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ayashigure
2026-05-22 17:47:59
3530文字
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掌に綴る約束
ファルカ伝任の後のルカエン。
サボリ上手なローエンと実はサボり下手なファルカの話です。
遠くから声が聞こえてくることに気付き、ローエンはモンド城のとある屋根の上で目を開けた。
屋根の上を吹き抜けていく風は心地よく、久々に帰って来た故郷は彼に安らぎをもたらす。
そんな心地よいサボり─もとい休憩の時間を破ったのは久しぶりに耳に馴染むとある女性の声だ。
生真面目そうなその声に耳を澄ませ、同時に聞き慣れた足音に耳をそばだてる。
彼女の声と彼の足音が向かう方は同じだが少し距離があることが分かった。
それだけ分かれば十分だ。そう言いたげにローエンは屋根の上から飛び降りた。
「ファルカ、こっち来いよ」
「ローエン?」
建物の影からファルカの名前を呼ぶと、彼は少しだけ意外そうな顔をしてローエンを見る。
その表情を見てローエンはにんまりと笑みを浮かべた。
悪戯小僧がそのまま成長したかのような印象を与える笑みだ。
「いいからこっち。ジンが知らねぇサボり場所教えてやる」
手招きをしたローエンはそのまま後ろを確認することなく走り出した。
確認するまでもなく着いてくるだろうという認識は、絶対的な信頼なのか、ただの無責任なのか判断が難しい。
しばらく人目に付かない路地裏を走り抜けていたローエンは、城壁に辿り着くとひと飛びして上へと飛び乗る。
相変わらず身軽なことだと感心したファルカも、それに続いて城壁の上へと身を躍らせた。
その先に見える美しいシールド湖を目にして、どこかで見たような景色だとファルカは懐かしさを覚える。
「ここでしばらく休んでろよ。ジンが来たら教えてやるからさ」
ローエンがそう言って案内したのは、少し木が密集した場所にある木陰だった。
木陰は涼やかな風が吹いていて休むにはあまりにも絶好の場所である。
生真面目なジンではこんな絶好のサボりスポットは見つけられないのかもしれない。
「今日は随分親切なんだな」
てっきり面白がってジンに突き出されるのかと思ったが、どうやら今日は悪戯の気分ではないようだ。
だが、ローエンはそんなファルカの言葉を聞いて再びにんまりと笑った。
「その代わり、俺があそこでサボってたのは内緒にしとけよな」
「お前
……
そういうことだろうと思ったさ」
どうやら自分もサボっていたことが芋づる式にジンへとバレないようにしたいらしい。
そんな正直すぎる理由にファルカはげんなりとしつつも、ローエンらしいと結論づけた。
しかし、ローエンは少しだけ声色を和らげるとファルカが予想していなかった言葉を告げる。
「どうせ疲れてるんだろ? あの大立ち回りの後に書類と手続きの山だしな」
世話が焼けると言いたげに溜息を付かれてファルカは思わず視線を彷徨わせた。
彼が書類から逃げて行方をくらませることは日常茶飯事だ。
そもそも、叩き上げで一般の騎士から大団長にまで昇りつめたファルカは内勤に向かない。
指揮力が低いわけではないし、そうであったならば大団長になどなれはしないだろう。
だが、どうにも細かい事務作業が昔から苦手なのだ。
言ってしまえば自他ともに認める現場タイプの上司なのである。
そしてファルカはどうにも弱音を吐くということが苦手な人物でもあった。
サボりはするし、事務仕事から逃げはする。
それでも自分の体に負担がかかっているということは言葉にはしない。
大半の騎士達はファルカへの絶大な信頼と憧れから、彼の限界には気付かないのだ。
ただ、一部の騎士はある程度その見分けがつく。ローエンもその一人だった。
「まぁ、なんだ。生きて帰ってきただけでも御の字だろう?」
「そういうことはちゃんと言わねぇと伝わらねぇぜ。大団長サマ?」
報連相は大事だろ?と言いたげに、極彩色の瞳が見つめてくる様にファルカは言葉に詰まる。
ローエンの言うことはもっともだ。
自分の状況を正確に伝えていない状況で、何かあってからでは遅いことは分かっている。
だが、どうにも自分が無理をしてしまえばそれで済むという思考を拭うことができないのだ。
言葉に詰まったまま黙り込んでしまったファルカを見て、ローエンは溜息をついた。
いつものことだが強情だ。それでも、そんなファルカだからこそローエンはそばにいる。
ローエンは草の上に座り込むと、自分の膝を叩いてファルカへを告げた。
「ほら、俺のここ空いてるけどどーすんだ?」
決して柔らかいわけではなし、ファルカに比べれば安定感もないだろう太腿を使えとローエンは言う。
それはファルカにとっては魅力的すぎる誘惑でもあった。
実際、彼は疲れていて今すぐ泥のように眠ってしまいたくもある。
何より可愛い恋人がそんな風に自分を気遣い、休んでもいいのだと誘っているのだ。
抗うのは失礼というものだろう。
「それじゃあ遠慮なく借りるか」
「そうそう、それでいいんだよ」
ファルカはローエンの隣に一度座ると、その太腿に自分の頭を預けた。
少しだけ低い体温と、引き締まりつつも適度な弾力のある太腿に感触にファルカは深く呼吸をする。
安らぐ気持ちと同時に、力が抜けていくような気がしてゆっくりと目を閉じた。
他の騎士達に聞かれたら信じられないものを見るような目で見られるかもしれないが、ファルカにとって最も心安らぐことのできる場所がここなのだ。
目を閉じたファルカの気配を察して、繊細な指先がファルカの頭をゆったりと撫でていく。
ゆっくりと、ゆっくりと、まるで寝かしつけるような指先の優しさに力が抜けていった。
「ファルカはさぁ、変なときにサボって変なときに真面目になるのやめろよな」
「はははっ、ちょっとした反抗期だ」
「遅すぎだろ。いい年したおっさんだってのに」
軽口を叩き合いながらも二人の間に流れる空気は穏やかなものだ。
二人の間を心地よい風が通り抜けていく。その風に髪を揺らしながらローエンは仕方なさそうに笑った。
ローエンの表情を見上げてファルカも表情を緩めて笑う。
モンドに帰ってきたのだという実感が、二人の胸のうちへと同時に湧き上がってきた。
こうして二人共無事に帰って来て、触れ合う時間が取れるというのは幸福なことだ。
その事実をファルカはそっと噛みしめた。
「まぁいっか。俺が休むべき時はちゃんと手ぇ引いてやるから安心しろよ」
そう言って、ローエンはファルカの手を取るとその指先に口付ける。
更にどこか幸せそうに笑う姿にファルカは驚いたように目を瞠った。
ローエンがこんな風に穏やかな様子を見せるのは随分と久しぶりな気がする。
そもそも遠征に出ていた時のローエンは、単独でワイルドハント達を狩り、そのついでに得た情報を持ち帰ってはまた討伐に出るなどという生活を送っていた。
砦に留まっていることも滅多になく、その少ない時間の中でローエンと触れ合う機会を作っていたほどだ。
ローエンなりに自分の役割をこなそうとしていたのだろうが、こうして穏やかな表情をしているところを見ることはほとんどなかった。
(あぁ、本当に。無事に戻ってこられてよかった)
心底そう思いながらファルカはゆっくりと目を閉じる。
自分の髪を撫でてくる指先が心地よくて、愛しくてたまらなかった。
「その代わり、変な時にサボったら遠慮なくジンに突き出すけどな」
「だと思った」
意地悪そうに笑うローエンの姿にファルカはがっくりと力を抜いてその顔を見上げる。
黙っていれば良家の子息のようにも見える顔立ちが、不思議そうにファルカを見下ろしていた。
自然とその手を伸ばしてローエンの頬に触れれば、彼は自分の手を重ねてファルカの掌に頬を摺り寄せる。
冬風のようだと言われる彼が、自分の前でだけこんなに無防備になることをよく知っていた。
自分がローエンの前で最も心安らぐように、ローエンも自分の前でだけ奇妙なほどに無防備になる。
それはうぬぼれでもなんでもなく事実だ。
お互いに支え合っていると周囲は評価するかもしれない。
しかし、ファルカは時々一方的に支えられているような気がしてしまうこともあった。
「いつも悪いな」
「礼なんていらねぇよ。さっさとおねんねしな」
外見から想像するよりも低めの声が、一際甘さを伴って囁いてくる。
その心地よさにファルカはもう抗うことなく目を閉じた。
見て見ぬふりを続けていた疲れが急激にファルカを包み込んでいくような気がする。
疲れと心地よさ、そして眠気が加わってその意識が深くへと沈み込んでいった。
ローエンの手が優しく髪を弄ぶ気配がする。
それすらも心地よい気がして、ファルカは束の間の休息へと誘われていくのだった。
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