モモハナ
2026-05-22 17:39:10
6733文字
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十六夜夜話 1

夜魔ノ国の話です。
原作で語られなかった夜魔ノ国について、書いてみたくなったので書き始めました。
空白の半年間……妄想が捗りますね。


※黒鋼視点です。
※夜魔ノ国の世界観、夜叉王の口調など色々と幻覚を見ています。
※『』の台詞はセレス語で話している事を表しています。

 紗羅ノ国で突然でかい地震が起こったかと思えば、身構える間もなく時空移動が始まり、気が付いた時にはどこか仄暗い雰囲気を纏った荒野に放り出されていた。
 薄暗い闇の中、遠方から幾人もの人間の喧噪や刀同士の触れ合う鍔迫り合いの音が聞こえてくる所から察するに、恐らく何等か戦場にいるらしい事は理解した。
「っ!?」
 ハッと隣を振り返れば、そこにはいつものへらりとした顔の魔術師の姿があり、とりあえず逸れる事無くいてくれた事に小さく安堵の息を吐く。
 しかし、未だに紗羅ノ国で別れたままの小僧たちとは合流出来ていない上、今が一体どういう状況なのか分からない為、無闇にこの国の人間に刀を振るう訳にもいかない。
 状況が把握出来るまで、何処か物陰に隠れていた方が無難だろう。そう判断すると同時に、ぐいと魔術師の右腕を引っ掴んだ。
「おい、移動するぞ」
『え、何? ちょっと黒っぴっ!? 痛い、痛いってばぁ』
 掴んだ右腕を引っ張って、魔術師と共に戦場から少し離れた場所にある半分崩れた建物の裏へと移動すると、隠れられそうなスペースを見つけて其処に入り込む。
 俺は兎も角、こいつの金髪は暗闇でも目立つ。姿を隠すために塀の陰に先に魔術師をしゃがみ込ませる。俺もその隣にしゃがみ込むと、僅かに顔を塀の上に出して戦場の様子を窺い始めた。
 周囲は暗いが戦場にはいくらか明かりが灯っているようで、元々夜目の利く俺の目ならここからでも十分見える。
 暫く様子を見ていると主戦場と思われる所には大きな城の様な建物が見え、その周囲で複数の衛兵達が刀や弓を手に戦っているのが分かってきた。
ありゃ抗争か? でなけりゃ、何かを奪い合ってるって感じか?」
『もー、黒わんってば、何もかもが強引すぎー。思いっきり腕引っ張るし、頭押さえつけるしぃ』
ったく、白まんじゅうの奴、何だって急にこんな所に移動しやがったんだ? つーか、小僧たちはどこに居やがる」
『ねー、黒様聞いてるー? 見てよここ、赤くなっちゃったよー』
あぁ? さっきから何訳の分かんねぇ事言ってんだ? 分かる言葉ではな、せっ!?」
 周囲の様子を窺う此方の横で、魔術師が自らの右腕を指し示しながら何か文句を言っているらしい事は分かるがそれを言葉として理解が出来ない。それはつまり、今俺たちがいる場所は、あの白まんじゅうの自動翻訳が可能な範囲外になるという事になる。
 微かに聞えてくる喧噪の声は日本国のものに酷似していて、俺にはこの国の兵の言葉が理解できていた。その為、小僧達の姿が見えないとはいえ、てっきり紗羅ノ国の時の様にそこまで離れた場所には居ないのだろうと思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。
「まじか
 事態は思っていたより、余程深刻だ。
 どうやら魔術師ファイもそれに気づいたらしく、困ったという様に形の綺麗な眉をㇵの字にして此方を見つめてきた。
ありゃあ、小狼君たち近くにいないみたいだねぇ。黒様の言葉も、この国の人たちの言葉もオレには、あっ』
 ふいに魔力の様な何かを感じ取ったらしいファイが、それの出所を探るように視線をキョロキョロと彷徨わせる。
っ!?」
「あ? 何だどうした?」
 くいと左手を引かれ、ファイが左手で指し示す方へ視線を向けると、そこには普段見るものの何倍もの大きさの月が空を覆う様に昇っていて、淡い光が周囲を包み込むように照らしていた。
「っ!? やたらでっけぇが、月だよな」
 隣を見れば、ファイはやはり何か言い知れぬ力を感じ取っているのか、俺の左腕を掴んだままじっと大きな月を見つめている。
 まさかあの月の向こうに、行方不明の小僧たちがいるとでもいうのか?
 そんな事を思っていると、ふいに視界がゆらりと揺れ始めた。



 視界の揺らぎが収まったかと思うと、先ほどいた戦場とは全く違う場所へと移動していた。
 先刻いた戦場とも、紗羅ノ国とも違うが、勿論俺の元居た国・日本国とも違う雰囲気の国。だが、ざっと見た限り、治安はそれほど悪く無さそうだし、何より先ほどの喧噪が嘘の様に静まり返っている。
「ここは何処だ? つーか、どうなってやがる?」
……オレ達、さっきまであそこに居たみたいだねぇ』
 さっきと同じようにくいと手を引かれて上を見上げれば、そこには先ほど見たのと同じものと思われる大きな月が昇っており、その手前に謎の飛行物体が浮かんでいるのが目に入った。
「まさか、あんなとこに居たってのか?」
 そんな突拍子のない事、以前なら到底信じられやしないだろう。 しかし、主君である知世姫に半ば無理矢理日本国から追い出され、この魔術師や小僧、姫と白まんじゅうと何度どなく次元を渡る旅を繰り返し様々な国を見てきているのだ。原理は分からないが、そんな事だって十分あり得る事だと今なら思えてしまう。
とりあえず、情報収集といきてぇ所だがそれは夜が明けてからの方が良さそうだな」
 先ずはこれから、身を潜めそうな所を探す必要がある。が、そもそもこんな夜更けに泊まらせてくれるような宿はあるのか?
 そんな事を考えていると、前方から先ほどの戦場で見かけた黒と青の着物の様な装束を纏った兵士達が此方に向かって歩いてきた。
「お前達何者だ!?」
「どうやってこの国に入ってきた!?」
「我らが王に仇名すものか!?」
 互いの顔が認められる程の距離まで近づいてきた所で此方の姿を認めると、兵士たちは一斉に武器を構え、臨戦態勢を整える。
っ!?」
話を聞いてくれる様な雰囲気じゃあねぇなぁ」
 戦場帰りという事もあり、目の前の兵達は皆殺気立っている。ならば、一度相手をして向こうの戦意を削いでしまえばいい。
 そう思い、腰に差していた蒼氷の柄に左手を掛けたのと同時に「武器を収めなさい」と、後方から馬の様な動物に跨った黒い長髪の男が殺気立った兵たちを諫めながら此方に近づいてきた。
「夜叉王様‼」
 どうやらこの男が、あの兵達が使えてる主の様だ。夜叉王と呼ばれた男が姿を現すと途端に臨戦態勢だった兵士達が平静を取り戻し、武器を収めていく。
「てめぇ、何者だ?」
 少なくとも此方に対して敵意はない様だが、相手が何者か分からない以上、警戒を怠るわけにはいかない。
 ファイを背に庇う様にして彼の前に立つと、ぐっと左手で蒼氷の柄を握りしめ、すぐに刀身を抜ける様に右手を鞘に添える。
 しかし、目の前までやってきた黒髪の男には此方に対して戦意は無い様で、男は此方の様子を窺う様に視線を向けると剣を収める様にと声を掛けてきた。
「私は夜叉。この夜魔ノ国を治めているものだ。そなた達はこの国のものではないな?」
「だったら何だ?」
「そう警戒せずとも、私はそなた達と争うつもりはない。良ければ、名を教えてくれないか?」
黒鋼だ。こっちの金髪はファイ。俺もこいつも訳ありでな、ここに来たのも偶然だ」
「黒鋼とファイ、か。先ほど、月の城にもいただろう? どうやってこの国に来たのかは分からないが、行く当てがないのなら私の城に来るといい」
 悪いようにはしない、と言って此方に向けて笑みを浮かべる男に敵意は感じられない。
 ならば、今ここで無駄な争いをする必要も無いと判断し、俺は警戒を解くと蒼氷から手を離した。
アイツに付いて行くぞ」
 右の親指で黒髪の男を指し示しながらそう言えば、ファイがこくりと小さく頷いて俺の左手を掴んできた。
「てめっ、まぁ、逸れるよりはマシか」
 急に手を掴まれた事に驚きはしたものの、不思議な事に嫌悪感はなく、それどころかどこか安心している自分に驚いた。
 一先ず、今夜の寝床は確保できそうだ。
 行く当てもなく彷徨う羽目にならなくて良かったと思いながら、ファイを連れて夜叉と名乗る男の後を付いて行った。



 三十分ほど歩いた頃、城というより要塞に近い雰囲気の建物が現れ、夜叉王はここが私の城だと言いながら中に迎え入れてくれた。
 そのまま夜叉王に案内されて宛がわれた部屋は、奴が住居とする城に複数ある客間のうちの一室だった。
 8畳ほどの広さのそこには小さめ箪笥と卓袱台と文机、それに二対の布団が用意されており、俺と魔術師ファイと二人で使っても十分すぎるくらいの広さを有していた。東の壁には小さいながらも出窓も付いており、そこから差し込む月光が淡く室内を照らしているので、明かりを点けていなくてもそれなりに明るく見えた。
 一先ず今夜は朝までここで休み、夜が明けてから詳しい話を聞かせてくれと言って夜叉王は出て行った。
話を聞きてぇのはこっちの方なんだが、まあいい。とりあえず休める所が確保できたのはありがてぇ」
 布団敷くの手伝え、と隅に畳んだ状態で置かれた布団を指させば、意図をくみ取ったらしくファイはすぐに布団の方へと向かい出した。
『これ、お布団だよね! 前に阪神共和国でも使ったのと同じ奴かな?』
「敷き方分かんのかって思ったが、そういや阪神共和国でも使った事あったか」
 ファイは積まれた二対のうちの一対を両手で抱えて運び出すと、部屋の真ん中の卓袱台の横にどすんと無造作に置いた。布団を二対並べるためには卓袱台を別の場所に移動させる必要がある為、先に卓袱台を抱えて壁際に移動させてから、俺も自分の分の布団をファイの隣に運んでそのまま敷き始める。
『んと、こっちが敷く方の布団で、こっちが掛ける方
 俺が敷くのを横目で見ながら、ファイが同じように布団を敷いていく。
敷けたな。じゃあ、とりあえず寝るぞ」
 言いながら、敷いたばかりの布団の上にごろりと横になれば、ファイも此方に習う様にしてまた自分の布団に体を横たえる。
『サクラちゃん達、無事だと良いね』
「夜が明けたら、アイツら探しに行かねぇとな
 言葉が分からないのはもどかしい。だが、行方不明の姫たちを心配しているのは俺もファイも同じだ。
 正直、眠れる気もしなかったが朝まで身体を休めるためにそのままゆっくりと瞳を閉じた。



 夜が明けて、明るくなった室内を確認しつつ、改めて隣を見ればファイは相変わらずうつ伏せで眠っていた。
 苦しくねぇのか、と内心思っているとファイが目を覚ましたらしくもぞもぞと身じろぎ始めた。程なくして身体を起こしたファイがぼんやりとした眼差しで此方を見つめてきたのだが、その瞳に妙な違和感があった。
お前、その目
『おはよ、黒様あれ?』
「あ? まさか、俺もか?」
 夕べは暗かった上に、紗羅ノ国から移動してきたばかりで気にする余裕なんてなかったから気が付かなかったが、蒼い筈のファイの瞳が黒い。そして、ファイの様子から察するに、恐らく俺の目も赤ではなく黒くなっているのだろう。
 理由は分からないが黒くなった互いの瞳を指し示しながら、その違和感に首をかしげているとトントン、と部屋の扉が控えめにノックされた。
「おはようございます。夜叉王様より、お召し物をお届けするようにと仰せ使いました」
今、開ける」
 外から掛けられた声に一言返事を返して扉の傍まで行くと、ドアノブに手を掛けてゆっくりと引き開ける。すると、そこには小僧と同じ年頃の男児が立っていた。
「わざわざ悪いな」
「いえっ! 滅相もございません。此方の衣装箱に用意してありますので、ご自身にあうサイズのものをお選びください。身支度が整いましたら、王の元にご案内させて頂きます」
 此方、と言って小姓の子供が指し示した台車に乗った衣装箱を覗き込めば、そこには夕べ見た兵たちが着ていたものと同じ様な服が綺麗に並べて詰め込まれていた。
 宿だけでなく服まで用意してくれるとは至れり尽くせりすぎて少々気味が悪い気もしたが、状況が分からない以上は言うとおりに従っておくのが無難だろう。
わかった。連れの分もサイズ確認してぇし、台車ごと借りても良いか?」
「それは勿論構いません。僕はこのまま外で待たせていただきますので、着替えが済んだら声を掛けてください」
「あぁ、悪いな」
 小さく頭を下げた小姓の子供に一言礼を述べると、台車に乗った衣装箱を室内へと引き入れて一度扉を閉めた。
 十分ほどかけて選んだ服に着替えると、すぐに先ほどの小姓の子供に夜叉王の元へと案内された。
「朝早くから呼び立ててすまない」
「いや。こちらこそ、夕べは寝る場所を提供して貰えて助かった。おまけに服まで用意してくれるとは」
礼には及ばない。黒鋼、ファイ。二人は私の客なのだからな」
……どういうことだ?」
 夜叉王の言う事の意味がいまいち分からなくて、俺は頭に浮かぶ疑問を隠すこともせず聞き返す。
 すると、夜叉王は俺とファイの顔を交互に見つめ、力を貸してほしい、と言葉を紡ぎ始めた。
 夜叉王の話によると、今俺達がいる夜魔ノ国は阿修羅王が率いる修羅ノ国と昔からいがみ合い、月の城に眠るといわれる"願いをかなえる力"を巡り、戦いを続けているとの事だった。
 戦いは毎夜・月が昇るとともに月の城で行われ、月が中天に上りきると同時に終了するのだが、いつ終わるとも分からぬ戦いに夜叉王自身は勿論、夜魔ノ国の兵達も疲弊しているのだと王は説明した。
 夜叉王の口から阿修羅王の名が紡がれた瞬間、それまで終始笑顔を浮かべていたファイがピクリとその身を固くしたのが気になった。
それには夜叉王も気が付いたようだったが、ファイはすぐにいつもの作り笑いを貼り付けていたので、敢えて何も言わずに話を再開した。
「今、こうしてこの国とも修羅ノ国とも関係のないそなた達が現れたのは、何か天啓の様なものだと思っている。悪いようにはしない、この長い戦いを終わらせる為にも力を貸してほしい」
……俺達は連れを探してる。そいつらが見つかるまでだったら手ぇ貸してやってもいい」
「連れ?」
「あぁ。14~15くらいの年の男女の子供と白いまんうさぎみてぇな生き物の二人と一匹なんだが見た覚えはねぇか?」
ふむ、残念ながら見覚えはないな。もしかすると、修羅ノ国の方にいるのかも知れないが……
 だが、昨日の戦ではそれらしい姿は見ていないな、と顎に手を当てながら話す夜叉王にそうか、と小さく返事を返した。
 確かに夕べ戦っていた兵たちの中にはそれらしい姿は見えなかったが、修羅ノ国の方に小僧たちがいるのであれば、今のこの状況にも十分納得はいく。
 そこまで考えて、二つの国が争ってまで手に入れようとしている"願いを叶える力"とやらが何なのかがふと気になった。
「もう一つ、聞きてぇんだが月の城にある"願いを叶える力"ってのは何だ?」
「それは私も言い伝えを聞いただけで、どういったものなのかはわからない。だが、とても強大な力を持っている、という事は確かだ」
「なるほど、な
 修羅ノ国と争ってまで手に入れようとしている月の城にあるという"願いを叶える力"。それが何かは分からないが、姫の記憶の羽根の可能性はゼロではない。その上、修羅ノ国に小僧たちがいるの可能性があるのであれば、王の配下として月の城へと行ければ、"願いを叶える力"とやらの確認も出来るし、あいつらもそれを得るために阿修羅王の配下として月の城へ来る可能性が高い。
 ならば、夜叉王の提案を断る理由は何もない。そう判断して、分かった、と首を縦に振った。
寝泊りできる所と飯、着替えも何着かは最低限、用意してくれ。それと昼間はなるべく好きにさせろ。それでよけりゃ、小僧たちが見つかるまでの間、てめぇの駒になってやるよ」
「恩に着る。寝床はあの部屋をそのまま使うといい。私の兵として戦ってもらう以上、報奨金も出そう。食事は此方で用意させてもいいし、ここで食事をとるのが嫌なら、外に食堂もあるから好きに使うといい」
「話が早くて助かるぜ。ああ、それと、こいつファイはちょっと訳ありで言葉が不自由なんだ。紙と筆を用意してくれると助かる」
「わかった、後で先ほどそなた達を此処まで案内させた小姓星夜に部屋まで持たせよう」
 一時はどうなる事かと思ったが、夜叉王は話が早くて助かる。
 とんとん拍子で話が進み、当面の間の宿と飯の確保が出来たことに一先ずは安心した。