さゆき
2026-05-22 17:03:38
24545文字
Public 落花流砂
 

ハンドインハンド(後編)

アベ星が開拓歴の年末年始に不思議な体験をしたり、無自覚いちゃいちゃするお話の後編です。
ケーキ達もわちゃわちゃしています。

「星。せーい、起きて」
「ん……なの……?」
 ゆさゆさと肩を揺らされて、覚醒を促される。昨日の疲れが残っているのか、身体はまだ睡眠を求めていてなかなか起きようとしない。
「朝ごはん出来てるから呼んできてって姫子に頼まれたの。ほら、布団に潜ってないで早く起き…………
 バサリと布団が捲られる。部屋は空調が付いているとはいえ、布団の温もりとの差で思わず「さむっ!」と身を縮めた。すぐ側に温かい抱き枕があったので思わずぎゅうと抱きしめると、なのかが「ちょ、ちょっと!」と慌てたように悲鳴をあげる。
「あ、あ、あ、あんた達なんで一緒に寝てるのー!?」
「なの、朝から耳元で叫ばないで……なに……?」
 重い瞼をどうにか開けて、のそりと体を起こす。ふわ、と欠伸をして辺りを見回し……
 抱き枕だと思っていたのが、隣で眠っていたアベンチュリンだったことに気付いて「あぁ、そうだった」と頭をかいた。
「昨日寒かったから一緒に寝たんだった……
「寒かったから!?一緒に!?」
「そうそう……ふわ……
 もう一度大きく欠伸をして目を擦る。さっきよりは目が覚めてきたかも、と腕を伸ばして、星は今も眠っているアベンチュリンの肩を揺らした。
「アベンチュリン、あさだよー起きてー」
「ん……なに、あさ……?」
 気怠そうな掠れ声で、瞳がゆっくり開かれる。寝ている時に乱れたのかパジャマの前はボタンが一つしか留まっていない。半分眠ったような表情でゆっくり起き上がったことで、最後の一個もするりと外れてしまった。
 肩からパジャマがずり落ちていくのを見て、なのかが「ひゃあ!」と両手で顔を覆う。
……あんた、今見せちゃいけない姿になってるよ」
「何の話……?」
「なのが顔真っ赤にしてあっち向いちゃうような光景の話。ほら、風邪引いちゃうからちゃんと前留めて」
「ん……
 脱げかけのパジャマ姿で両腕を広げたアベンチュリンにため息をつき、星は彼のパジャマを着付け直した。起きたてのアベンチュリンはほとんど頭が働いていない。目はほぼ閉じているし、まるで子どものような仕草で星がボタンを留めてくれるのを待っている。
「あんたって、朝本当に弱いんだね……
「ん……せーちゃん……?」
「そうだよ、あんたの友達の星ちゃんだよ。目が覚めてきた?」
「せーちゃんが僕のパジャマのボタン外してる……
「逆だよ、着けてんの」
……なんで?」
「何でもいいからちゃんとパジャマ着て。なのが困ってるから」
 なの……?と不思議そうな表情で辺りを見回したアベンチュリンの顔が、なのかの顔を捉えた瞬間ビクリと強張った。そのまま周囲を見回し、最後に星の顔を直視して「あー……」と気まずそうにため息を吐く。
……星ちゃん、三月さんおはよう」
「お、おはよーアベンチュリン……なんか、ごめんね」
「いや、僕こそ失礼したね。何か見ていても、忘れてくれると助かるかな……
「だ、大丈夫!ウチは一瞬しか見てないから!」
 絶対一瞬じゃないなと確信したものの、寝起き姿を晒した程度なら記憶消去課に頼るほどのことでもない。ごめんねともう一言謝って、アベンチュリンは星のベッドから降りた。
「朝食の時間だから、顔洗って食べに行こ。皆戻ってきてるみたいだから」
「分かった。あぁそうだ、三月さん、僕宛の荷物が列車に届いてないかい?洋服が入ってると思うんだけど」
「あ、パムから預かってるよ。バスルームの外に置いておけば良い?」
「助かるよ。流石にパジャマ姿で食堂に行くわけにはいかないからね」
 二人の会話を歯磨きしながら聞いていた星が、バスルームからひょっこりと顔を出す。
「このままじゃダメ?」
「お客さんが来てるんだから、ちゃんと着替えなよ。サンデーなんて朝からきっちりフル装備だよ」
「デーさんは真面目すぎ。先輩として、今度は羽目の外し方を教えてあげなくちゃね」
 そう入って胸を張る星を横目に、なのかはクローゼットからぽいぽいと星の服を見繕っていく。いつもの服ではなく可愛らしいワンピースを寄越されて、星は「ちょっと」となのかを止めた。
「いつもので良いってば。何この服」
「アベンチュリンが来てるんだから、もらった服着なよ。あ、タグついてたからちゃんと切るんだよ」
「これ、後ろボタンだから着にくい……
 どうやって着るの、と受け取った服をひっくり返す星。なのかは「もう」とため息をつきながらバスルームに星を押し込んだ。
「アベンチュリン、下にも洗面所があるから良かったらそっち使って!星の支度、かなり時間かかるから……
「分かった、そっちを使わせてもらうよ」
「せーい!無理に着ようとしないで!破れる!」
「このワンピース、腕通すところある?」
 朝から賑やかな二人の声を聞きながら、パーティ車両の螺旋階段を下りていく。シャラップに洗面所の場所を聞こうとしたところで、片隅に佇むサンデーと目が合った。
「やぁ、おはよう。お邪魔しているよ」
「おはようございます」
 朝からきっちりと正装のサンデーと、着替える前でパジャマ姿の自分。嫌味の一つでも言われるかなと内心身構えていたアベンチュリンに、サンデーは「こちらですよ」と手を向けた。
「洗面所をお探しなのでしょう?星さんの部屋は使用中でしょうから」
「あぁ、助かるよ。ありがとう」
……昨晩は、お二人で過ごされたのですね」
「ケーキ達が一緒だから、正確には二人と四匹だけどね」
「それは……
『アベンチュリン〜まって〜!』
『ごはんごはん』
『まだ眠い……
 星の部屋からぴょんぴょんと跳ねてきたケーキ達が、次々とアベンチュリンの体に飛び乗る。頭に乗ってきた子に「危ないよ」と苦笑し、三匹を腕に抱え直したアベンチュリンはそれぞれに軽い口付けをした。
「おはよう、昨日はよく眠れたかな?」
『ぐっすり〜』
『みんなで寝るの楽しかった、今度は星を僕たちのお家に連れてきて!』
『ごはんごはん』
「あはは、楽しかったみたいだね」
 そう言って楽しそうに笑うアベンチュリンに、サンデーは意外そうな顔をして固まった。しばらくして硬直を解くと、言葉を選ぶように躊躇いながら口を開く。
……撮影は天候が回復してからとのことですから、どうぞごゆっくりお過ごしください」
「それはどうも」
 それ以上の会話はなく、アベンチュリンはケーキ達を連れてサンデーが示した方向へ去って行く。しばらくして星と一緒に部屋から出てきたなのかは、星を先に食堂へ向かわせるとサンデーに耳打ちをした。
……本当に何にもなかったみたい。手伝いが必要な服だったからこっそりチェックしたけど……特に変な痕とかなかったよ」
「確か、二人は以前にもトラブルで一夜を過ごしたことがあると言っていましたね。その際も何もなかったとのことでしたが……
「そうなんだよね。てっきり付き合うことにしたのかと思ったんだけど、そうじゃないって二人とも言うんだよ?今日なんて一緒に……
 そこまで口にして、何かを思い出したのかなのかは顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。サンデーが「三月さん?」と声をかけると、ハッとしたようにサンデーの方を見る。
……サンデーは、もしロビンに男の人とお泊まりしてきたって言われたらどうする?」
「許可できませんので、泊まる前に阻止します」
「も、もしもの話だよ?」
「三月さん」
 その時のサンデーの顔は敵対した時よりも険しかったと、後になのかは語った。
「許可できません」

***

「よし、これで何かあっても安心」
……星ちゃん、本当にこのまま行くのかい?」
「勿論。これならあんたが途中で海に入りたくなっても止められるでしょ」
 自信満々にそう言った星の腕には、普段着のジャケットについている金色のリボンが巻かれていた。そして、その先はアベンチュリンの片腕に結びつけられている。
「命綱ってやつだよ」
……まあ、君がいいならそれで構わないけど……もっと手っ取り早い方法があると思うな」
 そう言って、アベンチュリンは星の手を取った。指を絡めて、しっかりと掌を握り込む。
「こうすれば、すぐには解けないだろう?」
…………
「どうかしたかい?」
「手、握ったまま海に引き摺り込まれたらどうしようか考えてた」
……そうならないよう努力するよ……
 所謂「恋人繋ぎ」をしても、そういう経験のない星には響かなかったらしい。手を繋ぐこと自体は問題ないようだし、それだけでもいいかと息をついたアベンチュリンは気付かない。
「じゃあ、行こうか。足元気をつけてね」
……うん」
 イヤーマフの下に隠された星の耳が赤く染まっていたことも、彼女の心臓が少し早鐘を打っていることも。
「さむっ!」
 列車の乗降車口の扉が開くと、ゴウッと強い風が車内へ飛び込んでくる。今朝も天気は雪。昨日ほどの吹雪ではないが、空はどんよりと雲に覆われて晴れそうもなかった。
 さくさくと新雪に足跡を残しながら歩いていくアベンチュリンの真横にいた星は、ふと違和感を覚えて立ち止まった。
……あれ?」
 昨日の夕暮れ、恐ろしいほどに美しかった夕陽と海があったはずの場所が様変わりしている。
 海水で満たされていたはずの場所はすっかり潮が引き、一本の真っ直ぐな道が遠くの島へと続いている。その道の真ん中に、一人の少女がいた。
……うそ」
 そんなはずがない、ここにいるはずがないと理性は告げている。けれど、本心はそれとは裏腹だった。
「キュレネ」
 オンパロスの旅の相棒であり、永遠に過去へ留まったはずのキュレネが、ここにいる。会いたくても、記憶の中でしか会えないはずの彼女が目の前にいる。
 思わず駆け出しそうになった星だったが、それ以上前へは進めなかった。アベンチュリンが、握られた手にぐっと力を込めて星を止めている。
「アベンチュリン……?」
「星ちゃん」
 アベンチュリンは強い視線で前を見据えていたものの、明らかに顔色が良くない。握られた手が微かに震えている。
……君は今、キュレネと言ったね」
「う……うん」
「僕には、違う人に見えるよ。だからあれは……本物じゃない」
 そうアベンチュリンが告げた瞬間、星が『キュレネだと思っていたもの』が霧散した。小さなかけらになった何かが、島の方へと飛び去って行く。
……今のって」
「分からない。ただ、どうやら『人の記憶を読み取って、人物を真似る』性質があるみたいだね」
「私には、キュレネの姿に見えた。あんたは、誰に見えたの?」
 星の問いかけに、アベンチュリンは少し言葉に迷ってから一言だけ呟く。
……もう二度と、会えない人だよ」
 静かな声が、波音に消えていく。言葉の意味を悟った星が黙り込んでいると、アベンチュリンは「大丈夫」と繋いだ手に力を込めた。
「悪趣味だと思うけど、悪意や敵意は無さそうだった。昨日は君の姿だったのに、今日は違っていて驚いたけどね」
「あ……そういえば、そうだっけ。本物の私がここにいるって、分かってるからかな?」
「そうかもしれないね。君と僕が『あれは本物じゃない』って認識しただけで形を保てなくなっていたし……記憶域ミームみたいなものかもしれない」
 ミーム生命体の厄介さは、これまでの開拓で嫌というほど思い知っている。頭からバナナとサルが離れなくなるのはごめんだ。
 そう思いつつも、星にはあのキュレネの形をしたものが人を害そうとしているようには見えなかった。アベンチュリンが言ったように、敵対存在のような悪意や殺意を感じない。
……なんか、呼んでるみたい」
「僕らを?」
「良く分からないけど……あの島に来て欲しいだけなんじゃないかなって」
 それは星の勘のようなもので、何一つ確証はなかった。昨日の件を考えれば、危険も十分有り得る。リスクを考えれば、引き返すのが得策だろう……普通の人間ならば。
「じゃあ、行ってみようか。潮が引いている時間はきっと長くない。安全に行き来が出来るのは今だけだろうし」
「いいの?」
「どのみち撮影は天候待ちだしね。それに……
 アベンチュリンはいつもの笑顔で星に囁いた。
「ハイリスクな方が、リターンも大きいだろう?」
「出た。本当にギャンブラーだよね、あんたって」
「それに乗ってくれる君も、素質あると思うよ」

***

 海岸から見ていた時は遠く感じていたが、引き潮の道を進んでみると意外にもあっさりと島へ辿り着くことが出来た。小さな島であることと、人の気配が全くないので所謂無人島というものだろう。
 ただ、人の手は加わっているようで、島の入り口から石階段と、それを覆うような赤い柱の建造物が連続して長く建てられていた。
「なんか、すごいね。この赤い柱、階段のところにずっと並んでる」
「確か、鳥居だったかな。神様の社へ続く道に建てられているって聞いたことがあるよ」
「ふーん……じゃあ、神様の家にお邪魔する玄関みたいなもの?」
「そうなるかな?」
 作法があるみたいだから、倣っておこうかとアベンチュリンが声をかける。防寒のために被っていた帽子を取り、最初の鳥居をくぐる前に一礼した。星もイヤーマフを外して、同じように一礼する。
「お邪魔します!」
「ふふ、星ちゃんは良い子だね」
「人の家に上がる時はそう言うものでしょ?」
 そう言って鳥居をくぐり、石階段の一歩目へ足をかけた二人は……
「あれ?」
……おや」
 確かに一歩目だったはずなのに、階段の中腹辺りの踊り場に立っていた。ワープ装置でもあったのかと足元を確認する星に、アベンチュリンは「気をつけて」と声をかける。
「上も下も、先が見えない。階段と鳥居がずっと並んでいるように見えるけど……戻ろうにも、さっきの場所へ戻れるか分からないね」
 見えるかい、と指差された先には、鳥居の分かれ道があった。後にも先にも二又に分かれた道が幾重にも分岐していて、まるで迷路だ。
「なんか、歳陽に閉じ込められた時に似てる……正解の順番に進まないと、最初に戻されるの」
「それは……下手に動くと危険だね」
「何かヒントがあれば良いんだけど」
 そう言って辺りをもう一度探ってみても、景色は全く変わらない。同じ光景がまるで永遠に続いているようにすら感じられて、星は身震いした。
「どうしよう」
……そうだね。これもあの『いるはずのない人』と同じように幻なら、簡単かもしれない」
 アベンチュリンはそう言うと、上下の階段ではない第三の方向……踊り場から、斜面の方へ足を向ける。
 もしこれが幻でなかったなら、そのまま滑落する。そう思った星は一瞬止めようとしたが、アベンチュリンは迷いなく進もうとした。
……私もあんたを信じれば、さっきみたいに幻が解けるってこと?」
「僕が間違っていなければ、だけど。僕らがここに立った時、この斜面を背にしていた。なら、僕らが来たのはこっちからってことだろう?」
 アベンチュリンはそう言うと、星の手を一度離して、二人を繋ぐ金色のリボンを手に取った。
「もし少しでも不安なら、このリボンを外してほしい。失敗して落ちるなら、僕だけでいいからね」
……そこは、僕を信じてって言うところでしょ」
 星は再び、アベンチュリンの手を強く握った。
「信じる。だから、あんたは私を信じさせて」
……分かった。じゃあ、行くよ」
 踏み出す時は一緒に。石で出来た踊り場から、何もない斜面を見下ろす。
 一歩を踏み出そうとした時、隣から「目を閉じて」と声がかかった。
「見えているものが信じられないなら、閉じた方が信じられる。夢の中で熟睡できないように、見えなければ惑わされることなんてないだろう?」
……うん。私たちは確かに、一歩しか歩いていない。だから、一歩戻れば元の場所に戻れる」
「そうだよ。この景色そのものが……
 踏み出した先。先ほどの景色のままなら、二人とも斜面を滑落して無事では済まなかっただろう。
 だが、星は確かにしっかりとした地面を踏み締めていた。波や風の音が鮮明に聞こえてくる感覚に誘われて、ゆっくり目を開ける。
……やっぱり、幻だったんだね」
「そのようだね」
 一つ目の大きな鳥居と石階段。元の場所へ戻ってきたと安堵のため息をついた二人の背後から、「あらまあ」とのんびりした声が聞こえてきた。
「昨日のお嬢さんとお兄さんじゃないの。ここに来られるなんて、運が良いわねえ」
……女将さん?」
 昨日、撮影の休憩時間に立ち寄った旅館の女将が微笑んでいる。彼女も幻かと訝しんだアベンチュリンを見て、女将は「やっぱり二人とも神様に好かれたのかしら」と困ったように首を傾げた。
「お二人とも、『今ここにはいない人』に会わなかった?」
「え……うん。偽物だって分かったら、消えちゃったけど」
「やっぱり、神様に気に入られたのね。ここの神様はそういう悪戯をして、気に入った人を呼ぶことがあるのよ」
 ただ、と女将は表情を曇らせる。
「私が小さかった頃は、潮が引けばいつでもこの島へ来られたのだけど……都市開発やら何やらで海岸が埋め立てられて、潮の流れが変えられてしまった。この島へ来られるのは、干潮の時間でも限られた条件を満たした時だけ。だから、ここへ来る人も随分減ってしまったの」
……それは、寂しいだろうね」
「そうね。私もここへ来たのは随分久しぶりだわ」
 女将は懐かしそうに鳥居を眺めると、階段を上ろうとする。その背中にアベンチュリンは「待ってくれ」と声をかけた。
「ここを上るつもりかい?」
「ええ。新年が来る前に、お掃除をしてあげないと。毎日潮の様子を見に来ていたのだけど、ようやく来られたからね」
……実は僕たち、さっきここを上ろうとしたんだ。だけど、一歩目で迷いこんでしまった。危険じゃないかい?」
 アベンチュリンの言葉に、女将は「心配してくれてありがとう」と微笑んだ。
「ここの神様はね、ちょっと嫉妬深いの。お二人があまりに仲良くしているから、きっと意地悪をしたのね」
 その言葉に、星とアベンチュリンはハッと気付いて互いの手を離した。腕に結んだままのリボンが風に揺れる。
「その可愛いリボンは、そのままで大丈夫よ。じゃあ、私についてきてくれるかしら。一緒にお参りしに行きましょう」

 女将の先導で鳥居が続く石階段を上り始めてすぐ、二人は先程とは違う感覚に気付いた。
「アベンチュリン」
……うん、さっきとは全然違うね。道は一本だけだし、先もちゃんと見える」
 後ろを振り返れば元来た道がきちんと把握できるし、遠くに星穹列車の姿も見える。やはりさっきの光景は異様だったのだと思い知らされて、星は息を吐いた。
「あらあら、本当に意地悪な神様だこと。呼んでおいてそんな仕打ちをするだなんて」
「本当だよ……昨日は危うく、幻に騙されて溺れるところだったし。神様っていうのは本当に気まぐれだね」
「ごめんなさいねえ。神様はここから出られないから、潮の満ち引きなんてきっと知らないのよ。それで人間が儚くなってしまうこともね」
 だから、いつまでも人が来ないことに焦れてしまったのでしょうね。
 女将はそう言って、悲しそうに歩を進める。
……星神と似てるね。神になったものは、誰よりも自身の運命に縛られるってやつ」
「運命の行人も似たようなものだけど……あぁ、だから僕たちは気に入られたのか」
「どういうこと?」
 星の問いかけに、アベンチュリンは自身と星を交互に指差して答えた。
「僕も君も、それぞれの運命を歩む者だからだよ。君は星神の一瞥をそれぞれ受けているし、僕は存護の基石を所持している。普通の人よりも神の影響を強く受けているのが、分かるんじゃないかな」
……なるほどね。『お気に入り』って、そういうこと」
「この国の人々は神を信じているけれど、神を知覚出来る人は殆どいないようだ。だから、『自分が見える』者を呼びたがるのかもしれないね」
 そのせいで昨日は二人とも大変な目に遭ったわけだが。神というものは人の都合など気にしない存在だと痛いほどよく知っているので、星は深く考えるのをやめた。
「どこの神様も、気になった人間がいると見ずにはいられないんだね……
「アハハ、それは僕たちもそうじゃないかい?宇宙には『人から注目されること』で姿を維持している種族もいるくらいだし」
「常に見られてないとダメってこと?大変だね」
「おや、今や全宇宙から注目されている『銀河打者』さんはそんなこと気にならないのかな?」
「カンパニーの高級幹部様こそ、見られることには慣れてるでしょ」
 二人が軽口を叩き合う様子をにこにこと眺めていた女将が「着きましたよ」と最後の鳥居をくぐる。その声で前を向いた二人が揃って鳥居をくくると、開けた広場の中心に小さな建物が建てられていた。
 木で出来ていると思しきそれは長年誰も手入れをしていなかったのか、飾られていた花は萎れ、至る所に埃が積もっている。
「あらまあ……本当に、長らくお待たせしてしまいましたね。申し訳ありません、今お社を綺麗にしますからね」
「これはかなり骨が折れそうだ。女将さん、掃除道具はあるのかい?僕たちも手伝うよ」
「アベンチュリン、こっちにホウキあるよ。雑巾とかも。水場はどこだろ……
「まあまあ、お二人ともありがとう」
 年配の女将に采配を任せ、星とアベンチュリンは社の掃除に取り掛かった。祭具の手入れ等、作法のわからないものを除いて、社全体の掃除や広場……境内の掃き掃除などを二人で分担する。
「意外。あんた、掃除とかしたことなさそうなのに」
「人に自分の物を任せるのが苦手でね。ハウスキーパーはあまり使いたくないから、自分でやってるよ」
「ふーん。私の場合は、パムやなのが気付いたら綺麗にしてくれてるんだよね」
……なんとなく想像できるよ」
「最近はゴミケーキがなんでも食べちゃうから、せっかく見つけたゴミも取って置けないんだよ」
 それは列車にとっては良いことなんじゃないかな、と言いかけてアベンチュリンは口を噤んだ。
 星のこのゴミ好きな面については、正直理解ができそうにない。世の中、沈黙が正解なこともあるのだ。
「お二人とも、それくらいで大丈夫ですよ。ありがとうございました」
「もういいのかい?」
「ええ。新しいお花を摘んできましたから、それを生けてお参りしましょう」
 女将が社の中央にある小さな扉を開ける。中央に飾られている鏡の両側に置いている花瓶に野花を生けると、二人の方へ振り返った。
「お作法は自由で構いません。真剣に祈れば、神様は無碍にはしませんよ」
「そうなの?なんだっけ、二礼二拍手……
「その後一礼かな?僕たちはあまり詳しくないから、その形で合わせようか」
「ふふ、では私もそういたしましょう。お賽銭は私がまとめて払いますね。鈴を鳴らしたら、二礼二拍手。お祈りをして、終えたら一礼で」
 女将が綺麗にしたばかりの賽銭箱に硬貨を入れて、綱に括り付けられた鈴を鳴らす。そのまま深く礼をしたのに続いて、二人も同じように頭を下げ、拍手をする。
……来年も、列車のみんなと無事に開拓できますように)
 星はそう祈って、ふと真横を見る。目を閉じて祈っているアベンチュリンの横顔を見て、心の中で祈りを付け足した。
(来年は、アベンチュリンがもうちょっと暇になりますように)
 買い物に行こうとか遊ぼうとか言う割に、彼は仕事が忙しくて中々時間を取れない。カンパニーが忙しいのは知っているが、もう少しゆっくりする時間を取ってほしいと星は思っていた。
 ……少なくとも、目の下の隈を化粧で隠さなくても良いくらいには。
 最後に一礼して顔を上げると、先に終えていたらしいアベンチュリンが意外そうに星を見つめていた。
「長いお祈りだったね。そんなにお願いしたいことがあったのかな?」
「お祈りが一個だけしかダメなんてことはないでしょ。数打てば当たるってやつ」
……それ、用法合ってるかい?」
 二人が言い合う姿を見た女将は微笑んで、「お二人とも、そろそろお時間じゃないかしら」と促した。
「晴れてきましたよ。確か、撮影をされてましたでしょう?そろそろ再開されるのでは?」
 その言葉に二人が空を仰ぐと、分厚い雲の切れ間から何筋も光が差し込んできていた。
「晴れてきた!あんなに雪が降ってたのに……
 風が雲を流して、次第に青空が広がっていく。その様を眺めていたアベンチュリンのポケットが振動した。震えるデバイスを取り出し、相手の名前を見たアベンチュリンは「ジェイドだ」と呟く。
「ちょっと失礼するね……もしもし。うん、今は星ちゃんと一緒だよ。30分後に集合?……出来るだけ急ぐよ。じゃ」
 手短に通話を終えたアベンチュリンは星に「仕事の時間だって」と伝えると、デバイスをポケットに仕舞った。
「30分後って、また急だね」
「また天気が崩れる前に、前倒しで撮影したいんだってさ。僕たちは戻らないとだけど……
「私はゆっくり向かいますから、お二人はお戻りください。ご心配は無用ですよ」
 女将はそう微笑んで、元来た石階段を指差した。
「ここから真っ直ぐ、振り返らずに降りてくださいな。途中で振り返ると、また神様が悪戯をするかもしれませんから……決して、振り返ってはいけませんよ」
「分かった。じゃあ、またね。今度は仕事じゃなくて、遊びに来るから」
「色々ありがとう、女将さん。この礼はいずれ返させてもらうよ」
「お気持ちだけで充分ですよ、ありがとう。お二人とも、お元気でね」
 手を振る女将と別れ、二人は長い鳥居が並ぶ石階段を降りていく。言われた通り、振り返らずに真っ直ぐ戻っていく二人を見送った女将の背後から、別の声が響いた。
『なんだ、振り返らないのか。あの娘は好奇心に負けてやりそうだと思ったのだが』
 女将はその声に驚くでもなく、振り返る。小さな社に納められた鏡から、不満そうな声が響いた。
『隣の男は隙が無さすぎる。一人の時は幻影に惑わされたというのに、あの娘と二人になったら片時も警戒を解かぬとは。つまらん』
「あらあら、本当に悪戯するおつもりだったんですか?」
『久しぶりに人間がやってきたのだから、少しくらいは良いだろう』
「神様の少し、で大変な目に遭うのは人間ですのよ。もう少し加減なさってくださいまし」
 女将の叱責に、鏡はぐっと声を詰まらせる。弱々しく『だが……』と返す鏡に対して、女将は「だが、じゃありません」と遮った。
「私はもう少しここにおりますから、どうかその間は悪戯心を出されませんよう。私からのお願いでございます」
……もう少しとは、どれくらいだ?』
 鏡の問いかけに、女将は「そうですねえ」と考え込む。短い逡巡の後、彼女は少女のような笑顔を浮かべてこう言った。
「私のことが大好きで、神様のことが大嫌いなあの人が私を探しにここへ来る時まで……かしら?」

***

「お疲れ様でした!これにて撮影終了です!」
「つ、疲れたぁ……ウチ、もう腕がパンパンだよ……
 カメラの機材を置いてひと息つくなのかに、星はホットミルクティーのペットボトルを差し出す。
「お疲れ、なの」
「わぁ、あったか〜い!星もお疲れ様、今日はもうゆっくりしよ……
「帰ったらマッサージしてあげるよ」
「ホント!?……ってアンタ、マッサージのやり方知ってるの?」
「丹恒から教えてもらったからばっちりだよ。なんだっけ……ホットなんとかマッサージ」
「うろ覚えなの怖すぎるんだけど!」
 二人で話しているところに、背後からカンパニーのスタッフが申し訳なさそうになのかに声をかけた。
「三月さんは撮影した写真の選定がありますので、もう少しお願いします。モデルの皆さんは上がっていただいて大丈夫です、今回は本当に長い時間お疲れ様でした!」
「うっ……ウチ、まだ残業みたいだから星は先に着替えて戻ってて……
「本当にお疲れ様……今日のお風呂、なのの好きなバスボム入れるから後で部屋に来て」
「唐辛子のは嫌だからね!今日は……黄金のがいいな。オンパロスのピュエロス、入ってみたかったんだよね」
「分かった。じゃあ、先に戻ってるね」
 着物の裾を踏まないよう気をつけながら歩を進めると、目の前に手袋をはめた手が差し出された。
 ここ数日ですっかり見慣れた手を迷いなく取った星は、差し出した相手の目を見る。いつ見ても不思議な色合いの瞳は、少し驚いたように星を見つめていた。
「どうしたの、アベンチュリン」
「いや……声をかける前だったのに、と思って」
「声かけられなくても分かるよ」
 星より少し大きくて、少し筋張っていて、指が長い。ほんの少しの躊躇いと遠慮を感じる握り方に不満を覚えて強く握り返すと、アベンチュリンは「ちょっと痛いかな」と眉を下げた。
「随分積極的だね、星ちゃん」
「しっかり握って。はぐれたら困るでしょ」
「そうだね。また海に浸かるのは御免だ」
「私も」
 二人で軽口を叩きながら宿屋の暖簾をくぐると、あの女将ではなく初老の男性……主人らしき人が二人へ挨拶をした。
「お疲れ様でございました。着替え用のお部屋にお茶菓子を用意しておりますので、良かったら召し上がってください」
「あ、昨日女将さんがくれたお菓子?あれ美味しかったから嬉しい」
 星は花の形をしたお菓子が余程気に入ったらしい。着替えよりも先に食べ始めそうだな、と苦笑したアベンチュリンは「衣装に落とさないようにね」と一応釘を刺す。
「そんなに気に入ったなら、お土産用に少し包んでもらおうかな。……そういえば、女将さんはもう戻られたのかな?ゆっくり向かうと言っていたけれど……
「あ、そういえば。昨日はお出迎えしてくれたけど……今は別のところにいるの?」
 二人の言葉に、宿屋の主人は驚いたように目を見開く。
「家内、ですか……?」
「うん。昨日の途中休憩でお菓子出してくれたよ。あと、今日は向こうの小島の神社に一緒に行ったの」
「僕たちは仕事が入ってしまったから、先に失礼したんだけれど……まさか、まだ戻っていないのかい?」
 言葉を重ねるごとに、主人の目が潤んでいく。その様子に二人が思わず口を噤むと、主人は「申し訳ありません」と目元を押さえてフロントへ向かってしまった。
……私、何か変なこと聞いたかな?」
「いや、そんなことはなかったと思うけど……
 戸惑っている間に、主人は手に何かを抱えて二人のところへ戻ってきた。大事そうに抱えられたそれを二人に向けて、「この女性で間違いありませんか」と尋ねる。
 写真立てのフレームの中から、あの女将が柔らかな微笑みで二人を見つめていた。
「う……うん。この人だよ」
「そう、ですか……彼女は戻ったんですね……
 星の言葉に、主人は納得したような表情を浮かべる。そして、声を詰まらせながら話を続けた。
「家内は……女将は、先日亡くなりました」
……え」
「ですが、ここを利用してくださる方から『女将によろしく伝えてほしい』とよく言われまして……不思議に思っていたんです。出そうと思っていたお茶やお菓子が先に出されていたり、雪の日に用意したタオルが既に部屋に運ばれていたり……
「それはまた……不思議だね」
「そうなんです。そして、皆さん決まって仰いました。『女将から親切にしてもらった』と」
 女将が亡くなってから意気消沈していた主人は、客からの言葉を不思議に思いつつも『もしかしたら妻が自分の様子を心配して手伝ってくれているのかもしれない』と希望を抱いたという。
 姿は見えなくとも、側にいてくれているのだと。
「家内は、あの離れ小島にある神社の巫女でした。彼女があの神社へ戻ったということは、私はもう一人でも大丈夫だと……そう判断したということでしょう」
……女将さん、『ゆっくり向かうから、先に戻ってて』って言ってたのに……
「神社の鳥居は『この世とあの世の境目』って聞いたことがある。僕らが死者の領域に長居しないよう、穏便に帰してくれたのかもしれないね」
 二人が写真立ての女将を見つめていると、主人は「ありがとうございました」と頭を下げた。
「私もまだまだ頑張らないといけませんね。彼女を娶る時も一悶着ありましたから……これはあの世でもまた大変そうです」
「そういえば、巫女さんって結婚できるの?なんか、色々大変なところもあるって聞いたことあるけど」
「星ちゃん、意外と恋愛の話とか好きなんだね……
 興味津々といった様子で主人と女将の馴れ初め話に食いついた星に、主人は照れくさそうに笑う。
「いやぁ、お恥ずかしながら私の一目惚れでしてな。今は離れ小島になっていますが、昔はよく歩いていけたもので……毎日通いましたよ」
「おぉ……それでそれで?」
「雨の日も雪の日もお参りをして、『妻に迎えたい』と彼女へ乞い続けたのですが……
「熱心だね」
「あの神社の神が大層お怒りで、雷を間近に落とされたこともありました。いやあ、あの時は流石に死ぬかと思いました!あっはっは」
……よかったね、生きてて……
「その雷で神社が半壊しまして、本土に本殿を移すことになりました。怪我をした私は彼女に看病してもらいまして……『貴方のような命知らずな方、放っておけませんので私が側にいて差し上げます』と言ってもらえて、今に至ります」
 私はつくづく幸運でしたと笑う主人とアベンチュリンを交互に見た星は、アベンチュリンにこっそりと耳打ちした。
……神様の嫉妬って、怖いね……
「僕たちが手を繋いでいただけで機嫌を損ねるなんて、と思っていたけど……昔のご主人と女将さんが過ぎってイラッとしたのかもしれないね……
 雷を落とされなかっただけ、幸運だったのかもしれない。改めて神という存在の理不尽さに背筋を凍らせた二人だった。

***

「ふーん、そんなことがあったんだ」
「そう。不思議だったけど……よく考えたら、仙舟でもオンパロスでも霊体とか冥界とかそういう存在はあるもんね」
「死んでも旦那さんの側でお手伝いしてた女将さんかぁ……そういう夫婦関係って素敵だなぁ。ウチもいずれはそんな人が……
「なの、結婚願望とかあるんだ」
「恋愛漫画みたいな素敵な恋をして、大好きな人と結婚できたらすっごく幸せじゃない!?そういうの、いいな〜って思うよ」
 星はふぅん、と返事をして黄金の湯を掬う。バスタブに浸かって今日の出来事を思い返していると、なのかが「それにしても」と意外そうな声音で星の視界に入ってきた。
「昨日からずっとアベンチュリンと一緒だったんでしょ?ちょっとは進展した?」
「進展って……友達関係に進展もなにもないでしょ。あの後も着替え終わって列車に送ってもらった以外のことはないよ」
「高そうな生菓子の詰め合わせ貰ってたじゃん……ちょっと調べたけど、あれ料亭とかで出される最高級品だからね?」
 カンパニーのスタッフが常駐する宿だけに、その辺りも抜かりない。主人も女将も人がよさそうだったが、老舗だけに商人との駆け引きは慣れているのかもしれないな……と感心していると、なのかは「星、聞いてる?」と不満そうな顔で再度視界にフレームインしてきた。
「昨日一緒にベッドで寝てたのに、友達っていうのはそろそろ苦しいんじゃないの?」
「友達だって一緒に寝るでしょ、なのとだって寝ることあるし」
「ウチとアベンチュリンは全然違うでしょ!あんた、丹恒とも一緒に寝るの?」
「丹恒は絶対良いって言わなそうだし、そもそも一緒に寝ようって言ったら軽蔑されそう……
「アンタ、その自覚はあるのによくアベンチュリンを誘えたね……
「だって、前はなんだかんだ言って一緒に寝てくれたし。前例があるから、押せばいけるかと思って」
……え?」
 なのかの口がぽかんと開いたのを見て失言に気付いたがもう遅い。一瞬後で来るだろう叫びに備えて、星は両耳をさっと手で覆った。
「どどどどういうコト!?アンタ達いつの間にそんな……あっ、前にアンタが帰れなくなってアベンチュリンの家に泊まった時の話!?」
「なの、声大きい……下の階に聞こえる」
「あ、ごめん……いやいや、ウチは誤魔化されないからね!さぁ、星!洗いざらい話してもらうから覚悟して!」
「えぇ……どうしてそこまで……
 前回のお泊まり事件の時はそこまで深掘りして来なかったのに、今日のなのかはやけに積極的だ。これ以上話せるようなこともないんだけど、と星がやんわり話を切り上げようとしても、なのかは「だって」と食い下がってくる。
「幻が現れた時、アベンチュリンが最初に見たのはアンタだったんでしょ?」
「そう言ってた。私が海の中へ入っていくのを止めようとしたって」
「で、その幻っていうのは『会いたい人』の姿をしていたって話だったでしょ?」
「うん」
 星が頷くと、なのかは「そこまで理解してるのになんでそこで止まっちゃうの……」と呆れたような顔をする。
「なら、アベンチュリンが『会いたい』って思ってるのは星だってことじゃん。そもそも昨日は仕事でも会ってたのに、終わってからすぐに会いに来ようとしてたんでしょ?」
「それは……私が、アベンチュリンのケーキ達を預かってるからで」
「ケーキ達に会いたかったのなら、あの子達の幻を見るはずでしょ。もちろん、あの子達にも会いたかっただろうけど……一番は、アンタと一緒に過ごしたかったからってことになるんじゃない?」
……そうなる?」
「乙女の勘は間違いない!」
 なのかは大きく頷くと、星に耳を寄せて「ほらほら」と催促をした。
「他にも話してないこと、あるんでしょ〜?この際全部話してもらうからね!」
「本当にないって……ニューイヤーイブの夜は時間が取れたから、列車で新年を迎えたいって言ってたくらいで」
「え、ここに来るの!?」
「うん、パムも年越しソバ?作るって言ってたし。一緒に食べたらって誘ってある」
「え〜!そしたらどうしようかな……うーん……わかった!ウチに任せて!」
「嫌な予感しかしないんだけど、なの何する気?」
 妙に意気込むなのかに引き気味で尋ねるも、彼女は「大丈夫大丈夫!任せておいて!」しか言わなかった。その「なのかにお任せ」した結果は、すぐに判明することとなる。
「そういうことか……
「ん?どういうことだい?」
 ソファで寛いでいるアベンチュリンに「なんでもない」と答えた星は手元のメモをくしゃりと潰してポケットに入れた。
 今日はニューイヤーイブ。パムお手製の年越しそばを皆で食べた後、サンデーと姫子、ヴェルトはロビンのコンサートへ。残ったメンバーでボードゲームでもしようかと部屋へ戻った時、机の上になのかからのメモが置いてあることに星は気付いた。
『丹恒と除夜の鐘つきに行ってきま〜す!パムは新年の準備があるみたいだし、邪魔しないようにね! なのか』
 絶対変な気を回されている。夕食まではあんなに賑やかだったのに、今は静かな自室で二人きり。意識するなという方が無理である。
 アベンチュリンはどう思っているんだろう、と横目でちらりと様子を伺う。彼はタブレットを操作して、二人で見やすいようテーブルへ置いた。
「今日のロビンのコンサート、チャリティーライブだから無料配信されているんだ。せっかくだから一緒に見よう」
「あ、そうなんだ。チケットを譲った話はしたの?」
「うん。仕事で行けなそうだから列車にプレゼントしたってことだけね」
……多分、ロビンはそれだけで分かるだろうな」
 調律で姿を変えていたとしても、大切な家族のことを彼女は間違えない。立場的に直接会えなくても、せめて元気でいることを伝えられたらいいなと星は思った。
 そんな星を見て、アベンチュリンは「そうだね」と頷く。
「明日のニューイヤーパーティーには、ロビンも来るんだろう?こっそり会ってもバレないんじゃないかい?」
「そう言ったんだけど……デーさん、パーティーの時間はアーカイブ室に篭ります、だって。色んな人が来るし、写真を撮ったりもするから避けたいのは分かるんだけどね」
「ふーん……ま、それもそうか」
 アベンチュリンが空になったグラスをサイドテーブルに置くのを見て、星は「おかわり、いる?」とソファから立ち上がった。
「コンサート観るなら、何かボトル開けようか。下からクーラーもらってくる」
「それもいいけど……星ちゃん、バーテンダーの仕事をしたことあるんだって?僕にも何か作って欲しいな」
……あんたがお願いしてくるなんて、珍しいね」
「トパーズとレイシオから散々自慢されたんだよ……君のお手製ドリンク、それはもう美味しかったんだってさ」
 二人へ特製ドリンクを用意したのは、夢境のバー・ナイトメアで臨時バーテンダーをした時のことだ。オンパロスへ向かう前くらいだっただろうか。
「今年は色々と仕事を頑張ったんだ。最後の日くらい、ご褒美があっても良いんじゃないかなって」
「私のドリンクがあんたのご褒美になるかは分かんないけど……まあ、いいよ。作ってあげる」
「本当かい!?嬉しいよ、ありがとう」
「ドリンクのリクエストはある?」
「そうだな……さっぱりしたものが良いかな。あとは君にお任せするよ」
「了解」
 ドリンクを作るついでに下の階で遊んでいるケーキ達も連れてこようと思いながら扉を開けると、開くのを待っていたのかアベンチュリンのケーキ達とゴミケーキが一緒に雪崩れ込んできた。
『アベンチュリンあそぼ!』
『星のふわふわベッドで寝る〜』
『何見てるの?楽しいもの?』
『くんくん……美味しいおやつの気配』
「ゴミケーキはさっきおやつ食べたでしょ。アベンチュリン、強請られてもあげないでね」
『た、食べてないよ……ほんとだよ?おやつ、欲しいな〜』
 目をうるうるさせて手元にあるおやつをチラチラ見ているゴミケーキに「ごめんね」と言ったアベンチュリンは、代わりに近くにあった紙ゴミを袋にまとめて小さなゴミ袋を作った。
「おやつはもう少し後でね。今はこれで我慢してもらえるかな」
『ゴミ!ゴミだ!!新鮮なやつ!』
 大喜びでミニゴミ袋に飛びつくゴミケーキに、周りのケーキ達はやや引き気味だ。
……ゴミケーキのアレ、よくわかんない……
『とくしゅなしゅみ』
『星そっくり〜』
「失礼な。私は飲み物作ってくるけど、みんな良い子にしててね」
『はーい』
 元気よく返事をするケーキ達とアベンチュリンに手を振って、星は部屋の扉を閉めた。
「さて、どうしようかな」
 階段を下りてシャラップのいるバーカウンターへ入ると、「おや」と意外そうな声がかかった。
「カウンターへ入られるのは珍しいですね。もしやこのシャラップに特製ドリンクを披露してくださるのですか?」
「アベンチュリンが私の作るドリンクを飲みたいって言うから、作ってあげようかなって」
「それはそれは……でしたら、仕入れたばかりのこちらを使うのは如何でしょうか」
 シャラップはそう言うと、カウンターから白地に青い水玉模様の入ったボトルを取り出した。
「何これ?かる……ぴす?」
「この国で長年愛されている飲料の一つだそうです。ヨーグルトのように甘酸っぱいフレーバーで、水やソーダで割って飲むのが定番とか。フルーツとも相性が良く、カクテルにも使われるそうです」
「ふーん……ヨーグルトっぽいならさっぱりしてて良いかも。最後にソーダで割るとして……甘いだけじゃ意外性ないから、苦いのとかも入れようかな」
 カルピスの原液を少し味見すると、想像よりも甘さが際立った。大人であるアベンチュリンに出すには少し甘すぎるかもしれないとリキュールやジュースの棚を漁る。
「んー……ねえ、カンパリって甘い?苦い?」
「少々苦めかと。大人の味わいですね」
「じゃ、これにする。あとは……さっぱりならレモンかな」
「オリジナルカクテル……お客様がニューイヤーを無事に迎えられるか、正にギャンブルですね」
「アベンチュリンなら大丈夫でしょ」
 グラスは小さめで口の広いものを。苦味のあるカンパリにカルピスとレモンジュースを加え、シェイクしてグラスへ。仕上げにソーダを注いで、飾りつけのレモンを添えた。
「よし、こんなもんかな。私はお酒なしで作って……ソーダは入れちゃお」
「貴女に炭酸を提供するのは止められているのですが……今宵はニューイヤーイブ。バレなければ問題ないでしょう。そーだそーだ」
……一瞬で炭酸が抜けそうなジョークだね」
 自分用のレモンカルピスソーダを作ってトレーに乗せたところで、シャラップは「そういえば」と星に話を振った。
「こちらのカルピス、素敵なキャッチコピーがついているそうですよ」
「キャッチコピー?」
「甘酸っぱい味わいからでしょうか、『初恋の味』と。どうか素敵な夜になりますように」
……シャラップ」
「何でしょうか?」
「今のその話、アベンチュリンには絶対しないで」
「何故でしょうか?」
……私たち、そういうのじゃないから!」
 友達!と言い切ってカウンターを出ていく星を見送って、シャラップは残った材料を見渡す。
「カンパリ、カルピス、レモンジュース、ソーダ……おや、該当するカクテルレシピが存在しますね。プレリュード・フィズ」
 飲みやすく、食前酒としても提供されるカクテル。ゆっくり味わうことを目的とされるタイプのカクテルで、夜の語らいには向いているだろうとシャラップは判断した。
「カクテル言葉は『真意を知りたい』……今宵はやはり、素敵な夜になりそうですね」
 お二人の夜に乾杯、とシャラップは空のグラスを軽く掲げた。

「おかえり、星ちゃん……どうしたんだい?神妙な顔をして」
「何でもない……はい、こっちがあんたの。赤い方ね」
「ありがとう。これは……何ていうドリンクなのかな?」
 ショートグラスを軽く回したアベンチュリンは、興味深そうにカクテルを見つめている。
「有り合わせで適当に作ったから、名前は特にないよ。この国のドリンクを使ったんだけど、ヨーグルトみたいな味がするよ」
「ふぅん……君のは?」
「あんたのカクテルから、お酒を抜いたモクテル」
 私まだ2歳だからと自分のグラスを掲げて、星はアベンチュリンの方を向いた。
「それじゃ、開拓歴で一年お疲れ様。来年もよろしくね」
「君も一年間の開拓、お疲れ様。こちらこそ来年もよろしくね。乾杯」
『かんぱい?僕たちもかんぱいする〜!』
『おやつ?おやつ?』
『かんぱ〜い』
『星、かんぱいのおやつ、ちょうだい』
 足をちょこちょこと上げて乾杯の真似事をするケーキ達に合わせて、二人もグラスをみんなへ掲げた。
「はいはい、今年最後のおやつ出してあげるから……あ、こらゴミケーキ!まだ食べない!乾杯してから!」
『かんぱい、もぐもぐ……
『もぐ……ゴミケーキ食べるのはやすぎ』
『かんぱ〜い!』
『アベンチュリンかんぱーい!』
「あはは、みんなも乾杯!それじゃ、いただきます」
……どうぞ」
 星は未成年なので、カクテルの味見はしていない。カルピスの味は確認したが、それ以外はほぼ想像で作っている。果たして口に合うだろうかとアベンチュリンの口元を目で追って……
「星ちゃん」
「な、何?」
「そんなに見つめられると、ちょっと飲みづらいかな……
 見つめすぎていたらしい。ごめん、と視線を外して自分のグラスに口をつける。
 甘酸っぱいカルピスに、レモンの香りとソーダの弾ける感覚。我ながら美味しくできたと飲み進めていく星とは対照的に、アベンチュリンはゆっくり少しずつグラスを傾けていた。
……美味しい」
 少し苦くて、でも奥にある優しい甘さと炭酸の刺激でさっぱりする。グラスの中で揺れるカクテルを光に透かしながら、アベンチュリンは満足そうに頷いた。
「うん、いいね。レシピを教えてくれるかい?」
「レシピ?分量とか適当だよ。道具はシャラップから借りたし……
「構わないよ。材料さえ分かれば君のカクテルを再現できる」
 まずはこの国特産のドリンクを買っておかないと……と早速通販サービスを検索し始めたアベンチュリンを見て、星は軽くため息を吐いた。
「そんなことしなくても、また列車に来てくれたら私が作るのに」
……え、いいのかい?」
「あんた、何でも自分で解決しようとするけど……私のカクテルが飲みたいなら、私に作ってって言えば良いんだよ。さっきみたいに」
「それは……トパーズ達が君に作ってもらったって言ってたから、一度くらいならお願いしても良いかなと思って。でも、何度もお願いするのは迷惑になるだろう?」
 仕事の交渉では強気で強引な手も使うくせに、変なところで遠慮がちだ。星はむっと眉を上げて、アベンチュリンのグラスを手で隠した。
「そんなこと言う人には絶対レシピ教えない。私のところにまた飲みに来て」
……材料のドリンク、珍しいものなんじゃないのかい?」
「うん。だから、この材料はアベンチュリンが持ってきて。そしたらあんたのために作ってあげる」
 あんた専属のバーテンダーになってあげる。そう胸を張った星を見て、アベンチュリンは眉尻を下げて微笑んだ。
……そんなに頻繁には来られないと思うけど、材料のボトルを僕のためにキープしてくれるのかい?」
「シャラップのカウンター、空きが沢山あるからちょっとくらい借りても良いでしょ。リキュールはダメだけど、カルピスなら私も飲めるし」
「あはは!いざ飲みにきたらストック切れとかは勘弁だよ、星ちゃん」
「だから」
 隠していたグラスを、再びアベンチュリンの前に差し出す。カランと氷が小さな音を立てた。
「私が飲みきっちゃう前に、列車に来て」
……本当に、来てもいいの?本気にするよ」
「ダメだったらこんなこと言わない」
 二人が同時に黙った時、テーブルに置かれたタブレットから拍手が聞こえてきた。ロビンのコンサートがいよいよ始まる。袖から白と紫のドレスを身に纏ったロビンが登場して、会場も配信のコメント欄も一気に盛り上がりを増した。
「君に会いに来るよ」
 タブレットの画面に気を取られていた星の耳に小さくそんな囁き声が聞こえた。思わず振り返るも、声の主は素知らぬ顔で星から返してもらったグラスを傾けている。
 曲の前奏が流れる中、星は仕返しをしてやろうとアベンチュリンの耳元に唇を寄せた。
…………
 寄せたものの、言うことが思いつかずにどうしようと固まってしまう。まごついているうちに、おやつを食べ終わったケーキが星に飛びかかってきた。
『星、なにしてるの〜?』
「え、あ、……んっ!」
「!?」
 背中に飛び乗られた衝撃で、星はそのままアベンチュリンに激突した。勢いよく顔面が接触したせいで、唇が痛い。
……ったぁ〜……ごめん、ぶつかっちゃった……大丈夫?」
「僕は大丈夫、だけど……星ちゃんこそ、その……大丈夫かい?」
「うん、まあ……ちょっと唇が痛いけど平気……
『ぷちゅっとしたね』
『したね』
『星、大丈夫〜?』
「大丈夫……あ、ごめんアベンチュリンの方が大丈夫じゃない」
「え?」
『くっきり』
『ぷちゅっと跡が』
『ついてるね〜』
 ケーキ達が『ここ、ここ』とアベンチュリンの肩に乗って首筋についた跡を撫でる。思った以上にくっきりとついてしまったマークに、星は「あちゃあ……」と頭を抱えた。
「痣にはならないと思うけど……モデルとかで支障ない?コンシーラーで隠せるかな……
「多分、大丈夫だよ……あの、星ちゃん」
「本当?一応冷やしておいた方が……
「星ちゃん、その、一度離れようか」
……あ」
 ケーキに押されて、アベンチュリンに抱きついたままの体制だったことを忘れていた。二人を心配した他のケーキ達もわらわらと乗ってきてしまったので、身動きが取れない。
「みんな一度降りてくれない?」
『やだ〜』
『みんなでロビン見る〜』
『なかよし、いいこと』
『二人の間もなかなか乗り心地が良いと思う』
……だそうです」
「諦めるのが早いよ、マイフレンド」
 ほぼ全員分の体重を預かっているアベンチュリンが一番大変だ。ケーキ達を落とさないようなんとか身を起こした星は、ソファに座り直してアベンチュリンの肩にもたれかかった。ケーキ達が我先にと二人の膝や肩に乗り直してくるのを受け入れながら、すぐ側にある耳元に唇を寄せる。
「待ち切れなくなったら、カンパニーに押しかけるかも」
 小さな声でそう囁く。ロビンの静かな歌声の中、微かに空気が揺れる音がした。アベンチュリンが肩を震わせて笑っている。
「君にはきっと退屈な場所だよ」
「あんたがそう言うなんて相当だね」
「君と会うなら、もっと楽しい場所がいい」
「開拓してみなきゃ分かんないじゃん。カンパニーのゴミ箱とかかなり気になる」
「新年早々、君を記憶消去課に連れて行かなきゃいけなくなるのは嫌だなぁ」
 どうやら、カンパニーのゴミ箱はかなりの秘密が眠っているらしい。これがハイリスクハイリターンか……と星が迷っていると、「本当にやめてね」とアベンチュリンは釘を刺してきた。
「カンパニーは今、結構バタバタしてるから……落ち着くまではピアポイントに近寄らない方が良い。何か用がある時は、必ず僕かトパーズ、ジェイドに連絡して」
「前に遊びに行った、あんたの家は?行っちゃダメ?」
「今は違うところに住んでる。リスクがあるから、長期間の定住はしないんだ」
 この子達には苦労させてるね、とアベンチュリンは膝の上にいるケーキを撫でた。
「高級幹部も大変だね」
「また、安心して君を呼べるようになったら遊びに来て。この子達も君に会いたいだろうし」
「うん、わかった」
『ん?星、僕たちの家に遊びに来てくれるの?』
 二人の会話を聞いていた灰色のケーキ達の目が輝いた。三匹とも『いつ?いつ来てくれるの?』と星の上でぴょんぴょん跳ね始める。
「とりあえず来年かなぁ。次の跳躍先もまだ決まってないし……アベンチュリンも忙しいみたいだから、しばらく先かも」
『え〜』
『星、僕たちと一緒に暮らそうよ。アベンチュリンもその方が良いよね?』
『いつも星のこと話してるもんね〜』
 次々に『一緒に住もう、今度帰る時一緒に帰ろう』と星を誘い始めるケーキ達に、アベンチュリンはやや慌てたように宥め始めた。
「ちょっ……君たち……星ちゃんには開拓があるんだから、無理言っちゃダメだよ」
『でも、この間アベンチュリン酔っ払った時に言ってたよ』
『言ってた〜』
『聞いた〜』
「何それ、詳しく聞かせて」
「聞かなくて良いから!酔っ払いの言うことなんて、寝言と一緒で真に受けちゃダメだよ」
 ほら、もうすぐカウントダウンだよとタブレットの画面を向けられる。ちょうど一曲歌い終わるタイミングでカウントゼロになるよう厳しく時間調整されている中、ロビンはいつも通りのパフォーマンスを披露していた。
『あとちょっとで、にゅーいやー?』
『もうすぐだね〜』
『あれ、そういえばゴミケーキは?』
 ケーキ達の言葉に、アベンチュリンは部屋の片隅を指差す。
「あそこ。おやつのゴミ袋を片っ端から回収してるみたいだね」
『ぎくっ、バレた』
「さっきからやけに大人しいと思ったら!こら、ゴミケーキ!おやつゴミをかき集めないの!」
『来年こそゴミキングになる、その為には必要なことなの』
「ゴミキングになるには100年早いよ」
 袋に残ったおやつのカケラも食べようとするゴミケーキと、袋をなんとか剥がそうとする星の攻防を横目で見ながらアベンチュリンは「二人ともそろそろカウントダウンだよ」と声をかけた。
「ゴミケーキの壮大な目標は聞けたけど……星ちゃんは来年、何を目標にするんだい?」
「目標?あっ、こらゴミケーキ!やめなさいっ」
『いーやーだー』
 二人とも目の前のゴミに夢中で、周りの音があまり耳に入っていないようだ。アベンチュリンはやれやれと苦笑しながら、小さく呟く。
「僕は、来年こそ君に……

……ゼロ!ハッピーニューイヤー!』
『おめでと〜!』
『ことよろ〜』
「よしっ!ゴミ回収!……あれ、もう新年!?ハッピーニューイヤー!」
『星に負けたー!次は負けないー!』
「あはは、みんなハッピーニューイヤー!今年もよろしくね」
 ドタバタと新年の挨拶を済ませる中、星はアベンチュリンに「そういえば」と話を振った。
「今年の目標、あるよ」
「おや、どんな目標だい?」
「それはね……
 星は胸を張って、堂々と宣言する。
「私があんたのことをどう思ってるのか、確かめる!」
……うん?」
「周りに『それはこうだよ』って言われるんじゃなくて、自分で確かめなきゃいけない気がするし……
「それは……そう、だね?」
「それで、色々確かめてやっぱり好きだってなったらちゃんと言うから」
「うん……ん?んん?」
 頭の上に疑問符が大量に並んでいそうなアベンチュリンと、力強く宣言して満足したらしい星を見てケーキ達はひっそりと身を寄せ合う。
『アベンチュリン、先に言われちゃったね』
『星、アベンチュリンの目標は聞いてないみたいだね』
『やっぱり一緒に住もう〜星〜』
『ゴミキングの座は譲らないよ』
『そもそもいらない〜』
 にゃ〜と身を震わせるケーキ達を抱えて、星は「何こそこそ話してるの?」と首を傾げた。
「じきにみんな帰ってくるだろうから、パムのところに行こ。ニューイヤーパーティの準備しなきゃ。ほら、アベンチュリンも」
「あ……あぁ、そうだね。今行くよ」
 動揺から回復しようと目を瞑って深呼吸したアベンチュリンが再び目を開くと、目の前で星がじっと見つめていた。あまりの近さに目を瞬かせると、彼女はアベンチュリンの手を握った。
「手、繋いでてもいい?」
「良いけど……これも確認かい?」
「うん」
 星は何度か手のひらに力を込めたり、指先を絡めたりして、最終的に納得したように頷いた。
「良い感じ」
「それなら良かった」


……ってことがあったんだけど、これってどういう意味なのかな、一周回って逆にダメなパターン?」
「疑問:アベンチュリンさんは一体何に悩んでいるのですか?」
「そうだな……自称二歳の女の子の思考回路についてかな……
「思考回路についてはお会いしたことがない故に確証が持てませんが、オムニックのワタシでも分かることが一つあります」
「なんだい?」
「一般的に、成人が二歳の児童に恋愛感情を抱くことは推奨されません」
…………
 現実的な意見が耳に痛い。そもそもパールはこの手の相談をするのに向いた人選ではないのだが、新年早々星に調子を狂わされているアベンチュリンはその点を気にする余裕がなかった。
 そして、それ故に新しい火種が生まれようとしている。カンパニーの内線コールが鳴り、部屋の主であるパールは三回目のコールで応答した。
「はい、パールです。……来客が?えぇ、なるほど……分かりました。伝えておきます」
「お客さんかい?二相楽園の件かな?」
「いえ、来客はアベンチュリンさん宛でした。ですが、要件に問題があった為に入り口でお帰りいただいたそうです」
 『差し入れ』です、とパールは短く言葉を落とした。それだけで意味が通じたアベンチュリンは苦い顔をして「なるほど」と頷く。
「もうすぐバレンタインだからか……まだ早いと思うんだけどな」
「今年はカンパニーの全部門が『手作りの差し入れ』を禁止すると表明しています。それでもこうして来られる方がいるのですね」
「来月になったらもっと増えると思うよ。まあ、今年は手作り禁止になったから毒殺の心配は少なくなったと思うけど」
 そう言って苦笑したアベンチュリンは、後日この件で苦慮することになるのだが……それはまた、別の話である。

続く。