とむぢ
2026-05-22 01:15:04
17624文字
Public
 

飲み会〼/G▲▽・A▲▽・S▲▽

⚠注意⚠
・各〼が同時に存在しているクロスオーバーです
・捏造に捏造を重ねた捏造祭り
・ゲーノボ、ゲークダ、アニノボ、アニクダ、スペノボ、スペクダといった呼称をキャラのセリフにも地の文にも多用しています
・イッシュ地方のライモンシティに和スタイルの居酒屋があります(書いてからお洒落なバーとかにしておけば良かったと後悔)
・飲み会のノリで飲酒している〼
・全員そのうちくっつく予定のブラコン


 ──時刻・午後21時頃。
 エンターテインメントの街、ライモンシティのどこかにある某居酒屋。ここで働き初めてもうすぐ一ヶ月になるアルバイトの新人店員は驚愕した。なにか奇妙な夢でも見ているのかと思った。来客を知らせるベルが鳴ったので、急ぎ足で店の入り口まで行けば、そこには同じ顔が3つ。顔が似ているなんてレベルじゃない。全く同じ真顔で立っている男が3人。
「予約していたノボリです」
 新人店員は恐る恐る男を見上げた。見上げないと目が見れないくらい背が高かったからだ。目を点にした新人店員が固まっていると、店の奥から店長がすっ飛んできて、お待ちしておりましたと部屋まで案内して行った。全員黒い帽子を被った同じ顔の男3人は、未だに固まっている新人店員の横を通り過ぎる際にペコリと会釈した。その会釈のタイミングすら不気味なほど同じだったものだから、新人店員は腰を抜かしそうになる。そこへたまたま通りがかったバイトリーダーの先輩店員が笑いながら話し掛けてきた。優しくて明るくて、新人店員より3コ年上の、長いブロンドヘアを頭の高い位置で団子にして束ねている先輩だ。
「大丈夫? そういえばここで見るの初めてだっけ? かっこいいけどオーラが凄いもんね〜、威圧されちゃうのも分かるよ」
「い、今の人たち、3つ子ですか?」
「あれっ? キミ知らない? バトルサブウェイ」
「一応名前だけは知ってますけど……
 なんせカラクサタウンから引っ越してきたばかりの新人店員にとって、ライモンシティはまだ未知の街だ。バイトを掛け持ちしながら生活するのがやっとで、有名なポケモンミュージカルにも行ったことがないし、電車は使うことがあってもバトルサブウェイには挑戦したことがない。そもそもバトルの腕に自信がない。
「名前だけ知っていれば十分! あの人はそのバトルサブウェイで一番強〜いサブウェイマスターのノボリさん。私、こう見えて休日はバトルサブウェイに挑戦してるんだけどね、サブウェイマスターまで辿り着いたことはまだ一度もないの」
「へえ、3つ子でサブウェイマスター? をやってるんですね……
 仲が良いんだなぁと呟く新人店員に、それまで笑っていた先輩店員が突然ポカンとした。いきなり返事が返ってこなくなって不思議に思う新人店員に、首を傾げる先輩店員もまた不思議そうな顔をして口を開いた。
「? それ、サンヨウジムの3つ子ジムリーダーで有名なデントさん、ポッドさん、コーンさんとゴッチャになってない?」
「え?」
「サブウェイマスターは双子 ・・だよ」
 このタイミングで店員を呼ぶベルが鳴ったので、まだ説明の途中だったが先輩店員は踵を返して行ってしまった。その場に残された新人店員はさっきの同じ顔をした3人──ノボリさんとやらが店長に案内されていった部屋に目を向ける。サブウェイマスターが双子だと言うのなら、あの同じ顔した3人目は一体……? ナゾは深まるばかりだ。今ごろどんな話をしているのだろうか。あの部屋は他の席とは違って完全な個室となっていて、しかも中でいくら騒いでも何を話しても外に音が漏れない、防音性もバッチリな部屋となっている。なぜこの居酒屋にそんな大層なVIPルームがあるのかと働き始めた当初は不思議に思っていたが、後から店員に聞いた話によると簡単に言えば芸能人や、さっきみたいな色んな施設のエラい人たちがプライベートで来るかららしい。
(じゃあそのうちカミツレさんも来るのかなぁ)
 それはぜひお目にかかりたい。先輩にも言えない下心を抱きながら、新人店員は仕事に戻る為にとりあえず厨房へと向かった。

 
▲▽

 
 一方その頃、ノボリたちが案内されたVIPルーム。
「それではサブウェイマスター定例会を開始いたします! 」
 各世界線のノボリを代表するゲーノボによる挨拶と共に、サブウェイマスターのサブウェイマスターによるサブウェイマスターの為の定例会が始まった。繁忙期でなけれは大体月に1回くらいのペースで開催されるこの会は、各世界線のノボリとクダリが1箇所に集まって意見交流を行なったり、近状報告をしたり、バトルに明け暮れたりするなどして、各バトルサブウェイの発展を願ったりしている。しかし何があったのか、今回は白い弟たちの姿がどこにもない。その理由は明白だった。
「いつものように各シングルトレイン、スーパートレインの運行状況について、わたくしから報告……と行きたいところですが、まず何より大事な議題から入ります。クダリが、わたくしのスーパーブラボーな弟が、なにか隠し事をしております」
 ゲーノボの発する声が、珍しく耳を澄ませないと聞き取れないほど小さかったので、その控えめな声色から如何に事態が深刻なのかが分かる。ゲーノボは残る二人のノボリに問う。
「皆様も、なにか変化はありませんでしたか?」
 まず第一の議題は、ノボリが愛してやまない弟のクダリのことだった。なんなら今回はその為だけに集まったと言っても過言ではない。ゲーノボが問いを投げ掛けると、真っ先にアニノボが手を上げた。場所が何処であろうと背筋はピンと伸ばし、天井に向ける指先まで真っ直ぐ揃えられていて、サブウェイマスターのノボリとして申し分ない姿がそこにある。アニノボは無表情の中に悲しさを滲ませながら、ゲーノボに相談するつもりで最近の悩みを打ち明けた。
「クダリがおやすみのハグを恥ずかしがって拒むようになりました」
「なんと!?」
「おやすみのハグ?」
 そのショッキングな内容に愕然としたゲーノボがやっと通常のボリュームの声を出し、スペノボは一人だけ話についていけずにアニノボの言葉を聞き返す。下ろした手で拳を作り、それを膝の上に乗せると、アニノボは目を伏せて悲痛な胸の内を晒け続けた。
「おやすみのキスはもう随分と前から恥ずかしがって嫌がるようになりました。それも仕方ありません、わたくしたちはとっくに成人しています。いつまでも同じ子供部屋で眠っていた昔のようにはいかないことくらい、頭では理解しておりました。しかし、いざハグさえ拒まれてしまうと、恥ずかしながらショックを受けてしまい……最終的にはクダリに気を使わせてしまいました。なんて情けない兄なのでしょう」
「しかしアニノボ様、それはショックを受けても当然では!? わたくしもいつか同じ部屋で眠ることをクダリに拒まれてしまうのかと思うと、ショックで仕事に支障が出そうです!」
「おやすみのキス? 同じ部屋で眠る?」
 この定例会が行われる度にスペノボは思う。いま目の前で嘆いている彼らは、違う世界線で生きているだけの自分自身に変わりはないはずなのに、一体何の話をしているのか全く分からないときがある。スペノボは自分の弟におやすみのハグはおろか、おやすみのキスすらしたことがない。しようとも思わないし、あっちも嫌がることは目に見えている。当然同じ部屋で寝てもいない。
 弟の話題について話している途中、髪を頭のてっぺんでお団子に束ねた店員が運んできてくれたシーザーサラダを小皿に取り分けながら、アニノボは今日初めて笑顔を見せた。
「ゲーノボ様はいくらクダリ様に拒まれてショックを受けようとも、仕事とプライベートはハッキリ分けていそうに見えますよ」
「ああ、それは分かります」
 やっと首を傾げなくても済む話題がやって来て、スペノボは意気揚々と相槌を打った。ゲーノボがポケモンバトル中に手を抜いたり、上の空になったりしている様子が微塵も想像出来ない。シングルトレイン、スーパートレインで挑戦者のレベルに合わせながら、いつだってそのとき出せる本気のバトルを繰り広げることだろう。その点においては、スペノボはアニノボに同意見だった。
 3人分のビールが届いたので、一先ず乾杯をする。ゲーノボは一口で半分ほど飲み干し、アニノボはペース配分を間違えないようゆっくりと飲んで、あまりアルコールが得意な方ではないスペノボは少量を舌を湿らすように飲みながら、話はあっちこっち色んな方向へ弾む。
「心外です! わたくし、そんなふうに見えますか? クダリに振られても表情ひとつ変えない、冷徹な人間に? クダリがわたくしに何か隠し事をしていると知り、気が動転して皆様を呼び付けたわたくしのような男が? 血も涙もない人間に?」
「見えますねぇ」
「見えます」
「な……ッ!?」
 ほかの世界線の自分にそう思われていた事実に少なからず衝撃を受けて、ゲーノボは口を手で覆った。サラダの次に運ばれてきた長ネギの串焼きを各々の皿に乗せつつ、アニノボはゲーノボへのフォローを忘れない。
「血も涙もないは流石に言い過ぎですが、実際にクダリ関連で何かあったとき、わたくしたちの中で一番冷静に対処しそうではあります」
「褒め言葉ですよ。少なくとも わたくしはゲーノボ様を尊敬してそう思っております。アニノボ様の真意は分かりかねますが」
「おや、スペノボ様は相変わらずわたくしにだけ手厳しい」
 アニノボの言葉にスペノボが更に付け加えて、それにアニノボが穏やかにニコニコと笑って、ゲーノボは二人の言葉をそのまま真っ直ぐ受け取る。初めてクダリ抜きで行われているサブウェイマスター定例会は、いつも隣にいる白がいない寂しさを全面的に感じつつも、比較的和やかに進行していた。
 

▲▽

 
 ──時刻・午後21時半頃。
 エンターテインメントの街、ライモンシティのどこかにある某居酒屋。ここで働き初めてもうすぐ一ヶ月になるアルバイトの新人店員は驚愕した。さっきからずっと奇妙な夢でも見ているのかと思った。来客を知らせるベルが鳴ったので、急ぎ足で店の入り口まで行けば、そこには同じ顔が3つ。顔が似ているなんてレベルじゃない。全く同じ笑顔で立っている男が3人。いや、よく見たら端にいる一人だけすごく思い詰めた表情をしている。どうしたんだろう。
「ぼく、予約してたクダリ」
 また店の奥から店長がすっ飛んできて、どうぞどうぞとVIPルームまで案内していた。30分ほど前に来店した全体的に黒っぽい服装の人たちの、隣の部屋だ。さっきの人たちと全く同じ顔だが、全体的に白っぽい服装で揃えているのと3人のうち2人が笑顔だからか、雰囲気が柔らかい。それでもそのただものじゃないオーラに、新人店員は緊張してまた硬直してしまった。白い帽子を被った男3人が真横を通っていくとき、唯一深刻な表情をしていた1人が弱々しくはあるが笑いかけてくれたので、新人店員は慌てて会釈した。すると先を歩いていたずっと笑顔を浮かべている2人も急に立ち止まって振り返り、こちらへ向かって手を振ってくれたので、とりあえず新人店員は2回連続で会釈した。
「今案内されていったのがサブウェイマスターのクダリさんだよ。ノボリさんとはまた違った甘い雰囲気があってカッコイイよね〜」
「うわびっくりした」
 いつの間にやら音もなく隣に来ていたお団子頭の先輩店員に、新人店員は仰け反って驚く。今日だけでどれだけ寿命が縮んだか分からない。サブウェイマスターのファンだということが発覚した先輩が、目をキラキラと輝かせながら語り始めた。
「さっきの話の続きだけど、ノボリさんとクダリさん、双子のサブウェイマスターなの。ねえ新人クン、今度私と一緒にマルチトレインに挑戦してもらえないかな?」
「そんな、無理ですよ。おれバトル強くないですし……先輩がその、サブウェイマスター? と戦いたいのなら尚更おれ以外の人と行った方がいいです」
「大丈夫だって、誰だって最初は初心者! まずはお試しで乗ってみよう! 乗れば分かるから! せっかくライモンシティに引っ越してきたなら一回はバトルサブウェイに乗っとかなきゃ!」
「引っ越し先間違えたかなぁ……
 出来ればあまり知りたくなかった先輩の意外な一面に若干引きつつも、新人店員は扉がしっかりと閉められた店の奥にあるVIPルームに目を向ける。今ごろあの部屋でどんな話が繰り広げられているのだろうか。興味はあるが、ちょっと怖い気もする。なんだか異様な空気がするのだ。ノボリさんとやらに会釈されたときも、クダリさんとやらに笑いかけられたり手を振られたときも、強烈な違和感があったのだ。まるでゾロアにつままれたような、そんな奇妙な感覚。
……ん? それにしても今日はヘンだな。ノボリさんとクダリさんが別々に来店するなんて。いつもは二人一緒に来るのになぁ……
 まさか喧嘩でもしたとか? そう呟いて持ち場に戻る先輩の後ろ姿を目で追いつつ、新人店員も仕事に集中した。これ以上は深く考えないでいよう。まさか自分にだけ“ノボリ”も“クダリ”も3人いるように見えているなんて、新人店員はまだこのとき夢にも思わなかった。

 
▲▽

 
  一方その頃、クダリたちが案内されたVIPルーム。
「じゃあ、ノボリのいないサブウェイマスター定例会を、ぼくたちクダリだけではじめる」
 各世界線のクダリを代表するゲークダによる挨拶と共に、サブウェイマスターのサブウェイマスターによるサブウェイマスターの為の定例会が始まった。しかし今回はいつも隣にいる黒い兄の姿がどこにも見当たらない。その理由は明白であった。
「ぼくとおなじサブウェイマスターをしてる、ぼくの兄、ノボリが隠し事をしてるみたい。みんなのノボリはどう?」
 この場に同じ顔が集まった一番の理由をゲークダが切り出せば、アニクダが真っ先に手を上げた。辛うじてまだ背筋は真っ直ぐと伸びているが、それもいつまで持つかわからない。いつもより覇気のない声でアニクダは続ける。
「ここにノボリ兄さんがいない。君たちの兄さんもいない。ぼくたちにはそれがなぜか分からない。残念ながら、この事実が全てを表してるよ」
 あまり直視したくはない辛い現実を言葉に出してしまうと、ここが完全個室だということもあって、アニクダはどんどん項垂れていった。つまるところ、今ごろ兄3人組は弟に聞かれたら困るような話をしているというわけだ。それ即ち隠し事だ。辛い。あまりにも辛い。そりゃあずっと一緒に育ってきた双子の兄弟とは言え、相手に隠したいことの一つや二つはあるだろう。そのことを否定するつもりはない。だけど今まで何でも腹を割って話してきたのに、急に弟抜きで定例会を始めてしまうなんて。こっちは意味が分からなくて不安にもなる。大体、ノボリがクダリを置いてこんな夜遅い時間に出掛けるのも初めてだった。それはきっとどこの世界線のノボリもそうに違いないと、アニクダは確信している。
……最近ノボリが旅行の本とか見てるのは、ぼく知ってる。昔からノボリは、何でも急なところがあるから。旅行、ぼくと行ってくれるのかなって思ってたけど、ノボリ全然なにも言ってこない。何か思いついたらいつもすぐぼくに言うのに、おかしい。誰とどこに行くんだろう」
 普段あまり表には出さない不安をゲークダが吐露すると、それまで萎れていたアニクダが突如背筋を伸ばし、自分の意見をハッキリと口にした。
「そんなのゲークダくんしかいないに決まってるじゃないか! あのゲーノボさんだぞ!? ほかに誰がいるって言うんだ!?」
「それちょっとノボリに失礼かも」
「あのね、アニクダうるさい。当たり前のこと大きな声で言わなくてもわかる」
 目の前から聞こえてきた突然の大声に、スペクダが肩をビクッと震わせ驚いた。自分の行動を恥じたアニクダがスペクダに謝ると、部屋の扉を開けたお団子頭の店員からジャンボサイズのシーザーサラダが運ばれてきた。それを率先してアニクダが小皿に取り分けつつ、スペクダに問い掛ける。その間にゲーノボは自分とアニクダが飲む用に注文したサイコソーダで割った甘口のハイボールと、スペクダが飲むジュースを店員から受け取る。スペクダだけはアルコール類を飲まない。理由は本人曰く、まずいからだ。とりあえず乾杯をして、話はまだまだ続く。
「ところでスペクダくんのところは何も変わったことはないの? スペノボさんが何か隠してそうとか」
「なーーんにもないよ」
「羨ましくなるくらい即答だなぁ……
 シーザードレッシングがよくかかったサラダをむしゃむしゃ食べながら、スペクダは首を横に振った。一口でハイボールを半分ほど飲み干したゲークダが話に乗る。
「スペノボ、一番隠し事できなさそう」
「あはは、たしかにノボリ兄さんやゲーノボさんと比べたら、スペノボさんは色々と顔に出る方だもんね。それにスペクダくんはぼくたちの中でもズバ抜けて鋭いし、変化に敏感だし」
「あのね、ノボリのことばかにしないで」
「えっ!? してないしてない! 馬鹿にするわけがないよね、ゲークダくん」
「ばかにしちゃだめだよ、アニクダ」
「あれ? もしかして2対1?」
 そういえば気付かないうちに、いつの間にかゲークダとスペクダが隣同士で座っている。どうやら波長が近い者同士らしい二人にペースを乱されるのはいつもアニクダだった。普段からアニクダは天然でマイペース気味な兄に振り回され慣れているので、別に今更どうってことはないけれど、なんとも言えないもどかしさのようなものは感じる。なんかこう、兄と弟に挟まれる真ん中っ子になった気分だ。双子のはずなのに。
……とにかく、各ダブルトレインとスーパーダブルトレインの運行状況についての報告は後でいいよね、ゲークダくん。勿論それも大事だし、二人と最近流行ってるダブルバトルの戦術について意見を交換したいのは山々だけど、まずノボリ兄さんたちがぼくたち抜きで何を話しているのか突き止めないと、ぼくは安心して眠れない……ちょっと待って、こんな山盛りのフライドポテト頼んだの誰?」
「あのね、ぼくだよ」
 一人で食べ切る気でいるスペクダが挙手する。そんな気はしていたので良いとして、また店員によって運ばれてきたポテトサラダが入った皿を受け取りながら、アニクダが訊ねる。
「じゃあこっちのポテトサラダは? シーザーサラダ頼んでるのに?」
「それはぼく。美味しそうだったから、アニクダにもあげる」
 ゲークダがそう言いながら、アニクダの分のシーザーサラダの入っている小皿に、運ばれてきたばかりのポテサラをお裾分けする。確かに美味しそうではあるけれど、2人がなんか知らない間に頼みまくっている方に驚いた。自由な別世界のクダリたちに呆気にとられるアニクダだったが、吹っ切れて注文用のタッチパネルを手に取ると、自分が今一番食べたい焼きおにぎりを注文した。
 
 
▲▽
 
 
 ──来店してから約一時間半が経過した、ノボリたちの部屋。
 そこにはちびちびとビールを飲み進めていたはずのスペノボが、すっかり空っぽになったジョッキをテーブルに叩きつける姿があった。
「おやすみのハグも! おやすみのキスも! あのクダリがさせてくれるわけないじゃありませんか!」
 そう心からの叫びを口にするスペノボの隣には、顔を若干赤らめている程度のゲーノボと、ずっと自分のペース配分を守って少しずつ飲んでいるからか顔色一つ変わっていないアニノボが、うんうんと頷きながら話を聞いていた。
「ましてやクダリと同じベッドで寝るなど! 私が真似すれば蹴られておしまいです! クダリ あれの寝相は嵐のようですから! 一体どんな育ち方をしたら皆様のところのようなクダリになるのか……!」
「失礼ながらスペノボ様、わたくしクダリと同じベッドで寝ているとは一言も申しておりませんよ!」
「まぁまぁ、同じようなものですから……
 3人のノボリの中で唯一クダリと同じ寝室で夜を共にしているゲーノボを、じつは羨ましく思っているアニノボが、喧騒とは掛け離れた穏やかな笑みを湛えながら合いの手を入れる。それからチラリと自分の左手首にあるライブキャスターに目をやった。宴もたけなわ、そろそろ帰らないと弟から心配の電話が来る頃だろう。家を出るときに『これから定例会が行われるようなので、ゲーノボ様とスペノボ様に会ってきます』とは伝えたが、あの如何にも『えっ? ぼくは?』と言いたげだった弟の瞳を、アニノボは忘れられない。今回はクダリのことを話す会でもあったので、当然クダリたちには欠席してもらったわけだが、今考えると意地悪なことをしてしまった。ゲーノボの言う“クダリが何か隠し事をしているかもしれない”件さえ解決すれば、次からはクダリ本人たちの目の前でクダリの話を存分にしてしまえば良いではないか。最終的にそんなふうに話を持っていくつもりではいた。
「私のクダリは、私と二人で出掛けている最中でも、目を離している隙にふらっといなくなったかと思えば、二時間後に何事も無かったような顔をして戻ってくるような子ですので……もうタチが悪いというか……
 きっと普段から溜め込んでいることが多いのだろう、スペノボの愚痴のような惚気のような話は終わらない。昔から聞き上手なアニノボと、話をするのも聞くのも好きなノボリが相槌を打つので更に加速する。
「なんとまぁ、二時間は流石に心配になりますね……。スペクダ様は一体どちらへ行かれていたのですか?」
「色違いのヤブクロンを見たと言ってゴミ捨て場を転々としていたらしく、結局服を汚すだけ汚して帰ってきました」
「ブラボー! 大変可愛らしいではありませんか! わたくしもクダリと共に色違いのバチュルを見かけ、一日中電気石の洞穴を探検したことがあります!」
 このままゲーノボの口から心躍るエピソードを聞きたい気持ちは勿論あったけれど、もう時間が時間なのでアニノボがやっと本題に触れる。
「ところでゲーノボ様は、なぜゲークダ様が隠し事をしていると……?」
「! 聞いてくださいますか、アニノボ様。それは最近、クダリがわたくしに話しかけようとしてやめることが増えたからです。話す機会を窺っているのは明らかですのにジッとこちらを見るだけで、不思議に思ってわたくしから訊ねると、なんにもないと返されてしまいます。クダリは昔から何かに悩んでいるときほど、こういうところがありました。なんにもないはずがございません! クダリが人一倍物事を深く考え、自分の気持ちを言葉にするのに時間を掛け、どうすれば周囲の人間やポケモンたちがいつも笑顔でいられるのか気を配り過ごしていることくらい、このノボリ、なんでもすべてお見通しです!」
 アニノボが相槌を打つ暇もなく、ゲーノボから凄い勢いで言葉が返ってきた。しかしこれはいつもの光景である。アニノボのペースは狂わない。ゲーノボの話に耳を傾け、深く頷く。
「分かります、わたくしのクダリにもそういうところがありますから。おまけにクダリは限界になるまで我慢する良くない癖がありますので……兄であるわたくしがクダリの笑顔を守ってやらなくて、一体誰が守るのでしょう」
……私も……私だって、おまえが素直に私に守られてくれるというのなら、命を投げ出してでもおまえを守りぬくつもりです……
 早い段階で酔いが回ったスペノボが、結構熱い告白をウニャウニャと呟きながら、とうとうテーブルに突っ伏し始めた。その瞼の裏には、世界でいちばん憎たらしくて愛おしい弟が映っているのだろう。完全に潰れてしまったスペノボを間に挟んだゲーノボとアニノボは、顔を見合せた。クダリ抜きのサブウェイマスター定例会が始まってまだ一時間半しか経っていないが、これでは話にならない。そもそも場所を居酒屋にしてしまったことと、この場にクダリがいない時点で詰んでいたのだ。次はクダリたちも含めて、いつもと同じ条件で定例会を開かなければ。
 ゲーノボは座り直してアニノボと向かい合うと、今日のまとめに入った。と言っても今回はずっとクダリの話しかしていない。
「今日はわたくしの我儘に快く付き合って下さりありがとうございました、アニノボ様。スペノボ様……はもう聞こえていらっしゃらないかもしれませんが」
「そうですね……スペノボ様がアルコールに弱い体質だと分かっていたのに、ビールを呷る手を止めなかったわたくしの責任でもあります。ですのでわたくしが彼の命より大事なスペクダ様のもとまで届けましょう。どちらにせよ、今夜はゲーノボ様の世界にお邪魔している形になっているので……
 言い終えるよりも先に、突然アニノボの左腕にあるライブキャスターから呼び出し音が鳴り響いた。電話が掛かってきている。帰りが遅い兄を心配した弟が電話してくれたのだと思い、アニノボは素早く着信に応じた。するとどうしたことか、ライブキャスターの画面が映し出す先にはアニクダではなく、ゲークダの姿があった。見切れてはいるが、その横にいるのはスペクダだ。同じ顔だろうと間違えるはずがない。
「ゲークダ様と……スペクダ様ですか? なぜお二方がクダリのライブキャスターからわたくしに電話を?」
 尤もな疑問をぶつけるアニノボに、画面越しのゲークダとスペクダが理由を話しつつも頼み込む。
『ノボリがノボリたちだけでお話するから、ぼくもぼくたちだけでお話してた。だけどアニクダ、いちばん先に酔い潰れちゃったから、今アニクダのライブキャスターを借りて電話してる。アニノボにお迎え来てほしい』 
『あのね、ぼくたちで家まで送ってもいいけど、アニノボきたらぜったい喜ぶと思うから』
「お待ちくださいましクダリ、いまなんと?」
 何やら愛しい声が隣から聞こえてきたゲーノボが、アニノボと一緒に通話中のライブキャスターを覗き込む。自分の兄が視界に飛び込んできて、画面越しでも分かるくらいゲークダは驚いていた。アニノボは一旦、ゲーノボが話しやすいように左手首のライブキャスターを傾けてやる。
『わっ、ノボリ? まだアニノボたちと一緒?』
「はい、まだご一緒しておりますよ。スペノボ様はもう酔い潰れてしまいましたが」
『酔い潰れ……? もしかして、ノボリ』
「ええクダリ、あなたも気が付きましたか。どうやらわたくしたちは、ずっと近くにいたようですね」
 その言葉を合図にゲークダは、畳の床で丸くなって寝ているアニクダをライブキャスターのカメラに映した。
『ノボリにーさん、待ってるね!』
 それからスペクダがアニクダの声真似をして、ブツリとライブキャスターの通話が切られる。暫く暗くなった画面を黙って見つめていたゲーノボとアニノボの二人であったが、隣の部屋に今すぐ会いたい愛しい片割れがいると分かれば、もういてもたってもいられなかった。とにかく早く無防備に寝顔を晒している弟の元まで行きたいであろうアニノボに、ゲーノボは気を利かせる。
「早く迎えに行ってあげてくださいまし。今回はわたくしが皆様を呼び出しましたので、わたくしが支払います」
「そんな……結構な量を頼んだと思うのですが、よろしいのですか?」
「勿論です。今回アニノボ様とスペノボ様と沢山交流が出来たことで決心がつきました。クダリをカロス地方への旅行に誘い、そこで直接クダリに何を隠しているのかを聞きたいと思います。立ち止まってあれこれ悩んでばかりいるのは性に合いません」
「ずっとゲークダ様と他の地方を走る列車に乗ってみたいと仰っていましたしね。ゲーノボ様らしい、ブラボーな考えだと思います。応援しております、頑張ってください!」
 今回の会計はゲーノボのお言葉に甘えることにして、アニノボは後ろのハンガーにかけてあったコートを着ると、帽子をかぶって身嗜みを軽く整え、自分の弟が待つ隣の部屋へと移動して行った。そんなアニノボと交代するようにして、隣の部屋からスぺクダがやってきた。奇跡的に予約時間が30分ズレて、本当に弟たちも同じ居酒屋に来ていたようだ。ライモンシティには他にも沢山飲食店があると言うのに、打ち合わせもなしに各自で同じ店を予約していた偶然の一致には最早笑うしかない。
「あのね、ノボリ潰れてるって聞いて起こしに来た!」
 酒に呑まれた兄を迎えに来たわけではなく、あくまで起こしに来た体なのがスペクダらしい。別世界の弟のことも微笑ましく思いながら、ゲーノボがスペノボの隣のスペースを空ける。
「お久しぶりです、スペクダ様。今夜はあなた様のお兄様をお借りしてしまい、申し訳ございませんでした」
「もう怒ってないからいいよ。あのね、ノボリなんかぼくのこと話してた?」
「あなた様が可愛くて可愛くて仕方がないと、それはもう嬉しそうに話しておられましたよ」
「うわー、ノボリ、ぼくのこと好きすぎて心配」
「スペクダ様に心配されるとは、スペノボ様も幸せ者でございますね」
 本人はクスクスと肩を震わせ笑ったつもりだが、やはり真顔で体を小刻みに揺らしているようにしか見えないゲーノボの背後を、スペクダが迷いのない足取りでスタスタと大股で通り過る。それからスペノボのすぐ近くでしゃがみ込むと、その耳元で容赦なく叫んだ。
「ノボリー! 起きてー! あのねー! 朝だよー! カンカンカン!」
 しかし気が付かないスペノボは鬱陶しそうに顔を顰め、近くにいたスペクダを腕で押しのけると、また夢の中へ落ちていった。兄に体を押し返されたことにカチンと来たスペクダは、笑顔を浮かべてはいるものの、もう怒ったと言わんばかりに勢いよく立ち上がる。そしてテーブルにしがみついて寝ているスペノボの首根っこを鷲掴んだ。いつも自分が職場でされているみたいに首根っこを掴んだまま、ズルズルとスペノボの体を引きずり始める。
「あのね、ねぼすけノボリと帰る。おじゃましましたー。あとね、ごちそうさまでしたー」
 ゲーノボに軽く頭を下げてから、スペクダは雑に自分の兄を連れて自分たちの世界へ帰って行った。一人ぽつんと部屋に残されたゲーノボは、テーブルの上に残された伝票に手を伸ばす。一般的な金銭感覚を持っているとはあまり言えないゲーノボは、伝票に書かれている合計金額に高いとも安いとも思わず、こういうものかというフワッとした感想を抱いた。実際アニクダやスペノボなら冷や汗をかいていそうな金額ではあるのだが、幸い酔い潰れ組の彼らは今夜の伝票を見ることはない。さて、そろそろ頃合いかと思い腰を上げると、会計をするために部屋を後にした。

  
▲▽
 
 
 ──時は少し遡って、来店してから約一時間が経過したクダリたちの部屋。
 そこにはグラスの取っ手を握り締めながら、ひんやりと冷たいテーブルに熱くなった赤い頬をくっつけている、アニクダの姿があった。その肩は可哀想なくらい小刻みに震えており、どうしたものかとゲークダとスペクダは顔を見合わせる。結局あのあと好きなものを注文し、食べて、自分のペース配分を守って飲んでいたアニクダだったが、知らず知らずのうちに両隣に移動していたゲークダとスペクダに話を聞いてもらっているうちに、ついつい飲みすぎてしまったらしい。ヒックヒックと分かりやすいしゃっくりを繰り返しながら、今ここにいない(と思い込んでいる)アニノボへの気持ちを、これでもかとぶちまける。
「なにが……、ぼくのなにがダメだったのかなあ……ノボリにいさんの隣に並んでも、ひっく、恥ずかしくないように勉強もがんばったけど、バトルも強くなったと思うけど、やっぱりぼくじゃだめかなぁ……ノボリにーさんのハグを、恥ずかしいからって拒んだのが、ひっく、だめだったのかなぁ…………?」
 だって大人になった今どんな顔すればいいのか分からなくて自分ばっかりが意識してるみたいでぼくだけが恥ずかしいヤツじゃないか、と涙声で口にするアニクダの頭を、右隣に座っているゲークダがよしよしと撫でてやる。対してアニクダの左隣にいるスペクダは、メソメソした話を聞くのに飽きたようで、グラスの底に残った氷を口に含み、飴玉みたいにゴリゴリと噛み砕くのに夢中になっていた。
「アニクダ、なにもだめじゃないよ。きみはすっごく強い。だって違う世界のぼくだもの。だから元気だして、自信もって。それに隠し事してるの、ぼくのノボリの話」
「あのね、それじゃいまからみんなでノボリに電話して、なんで今日ぼくたち仲間はずれにしたのって聞いたら良いんじゃない?」
 氷を噛み砕くことにも飽きたスペクダが、突拍子もない刺激的な提案をする。二人の了承を得ることなく、自分のライブキャスターを使って電話をかけようとするスペクダの手を、ギリギリのところでアニクダが掴んだ。この一瞬だけ酔いが醒めたアニクダが止めてみせた。
「待って、スペクダくんストップ! もしかしたらノボリ兄さんたちは何か大事な話をしてる最中かもしれないし、帰ってきたら各自で聞こう。ほら、邪魔しちゃいけないし」
「でも、ノボリのくせにぼくを仲間はずれにしたの、ちょっと怒ってる」
「だよね! そうだよね! 気持ちはすっごくよく分かるんだけどさ、ノボリ兄さんたちも理由があってのことだと思うから……そう、理由があっての……。ああ、どんな理由だろう…………
 弟には知られたくない好きな人の話とかかなぁ。実は結婚を考えている人がいて、とか言われるのかなぁ。なんて、確証もないのにぼやいてまた勝手に沈んでいくアニクダが、突然背筋を伸ばすと手で口を覆い、くぐもった声を出した。
「やば、吐きそう」
 ただでさえこの定例会が始まる前から散々な気分だったのに、ウェディングドレスを着た知らない女性の隣でタキシードを着こなす兄をリアルに想像してしまったアニクダは、それがトドメとなってついに限界になった。酒に酔ったことが原因で吐きそうになっていると言うより、シンプルに気分が悪くなった。主に自己嫌悪で。
「えっ。大丈夫?」
「あのね、吐いてもいいけどトイレで吐いてね」
 今まさに目の前で吐きそうになっている人間に対して掛ける言葉がそれでいいのか。辛辣なスペクダに対してそう思わなくもなかったゲークダだが、まずアニクダの介抱を始めた。ゲークダに首元のシャツのボタンを緩めてもらっている間に、アニクダはなんとか吐くか吐かないかの峠を越えたらしい。
……ふう、ごめん。もう大丈夫、なんとかなったから」
 楽になる為には耐えない方が良かったのでは? アルコールに強いせいで酒に酔う感覚が分からないゲークダが抱く疑問をよそに、とうとう座っていられなくなったアニクダが後ろの畳へ寝転び始めた。きっちりと制服を着こなし、みんなの憧れであるサブウェイマスターをしているアニクダしか知らない者には、想像もつかないような情けない姿だ。アニクダはしくしくと泣きながら丸くなって目を閉じる。完全に寝る体勢だった。いつもならギアステーションで寝ている酔っ払いを注意する側だけれど、今夜くらいは役職を忘れたって構わない。酔って思考力が鈍っているのと、周りにクダリ じぶんたちしかいないものだから、真面目なアニクダも気が抜けていたのだろう。
「アニクダ寝ちゃった。どーする?」
 スペクダがゲークダに訊ねる。ゲークダはひとしきり考えたあと、アニクダの右手首についているライブキャスターを指差した。
「さっきスペクダが言ってた案、採用する。それでアニノボに電話しよう。きっとアニノボなら、どこにいてもアニクダを迎えに来てくれるはず」
「オッケー! 電話する!」
 待ってましたとでも言うようにスペクダがアニクダの手首からライブキャスターを取り外す。アニクダの私物であるそれをテーブルの上に置くと、ゲークダがぽちぽちと画面を操作してアニノボに電話をかけた。畳の床に倒れて眠っているアニクダを間に挟みながら、二人で真っ黒な画面を見ていると、すぐにアニノボが電話に出てくれたのだった。
 そこからは自分たち弟のクダリ組と、兄であるノボリ組がずっと一緒の店にいたことが発覚し、しかもお互いが隣の部屋にいることが分かった。通話を終えてから一分も経たないうちにアニノボが隣からやって来る。
「失礼いたします。わたくしの弟が何やらご迷惑をお掛けしたようで……申し訳ございません」
 謝っている割にはアニノボの顔はにこやかだ。よっぽど弟に会いたかったのだろう。思っていたよりずっと早いアニノボの登場に、スペクダとゲークダは目を合わせる。
「うわ! ほんとに来た」
「ほらね、ちゃんと来てくれた」
「ゲークダ様、スペクダ様、いつも大変お世話になっております。ほらクダリ、迎えに来ましたよ。家へ帰りましょう」
 床で丸くなっているアニクダの肩に優しく触れ、アニノボが上から声を掛ける。アニクダはイヤイヤをする子供みたいに呻きながら首を横に振っていたが、アニノボの声を理解するとムクリと起き上がった。その一部始終を見ていたゲークダとスペクダからは拍手が起こる。
「ノボリにーさん……?」
「はい、あなたのノボリ兄さんですよ。歩けますか?」
……むり……
 まだ目の焦点が合っていないアニクダが、手を差し出すアニノボに対して拗ねたような態度を取る。いつも大人なアニクダらしくない、なんとも珍しい光景をスペクダは黙って凝視していた。その隣でゲークダが笑顔で見守っていた。
「ではおぶって帰りましょうか」
「それもはずかしいから、いやだ」
「おや、困った子ですねぇ……。わたくしのことはいくらでも困らせてくださって構いませんが、ゲークダ様とスペクダ様を困らせてはいけません。今夜はクダリに寂しい思いをさせたこと、兄として不甲斐なく思います。お詫びとして明日は一日中クダリの傍にいますので、なんでもクダリの言うことを聞きましょう」
………ほんとうに? なんでもって言った?」
「はい。確かになんでもと言いました」
 兄の力強くも優しくもある言葉に、それまで仏頂面でむすっとしていたアニクダの表情は、みるみるうちに緩んでいった。完璧としか言いようがないアニノボの兄力 あにぢからに、スペクダとゲークダから同時に感嘆の声が漏れる。ぼくのとこのノボリだったらぼくがわがまま言った途端に問答無用で引きずって帰ってただろーな、とスペクダは口を結んで考えた。
「それでは、わたくしどもはお先に失礼いたします。お二方もお気をつけてお帰りください。また次の定例会でも、兄弟共々よろしくお願いいたします。……最後にスペクダ様、あなた様の素敵なお兄様が隣の部屋で待っておられますよ」
 アニクダをおぶった状態で、アニノボがスペクダに別室の兄を迎えに行くよう、それとなく促す。今日の記憶が酔い潰れたアニクダの頭から明日には抜け落ちてしまっているとつまらない。なのでスペクダは世界で一番安心できる背中に体を預けて幸せそうに眠るアニクダの写真を撮っておいた。次の定例会のときにでもアニクダに見せようと思う。帰って行った二人を見送ってから、スペクダも元気よく立ち上がった。そうしてまだ座っているゲークダを見下ろして別れの挨拶をする。
「ぼくもノボリを連れて帰るね。ばいばい、ゲークダ」
「うん、それがいいよ。またね、スペクダ。それから今日はありがとう。アニクダには言いそびれちゃった」
「あのね、ゲークダのノボリが何隠してたか、分かったらぼくにも教えて。たぶんなんにもないと思うけど」
 言いたいことだけ言って、帰ると決めたスペクダの行動は早かった。自分の荷物をテキパキとまとめると隣の部屋へ移動する。そしてそう時間も経たないうちに、この世界から自分たち以外のサブウェイマスターの存在が完全に消失した感覚があった。四人とも、無事に自分たちの世界へ帰れたらしい。一人部屋に残されたクダリ ・・・は、こっちのテーブルの伝票を持って、そろそろ頃合いかと思い腰を上げた。
 
 
▲▽
 

 宴が終わった部屋を出ると、今まで別行動していた片割れと目が合った。ノボリはノボリのテーブルの伝票を持って、クダリはクダリのテーブルの伝票を持って、二人で並んで会計しにレジまで向かう。わざわざ合わせなくても歩幅は同じ。視線の先も同じ。ずっと二人で生きてきたからだ。
「ノボリ、そっちどうだった?」
「大変有意義な時間を過ごせましたよ。交流を経て、わたくしがこれから目指すべき目的地も定まりました。クダリの方はどうでしたか?」
「ぼくも楽しかったから、またやりたい」
「それは喜ばしい限りです! 今度はわたくしも輪に入れてくださいまし」
「ノボリがそれ言うのヘン」
 レジ前に着くと、今夜初めて会ったばかりの新人店員が対応してくれた。どう見てもこの場に二人しかいないノボリとクダリを、新人店員は何度も見上げる。目の前のデカい二人が各自別のテーブルで、一人で飲み食いしたとは思えない量の合計金額を伝える声が震えた。サブウェイマスターじゃなくてフードファイターとしてもやっていけるんじゃないかとは、流石に口が裂けても言えない。
 ノボリとクダリが各々会計を終えて帰ろうとしていると、レジを担当した新人店員は勇気を振り絞った。せめてこれだけは確認しないと今日は悪夢に魘されそうだった。
「あのっ! すみません、変なこと訊くんですけど……。サブウェイマスターって、実は6つ子だったりします……?」
 新人店員からの質問に、目を丸くしたノボリとクダリは顔を見合せた。それから二人して同時に新人店員の方を向き、まるで最初から打ち合わせでもしていたかのように交互に話し始める。息はピッタリだった。
「サブウェイマスターは双子ですよ」
「そう、ぼくたち双子の兄弟。確かめたいなら、バトルサブウェイに乗ってぼくと戦って! ぼくはダブルトレイン、ノボリはシングルトレインで待ってる! きみとのバトル、絶対楽しい!」
「わたくしども兄弟と同時に戦いたいとお考えなら、是非どなたかお誘いになってマルチトレインまでお越しください。ギアステーションには沢山の乗り場がございますので、電車のお乗り間違いにはご注意くださいまし。あなた様のご乗車、心よりお待ちしております!」
 いつもの癖で敬礼をするノボリの横でクダリが緩く手を振ると、呆然とした顔で立っている新人店員に背を向ける。店を出る瞬間までノボリはクダリに、クダリはノボリに何か話しかけている様子だったが、賑やかな居酒屋では去りゆく二人の話し声を聞き取ることは不可能だった。
「おっ、いたいた! 新人クン、もうそろそろ上がっていいよ〜。って、どうしたの? そんなゾロアにつままれたような顔して。それかお客さんが連れてたシャンデラに生気吸われちゃったりした?」
 新人店員を呼びに来た先輩店員が、突っ立ったまま動けない彼の顔を覗き込む。新人店員は覚悟を決めた。せっかく憧れの街、ライモンシティに引っ越してきたのだ。楽しまなくては勿体ない。
「さっきはすみません、先輩……今度の休日、良かったらおれとバトルサブウェイに乗ってくれませんか」
 後輩からの願ってもみないお誘いに、彼女は仕事中にも拘わらず大きな声を出して喜んだ。まずは引越し先までついて来てくれた、相棒であるガマガルをガマゲロゲに進化させるところから始めなくてはならない。何者でもない青年によるバトルサブウェイへの挑戦は、今この瞬間から始まったのだった。