この日、ヌヴィレットは休みだったのだが、急遽対応しなければならない案件があり、朝早くからロマリタイムハーバーまで出向く事になってしまった。案件自体は大した事はなかったのだが、ヌヴィレットを迎えた町はすっかり歓迎ムードで、町の子供やメリュジーヌ達を始め、町中の住人たちがヌヴィレットをもてなそうと集まってきた。用件を終え、それらの熱烈な歓待に丁寧に対応してパレメルモニアに戻ってきたのは夜の帳が落ちた頃。セドナに案件を引き継いでから、小さな紙箱を手に自宅へ戻ってきた時は時計の針は既に21時を回っていた。
「ただいま、空。空はいるだろうか?」
扉を開けて開口一番ヌヴィレットは恋人の名を呼ぶ。続いてリビングに続く扉開けると、広いソファーの上でごろ寝しながら何やら本を読んでいる空の姿があった。
「すまない、空。遅くなってしまって」
早足で恋人の元へ向かえば、彼は本から少し顔を上げてまた本の方に視線を戻す。職業柄、つい何を読んでいるのかと表紙に目を走らせれば『わからせシリーズ第1巻 ぷにぷには水の龍をわからせたい!』というタイトルが書いてあった。これは今、一部の女性たちに大人気の本だ。だが、それを読み終わりそうな少年はポンポンの実みたいに頬をぷくーと膨らませながら、ソファーの上で足をばたつかせている。
「おかえり、ヌヴィー。今日はせっかくのお休みだったのにお出かけしちゃう上に、早く帰ってくるって言ったのに全然帰ってこなかったよー」
怒っていてもおかえりを言ってくれた事にヌヴィレットはほっと胸をなでおろす。そして普段は水スライムみたいにぽよんぽよんと跳ねているような空が、今は風スライムようにぷんぷんしている姿も可愛らしいと思ったらしく、目を細めて見つめている。
「んもう! オレ、怒っているんだからね! 今日のおやつはホテル・ドゥボールの限定のチョコレートパフェとチョコレートケーキとオレンジショコラタルトとスフレチーズケーキを食べに行く予定だったのにー!! それでまたおやつにオレの用意したお菓子を一緒に食べながらおしゃべりしようって話したのにー!」
ソファーから立ち上がると身体を揺らしながら文句を言う。
「すまない、空。思ったより遅くなってしまって……」
ヌヴィレットの眉が下がる。
「お仕事は仕方ないよ、それはわかっているんだけど、でもでも、オレ、楽しみだったんだよー!」
「空、そうだな。私も今日をとても楽しみにしていた」
残念そうにするヌヴィレット。彼は明らかにしおしおとなっている。
「おやつだってね、おなかすいちゃったからヌヴィーの分、食べちゃったんだから!」
「そうか……君の可愛いお腹が満足するのならば私は構わない」
「でもねー、オレは怒っているからねー。ヌヴィーのおやつはこれにしたからね!」
テーブルの皿やグラスにあるのは、ポッ●ーのプリッツ部分、き●この山の軸、た●のこの里のクッキー部分だけである。本来の形から何かが消えているそれらを指さす彼の口もとはチョコレートで汚れている。
デーツナン(乾燥剤)再来の予感にヌヴィレットは困惑した表情を浮かべるが、それでも自分の為に半分残していてくれたことに愛しさが募る。
「ヌヴィーのお口の水分がなくなっちゃうかもしれないけど、でもそれくらいは罰だからね! もう、オレ、怒ったから悪い子になって意地悪しちゃうんだから!」
「そうか、それは申し訳なかった。だが、君は悪い子ではない。とてもいい子だ」
そういって慈愛に満ちたヌヴィレットの不思議な色をした瞳が小さな恋人を見つめるものだから、空は機嫌を良くしたように身体をぷにんと揺らした。
「遅くなってしまったが、これを君に」
小さな箱を空に渡すヌヴィレット。
「これはなぁに?」
興味津々で箱を開ける。そこにはクレープが6個入っていた。
「ロマリタイムハーバーで最近流行っているようだ。君へのお土産に作ってもらった。バブルオレンジとバブルオレンジのジャムと生クリーム。チョコレート生地に小さくカットしたバブルオレンジにチョコレートソースと生クリーム。チョコレートとカスタード。アップルシナモン。ラズベリーとチーズケーキが入ったもの。そして塩気のあるものでチーズとハムが入ったものだ」
クレープの中身を指さしながら説明するヌヴィレット。宝石のようなクレープたちに空の目がキラキラ輝く。
「ヌヴィー! ありがとうー!! だいすき! だぁぁぁぁいっすき!」
弾ける笑顔で飛び上がって首に抱き着く空は喜びのままちびっこのようなキスをこれでもかと炸裂させた。やがて熱烈なキス攻撃からヌヴィレットを解放すると、一仕事終わったとばかりに、ふーやれやれと息を吐き出す。その自由な様子に、思わずヌヴィレットも破顔する。
「君のその笑顔が見られてよかった。空、今からでもひとつ共にどうだろうか?」
「うん! あとそのはしっこ、オレも一緒に食べるからね!」
「ふふ、喜んで」
二人は顔を見合わせて楽しそうに笑い合った。そんなある夜の出来事。
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