穏やかな午後の日差しを、高い壁に嵌め込まれたステンドグラスがあざやかに散らしている。広々とした洋館のエントランスホール、中央階段を飾る赤い絨毯と豪奢な窓を見つめ、傍らの毛利が素直な感嘆の声を零した。
「ほんまキレーやねえ、
月光さん」
「ああ」
「ね、いまのうち探検しやりましょ」
「
……さして興味はない」
「っちゅうことで、行ってきまーす!」
慣れた調子のやりとりに、ホールのあちらこちらで撮影機材をチェックしているスタッフから笑い声が上がるのが聞こえる。じゃれつくように後ろにまわった毛利に軽く背中を押され、階段を上って二階へと向かった。
――きょう自分たちがここにいるのは、かねてからオファーを受けていたファッション誌のピンナップ撮影のためだ。スポーツ誌ならともかくも、普段はあまり受けない類いの依頼だが、相手が君島コンツェルン傘下の出版社とあっては致し方ない。
遠征スケジュールの合間に調整がついた一日をあてて、越知は毛利とともに関東某所の洋館を訪れていた。
季節は初夏。向日葵畑を象ったステンドグラスが有名な洋館で、確かに夏に刊行予定の雑誌には絶好のロケーションといえるだろう。
毛利にはワインレッド、自身には青。それぞれ色違いのサマーベストが用意されており、その姿のまま並び歩くのは何やら少々面映ゆい。
毛利はといえば最初に着替え終わった際にひとしきりはしゃいでみせたあとは至って普段通りの調子である。
いつまでもこそばゆい心地がしているのは、どーやら自分だけらしい。
ちらと脳裏を掠めていった思考には気が付かなかったふりをして、楽しげに周囲を見回しながら歩く毛利の無邪気な声に耳を傾ける。
休憩時間は三十分ほどだ。
むやみに備品類に触れるようなことさえなければ、そのあいだは自由に館内を散策して構わないと言われている。等間隔に並んだ窓から午後の陽光が斜めに差す廊下を半ばほどまで進んだところで、ふいに毛利が足を止めた。
「
月光さん、ここからバルコニー出れますよ」
こちらを軽く見上げながらの何気ない言葉とともに、するりと男の手のひらが自身の手を取る。
人目がないことを理解しているからか、
……それともやはりまだ浮かれているのだろうか。知った感触の指先は、今日も変わらずあたたかい。
赤茶色の癖毛が日差しに淡く滲むのを視界の端に映しつつ、男とふたり、バルコニーに一歩踏み出す。よく晴れた空からまっすぐにそそぐ陽光が、ちり、とかすかに頬を灼いた。
眼下に広がる庭園には、初夏の翠があざやかに揺れている。そのなかに突如ぽっかりと現れる土色の長方形のスペースには、スタッフ曰くもうじき向日葵の苗が植えられる予定だという話だった。
「ひまわり咲いちょるとこも見たかったですねえ」
「
……そうだな」
あたたかな土に根を張り、太陽の光を浴びてのびやかに育った大輪の向日葵が一面に咲き並ぶ姿はさぞ壮観だろう。
人の手で耕され、いまはまだ静かに栄養を蓄えている土壌を、傍らの男は口を噤んだままじっと見つめている。毛利、と、短く男の名を呼ぶより先に、ちいさな声が耳朶を打つ。つきさん、あんね。
「ここ、結婚式もできるんやって」
ともすれば風にまぎれてしまうような、ほんのかすかな声だった。繋いだままの手のひらが、ぎう、と強まる。いらえの代わりに同じだけの強さで握り返すと、ようやく男のまるいひとみが持ち上がって自身を見た。視線が噛み合う。かちり。
「したいのか」
「
……月光さんは? してみたいて思います?」
「
――……、」
「
……それがようわからんのですわ、自分でも」
質問に質問で返すのは少々いただけない。そう目線に乗せて窘めはすれど、なぜだか困ったように笑う男をそのままにはしておけず、ひとまず思考を巡らせる。結婚式。
友人へ祝いの言葉を寄せたことは何度かあるが、直接出席したのは学生時代に父の代理で参加した知人の式が最後だ(祝福と笑顔にあふれた、良い式だった)。
同様の催しを行う自分たちを想像しようとして、
――毛利の表情の理由がわかった気がした。
「あまり、想像ができないな」
「そうですやろ」
関係を打ち明けている家族や友人からは、すでにあたたかな祝福を受け取っている。むろんそうした人々へ改めて礼を伝える式としての意義はあるだろうが、今となってはその機会もやや遅きに失しているところは否めない。
なにより、「おまえたちが幸せであればいい」と言って笑ってくれた相手には、日々の行動で返していきたいというのが毛利との共通認識だった。
「披露宴はまぁ、わからんでもないんやが
……。
……結婚式っちゅうたら、やっぱ誓いの言葉やろうし」
訥々と呟きながら、手のひらを掴んでいた指先がほどけて自身の五指にそっと絡む。あたたかい。
祈るようなかたちの手に目を細め、ぽつり、呟く。
「
……誓うべきは、神でも人でもないだろう」
これまでにこの男からそそがれてきた、そして今もなおそそがれている愛の温度と充足を、自分はたしかに知っている。それと同じだけのものを自分が返せているかどうかはわからないけれども、
――少しでもこの男に届いていれば良いと思う。
目を丸くしたまま言葉を取り落として自身を見つめている男に、最初の問いの答えを告げた。
「興味はある。お前とふたりきりならば」
「
――ッ、」
「お前は、どうだ」
病める時も、健やかなる時も。
自身がそれを誓うべき相手は、この男のほかにない。互いだけが、この感情の証人であればいい。そう思うのは、我儘だろうか。
焦茶のひとみが、自身だけを映してゆらり、まばたく。
「それやったら俺も、したいです」
男の眦からこぼれた雫がひとつ、ちかりと陽光を跳ね返しながら落ちていく。瞼の裏にその軌跡を焼きつけて、呼吸をさらう唇に目を閉じる。
夏空の下、向日葵のように笑う男が見たい。
***
ふたりへのお題ったー
『ひまわりのように笑って』