夜明 奈央
2026-05-23 19:15:00
3002文字
Public 中太SS
 

中太 本音は軽口に紛れさせて

#期間限定中太ドロライ企画「2度目のキス」
2026年5月23日初出

 囚われの身となった太宰を救うべく、敵陣へと向かう。本来なら1回だって勘弁してほしいくらいだというのに、何度も繰り返された所為でもう慣れっ子になってしまっている。俺が太宰の真後ろにいた男をぶっ飛ばしたのを合図に、太宰は自分で拘束を解いて右の男の頭を吹っ飛ばした。
「遅い! 君の所為でこんなに痣だらけだ」
「へぇへぇ、手前の唯一の取り柄は無事か?」
「心外な。僕の身体は顔以外もありとあらゆるところが美しいだろう」
「誰も顔とは言ってねぇよ。手前の唯一の取り柄っつったら頭だろ。その頭もどうやらイカれちまったみてぇだけど」
 助けに来てやったというのに太宰の減らず口は相変わらずだ。それに軽口を返しながら敵を順番に片付ける。俺が連れてきた部下数名も加わり、すぐに立っているのはポートマフィア陣営のみになった。
 どうにも骨がない奴等ばかりだ。太宰がわざわざ囚われる程の価値があるとは思えない。太宰の掴んだ情報によりスムーズに侵入することはできたが、正面から乗り込んでもどうにかなりそうな雑魚しかいない。稀にだがこういった案件があって、俺が助けに来るのを楽しんでいるだけではないかと疑っている。
「これ、ほんとに手前が捕まる必要あったか? 正面からで良かっただろ。余計な手間かけさせんな」
「そうは言っても中也くんは僕のこと大好きだから、ちゃ〜んと助けに来てくれるでしょ?」
 太宰が上目遣いで俺の顔を覗き込む。媚びるようなそれは俺を弄ぶためにわざと作られたものだ。わかっていてもちょっと可愛いと思ってしまうのが心底悔しい。
「そりゃ仕事だからな」
「照れなくていいのに」
「照れてねぇ」
「もう、素直じゃないんだから。愛しい太宰のことが心配で心配で堪らないんだって言えばいいのに」
「誰が愛しい太宰だ。ふざけんな」
「えぇ〜、でも中也は僕のこと好きなんでしょ〜?」
 明確な揶揄いに、否定も肯定もできずに言葉を飲み込む。
 俺が太宰に好きだと伝えてから、太宰はずっとこの調子だった。これが例えば「両思いだとわかって浮かれている」なんて可愛い理由なら俺も悪い気はしない。しかし太宰の場合は違う。単に俺を揶揄って楽しんでいるだけ。あまりにもうざったらしくて、最近「やっぱり勘違いかもしれない」と思い始めている。
 唯一のメリットは、構成員の大半が俺たちは付き合っていると勘違いしていて、太宰狙いの奴等への牽制になっていることくらいだ。
 居た堪れなくなって太宰に背を向けると、こっちを見ていた部下と一瞬目が合って、さっと逸らされた。こんなやり取りを歳下の上司が繰り広げていたらつい野次馬したくなってしまう気持ちはわからなくはない。が、一応上司なのだからもう少し気を遣ってくれないかとは思う。
「ほら、やっぱり図星なんじゃないか。うふふ、ご褒美のキスでもしてあげようか?」
「あ? なんだそんなのしてくれんの?」
 どうせ冗談だろうと思っていたのに、太宰は躊躇いなく俺の額に口づけを落とした。
……口じゃねぇのかよ」
「中也ってば、ちっちゃいから屈むの大変なの! じゃあ、僕はそろそろ後始末に行かなきゃ」
 そうして太宰はそそくさとどこかへ消えた。額に残る湿った感触を思い出して、時間差で顔に熱が集まってくる。太宰に見られなくて助かった。部下の1人に肩を叩かれ、全てを見られていたのだと今更知ってももう遅い。

× × ×

 太宰から位置情報だけが送られてきた。メッセージの類はない。何事かと思ってしばらく待ったが追加の情報もなく、電話を掛けても電波が届かないか電源が入っていないとの自動音声。太宰が最近どこかの組織を調べているのは知っていた。無視することはできたが、嫌な胸騒ぎがする。
 駆けつけた先で、太宰は囚われてぐったりと力なく倒れていた。一瞬既に死んでいるのかと疑ったくらいだ。どうにかこうにか助け出し、ボロ雑巾のようになった太宰を背負って逃げ出す。乗ってきた二輪をフルスロットルでかっ飛ばして十分距離を取ってから、ようやく太宰の容態を確認した。
「生きてるよな?」
「一応」
 岩陰に降ろし、太宰の身体を検分する。かなり衰弱しているようだが、目立った怪我はない。
「怪我は?」
「右手の爪を2枚、いや3枚だっけ?」
 見ると確かに人差し指と中指の爪はなくなっていて、親指の爪は半分ほど剥がれている。拷問の定番だ。俺は大の大人が爪を剥がされて泣き叫ぶ様を思い出し、思わず顔を顰めた。
……爪って生えてくるんだっけ?」
「さあ? たぶん生えるんじゃない? それより喉渇いた。何か甘いものが飲みたい」
「んなもんねぇよ」
 あっけらかんとした太宰に持っていたペットボトルの水を渡す。左手で受け取ると半分以上残っていた中身を一気に乾した。思ったよりは元気らしい。
「なんなんだ、あいつら」
「こっちが聞きたいよ。ポートマフィアはあんな組織眼中にないってのに」
「あっそ、でも今回はだいぶ危なかったんじゃねぇの?」
「そうだね、君のお陰で助かったよ」
「それだけか?」
「さっすが中也! あれだけの情報で颯爽と助けに来てくれるなんて、これが愛のパワーって奴かな!」
「へいへいそうだな。じゃあ愛しの太宰のために頑張った俺にご褒美くらいねぇの?」
 ご褒美とは、もちろんキスのことだ。あれ以来俺は軽口に紛れさせて度々おねだりを重ねている。太宰はいつものらりくらりと逃れていたが、今回のこれは十分な働きだと判断されたのか、しばし考え込んでいる。
「まあ、今回は確かに……
 ちょいちょいと手招きされ、座り込んだ太宰に近づく。前回とは違い、屈むのは俺の方だ。頭を引き寄せられ、今回は唇同士が合わせられる。ちゅ、と可愛らしいリップ音が響いて、至近距離で視線が絡む。なんだか無性に気恥ずかしくなってきた。
「キス強請ったつもりはねぇんだけど」
「は? いや、いっつも“ご褒美のキス”って……
 強がってみたが、顔が熱い。きっと顔は真っ赤に染まっていることだろう。どれだけ悪態を吐いても、きっと太宰にはこれが照れ隠しだとお見通しだ。
「なに、照れてるの?」
「違ぇよ」
「あんまり可愛くないこと言ってるともうしてあげないんだから」
 太宰は楽しそうにわしゃわしゃと俺の頭を撫で回す。太宰の方はちっとも動じていなさそうなのがムカつく。
「手前、まさかこういうの他の奴にもやってんじゃねぇだろうな?」
「そんなわけないでしょ。僕が安売りしない主義なの知ってるでしょ」
「じゃあ俺は手前を高く買ってるってことか」
「はいはい、あんまり調子に乗らないでくれる?」
 本気で疑っていたわけではない。太宰が自分を安売りしないのは事実で、嫌ならどんな相手だろうとお断りする。それを相手に納得させるだけの代替品の準備も欠かさない。相手が俺であっても、太宰は嫌ならそうするだろう。
 なのに、こういうのは、俺だけ。期待しないわけがない。
「俺、ご褒美以外でもしてぇんだけど」
「調子に乗らないでって言ったよね?」
 太宰は口では文句を言うが、俺が顔を近づけても拒否する素振りは見せない。それどころか、受け入れるかのように瞼が閉じられる。胸の内から湧き上がってくる情動に突き動かされ、俺は初めて自分から目前の唇に吸い付いた。


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