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ꪔ̤
2026-05-22 17:08:17
8342文字
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僕だけの透明
座敷牢オトスバ wip
――
あのね、オットーくん。オットーくんがスバルのことをすごーく心配していること、私もちゃんとわかってるつもりよ。スバルは頑張りやさんだけど、ちょっぴり無茶しちゃうことがあるし
……
私もそこは、めってしたくなっちゃうもの。でも私は、スバルを心から信じてる。それから、スバルを信じてる私のことも信じてるの。スバルが私を
――
ううん、私たちを守ろうとしてくれてるみたいに、 私だって
――
きっとここにいるみんなもそうよ
――
スバルを守りたいって思ってるに違いなくて
……
だからね私、そんなふうにオットーくんだけが悪者にならなくてもいいんじゃないかなって思うの。ほら、オットーくんもスバルのことが大好きでしょう? だって二人はすごーく、すごーく仲良しなお友達だものね
――
……
◆
『純粋』というのは、時によってある種の狂気のようだと感じる。
ささくれだった心のままに薄暗い廊下を歩けば、自らが立てる歩行音の大きさに辟易した。長く息を吐き、冷静になれとオットー・スーウェンは頭を振る。これから向かうのは厳重に施錠されているものの、存外過ごしやすい温度に整えられた広いだけの空間だ。
ざわめく胸の内を取り繕ってゆっくりと足を踏み入れる。友人の身になにも起こっていないことは事前に報告を受けているため、比較的胸中は穏やかだ。今日に至っては珍しく啜り泣く声すらも聞こえない。あまりに静かすぎる静寂のなか、自覚している罪悪感のぶんだけ、握りしめた鉄の鍵が重量を増した気がした。
「
――
おはようございます、ナツキさん。体調は変わりがなさそうでよかったです。なにか不自由はしていませんか?」
「
……
それをお前が訊くのかよ」
「ええ、ナツキさんには健やかに日々を過ごして欲しいですからね。そのため僕に出来ることならなんだってしますよ」
ほとんど皺がない敷布を新しいものに替えながら、膝を抱えて座る少年の横顔を盗み見る。
しかし依然曇ったままで苦虫を噛み潰したような表情とは裏腹に、昨日までとは違う諦めのような色が浮かんでいるのが見てとれた。
その証拠に、噛み締めすぎて切れた薄い皮膚の隙間から発せられる縋り付くような三文字三音を今日はまだ一度も耳にしていない。何度も何度も繰り返しぶつけられてきたいつもの懇願の言葉を、今日はまだ口にしていなかった。
「
――
ナツキさん」
「っ、」
少しばかり血の気の引いた頬に手を伸ばせば、大袈裟なほどに目を見開いた少年は肩を恐怖に震わせる。
隠そうともしないそのあどけなさや無防備さが、むしろオットーにとってはひどく心地がよかった。
「安心してください。ここにはあんたを傷付けるものは、何ひとつ近寄らせませんから」
「オットー
……
」
意図して柔和に微笑んで、声色に甘さを含ませる。
これが正しい。これが最善。これが、友人を『ナツキ・スバル』のまま守るための最適解。浮かんでくる懸念や後ろめたさを己の正義で叩き落とす。だってもう、手段はこれしかないのだから。
「なぁオットー。俺さ、おれ
……
こう見えてお前のこと、ちゃんと信用してるよ」
「はい」
「確かにお前には迷惑かけっぱなしで、心配もたくさん
……
本当にたくさんかけてることは悪いって思ってる。俺にはちょい難しいこととか、お前に頼りきりで甘えてんのもわかってる。でもさ、これでもなるべく気を付けたいとは思ってんだぜ、本当に」
「ええ」
「今までの俺のなにが悪かったかって、そりゃあお前からすればあれこれ言いたいこの一つや二つ
……
いやもっとか
……
? 百や二百
……
千や、万もあんのかもしれねぇけど、でもだからってこんなやり方はお前らしくねぇっていうか
……
俺をここに閉じ込めてても、実際お前にはなんの得もねぇわけだろ? だから、」
掠れた声でたどたとしく紡ぐ彼の言葉が、努めて平穏を保っていた心を丁寧に逆撫でしていくのがわかった。
もはや無意識下の行動で自覚すらしていないのだろう。しおらしく最もらしいことを主張するスバルの、その僅かに赤黒い爪先が何度も何度も彼自身の手首を搔くために往復していることなど。
オットーが意図的になんの応えも返さないせいで、現状の打開策を探るスバルの口数は急速に減っていく。そうすれば必然と爪が肌を刮ぐ音は一層輪郭をはっきりとさせた。
「俺、お前のこと怒らせたんだよな? 本当にごめん。反省する。これからはなるべくお前に迷惑かけないようにするし、お前が今まで俺に揶揄われて嫌だったことがあったんならそれもちゃんと気を付けるし、だから、オットー頼むよ、頼むから、」
「ナツキさん」
「お願いだから、ここから
……
出してください
……
」
膝に顔を埋めたまま、くぐもった声で懇願する友人の黒髪を無言で指で梳く。そのあいだもスバルは、ぐずぐずと鼻をすすりながら泣き濡れた声で「出して
……
」といつもの三文字を縋るように絞り出していた。
「ナツキさんが言ったんじゃないですか」
無防備な、血液がこびりついた指の先がぴくりと跳ねる。
緩慢な動きで持ち上がった首はこちらを向き、そのあとは呆然とただひたすらにオットーの次の言葉を待っているようだった。
「僕にどうにかして欲しいって、ナツキさんがそう言ったんですよ」
瞬間。見開かれた双眸から、ぼろりと涙がこぼれて、散った。
「
……
ちがう、」
閉じることを忘れられた口唇の僅かな隙間から、絶望によく似た否定の音がだだ広い空間に溶け落ちる。
「ちがう、おれはだって
……
オットーならなんとかしてくれるって、そう思って
……
っだから、!」
「ええ。だから、なんとかしたんです。ナツキさんがナツキさんとして平穏に暮らせるよう、エミリア様やベアトリスちゃんだけじゃない、ここにいる皆さん全員と話し合ってここにいてもらうことに決めたんですよ」
「は
……
エミリアが
……
? ベアトリスも? 冗談だろ、みんな本当にそれでいいって言ったのかよ。俺がこんな、座敷牢にずっと閉じ込められてることが俺にとってもお前たちにとっても最善だって? いくらお前でもさすがにそれは冗談きついって
……
」
「
――
冗談だと、本当にそう思いますか?」
自覚していたものよりも何倍も低くて威圧的な声が、オットーの聴覚を自ら刺激した。
友人の危機感のなさに無力を感じて噛み締めた奥歯が痛い。
これで本当によかったのかと自問自答する優柔不断さを律すために爪を立てた己の手の甲が痛い。
歯と歯の間に巻き込んだ頬の内側の柔い肉が裂けて、たちまち口内に鉄錆の味が充満する。
なけなしの唾液と混ざったそれを飲み下す吐き気に襲われながら、信じられないと言わんばかりの様子で口角を痛々しく震わせる友人の血液がこびりついた左手首を掴みあげた。
「ぁ、
……
っ」
「本当に少しも思い浮かびませんでしたか? 僕が、陣営の誰かがこうするかもしれないって、考えもしませんでしたか? 一人で全部抱え込んで、あちこち踏み込まなくていい危険に巻き込まれて、そのたび僕たちがどれだけナツキさんを喪う恐怖に襲われているかを考えたことがありますか。僕はナツキさんを
――
……
友人を、助けたいんです。万人を救おうとする英雄になんか興味はありませんよ」
「だ、からってこんな、」
「先ほども言いましたが、ナツキさんにはなるべく不自由はさせないようにするつもりですよ。陣営の皆さんとの面会制限もありません。外との交流が途絶える件に関しては僕と辺境伯が上手くやります」
「ロズワールまで認めてるってのかよ
……
それじゃあもう見切りつけられたようなもんじゃんか
……
」
決定打を突きつけられたような顔をして項垂れるスバルの左手を掴んだまま、手背を自らの親指で慰めるように柔く撫でる。反応がないのをいいことに、オットーは反対の手でもう一度その頬を撫でた。
――
まだ、こんなにも少年なのに。まだこんなにも、儘ならない危うさを残しているのに。
思えば思うほど、日ごろ胸の奥に無理やり押し込めている庇護欲が頭を擡げる。
何度言いかけただろう。あなたがそんなことをする必要はないという抑制の言葉。それでも言い淀むに留めてきた。誰よりなにより、スバルの、大切な友人の頑張ろうとするその姿を尊重したかったから。その背中を押す『友人』の役割を、誰にも譲りたくはなかったから。
そう、だから歯噛みをして見守ってきた。オットー・スーウェンという人間は、どんな境遇にあろうと友人であるナツキ・スバルを見捨てない。
ゆえに本音という本音を飲み飲んで、渋々呆れながらも「仕方ないですね」と手を貸す、そんな友達の顔を貼り付けて、スバルの進む道を遮断することはしてこなかった。
――
けれど。その進んだ先がただの茨の道ではなく、スバル本人の心すら無視して傷をつけるだけの針の筵であるのならば。それならばそんな場所、わざわざ足を踏み込ませる価値などない。喪うことを未然に防ぐ手立てがあるのならば全力でその手段を講じ、その身と心を守るまでだ。
半ば強引に掲げさせられた英雄の看板の陰で友人が声を殺して泣かずに済むのなら、たとえどれだけ無慈悲で非道と罵られ指を差されようとも構いはしない。
この屋敷に足を踏み入れ、意図せず陣営内の役割を与えられたときから、オットーの覚悟はとうに決まっている。
「お前、俺のこと実は嫌いだったりする
……
?」
常時は目つきの悪さを助長しているつり上がった眦が、泣いたことで赤みを増し、道端に捨てられた子猫のように痛々しく下がっていた。
ここで強い言葉をかけてしまえば、ようやく固まり始めた瘡蓋からまた血が吹き出すだろう。それはスバル自らがつくった手首の傷だけでなく、見て見ぬふりで繕った精神だって同じことだ。
「まさか。そんなわけないじゃないですか。僕はナツキさんのことが大好きですよ」
「だったらなんでこんなことすんだよ
……
。俺らがメィリィをここに閉じ込めてたのは、メィリィが俺らにとって脅威だったからだろ。なら俺が今さらここに閉じ込められる理由ってなんなんだよ
……
っ」
「根本から考え方が間違っています、ナツキさん。僕たちはあんたを排除したいんじゃない。守りたいんです」
「俺は別に守られなくたって
――
ッ!」
理性が働くよりも先に、頭に上った血が行動を促した。反抗もそこそこに突然組み敷かれたスバルは、何事かと怯えた視線をオットーへ向ける。
「
……
どうしたら、」
沈黙から数十秒後
――
ようやく音となって落ちたのは、それはそれは、情けない男の本音だった。
「どうしたら、自分の無力さと危うさを知ってくれますか」
守りたいと思っている友人相手に、心を折るような真似は極力したくない。否、したくなかった。
何故かと問われれば当然で、それはスバルがオットーにとってかけがえのない友人であるからに他ならない。
頼られると俄然張り切ってしまうスバルがこれから先、また目の届かない範囲で問題事に巻き込まれてしまう可能性は大いにある。
けれど、無事でよかったと、毎回そう安堵の息を吐いて肩に手を置ける保証は無い。寝台に横たわった友人の姿や、その傍らで涙を流す彼の契約精霊の少女の姿を想像するだけで身の毛がよだつ。
だから
――
、だから、断ち切るのだ。その可能性を、根本から。芽を摘んで、茎を折り、咲いた花を誰にも触らせぬよう大事に仕舞っておきさえすれば、スバルも、そしてスバルが大切にしたいと思っている人たちも皆平穏に暮らしていける。オットーは、心からそう信じていた。
「守られなくても平気
……
とナツキさんはそう言いますが、」
「い゙
……
っ!?」
「こうされたら、あんたは抵抗ができるんですか?」
言いながら、オットーは骨が軋むほどの強さで掴みあげたスバルの手首を強く床に縫いとめ、そのまま抵抗が疎かになった身体に馬乗りになる。
見下ろしたスバルの顔からは血の気が引いていて、けれど顔色を伺うようなその仕草からオットーがスバルに対して何かするわけがないという甘えが大いに見て取れた。儘ならなさに蟀谷が鈍く痛む。
「ナツキさん。性暴力っていうのは、決して女性に限った話ではないんですよ」
「は
――
」
「どうしますか。もし仮に人の目の届かないところにナツキさんが連れ込まれたとして、ベアトリスちゃんも僕もいなくて、エミリア様も、ガーフィールも、ナツキさんが知っている人間が誰ひとりとそこにいなかったら」
「!? おい、どこ触っ
……
! なぁいい加減やめろって! お前が俺のことめちゃくちゃ心配してくれてんのはわかるけどさ! でも俺男だし、こんな顔だしっ、だいたい俺なんかにそんなことしたい奴とかいるわけな
――
」
「
――
っだから! その危機感のなさが最大の命取りだって言ってんですよ!!」
奥歯を噛み締めるより早く、苛立ちが口をついて出たのがわかった。
嫌でも手首の傷が視界に入り余計に怒りが募る。
見えない傷が形を成してそこにあるだけ今はまだ御の字だ。きっと傍に治癒魔法が使える精霊の少女がいたなら、彼の意を汲んで傷ごとなかったことにしてしまうだろうから。
この場で守りたいなんて大口を叩いたところで、オットーひとりだけの力でそれが叶うはずがないことはもうとっくに理解している。意図せずともスバルは自分を犠牲にしてでも他者に寄り添おうとするし、自身の心についた傷は見て見ぬふりで、抱え膨れた負の感情は胸底へと押し込める。だが、それを繰り返していけば近いうちにきっと取り返しがつかないほどにスバルは壊れてしまうだろう。
それを陣営の誰もが危惧しており、誰も『ナツキ・スバル』を失いたくないからこそ、こうしてスバルはここに囲われているのだ。英雄ではない彼の安寧を望む人はみな、もうこれ以上スバルに不用意に傷ついて欲しくないと願っている
――
それを、どうにかわかってもらわなければ。
「オ、」
「ナツキさん。僕は今、あんたに訊いているんです。もしもそういう状況に陥ったとき、助けを求めた見知らぬ誰かが首謀者と手を組んでいたら、はたまたそこに人が誰もいなかったら、ナツキさんはどうするんですか」
「っ
……
それは、」
「仮に、ナツキさんの主張が本当だとしましょうか。まぁ僕としてはその言い分に異議を唱えたいところですが、あんたが言うようにナツキ・スバルを狙う人間はいないとします。ただそれは、あんたが何も持たないただの『ナツキ・スバル』と仮定したうえでの話であって、実際は王選候補者一の騎士という肩書きを持つナツキさんを狙う輩が少なからずいるのが現状です。あまり言いたくはないですが
……
あんたを英雄と持て囃す連中のなかにも、そういった類の人間は存在しているんですよ」
「
――
」
スバルの息を呑んだ音が、やけに鋭くオットーの鼓膜を刺激する。
信じられないといった面持ちで目を見開いた様に、より顕著になっていくスバルの自己肯定感の低さがもはや苦しかった。
スバル自身が老若男女問わず狙われる可能性がある立場の人間であることを自覚しなければ、警戒心を張り巡らす余地すらない。ましてやスバルのような自己犠牲精神が激しい部類の人間であれば、良いように使われ懐柔される危険性もある。だからといって四六時中スバルに誰かが護衛につくのはむしろ狙ってくれと言っているようなものだ。もちろんそんなことはスバル自身が一番望まないことをオットーは知っているし、その気持ちは尊重してやりたいと思っている。
……
だが、
「
……
っやっぱり、こんなのダメだ。世の中、話せばわかる人だけじゃないってのは俺だって今までの件で学習してる。そりゃ商人としていろんな人間を見てきたお前からすれば俺の考えはまだまだ甘っちょろいのかもしれねぇけど
……
でも、なんのリスクもなくエミリアを王にするとか、そっちのがだいぶ無理あるだろ。それに俺は騎士として、あの子を守るって誓ったんだ。だからこんなとこで悠々自適に暮らすわけには、」
「では、まずは僕のこの手を解いてみてください」
「
……
え」
掛けられた言葉の意味を飲み込めなかったのか、それともオットーの発言の意図がわからなかったのか、はたまたその両方なのか。
いずれにせよスバルは乾燥によりかさついた口唇をぽかんと開けて、呆けたままオットーから押さえつけられている自らの左手首へと視線を移した。
「命を狙われていると知ってなお、守られなくても平気だと本気でそう言っているのなら、自分の身くらいは自分で守れて当然のはずです。違いますか?」
「ちがわねぇ、けど
……
」
「なら、十を数えるうちにこの手を解いて僕を押し退けてください。もしもそれが出来なければナツキさんは僕らの庇護対象であると見なし、今後はここで生活してもらいます」
「
――――
」
まともな反論すら紡げず、みるみるうちに顔が青ざめていくスバルを、オットーは細めた瞳で憐れんだ。
既にそれなりの圧が右手に伝わってきてはいるが、先ほどから何度も抵抗を繰り返しているスバルと余力を大きく残しているオットーとではあまりにも結末が見えすぎている。悲しいかな、それを察せないほどスバルは未熟ではなかった。
噛み締めた歯と歯のあいだから取り繕えない必死さがどれだけ漏れて出ても、押さえつけられたその左手はオットーの右手から逃れられない。
一連の流れで随分と疲弊したらしいスバルはそのうち肩で息をし始め、そこからなし崩しに抵抗が弱まっていった。ばたつかせていた膝から下ももう随分と大人しい。
程なくして観念したように口を閉ざして寝台に背を沈ませたスバルを、オットーは一瞥し、再び静かに口を開く。
「
――
では、そろそろ数えますね」
「へ
……
」
「どうしたんですか? まさか僕が数え始める前に本気で抵抗していたわけじゃないですよね?」
「な、なぁ、オットー。頼む、お願いだから俺の話を
……
!」
「ええ、話ならナツキさんが僕を退けたあとでいくらでも聞きますよ。
……
いち」
「オットー
……
っ!!」
スバルの制止など聞こえぬ振りで淡々と数をかぞえていくオットーにいよいよ逃げ場を失ったスバルは、なけなしの力を振り絞り躍起になって身体を捩る。
しかしこれまでとは違い、自らの目的を果たすためオットーもまた僅かながら本気を出してスバルを押さえつけた。
信頼を寄せている友人に骨が軋むほどの強さで身体を上から押さえつけられたスバルは、オットーならスバルの心をわかってくれると信じて双眸から涙を零しながら息も絶え絶えに何度もオットーの名前を呼んだ。それでも残酷に、数え唄は紡がれていく。
「オットー、おっとぉ
……
っ! 俺、こんなの、こんなの嫌だ
……
!」
「
……
ご。言ったでしょう、ナツキさん。僕たちはナツキさんに寂しい思いはさせません。夜寝るときだってベアトリスちゃんがここに来ます。絶対にもうあんたを一人にはさせない。だからそんなふうに怯えたり泣いたりしなくていいんです。
……
ろく」
「〜〜っ!! そういうことじゃ、ねぇって
……
! ちゃんと、はなし、きけよぉ
……
っ」
スバルの叫びに涙が滲み始めても、オットーは決して数えることを止めない。
ぼやけた視界が煩わしくて右手で目元を拭ったその刹那、スバルは自身の利き手だけが自由であったことに気付く。
むやみやたらに振り回しては左手と同じように拘束される。それならばと、スバルは心のなかでここにはいない自身の愛らしい契約精霊に詫びながら自らの右腕を口唇に当てがい、そして
――
ありったけの力で、その薄い皮膚へと歯を突き立てた。
「ッぅ、ぐ
……
ッ」
「っな
――
に、やってんですか
……
!」
「んゔーー!」
口内を鉄錆の味で満たしながら、それでもスバルは頑なに腕に歯を食い込ませ続けた。
オットーは、スバルが傷つくことを極端に恐れ、嫌う。ならば誰でもないスバル自身が『ナツキ・スバル』を傷つけてしまえば、今いるこの座敷牢さえ安寧の場所ではなくなる。
傷つけられないように仕舞っておくためのこの箱の価値をまるごと失くしてしまえばいい。それが酸欠で回らなくなった思考で辿り着いた、スバルの最後の賭けだった。
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