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2026-05-22 23:31:03
8134文字
Public れめしし
 

Surprise room

凸凹なふたりが歪なコミュニケーションをする話

 いくつになっても誕生日というのは特別だ。一年に一度の自分のための日。祝いの席が設けられ魅力的な友達に囲まれて過ごし、配信ではプレゼントという名の多くのデジタルマネーと大量の愛の言葉が降り注ぐ。大抵の欲しいものは金で手に入れられるから、有限の時間を使ってくれることが何より最高の贈り物だった。サプライズされるのも嬉しいけど、実のところ無くて安心した。日頃、自分が企画進行を担当しているのもあって友人達のお手前は推して知るべしといった具合で。
 晨君は案出しの段階は乗り気だし飾り付けに使う前衛的な似顔絵を描くのにも意欲的だけど、飽き性なため任せると高確率で企画倒れ、悪いがパス。礼二君は率先してやる性質ではない、そんな年長者が担当したらプライベートで執刀した手術映像を流し、債務者の情報と合わせて体内の状態を懇切丁寧に説明する学会と成り果てる、面白いけど約一名メシが不味くなると抗議する友人が居るため、却下。ユミピコはもう語るまでもなく自認神だから逆に私の為にすべきではと本気で言ってくるサプライズのサの字も知らないのかという有様だ、論外。敬一君は他の三人が途中で飽きても黙々と作業を熟す頑張り屋ではあるが、如何せん隠し事が下手で準備前にわかってしまう。いくら配信者と言えど既に知っているのに初見のリアクションを取るのは結構しんどい、かと言って本当のことを口にすれば、しょんぼりしたチワワみたくなるのは想像に難くない。今回は縁が無かったということで不採用。

 ただ、今オレが欲しいものは前述の不器用な友人、獅子神敬一にしか用意できない。交渉の結果、快い返事が貰えるかは七割といったところ。残る三割は、強固な理性の鎧と道徳の盾に倫理の剣で武装した彼にお願いを一刀両断される可能性があるからだ。臆病者の牙城を崩すのは骨が折れるので、出来れば喜びの錘を七割の皿に載せて天秤を傾けて欲しい。


♉♍
 案の定、マメな彼は片付けが終わって一番最後に風呂に入るとゲストルームの扉を控えめにノックした。少し間を置いて起きてるよと声をドア向こうに投げれば真鍮製のノブが回転して体を中に滑り込ませた。
「よぉ、ちょっといいか」
「添い寝して欲しい? それとも朝まで運動に付き合って欲しい?」
「誕生日だから景気よく調子に乗ってんのな」
 行為を匂わす音に年下の友人は片眉を釣ってみせる。怒声のひとつ飛んで来ないのは生誕日という魔法が最大限に発揮されている証拠だ。とは言え、調子に乗り過ぎては青年の機嫌を損ねてしまう。そうなると交渉が難航するから、マットレスを軽く叩いて隣に座るよう促すと深い溜息をひとつ漏らし傍に寄ってきた。静かに腰を落とすのに合わせて肩を抱こうとしたら、右手を翳して制止をかけるのに不満を覚えたが年下の男はちょっと待てと呟き、羽織っているナイトガウンのポケットに左手を入れ一枚のカードを探り当てると鼻先につきつけた。
「オメーにやるよ」
「これってプレゼント?」
 指の合間から抜き取って手にする。黒の台紙に金の箔押しで記される獅子神敬一の文字、裏には仕事用のメールアドレスが記載されたシンプルなデザインの名刺。特段目立った部分は見当たらず、仕掛けを施した形跡もない。どういう名目で渡してきたのか、色素の薄い瞳を見つめれば彼は勿体ぶることなく使用用途を口にした。
「オレの指名権。ひとつだけ望みを聞く魔法のチケット」
 渡りに船とはこのことだ。男は形として手元に残るものを贈るのを避けている節があった。恐らく、本人も贈られるのを望んでいないからだ。今日も特別仕様の手料理とヴィンテージ物の酒を振る舞うことで祝った。もし、彼がプレゼントに選ぶなら消耗品一択だ。それこそレイメイの血と言っても過言じゃない炭酸飲料をケースで贈られるのも有り得た。まさか、難なく第一関門を突破できるとは幸先が良い。
「貰ってすぐで悪いんだけど、使ってもいいかな」
「なんだ、今して欲しいことがあるのか?」
「厳密には今日じゃなくて、ソッチのスケジュールに合わせる」
 待ちに待ったメインイベントに笑みが零れそうになるのを必死で堪え、下から顔を覗き込み眉を下げて上目遣い。不安と期待を完璧な均衡で作った表情。渾身のおねだりの成功率はかなりイイ。友人が年齢を考えろと突っ撥ねない限りは。
「観測したいんだ、敬一君のこと」
「それ……どういう意味だ?」
「オレが用意した部屋で過ごして欲しい」
「その口振りからしてホテルじゃねぇよな」
 凡その見当はついているのに踏み込んで聞かないのは、彼の秩序に抵触する恐れがあるからだ。テラリウムの存在を容認出来なくても、叶黎明の人格を否定したくないから話題そのものを忌避する。
「包み隠さず言うとマンションの一室で半日泊を頼みたい。時間で言うと大体、八時間くらいかな」
 こういう場合、下手に遠回しに言うより条件を提示した方がいい。警戒心が強い友人の疑念を膨らませれば望むものは遠退いていく。
……テメーにとってオレは玩具か実験動物なわけだ」
「バカなこと言わないでくれ。そんな風に思ってたらお願いなんてするかよ」
「時間が限定されてる以外の違いがわかんねぇ……ウチじゃダメなのか」
「この家は、敬一君が快適に過ごせるよう内装から設備まで手配して整えただろ?」
 友人の趣味嗜好を考慮した上で、オレ自身のカラーを取り入れた箱庭で観測したいんだ。彼がそこに居る姿を考えただけで脳は酩酊にも似た恍惚で揺れる。
「オイ、もしかして持ち物件じゃねぇのか」
「未使用の部屋を別途で購入してリノベーションもした」
「断られるって考えなかったのかよ」
「例えそうなったとしても中途半端なことするかよ、一から全部自分で考えて世界を作るのがテラリウムだ」
 有象無象と好きなモノを迎え入れる世界は異なる。前者はコストパフォーマンス重視で汎用性が高いが、後者は全てが相手のための特別仕様になる。
「そこまでされちゃあ、無理だとは言い辛ぇよ」
「願いは聞き届けられたって解釈しても?」
 膝に置いていた手を取られる。そうして友人は恭しい仕草で手の甲に唇を落とした。彼自身の造形も相俟って一枚の絵画のようだった。

「黎明様の仰せのままに従いましょう」


♉♍
 互いのスケジュールを調整して、友人を箱庭に招待したのは半月後だった。予め何も持たずに来るよう伝えていたから、年下の彼の持ち物は連絡手段のスマホだけだ。自身の部屋から二階下のフロアに位置するそこに入室したのは午後五時、夕方に差し掛かる頃。廊下を進みリビングに入ると、敬一君は目を見開いた。家具は彼の気に入っている北欧デザインのもの、照明は日本製のものを使用して和と洋を融合させたところにオレ好みの雑貨を少量配置することで、やや調和を崩した空間になっている。
「遊び心があるな」
「アジアンゴシックも捨て難かったんだけどね」
「九龍城砦みたいな?」
「そーそーでもそれだとレイメイの趣味丸出しだろ?」
 興味深そうに室内を見回す男のための箱庭だ。自身の好みを前面に押し出しては元も子もない。家具以外にも壁紙やカーテンもサンプルを取り寄せてひとつひとつ吟味した。
「カメラは固定してんのか」
「うん、アングルはリビング周辺。台数もこの一台だけ」
「プライバシーへの配慮ってヤツ?」
 別に配慮したつもりはなかった。単に入浴とそれに伴う脱衣であるとか、排泄等の生理現象に興味が湧かないからだ。あくまで視たいのは心理状況により変化する言動や行動、理性が剥がれて露になる人間の本質であって、窃視症を患っているわけじゃない。
「ストレスを与えると肉質が悪くなるからな」
 わざとらしく舌なめずりすれば、オレに散々喰われた体を守るように腕を組んで畜産動物かよと舌打ちした。
「音声も拾うんだよな」
「ばっちり聞こえる。でも、その辺はあんまり意識しないでくれると嬉しいかな。自然体な姿が見たいから」
「おー善処するわ」
 衣服が収納している寝室のクローゼット、キッチンの冷蔵庫には潤沢な飲料水と食材、一通り使いそうな物がある場所を教えると三十分が経過していた。そろそろ観測に移ろう。
「途中で気分が悪くなったら、すぐに知らせて」
「ハイハイ、また後でな」
「日付が変わったら迎えに来るよ。ではゴキゲンようケイイチくん」
 右手を持ち上げて流れるように下ろしてお辞儀をする。芝居がかった仕草に喉を小さな笑いで震わせる彼にひと時の別れを告げて、箱庭を後にした。


♉♍
 テラリウム鑑賞の時は、ウルトラワイドモニターには複数の容器の映像とサブモニターにはピックアップした住人を拡大した映像が並ぶが、今日ばかしはライブ映像を全画面表示にする。長丁場になるため丸テーブルにはエナドリとスナック菓子の類を準備していた。まずは一本とプルトップに指をかける。祝砲みたいに痛快な音を歌い開いた口にストローを差して銜える。
「箱庭の王様は何してるのかな」
 カメラ向こうの友人は初めての状況に落ち着かないのか、檻の中をうろつく動物園のライオンみたくリビングを歩き回っていた。何分か経って漸く足を止めてソファに腰を下ろすと、グッズの小型クッションを現状を齎した元凶に見立てたのか頬をつまんで左右に引っ張っるのを繰り返した。気が済めば胸に抱えてスマホを手にする。
『新しい投資先を絞ってんだ。株価が上がって動くんじゃ遅いから今の内に目星をつけとく。先物買いって、場合によっちゃ多額の負債抱えるリスクもあんだけど』
 端末を操作する理由を報告するのに、撮影じゃないんだから肩の力を抜いたらどうなんだと呆れるが生真面目な友人らしいと言えばらしかった。
『独り言が多くなっていけねぇ、なるべく自然にだもんな』
 顎に手を当てて頷く男に苦笑する。賭場ではルールの抜け穴を探す狡賢さを持っているのに、心を許した人間には出来る限り誠実であろうとする。だから、オレにつけ入る隙を与えてしまうんだが。
『努力はするが喋っちまっても大目に見てくれよ』
「敬一君は寂しがり屋だからな」
 画面を隔てた先で眉を下げて柔らかに笑う箱庭の王様に、聞こえないのを知りながら返事をした。


 仕事関連の情報収集を終えた彼は、緊張で凝り固まった肩を何度か回した後にストレッチするから着替えてくるとカメラに向かって律儀に理由を述べて離席した。
 暫くしてフィットネス用のスポーツウェアに身を包んだ友人がリビングに戻ると、小脇に抱えた筒状のヨガマットを床に広げた。筋トレ初心者の礼二君に怪我をしないよう柔軟を目的としたヨガを勧めたのは敬一君だ。勧めるだけあって、鍛えられた体躯は驚く柔らかさを秘めていて、特に股関節の可動域が広いのは実地で知っている。
 筋を伸ばしリラックスするのに土下座の状態で腕を前に伸ばす。数分して前傾になっていた上半身を起こし、片膝を立てて肘で抑えるようにして上体を捻る。いくつかの工程を済ませ体の準備が整うと難易度を上げたポーズを取っていく。
『村雨がヨガで関節痛めて整形に通院したろ? そうなった原因を聞いたら、これと同じのやったって』
 壁画に描かれる古代エジプトの象形文字みたいな型を難なくやってみせた。静止して一分経っても体の軸はブレずに形をキープしている。
『ハトのポーズって言うんだけど、ある程度体が柔らかくないと無理にやったら筋を痛める。お医者様はどうして過程を素っ飛ばして挑戦したんだか』
「礼二君って典型的な知識先行で実践するタイプだからなぁ。現実より体が動く理想の自分を基準にしたんだろうね」
『過信しすぎだろ』
「それはそう」
 早々お目に掛からない運動音痴ぶりなのだが、人体のスペシャリストとして自負があるため思わぬところで負傷する。それはそうと、彼に自分の声は届いていないのに会話が成立してるのが可笑しかった。友人の読み合いの精度が上がったことも関係しているんだろうが。『頭の中のオレはどういう風に話しかけてる?』アプリを開いてメッセージを飛ばしたい誘惑を堪えて声に耳を傾ける。
『食も太いし代謝もいいのに、どんだけ貧弱なんだ』
「キャシャ雨先生が聞いたら繊細と言え筋肉マヌケって返ってくるな」
 体幹の強い青年が三点倒立をしながら声を震わせることなく吐き出す呆れに、画面越しに相槌を打ちながら二本目のエナドリを開ける。

 いくつかポーズを取ってその都度、解説をしていた彼だが体が温まり筋肉が解れると最後は座禅を組んで瞑想をした。これには名前がないのかとスマホで検索してみれば説明しない理由がわかって大いに笑った。言いたがらない筈だ、何せ『キツネ』がモデルになってるんだから。

♉♍
 ヨガのあとはサブスクの映画をソファで寛ぎながら見ていた。オレもキャラメルポップコーンをつまみながら、テレビから漏れる音と友人の反応で大体の内容を推測して鑑賞する。
 中盤に差し掛かると敬一君は登場人物の行動に、なにやってんだ正気かと怒ったかと思えば右は絶対選ぶなよ、真ん中だと忠告して逐一ツッコミを入れる姿は友人達と居る時と変わらない。こうして客観的に見ること自体少ないから新鮮に映る。万華鏡みたくクルクル変わる反応を楽しんで可もなく不可もない炭酸の抜けたコーラみたいなエンディングを迎えると友人は夕食を作りにキッチンに籠った。

 手際が良い男は三十分超で主菜と副菜、味噌汁と米が盛られた茶碗を乗せたランチトレイ片手に戻ってきた。カメラの前に立ってこっちによく見えるように本日の夕飯を映す。
『生姜焼きにした。オメーの分も作ったから後で温めて食えよ。どうせまたエナジードリンクとスナックで済ませてんだろ?』
「ご明察の通り。好きだから苦じゃないけどさ、そうやって見せられたらお前の手料理が良いに決まってんじゃん」
『それと、食材買い込み過ぎだ。どーすんだよ、あの量。村雨と天堂の胃袋を借りれば何とかなるっちゃなるが、明日にでも呼んで……って違うか』
「ん? そのつもりで買ったから別に問題ないぞ」
『ここはオレのための部屋だもんな』
 大量に材料を購入したのは、何を使いどういったメニューを作るのか選択肢の幅を持たせるためだ。最初から余った食料は彼の家に運ぶつもりでいた。
 それがどうだ、部屋の主人が自分である自覚と実感を得た。順応性の高さでは片付けられない、叶黎明の存在の一部を受容し心に招き入れたんだ。仄暗い愉悦が胸を擽り口が歓びに歪む。犬歯が掠めた下唇に微細な痛みが奔るが、それすら高揚を煽るだけだ。色濃くなった歓喜が全身を這い回り震える肩を抱いて笑った。
 席に戻った友人が時間を掛けて料理を咀嚼する姿を拡大する。千切りのキャベツを含み膨らむ頬、味噌汁で濡れる唇、肉に埋め込まれる白い歯、そろりとタレを舐め取る舌、食欲が満たされ緩やかに下がる切れ長な瞳、全てが欲を刺激する。喉を鳴らし唾を呑み込むとポテトチップスの袋を新たに開ける。食べ過ぎて口に入れなくても味を思い起こせるそれが、画面越しに敬一君を眺め同じ時間に食事をすることがスパイスになって油っぽい波型の菓子は酷く甘美な味わいに変わった。


『風呂入ってくる。時間は大体、三十分程度だ』
 友人は時間がある場合は半身浴を習慣としている。次に戻ってくる頃には箱庭生活が終わる間際だろう。小休憩で離席する以外はずっと座っていた身体の関節のあちこちが軋みをあげるのに椅子から立ち上がり、背筋を伸ばしたあとに腕をもう一方の腕で抑え体を捻る。反対側も同じように解し軽く屈伸する、簡単なストレッチを済ませてから洗面所に行く。
 嵌めていたコンタクトを外して霞む目に目薬を点眼すると軽くシャワーだけ浴びておこうか悩む。時間も時間だし、風呂にも入ったから友人が帰宅することはない。泊まるのは箱庭の寝室なのは間違いないとして、ベッドに入って一番したいのは今日の感想を聞くこと。彼の表情や声が、どんな風に色付くかを知りたかった。そのあとどうなるかは気分次第だ。体だけでも洗っておくかと、服を脱いで浴室の扉を開けた。


 烏の行水で済ませてスウェットに着替えると配信部屋に再び足を向ける、そこから五分して青年もまた宣言通りに戻ってきた。モニター端に表示された時刻は観測終了の十分前。最後の一時を楽しもうと、深く椅子に凭れて足を投げ出しリラックスした状態で友人を眺める。前髪が下りて年相応の若さに彩られる一方で、右の目元が隠れることでアンニュイな艶を帯びる造形に心を傾けているとカメラに近付いてきた。左の目尻に添えられる泣き黒子、指先が肌の感触を思い出して疼く。
『ふんぞり返って視てるだけでいいのか?』
「日付が変わるまで、あと少しだろ。我慢しろよ」
 どうにかオレを部屋から出したいのか。それにしては妙だ。音を上げるなら、もっと早い段階で理由をつけて連絡を寄越す。いくら彼でも待つのは三時間が限度、宥め透かしても四時間が精々。一度もメッセージアプリを起動しなかった時点で特殊な状況に苦痛を覚えなかったことを証明してる。十分にも満たない残り時間、そこから箱庭に自身が到着するのは十分程度。辛抱強い青年にとっては苦にならない範囲。思考を巡らせていると、咳払いをマイクが拾うのに視線が誘導される。

『ここで問題です。ケイイチくんはお風呂に行きましたが、半身浴はせずシャワーだけ浴びました。それにも関わらず入浴時間が三十分以上かかりました。一体、何故でしょうか?』

 残り時間がギリギリになって投げてきた謎は即座に解けるサービス問題だ。焦って動かなくても会いに行ったときに頂けばいい……いや、なんで今わざわざ伝えてきた。日常においてお人好しが災いして貧乏くじを引きがちだが、獅子神敬一は紛れもなくギャンブラーだ。あの臆病で狡猾な狐は、虎視眈々と切り札を出す瞬間を狙っていたんじゃないか。
『あと数分でドアチェーンをかける。解答時間はそれまでだ』
 クソッ、やられたと気付いた時には勢いよくゲーミングチェアから立ち上がった。後ろで倒れる空き缶の音に急かされるよう部屋を飛び出す。鍵を掛ける間も惜しんで玄関から外廊下へ。エレベーターではなく階段を使う、二段飛ばしで下りられる足の長さを有難く思いながら目的の場所へ無我夢中で駆け進む。数分と曖昧に濁したが、気長に待つ可能性は排除して、最短の二分なのか最長の五分なのか、そんなこと考える暇があったら一歩でも早く足を動かせ。

 急速に巡る血に心臓を騒がせて、ようやく見えた扉のドアレバーを掴む。チェーンが掛かってないことを祈って思い切り引いた。
「随分とお早い到着じゃねぇか」
 開かれたドアの先で待ち構えていた男は、肩で息するオレを見て相好を崩した。
「はっ、アラサーだぞ、こっちは。全力疾走、とか勘弁してくれ」
「半日近く籠ってたんだ、良い運動になったろ。で、問題は解けたか」
「答えはボトムの下にある。ここまでしたんだ、早く脱げよ」
 笑いの滲まない音に友人は喉を鳴らすと、スウェットのウエスト部分に両サイドから親指を引っ掛けて一思いにずり下す。足首に絡まるボトムを脚を跳ねさせて脱ぎ落せば、その拍子に飛んだ水滴がきらりと光る。下着の布の色が濃くなって、張りのある腿を透明な雫が伝い卑猥な道を作る。腹が重くなって苦しいだろうに、オレを喜ばせるためだけに準備した。
「叶どうする? 飯を食ってからにするか、それとも」
「冷めない内に喰わないと、だろ? 本命はお前なんだから」
 手ずから仕込んだ料理を前にしてすることは一つ。もう終わりだと泣いても夜が明けるまで、差し出された肉体を余すところなく喰い尽くすだけだ。掌で包むようにして頭を掴まえる。一番最初に食べるならここだ、甘い毒に塗れた唇を舌で鞣してから唾に濡れる牙をゆっくり沈めた。