昼食を終えた昼下がり、自室に戻ってきた光忠は文机に軽くもたれかかるように腰を下ろしてぼんやりとしていた。朝起きた時から思っていたけれど、今日はなんだかパッとしない。ずっとうっすらと眠気が存在している。
「おぉ、光坊。……なんだ、眠そうだな。調子が上がらないのかい?」
光忠が気の抜けた調子で空中を眺めていたら、鶴丸がひょっこりと部屋――この部屋は彼の部屋でもある――に顔を出して、そう言った。
「あぁ、鶴さん」
光忠はできるだけ姿勢を正して年上の恋人に返事を返したが、ぼけっとしていた様子を見られただろうと思って苦笑する。
「あはは……、そう、なんか朝からいまいちなんだ。もっとシャキッとしたいんだけどね」
「そうかい、朝は気づかなかったな。……、そうだ、それならそんな光坊に長谷部にもらった強薄荷の飴をやろう」
「きょうはっか?」
光忠は鶴丸の言葉を繰り返して、そして彼がのど飴のパッケージを手にしていることに気がついた。そのパッケージに見覚えがあって頷く。
「あっ、長谷部くんのいつものスーパーミントののど飴だね」
「そう、それだ。あいつが間違えて甘味料入りを買ったらしくてな、持て余していたからもらったのさ。さっそく口に入れてみたが、かなり清涼感がある。これを舐めたらきみもシャキッとするんじゃないか?」
鶴丸は近づいてきて腰を落とすと、のど飴のパッケージをこちらに見せた。長谷部が持っているのを見かけることはしょっちゅうだけれど、こうしてパッケージをじっくり見たことはない。確かに長谷部はシュガーレスの飴を好んでいるが、これにはシュガーレスとは書いていなかった。パッケージにはほかには、驚きの清涼感、とか、鼻と喉すっきり、などと書いてある。
おそらく、鶴丸が長谷部からこれをもらったのは「驚きの清涼感」と書いてあったからに違いないと光忠は確信して、少し笑った。
「……?」
光忠が笑ったことに鶴丸が不思議そうにしていたので、なんでもない、と首を振っておいた。
「鶴さんの言うとおり、少し頭がすっきりしそうだね。もらってもいい?」
「あぁ、もちろんさ。気休めかもしれんが、ないよりいいだろう」
鶴丸が頷いて、パッケージそのものをこちらに手渡してきた。てっきりパッケージから小袋を一つ渡されると思っていた光忠はきょとんとして彼を見つめてしまった。
「全部いいの?」
「あぁ、全部もらってくれ」
「そっか、ありがとう」
「『全部』、な」
鶴丸がちょっと悪戯っぽい顔をして繰り返した。どういう意味だろうと思って光忠が首を傾げているうちに、彼が中腰になってこちらに身を乗り出してきた。そして、そのままこちらを見下ろすようにして光忠の顎を片手で掴んだ。
「……!?」
光忠が驚いているあいだに、鶴丸はこちらの顎を片手で掴まえたままその手の親指を光忠の唇に差し込んで口を開かせると、そのまま口づけてきた。ころん、という軽い感覚とともにまだ大きめの飴玉が光忠の口内に転がってくる。
飴が移動したことを確認してから、鶴丸は余韻のように光忠の唇を舌先で舐め、口移しという名の口づけを終えた。鶴丸の舌は先ほどまでミントの飴を舐めていたので、スッとした涼しさが触れられた唇に残る。顎を掴んでいた手を離した鶴丸は光忠の顎下をくすぐるように撫でてから離れた。
「俺はもっと甘い飴のほうが好みなんだ、すまんがそいつも引き取ってくれ。鶴さんからのシャキッとするおまじないだ」
あっけにとられたまま口に移された飴を舐めている光忠を見下ろして楽しそうに彼は言った。そして、じゃ、と片手を挙げる。
「俺はこれから手合わせの指導さ。目を覚ませよ、光坊。あんまりぼけっとしてちゃせっかくの伊達男が台無しになっちまうからな、その飴でだめなら顔でも洗うといい」
もっともらしい提案を軽やかに言いながら鶴丸は部屋を出ていった。
「……、」
その後ろ姿を見送りながら、光忠はといえば飴の強烈な清涼感と恋人の大胆さに目をしばたかせていた。
「飴でだめなら、……?」
口移された飴を口内で転がしながら光忠は呆けたように呟いた。
「むしろ目が覚めすぎるよ……、刺激的で……」
刺激的なのは、飴ではなく、もちろん鶴丸国永その人が、である。その後、光忠は驚くほど眠気が消えてシャキッとしたので、確かに鶴丸のおまじないはよく効いたのだった。
■■■
その夜。
光忠より遅く入浴に向かった鶴丸が部屋に帰ってきたので、光忠は一息ついている彼のもとに近づいた。
「鶴さんにあげたいものがあるんだ」
「おぉ? なんだい」
「これ、今日のおまじないのお礼」
光忠はレトロな印刷のパッケージを差し出した。その中には、琥珀色のシンプルな味わいの飴が入っている。
「鶴さん、甘い飴のほうが好きでしょう。今日舐めてたのはスースーするやつだったから、甘いのが食べたかったかなって思って、買ってきた」
「おっ、そうなのか、すまんな。確かに、俺はこういう飴のほうが好きだ」
鶴丸は機嫌良さそうに言って、さっそくパッケージを開けると、一つを口に入れている。
「そうだよね。……まぁ、なんていうか、あのあと僕はすごくシャキッとしたから、そのお礼って感じかな」
「お、俺のまじないの効果があったか」
「うん、すごくあった。刺激的で」
「はは、そうか。あの長谷部の飴は涼しいを通り越してもはや辛かったからな、俺には合わなかったが光坊にはちょうどよかっただろう」
まぁ、ぼんやりしているきみも新鮮で悪くなかったが、と、どうやらフォローを入れてくれているらしい彼に、光忠はやんわりと首を振った。
「いや、刺激的だったのは飴じゃなくて」
「……?」
「大胆に口移ししてくる鶴さんが、かな」
びっくりしたよ、と光忠は重ねて言った。
「急にあんなに力強くキスされると思ってなかったから。どきどきして、それが刺激的だった」
言いながら、鶴さんには敵わないね、と光忠は照れて笑った。その時の感覚を思い出したからだ。それを、鶴丸はなんだか面白がっているのと呆れているのあいだの表情で見る。
「へぇ、きみはあの程度で刺激的とするのかい? あんなのはお遊びだろう」
「……?」
光忠は鶴丸の言葉に首を傾げた。いやいや、不意打ちで飴を口づけで口移すなんて、十分刺激的だと思うのだけれど。
「刺激的っていうのは、こうだ」
鶴丸が言いながら距離を詰めてくる。あれ? と思った時には彼の手のひらが後頭部に回っていて、ぐい、と力強く引き寄せられた。そのまま口づけられる。薄く開いた唇に鶴丸の舌が舐めていた琥珀の飴とともにねじ込まれて、互いの距離が深くなった。
「――っ、」
鶴丸の舌は、飴を光忠に口移すだけでは出ていかなかった。そうではなく、光忠の口内で飴を溶かすのを手伝うようにこちらの舌に絡む。飴のつるりとした質感と、彼の舌のやわらかさが混ざって、その感触が光忠を翻弄した。
互いの口内の高めの体温が混ざるほど、溶けた飴の甘さが広がって、飴が甘いのか、この人が甘いのか分からなくなってくる。
「ん、……」
「……、っ」
じっくりと口内を探られているうちに、光忠も最終的に積極的に彼に応えて、二人のあいだで琥珀の飴はすっかり溶けてなくなってしまった。鶴丸が数刻前と同じく、名残るようにこちらの唇を舌先で舐めてからゆっくり唇を離す。先ほどと違って彼の舌先に清涼感はなかったけれど、代わりに確かな熱があった。
「このくらいじゃないと、刺激的な驚きはないだろう」
鶴丸は自分の唇も舐めて、どことなく挑発的な表情で笑うから光忠は無意識に自分で唇を舐めた。口の中に甘い熱が広がっている。なんだか落ち着かないから困ってしまう。
「確かに、刺激的、だね……、えっと、これは、その――、なんのおまじない?」
困ってしまったので光忠は奇妙な質問をしてしまったのだが、鶴丸はそれを面白がって笑った。
「はは、そうだな、きみは何のおまじないがご希望だい?」
「……? いや、僕は、鶴さんがくれるおまじないなら、なんでも、……」
「そうか、じゃあ、」
鶴丸は右手の人差し指を唇に触れさせるように立てて、しばらく考えた。それは妙に色気のある所作だったので、光忠は視線を逸らしたり戻したりした。
「もっと刺激的なことがしたくなるおまじない――、ということにでもしよう」
「えっ、」
「当然、異論はないだろう? 光坊。まぁ、もしまだまじないが足りないなら、足りるまでまた飴をきみに舐めさせてやるが」
どうだい、と熱を仄かに帯びた瞳で彼が言ったから、光忠は降参の意を込めて笑ってしまった。
「やっぱり鶴さんには敵わないや。大丈夫、おまじないはもう十分。というか、おまじないなんてなくても、僕はあなたともっと刺激的なことがしたいよ」
「そうこなくちゃな」
光忠の答えに満足したらしい鶴丸は、こちらに手を伸ばして頬を撫でながら続けた。
「なぁ、きみにしてやった分だけ、俺も刺激的な驚きが欲しいぜ」
「それはもちろん」
光忠は頷いて、頬に触れている彼の手首を掴んで引き寄せた。
「鶴さんは甘い飴が好きだから、それよりももっと甘いのをあげる。びっくりするくらい、刺激的なのをね」
そうして、今度は光忠のほうから口づける。互いの唇は甘さの余韻があるどころかもっと甘くて、この甘さは飴ではなくて口づけの甘さなのだと思った。
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