米田
2026-05-23 23:43:45
4675文字
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歌会直走路 詠草の読み

2026年5月23日に開催しました歌会直走路の詠草についての私の個人的な読みのまとめです。
解題を聞く前のものとなりますが、忘備録的に残しておきます。
皆さまのおかげで素敵な歌会になりました!
本当にありがとうございました!

①駆け出して逃げてしまったものだから道の終わりは直線になる(ぷでたさん)

「100メートルの世界に生きると決めたら、そこに居場所を求めるなら、そこで結果を出すしかない」といったようなことを言っていた仁神さんのことを思い出しました。
100メートルの世界に生きる人間は、逃げる時には走ることになり、そして走り出してしまったからには走ることでしか終わることができないのかもしれない、100メートルにトドメを刺されるまではどちらにしろ走り続けないといけないのかもしれない、と思って読んでいてゾクっとしました。
もしかしたら仁神さんだけでなく、同じように陸上を辞めようとしていたトガシさんのことも指して言っている歌かもしれないなと思います。
この歌の言っていることや感覚のことはすごくわかるな、と思うのに、言語化するのが難しかったので、他の方の読みや解題を聞くのがとても楽しみな歌です。



②地を蹴って泣いて笑って息をして俺は生きてる、嗚呼、生きている!(某さん)

ひゃくえむに出てくる色んな選手に当てはまる歌かもしれないと思います。
ひゃくえむの哲学って、財津さんが講演会で言っていたようなことだと思っていて、つまりそれは「人間はすぐに死ぬから精一杯好きなことをして生きるしかない、私にとってそれは走ることだった、君もそうなんだろう?」ということなんだと思っているんですが、究極的に言えば「走ることが好きな人達の話」だとまとめることができると思っていて、なので、この歌もあらゆる選手に当てはめることができるんじゃないかと思いました。
この歌の言っていること、「地を蹴って泣いて笑って息をして」というのがまさにあらゆる選手たちがレースの中や、レースに至るまでの日々の中で体験していることのような気がして、そのことを「生きている」と歌い上げているのが、すごく人間讃歌的で、すごく素敵な歌だなと感じました。



③蒼き照る 安眠遠し句読点 打てずにインク 滲ませた夏(藤間さん)

「照る」と言っているので日差しのことかなと思うんですけど、それを「蒼き」と表現しているのが珍しいなと思いました。「安眠遠し」とあるので小宮くんのことかなと思って読み進めていくと句読点を打てなかったんだな、というのがわかって、多分決勝の走りのことを言っているのかなというのがわかる構成になっていて、あの時の情景が蘇るような歌だなと感じました。インクを滲ませたのはあの時の汗だったり涙だったりするのかなと思います。
句読点を打てなかったというのがいいですよね。
あの時の二人が最後ではないという希望や祈りのようなものを感じました。



④音が照り燃ゆる地を踏む生きるって何味ですか真っ直ぐ迷う(いまさらさん)

③の歌と同じように「照る」が入っていますが、こちらの歌はその主語を「音が」としていて、それが不思議だなと思ってそこで一旦足を止めてしまうような効果がある気がするといいますか、私は実際にこの歌の初句で「はて」となってしばらく考えてしまったんですけど、「音が照る」ってどういうことだろう。晴れている時の燦々とした空気や日差しのことを言っているのか、レースが始まる時のアナウンスの音を言っているのか、スタートの合図のことを言っているのか、色々な想像ができるフレーズだなと思いました。私はスタートの合図の音かなとあたりをつけてそのあとを読み進めました。
「燃ゆる地」というのはタータンの赤のことかなと思いつつ、暑い日の揺らめくような道のことかもしれないと思いつつ、「生きるって何味ですか」のフレーズにも驚きました。たしかに、生きるって何味だろう。考えたことがないような、でもわかるような感覚です。
「真っ直ぐ迷う」というフレーズも良くて、真っ直ぐだけど迷っている。たしかに、そういうこともあるかもしれない。特にひゃくえむに出てくる人たちにおいては、真っ直ぐであることにこそ迷っている、みたいな人が多いのかなと思いました。
「おっ?」となるフレーズが続きますが全体の調和が取れているというか意味がわかる歌になっていて、すごく魅力的だと思いました。



⑤問うことは恋うこと心の切岸(きりぎし)に抱き初むオルガンの音のひそやけく(gamiさん)

切岸(きりぎし):斜面を削って人工的な急傾斜の断崖とし、斜面下からの敵の侵入を防ぐために城などに造られた防御施設の一つ

「問うことは恋うこと」というフレーズがすごく格言的で響きも良くて、何度か繰り返し心のなかで反芻してしまいました。
疑問を口に出して問うこと、というのは相手がいなければできないこと。それを「恋うこと」にイコールで結んでいるのが、問いの内容や相手への感情を思わせるなと思いました。
「切岸」という単語を知らなかったので調べたところ、お城などに造られた、人工的な急傾斜の断崖のことらしく、敵の侵入を防ぐための防御施設とのことだったので、心の中に、他人の侵入を許さない部分がある人のことを詠んでいるんだなということがわかります。
この時点で小宮くんのことかなと思ったんですが、そのあとの「抱き初むオルガンの音のひそやけく」でかなり内省的でシャイな人のような気がして、ますます小宮くんかなと思いました。
オルガンというのは風圧で音を出すので何もしなければ音量は常に一定らしいんですが、ストップと呼ばれるパイプの本数を調整することで出す音の音量を変えることができるらしいんですね。
この場合には「音のひそやけく」と表現されているので、音はかすかであることが示されている。
「問うことは恋うこと」と言われているように、歌の主体の中で問いへの関心は非常に強いと思われるのに、誰にも明け渡していない心の切岸で抱いているオルガンの音は非常にかすかである。
切望することとそれを表に出すこと、切望を口にすることのバランスが、非常にアンバランスな人なのかなという印象を受けます。
ここまで読んで、やっぱりぽそぽそと喋っていることが多い小宮くんの歌かなという印象だったのですが、もしかしたら他にも合うキャラクターがいるかもしれないですね。
でもなんとなく、決勝前にトガシさんに問いを投げかけた小宮くんのことを思い出しました。



⑥かってくれよ足がはやいの金メダイ いきが悪けりゃうれないもので(げたんぬさん)

「かってくれよ」は購入するの「買って」と勝利するの「勝って」の意味があるのかなと思います。
2句と3句はキンメダイは鮮度が落ちるのが早いからという意味と、ひゃくえむのキャラクター、選手たちの足の速さにかかる意味と、キンメダイは金メダルにもかかっているかなと思います。
「いき」は活きが良いの「活き」と呼吸の「息」でしょうか。
下の句は「鮮度が悪いと売れない」と「呼吸がうまくできていないと勝てない」くらいの意味がかかっているでしょうかね。
全体としては江戸っ子みたいな口調で魚を売っている魚屋さんの言葉になっていますが、同時に百メートルを走る選手たちのことも言っているダブルミーニングが複数入っているのがおもしろい歌だと思いました。



⑦トガシくん 詩としてきみを解すのが裏切りだとは知っているんだ(川原さん)

初句が「トガシくん」という語りかけから始まるのが結構衝撃でした。たしかにアリだけど、実際にそれをするのってかなり覚悟がいるよなという感じで……
そして、すごい、全部が小宮くんの声で聴こえてくる……!というのも衝撃です。
もしかして「トガシくん」から始めると全部が小宮くんの台詞になるのか……!?
「トガシくん」と彼のことを呼ぶのは小宮くんだけではないんですが、この歌の台詞は小宮くんの声で聴こえてくるというのは、それだけ小宮くんらしい口調になっているということなので、そこもすごいと思いました。
「詩として君を解す」ことをトガシさん本人は望んでいない、もしくは小宮くん自身がそれをいけないことだと思っている。
「詩として君を解す」というのが具体的にどういうことなんだろうというのが深くはわからなかったのですが、トガシさんという存在の稀有さを、本当に自分の中で特別にしてしまうこと、神聖視してしまうことなのかなと思いました。
よく歌手の方とかですと「実際の失恋を歌詞にする」ということがありますが、あれを「実際の出来事を、その実存性からある一定以上の距離を取ったもの・相手の主体性を奪って遠く隔てた偶像性の高い美しいものとして詩とする」ことだとすると、「詩として君を解す」というのは、「実際にあった君との思い出を、君の主体性のないところで偶像性の高い美しいものとして距離を取って崇めてしまう」というようなことなのかなと解釈しました。
小宮くんの中でトガシさんを神聖視してしまうことを小宮くん自身は申し訳ないこと、裏切りだと思っていて、でもどうしてもそれをやめられない。
子供の頃の小宮くんの歌なのかなと私は解釈しました。



⑧無垢だった眩しさだったこの脚を息を心を枯らしたって(aoさん)

決勝の最後に映った子供の頃のトガシさんと小宮くんが並んで走っているシーンが思い浮かびました。
無垢だったし眩しさそのものだった頃、その頃の気持ちを思い出した時の新鮮な「走ることの楽しさ」を詠んでいる歌だと思って、ちょっと泣きそうになってしまいましたね……
この脚だって息だって心だって、何だって捧げたってよかった、そういう気持ちって生きているうちにどれだけ感じられるだろうと思うんですけど、きっと二人はあの決勝のあとは何度だってそういう気持ちを味わうんだろうなと思うと、本当に綺麗な終わり方だったなと思います。
でも他の選手だって、走ることを始めた時にはみんなこういう気持ちは感じていたかもしれなくて、それを思い出すことの大切さみたいなものを教えてくれる歌だなと思いました。
最後の「枯らしたって」はネガティブな感じの言葉ですけど、でもこの歌全体で見ると全然ネガティブではないというか、そのことを無垢だったし眩しさだったと言っている。
きらきらとしたあの時の光景が見えるような歌で素敵だなと思います。



⑨誤魔化しの効かない白い道行きをほどけるようにわらって君は(よねだ)

自作でした。これは興行収入8億円突破記念に公開された鰯弐陸描き下ろしイラストの、寺川さん視点の歌です。反則的ですみません。
こう書いても「反則だろ」と思われるかもしれないですが、「陸上を選ばなかった全ての人間から見たあの鰯弐陸のイラスト」の歌とも言えるかもしれません。
あの映画の世界線にも居てほしいと思ったんですよね、寺川さんが。
原作ほど絡みはないけど、鰯弐陸のみんなと歩いているトガシさんの背中を見ている寺川さんが居てほしかったんですよ。
そして「誤魔化し」という言葉、寺川さんっぽすぎませんか。
ここまではただの願望なんですが、この歌のことはどう読んでもらっても本当に全然構わなくて、全ての読みがとても嬉しかったです。
でも陸上って本当に「誤魔化しが効かない」競技であるなあと常々思っていて、正々堂々でなければ戦えない、そういう白く照った道行きを行く彼らのことを、誰かは眩しく見ただろうし、誰かは呆れたような目で見たかもしれない。
そういう歌でした。

皆さま、楽しい歌会を本当にありがとうございました!