛を誓わせて

同棲土井乱 朝の攻防からのプロポーズみたいなことをしあうふたり


 ゆらゆらと春風がカーテンを揺らして部屋にふんわりと冷たい風が入ってくるのを感じながら、乱太郎はゆったりとリラックスをしてソファに沈んでいた。今日はこれという予定はなく、家事もあらかた片付けてしまったため、今現在手持ち沙汰なのである。
 時刻はまだ十という文字に短い針と長い針が重なったぐらいで、お昼ご飯を作るのにも早いからこんなにも暖かいし散歩するのもいいかなあ。と思ったが、そういえば同居人がまだ起きていないからもし散歩に出かけた際、同居人起きてきたとしたらきっとめんどくさい事になるだろうと予想をしてしまい、乱太郎は散歩に行くという考えを消した。
 彼が寝ている間にその時も確か家事をあらかたやり尽くして手持ち沙汰だったので散歩に出掛けたことが一度あったのだが、乱太郎が帰ってきた時に、玄関の前でこの世の終わりみたいな顔で顔が涙か汗かもうどっちか分からない水分でべしょべしょになっている年上の彼を見た時のことは後にも先にも一生忘れないだろう。
 その散歩に出掛けた一ヶ月前、コーヒーカップを割って乱太郎が混乱のあまり家を出ていったしまった時の事が恋人にとって余程堪えているんだな。と年上の恋人に軋むような力で抱きしめられながら乱太郎はどこか他人事のように考えていた。
 乱太郎の同居人兼恋人は彼より十五歳上で、その上、乱太郎が通っている大学のイケメンだのスパダリだの女子大学生の中でまことしやかに噂されている土井半助という人物なのだが、もうすぐ昼だというのにまだ起きていない。
 この点だけで、今、彼が生活習慣を自ら乱している人物だと分かるだろう。しかし、生活習慣が乱れている人だというのが分かるのはこれだけではない。
 今は乱太郎と一緒に住んでいるからいいものの、胃がいっとう弱いくせにカフェイン中毒でコーヒーばかり胃に流し込んだり、食に無頓智なせいかご飯を抜くことがザラにあったりなど、とにかくだらしないのである。先程の話に出てきたコーヒーカップを割ったのも半助がコーヒーばかり飲むのを乱太郎が指摘したことが発端で起こった事件でもある。
 今は乱太郎と同棲しているおかげか大幅に半助の生活習慣は改善し、カフェイン中毒や主に大学などの仕事のストレスなどの胃痛どよく飲んでいた胃薬を飲むことも少なくなってはきているが、どうしても乱太郎と住んでいても改善できないのが、こうして休みの日になると昼近くまで寝てしまうということだった。
 大学教授という仕事柄どうしても家に帰る時間が遅くなることのほうが多いし、休日には好きなことをゆっくりとしてほしいと思うので、乱太郎自身そこに関しては何も言わないでいるが、さすがに昼まで寝られては夜に寝られない!と泣きつかれてそのまま眠気が来るまで運動でもしようか。と寝室に連れられてあれよこれよと半助のペースに流され、翌朝大変な思いをするのが目に見えているので、乱太郎としてはこのまま寝かせたい気持ちもあるのだが、心を鬼にして半助が寝ている寝室に足を進める。今日はいい天気だから、布団もいっそ干してしまおう。なんて考えながら足を進めながら愛しい恋人の名前を呼ぶ。
はんすけさぁーん。」
 やはり、返事はない。まあこれは想定内である。扉の前に立って、トントンと扉をノックをしてから中に入った。寝室には朝一番に閉めたはずのカーテンが少し開いており、そこから木漏れ日がきらきらと差し込んでいて、その窓からの光を浴びながら半助は穏やかな顔をしながら眠っていた。朝ですよ。と耳元で囁いて、被っている布団を剥ぎ取ろうとしたが、半助は布団に潜り込むばかりで一向に起きようとはしなかった。
「はんすけさぁん、起きて~。」
「ん……むぅ……ねむいからあとじゅっぷん……。」
「もうすぐ昼だからさすがにそろそろ起きましょう~?後で後悔するのは半助さんですよ~?」
じゃあ、あとごふんだけ……。」
「五分短くなりましたね~。ほらあと五分短縮させて~起きましょ~。」
 もう一度寝ようとする半助の肩をゆさゆさと揺するが全く起きない。乱太郎の手が半助の肩をゆするたびに、寝かせてくれ。と言わんばかりに肩に置いている手をぺしぺしと叩いてくる。
(ダメだ、これ。完全に半助さん寝ぼけてる。)
 半助という寝坊助はさらに布団の中に潜り込んでしまい、もはや布団の中から手足さえ出ていない。乱太郎はどうしようかと考えた。ここまでしても起きてこないのならいっそこのまま寝かせたほうがいいのではないか。とそんなことを考えながら、乱太郎は隣にごろんと寝転がって半助が被っている布団を少しずつ下ろしていって幸せそうに寝ている恋人の顔を覗き見る。顔がよく見えるように頬にかかった髪をかきあげて、サラサラな髪を梳いてみたり撫でてみたりして、飽きてきた頃に顔に唇を落としてみる。すぴー、すぴー。と気持ちよさそうな鼻息を立てて、普段なら絶対に見ることが出来ない年齢不相応な寝顔がなんとも可愛らしい。普段の半助は周りから見れば、非の打ちどころがなくて、優しくて、かっこよくて。まさに何でも兼ね備えた大人に見えるのに、乱太郎と生活する半助はそんな完璧な姿はどこに行ったのかとでもいうようにかわいい姿を見せてくれる。
(こんなところ、私以外、誰も知らないんだろうなぁ。)
 こんなかわいい半助を誰も知らない、自分だけしか知らない秘密が乱太郎はとても嬉しい。だって大学内ではいつも女子たちに囲まれてる彼をこうして独占できているから。
 ふふ、と笑いながらそのまま布団を捲って彼の胸の上に頭を乗せて、耳を澄ませばとくとくと規則正しい鼓動の音が聞こえる。寝ている半助のあたたかくて柔らかな体温に包まれているからか、つい欠伸が出てしまう。
……ん、ふふ……。」
……ん?」
 今、なんだか笑い声が聞こえたような……?気になって視線をあげると、眠っている筈の半助がいつもの優しい目でこちらを見ていた。それから愛おしげにこちらを眺めていて。それに気づいた途端、乱太郎はぶわっと熱が集まるのが分かった。いつから起きていたのか?いつから見ていたのか?考えただけでも顔が熱くなってしまいそうだ。
「は、は、は、半助さん、起きてたんですか!?」
「ふふ、ごめんね。あまりにもかわいくてさ。まあ、起きたのは乱太郎が私のお腹に手を置いて顔を埋めたあたりからだけど。」
……っ!!もう!!起きてるならそう言ってくださいよ!!」
「きみががあまりにもかわいいことをするからずっと眺めてたくなったんだよ。」
……ッ!!もう!半助さんのバカ!」
 羞恥に耐えきれなくなったのか、乱太郎は立ち上がって逃げようとしたが、半助の手がそれを阻止する。半助に手を引っ張られるとぐらりと乱太郎の重心がずれてしまい、勢いでそのまま半助の方に倒れ込んでしまう。ぽすんと半助の胸の上に落ちると、半助がニヤニヤと悪い笑みを浮かべながらこちらを見ているのに気づき、むっと眉を寄せた。
 乱太郎のその反応が面白いのか、半助はまた楽しそうにくすくすと笑う。そんな半助がなんだか悔しくて、乱太郎は仕返しをするべく、両手で半助の頬を挟むようにつねると、痛いよ。と抗議の声があがった。
「もう、布団を干したいので早く起きてください!ほら半助さんも手伝って!」
 乱太郎に急かされてしまった半助は渋々ベットから起き上がると、息をつく暇もなく自分がさっきまで寝ていたベットにあった掛布団や敷布団を持たされる。乱太郎も枕などを抱えて寝室から出ると廊下に出てそのままベランダへと向かっていく。乱太郎の後に続いた半助も一緒にベランダに出ると、丁度よい陽気にふうと息を吐き出す。春の風は寒すぎるわけでも暑すぎるわけでもなく、ちょうど良い温かさで気持ちがよかった。
 布団を干し終えると、お腹を空かせた半助が先に部屋へと戻っていったので乱太郎も空で光り輝いている太陽を見て目を細めながら部屋に戻る。ふわふわと風で揺られるカーテンをかき分けて部屋に入ろうとしたものの、カーテンが風に揺られすぎて乱太郎自身がくるくるとカーテンに絡まるような構図になってしまった。そんな乱太郎を見て、ソファに座っていた半助が慌てて駆け寄ってきてカーテンの巻き付いていた部分をほどく。
 カーテンをほどくと、まるで花嫁のベールを上げたような格好になり、それを見た半助が愛おしげに笑ってそのままその場で膝をついて、乱太郎の左手を取り、左手の薬指にキスを落とす。乱太郎が目をぱちくりと瞬かせる間に、半助は次に手の甲にそっと、恭しく口づけた。まるで誓いを立てるように、ゆっくりと唇で触れて乱太郎を見ながら口を開いた。
ここで愛を誓わせてくれ。」 
 これから喧嘩もいっぱいするかもしれないけれど、ずっときみのそばにいるって誓うよ。だから、きみも誓ってくれないか。乱太郎、きみもなにがあっても、私のそばにいると。声色も、顔も真剣そのもので乱太郎は突然降って湧いたプロポーズのような言葉に顔を赤くさせたが、もう一度半助を見つめ返した途端、ふふ、と笑い出した。
 声色も、顔も真剣そのものであったけれど、たくさん寝ぐせのついた髪、そしてたくさん皴のついたパジャマ。どう見ても愛を誓う人の形相ではなくて笑わずにはいられなかったのだ。その笑いに半助は、どうしてここで笑うんだ。とでも言いたげな表情をしているのがこれまた面白くて乱太郎は半助を宥めるように指通りの良い半助の髪を梳いて、額にキスをした。
「病めるときも、健やかなるときも、富めるときも、貧しきときも、半助さんを愛し、敬い、慈しむことを誓います。」
 その言葉を聞いた半助が目を丸くさせているのを見て、乱太郎はしてやったり!という顔をして笑う。そしてそのまま半助の額にもう一度キスを落としてから、今度はしっかりと半助の唇に自分の唇を重ねた。 
私も、誓うよ。」
 そう言って、今度は半助が乱太郎の唇に自分の唇を重ね合わせてきたので、それに応えるように乱太郎も目を瞑る。お互いの唇が離れると、どちらからともなく微笑んで額を合わせる。春の陽射しがゆらゆらと揺れるカーテンの隙間からきらきらと輝きながら部屋に入ってきていて、二人はその暖かさに身を委ねるように、半助のお腹の虫が鳴るまで静かに額を合わせて寄り添っていたのだった。